たまかりっ! ~小悪魔魂奪暴虐奇譚~
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「あー……うめぇ」
こぁはもぐもぐと、熱く厚い肉の塊(それもなんと特上の!)を、うっとりとしたため息まじりに咀嚼していました。
喉のうるおいが恋しくなれば、これまた極上の血色なワインを舌ですくい、流しこんだりも。てら、と濡れる艶やかなくちびるが、それはそれは色っぽさなんかを演出していたり。
咀嚼の合間に、彼女の瞳は吸いよせられるように一面ガラス張りの壁へと向けられます。
視界は高く、世界は小さく。
割高な展望レストランを思わせるような一室に、こぁは居るのです。のぞく空には夜の気配が濃くただよい、しかし陽の光もわずかな抵抗を見せています。逢魔ヶ時というやつです。
もう少し陽の世界の勢力があれば、麗しき地平線くらい拝めたでしょうが、今となっては人々の作りだすちっぽけな明かりがせいぜいです。闇が深まれば、それでも見栄えはよくなるのでしょうけれど。
そんな高みで、バカとなんとかは高いところが好きという言葉をそのまま形にしてみたような空間だ、とこぁは内心せせら笑いました。
「しかしよぉ、普通こういうコトする? わかるかニイちゃん、召喚の儀よ、悪魔召喚の儀。ぎ・し・き」
どうしたことでしょう。数時間前までパチュリーに向かい、天使のようにほほえんでいた彼女とは別人のようです。口調から仕草まで、悪魔というよりはチンピラ。良く言ってやさぐれコアラのような態度です。
こぁの視線が外から内へとうつります。
金持ちの人間に多く見られる、黄金まみれの装飾華美な内装(こぁの偏見)とはほど遠い、質素な、どこか無機的な印象すら覚える白い部屋の中心で、こぁは食事を摂っていました。
内装とは違い、豪奢な料理たちが踊るテーブルを挟んで、成年になるかならないかといった見た目の男が椅子に腰かけてこちらを見ています。
その年代の男としては明らかに身なりが整っている上、儀式のために用意したのだろうこの部屋や食事などから、いいとこのボンボンっぽいことがうかがえます。金銭的ヒエラルキーはこんなところでも存在感が顕著です。
そんなことは気にもとめず、こぁが言います。
「わかる? わりと神聖な行為なワケよ」
「なにが神聖か。笑わせるなよ悪魔め。だいたい、儀式なんて要約したらアレじゃないか。生贄に魔法陣で呪文って、つまり美味しいご馳走と場所の案内と挨拶だろ。ハローハロー悪魔さん、ようこそおいでくださいました」
青年は言いながら立ち上がると、縦に長い一枚の紙を広げて見せました。そこには達筆な文字で、『おいでませ悪魔様御一行』と認めてあります。
うーんナメられてる。
こぁは苛立ちを隠そうともしません。
「あんなガキんちょ。テメー程度の木っ端なんざ、このまま殺してやったっていーんだぞアタシャ。ふざけた口を叩くもんじゃない。様式美ってのがあんだ様式美ってのが」
「ふん、そんなフザけたクチ叩く若造の用意した料理に釣られて召喚された悪魔が何言ってんだか。しかもまだスゲー美味そうに食ってるし」
「ぐぬぬ……だってパチュリー様ってば小食な上にお肉そんなに好きじゃないから、食べる機会あんまりないんだもん……」
悔しそうにうめきながらこぁ。しかし止まってくれない手の動きには、いささかの迫力もありはしませんでした。
「で、そろそろいいかな」
「ん」
数分後、テーブルの上の料理たちを見事完食せしめたこぁは、ワイングラスをかたむけながら、鷹揚にうなずいてみせました。
「言ってみなお坊ちゃん。アホな様式とナメた態度はともかく、その殺意だきゃあ本物だ。興味あるねぇ」
にやりとデビルスマイル。
こぁがこの召喚の儀に応じたのには理由がいくつかありますが、大きなものからみっつほどご紹介。
まずひとつ目。
ここが現代世界……幻想郷とは別の世界であること。
彼女としてはべつに幻想郷で大虐殺を決行してもかまいやしなかったのですが、あとあと敵対するであろう勢力を考えると非常にメンドくさいと考えたのです。
ヘタしなくても悪魔界の神あたりと渡り合っちゃえるくらいの実力者が幻想郷にはそこそこいるので、敵に回すと厄介極まります。
なので幻想郷の主と(一部で)名高い八雲紫に「別世界で人間の魂狩りまくってもいいかな?」と相談したところ、ワンタイムの間を置いて「いいともー!」と返ってきたので実行に移したわけです。
ふたつ目。
どうせ魂を狩るのなら質の高いものを選別するのが効率的です。アダルトな女の冴えたやり方ってやつなのです。
なので、こぁは悪魔界に古くから伝わる風習『契約と詐欺詐称、そして永遠へ……』を利用することにしました。
つまるところ、「悪魔と契約して願いを叶えたんだからその代償として命もらうでぇぐえっへへへ」なアレです。しっかりと手順と代償を説明して合意の上で命を賭けさせないと発動しないので、詐欺詐称ということもないのですが、そこは悪魔としての矜持の問題らしいです。
そしてみっつ目。これが重要。
なによりも必要なのが本人のやる気です。殺る気と書いてもかまいません。むしろ歓迎。
今時、人を殺すことなんてびっくりするくらいに簡単です。車で轢いても電車で弾いても殴っても蹴っても刺しても叩いても死にます。自分から死んだりなんかもします。
他にもいろいろあると思いますがいちいち口にするのもメンドウなんでわかってる人よろしくどうぞ。
別段、現在現代に限った話ではありませんが、人の命なんて虫けら同様かんたんにぽっきりイクもんです。昔っから人の命なんて風船みたいなもんでした。
そんな世界で、わざわざ悪魔なんているかいないかも定かでない存在を呼びよせて人を殺そうっていうんだからタイヘンです。アタマのネジがゆるんでるかもうネジっていうかネジの形したあんこぐらいのレベルです。ザ・ナンセンス。
ですが、そのぐらいの無軌道なおつむにこそ、こぁは価値を見出すのです。
人の殺意は愛情と同じぐらいに純粋で輝かしいものです。
嫉妬や嫌悪、憎悪など、マイナスな感情は説明できないくらいに緻密に錯雑に数多存在しますが、それは個々としては弱いものなのです。
好意や恋慕と同じで、プラスの感情がひとつの言葉で言い切ってしまえないのと似ていますね。
それらの感情の総称──集合体たる感情が『愛情』と『殺意』だとこぁは言います。
そのふたつのどちらかを、胸の奥の原野に潜めているのが人間だと。どちらもではなく、どちらか。
彼女の持論によれば、それはどちらが先に根付き、芽吹いたか。たったそれだけの違いだそうですが、真実は神のみそ汁というやつでしょう。
しかし殺意の側が表に発露されることはない。
なぜなら『モラルに欠ける』から。
「愛は美しい」と人は言います。だから賞賛され絶賛されます。
「殺意は醜い」と人は言います。故に誰からも認められません。
ひとは『モラル』という言葉を盾に、胸の奥へと本心をひた隠すのです。奥ゆかしさゆえに、恥ずかしがって、自分でも気づくことができない場所に。絶賛も蔑視もごめんだ、と。
人間は極端な生物なのに、とこぁは嗤います。
本当はどっちかしか持っていないのに、『普通は○○なんだ』と、自分でない誰か、「人」の言う普通、バランスに無理やり合わせようと必死になるのが滑稽だと。
本当は愛情しか持っていないのに、理解もできない敵を作り、
本当は殺意しか持っていないのに、誰かを愛そうなどと宣う。
それが社会……『モラル』という見えないモノに踊らされる人間である、と。
──────だからこそ。
こぁと対峙する、目の前の青年のような存在こそが貴重だったりするのです。
激しい殺意。
あるかどうかも定かでない『モラル』なんかに少しも踊らされない、自分の心の思うがままに行動する人間こそが、世界の枠外で待つ存在と対話する資格を持つのです。
愛情を秘められない者は天使と。
殺意を隠す気もない者は悪魔と。
この男の呼びかけが本気でなければ───こんなバカなマネに本気の願いを掛けられるような男でなければ、この儀式は単なるママゴト、男にとってのちょっとした黒歴史で終わったことでしょう。
でも届いてしまった。
その願いを、その殺意を成就させる為に、こぁが訪れてしまったのです。
そう、彼女は肉料理に釣られたワケではないのです。
……重ねて言いますが、肉料理なんかに決して釣られていないのです。そう、決して。えぇ、断じて。
色っぽく、長くすらりとした脚を組んで座りなおすこぁに向かい、男は短く言いました。
「女を殺して欲しい」
「女?」
「そう、この女だ」
青年は、慣れた手つきで着ているジャケットの内ポケットから、一枚の写真を取り出しました。
写っているのは、男と同世代と見られる少女でした。被写体の無防備さ、角度からして盗撮であろうことは明らかです。プロのお仕事。
しかしこぁの目を惹いたのは被写体そのものでした。
手を入れたものではない自然なブロンド。肩につく程度のセミロングには癖などなく、ただそうあるだけでどこか気品を感じさせます。顔立ちも整い、スタイルもバツグン。ですが完全な西洋人ではなく、典型的なハーフの美少女といった風です。悪魔としては殺害するには充分な理由、対象となりそうな───
「……女ぁあ?」
が、こぁは不満たらったらといった顔で、不満だらけな声をあげました。
「そうだよ女だよ。なにが不満か」
「不満か? 何が不満かって? あーもうそりゃ不満だね。だっておまえ、悪魔だぞ? わざわざ悪魔なんざ召喚して頼むのが女殺しって。女が女を呪うってんなら理解もあっけどな。いい歳な野郎がこれって……あー情けな。あーくだらね。痴情のもつれとかもうさぁ」
「そのぐらい自分で殺れよなー」と呆れかえるこぁに、男が食ってかかりました。
「僕にこの手を汚せというのか!」
「……食いつくのそこかよ。いっそ清々しいなオイ」
「ふ、そう褒めんでくれたまえ」
青年は頬を赤らめました。整ってみえる顔にキモチ悪さが見え隠れ。
話が通じなさそうな相手とみるや、こぁは話題を切り替えます。写真をぴらぴらと揺らして、
「で、なんでこんな小娘を殺したいってんだい」
「聞いてくれるかお富さん!」
「誰だトミって」
「彼女と僕は幼なじみ……いや、幼知り合いなんだ」
「なんだ幼知り合いって」
男は熱く、大げさなジェスチャーを混じえて語り出しました。
「僕と彼女はそれこそ幼稚園時代から知り合いなんだ! だが、15年以上同じ空間で育ち続けているのに、話したコトなんか片手の指で数えられるくらいしかない。これを幼知り合いと言わず何と言うのか!」
「……馴染みですらないってことね、はいはい」
「だが現実の関係とは逆に、僕の心は常に彼女のモノだった! 初めての出会いから僕の心は彼女に奪われっぱなしだ! 僕は彼女を愛している! ……ああ、だというのに、なんてことだ」
「声もかけらんねぇクセに愛だのなんだの……で、ボサッとしてるうちに、そいつにオトコが出来たってワケだ」
「いや?」
「お?」
声が届いたことに驚くこぁさん。
「じゃあなんだっつんだよ」
「このままだと大学卒業して離れ離れになるんだ、僕らは。
───その後、目の届かないところで彼氏とか作られたり、あまつさえ結婚でもされようものなら辛抱たまらんから今すぐに殺して欲しいんだ!」
「わあ、クズぅ~」
こぁさんにっこり。
依頼内容はともかく、青年の人間性はお気に入った模様。
「でもさぁ、この部屋とかメシとか見るに、お前けっこう金持ちだろ。スタッバーとか雇わなかったのか?」
「スタッバー? ああ、暗殺者のことか。もちろんそのぐらいのことは何度もしたとも。僕の手を汚すワケにはいかないからね。僕には輝かしい未来が待っているのだ」
とても愛したヒトに向けているとは思えないお言葉です。
「ほんで? なんで殺せてないのさ。あっちも金持ちで、優秀なガードがついてるとか?」
「いや、違う。彼女は見てのとおりの愛くるしくも狂気じみて可憐な絶世の美女ではあるが、単なる一般家庭の一人娘だ。何度も調査しているから間違いない」
「絶世かどうかはともかく……じゃあなんでさ」
「……それが、僕にもよくわからないんだ。依頼した暗殺者は全員、漏れなくこの現代の戦場を暴れ生きる凄腕だった。どいつもこいつも総殺害数は4桁という、人を殺すのが生業の連中だったんだ。けど……」
「けど?」
わけがわからないよ、と苦渋に満ちた顔で言います。
「その誰もが、彼女と相対する前にこの世を去った。そう、彼女に近づくことすらできず、どいつもこいつもなんだかよくわからん事故とか理由であああぁぁあもうあの無能どもめぇぇぇえええ!!!!」
いろいろ溜まっていたのでしょうか。そりゃあもう叫びに叫びます。
「あんっっっれだけニヒルな感じに暗殺者っぽい大口をこの僕に叩いておいて、前金分の仕事もこなせずくたばるってのは何の冗談だあの汚らしい人殺しどもめ!」
なにやらそれっぽいセリフでも言われた模様。依頼主にヒトクセありそうな含みのある言葉を吐くのは仕事人の義務です。
「しかも理由が『なんか下痢がひどくて気づいたら体中の水分が抜け出た』とか『明日の仕事に備えて早めに寝たらそのまま二度と目が覚めなかった』とか『家に近づいたら道路のマンホールがなんか開いてて落下死した』とか、あぁぁもぉぉお!!!!」
「……ふーん?」
テーブルをバンバン叩いて叫び続ける青年をよそに、こぁはなんとも微妙な表情でうなります。
「なんともしょーもない死に方ばっかりだな」
「そうなんだ! せめてそれらしい派手な戦死とかだったら僕だってこうまでムカつきゃしないのに!」
「一般少女相手に派手な戦死ってどうすんだい」
「そりゃーもう腹に爆弾でも抱えて対象もろとも自爆とかだな」
「どれだけ一般人が恐いんだ、そのスタッバーは」
単なる死にたがりの可能性も。
「ま、とにかくだ。そんなこんなで、今のところ彼女に近づくことすらできていないんだ。なんとなく、他の暗殺者を雇っても似たような結果になることが予感できたんで、ならもう悪魔にでも頼っちゃおっかなーって」
「うーん人命水風船。その悪魔との契約に、自分の命を捧げなきゃいけないんだけどいいのか?」
「もちろん。彼女を殺すんだから僕も死なねば。彼女のいない世界に価値なんかないし」
「……さっき輝かしい僕の未来とか言ってなかったっけ?」
「そうとも。彼女を殺して僕もあっちに逝って、二人だけで永遠に幸せになるんだ。他の汚らしい男どもに彼女を奪わせなんかしない……NTRなんかクソ食らえだね! 純愛バンザイ処女バンザイ! ニッチ嗜好がデカイ顔すんじゃねーよクソが!!」
「あー、そう」
いろんなモノを聞き流しつつ、納得したようにこぁはうなずきました。
魂を捧げるんだから同じトコロにはイケないのですが、どうもそこらへんが理解からスッポ抜けているご様子。こぁは悪魔らしいことができそうだと内心ゲラゲラです。
「ほいじゃあまぁ、依頼の内容は大体のところ把握したよ」
「おお、やってくれるのか悪魔!」
「様を付けなボンクラ。せめてもの線引だ」
「了解した、悪魔サマ。じゃあこれを」
「ん」
なんかカタカナっぽいんだよなぁ、と内心ギスりつつ、こぁは青年から一枚の紙を受け取りました。どうやら殺害対象の家までの地図のようです。
「じゃあとっとと殺っちゃってきてくれるかな。僕は僕で自殺の準備しなきゃいけないから忙しいんだ」
「気がはえーな。その前にすることあんだろうが」
「はん? まだなにか? ご馳走ならしたろう」
「あれは召喚の儀式だバカヤロウコノヤロウ。召喚した悪魔とするもんっつったら“魂と血の契約”に決まってんだろ」
「ああ、そういうの。どうでもいいから早く済ませてよ。ああ……早く、一刻も早く僕は彼女とシャングリラに旅立ちたいんだ」
「ったく、風情もなにもねーもんだ。これだから俗世の俗人ってヤツぁよ」
文句をたらたらしていますが、もちろんポーズです。こぁとしてもさっさと仕事を済ませて次に行きたいというのが本音です。
「そいじゃ始めるぞ」
「ああ。僕は血でも流せばいいのか───ってぇぇえええ!?」
「あ?」
淡々と準備を始めたこぁを見て、男は飛び上がりました。
「あ? じゃねーでしょう!? ななななな、何をしてるんだい君はぁっ!」
「何って。ナニすんだろ」
マッパでした。これ以上なく素っ裸でした。
こぁは脱いだ衣服をたたむでもなく放り投げ、男と距離を近づけていきます。
「な、なななナニって! え、おい、まさか」
「まさかもクソもないだろ。悪魔との契約なんざ、隷属化かセックスでの魂の一部受け渡ししかあるめぇ」
固まって動けない男の服を、手慣れた感じで脱がしていきます。
「僕には純潔を捧げると誓った女性が!」
叫ぶ声は緊張でガチガチでした。どのぐらいガチガチかというと、初風俗で嬢の呼び出しを待つヒトくらい。
「あーやっぱ童貞なのな。安心しろ、人外相手ならノーカンだろ」
「……そういうもんかな」
「そーいうことにしとけ。ほら、女だってせっかくの初めての相手が未経験なんて不安だと思うぜ」
「そういうもんかな!」
「そういうもんさ」
「そういうもんだよな!」
愛ゆえなのかなんなのか。
脳内で行為の正当化が完了したのでしょう。男の目に本能的な光がともります。
「オネーさんが言うんだから間違いねーって。ほら、
お・い・で♪」
男の服を脱がし終わった瞬間、二人は熱いくちづけを交わし───
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