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【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス

作者:海戦型
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第百二三幕 「静かなる宇宙上」

 
前書き
「機動戦士IS~蒼のメアリ~」……始まります!!(大嘘) 

 
 
『これは……何が起きているのでしょうか!?クイーン・メアリ号にトラブル発生のようです!!』

 それは、突然の出来事だった。クイーン・メアリ号を通して地上に送られている映像が生中継されている最中、突如カメラが停止。管制塔からの音声通信も酷く混乱した様子で悲鳴や怒声が飛び交っている。

 視聴者や関係者の脳裏に過る最悪の事態――事故。
 宇宙開発においての事故は、大抵の場合宇宙飛行士の死に直結する。打ち上げ時の不備による爆発事故、訓練中の事故、地球帰還の為の再突入時の事故……歴史を振り返れば宇宙飛行士、整備士、墜落や爆発の巻き添えを受けて死亡した人の人数は200名をゆうに越す。公式記録から揉み消されたものを加味すれば更に数百名が追加されると言われている。

 パリィン、と、オルコット家の当主専用ティーカップが音を立てて割れた。
 
「せ、セラ様……!?」

 オルコット家当主の頭の中で、自分の娘の死という明確なイメージが通り過ぎた。
 いつも生意気にも母に抵抗し、ちっとも言う事を聞いてはくれない分からず屋と――分かることも、変わることも出来ないまま――空港で交わしたあんな会話を最期に。

「………そんな筈はない。あの子が、あの子が死ぬ筈など……あり得ませんッ!!」

 セラフィーナ・オルコットは、自らに言い聞かせる。
 通信はまだ生きている。カメラの不調かもしれない。軌道がズレてもISの性能なら立て直せる。船体に穴が開いてもISの生命維持機能で生き延びられる。絶対防御の性能を以ってすれば単独でブルー・ティアーズが大気圏突入をすることも可能だ。

 言い聞かせる。何度も何度も言い聞かせ、当主としての面目を保つために平静たろうとする。だが、彼女の手に握られていたミルクティーは既に足元に落下し、綺麗に真っ二つになっていた。

 『It is no use crying over spilt milk(零れたミルクは嘆いても元には戻らない)』。そんな言葉が、セラフィーナの脳裏をよぎる。しかし、彼女の犯した過ちとはミルクを零したことではなく――新しいミルクを器に注がなかったことだった。
 オルコット家の血を引く当主として、彼女は自分の苦悩を決して誰かには語らない。
 立ち振る舞いも知識も財も才も教養も、もちろん食事マナーも完璧に仕上げて隙を見せない。

 そんな彼女にも、後悔はある。

 完璧に見えるマナーの下、テーブルに隠れて見えない膝の上のナプキンに落ちた致命的な染みは、彼女だけに見える苦しみの源。彼女と娘の仲を致命的に狂わせたたった一つの過ち。
 反抗期を迎えたセシリアは一度、『お母様は昔より冷たくなった』と言ったことがある。
 彼女はきっと、自覚はなくとも本能的には気付いていたのだろう。

 いつも毅然としているセラフィーナが、本当はセシリアからずっと逃げているという事実を。

「……申し訳ありません、セラ様。カップとソーサーをお下げして直ぐに新しいものを用意します」

 不意に、メイドの一言で意識を現実に引き戻される。
 メイドは突然の事態やセラフィーナの様子に驚きながらも、努めてメイドとしての責務を果たそうとしている。「申し訳ございません」という言葉には、自ら率先して主の失態を自分の物として被ろうとする意味が込められていた。
 下の人間がそうしているのに、上の人間がそれをしないのでは高貴なる者として失格だ。

「いえ、片付けが終わったらそのまま下がりなさい。少し――独りになりたい気分です」
「かしこまりました」

 彼女はまた、娘に対する後悔を全て胸の内に仕舞い込んだ。
 ただ、メイドだけは……セラフィーナが無意識に手を当てた十字架(ロザリオ)のネックレスに込められた祈りの行く先が宇宙であることだけを、静かに悟った。

(……娘の命に危機が迫っているかもしれない時に、指を咥えて見ている事しか出来ない……宇宙とは、遠いのね)



 = =



 地上が混乱に見舞われているその頃、宇宙は更なる混乱に見舞われていた。

「次は……左からかッ!!」

 咄嗟の機動によって飛来した弾丸を回避したセシリアは、見えない敵の糸口を見つけようと必死に思案を巡らせていた。辛うじて攻撃を回避はしたが、クイーン・メアリ号はあくまで宇宙ステーションの設置を前提とした設計。弾丸を回避することも受け止める事も前提とはしてないため、はっきり言って外敵からの攻撃には少々脆い部分がある。
 管制からメインオペレータの力ない口笛がヒュウ、と聞こえた。

『また回避成功……セシリアお嬢様はどうやって敵の攻撃を察知しているのかご教授願いたいんだが?』
「聞いたら後悔しますわよ?」
『それでもだ。レーダーにも映らない、目視でも確認できない相手の攻撃だぞ?宇宙だから空気を通した音の伝播もないのに何故攻撃を察知できたんだ?』
「乙女の勘ですわ。ご参考になって?」
『………確かに聞いて後悔したよ』

 セシリア・オルコットは天才である。そして、天才の感性は常人には理解しがたいものがある。彼女の中の天才的な何かが敵の存在を察知した所で、それを周囲に伝える事は不可能なのである。
 残念ながらセシリアが勘だと断定するのなら、それはどんなに科学的に解析しても勘だ。
 つまるところ、セシリア・オルコットとはそういう人間である。

『ああ、クソッタレ!俺は一体何をどうオペレートすればいい!?宇宙局め、マニュアルに"スター・ウォーズ"のやり方くらい書いておけよ!!』
『流石はお姉さま!!これはもうある種の未来予知に等しいレヴェルですよ!人類のイノベーションです!』
「つらら、地上に戻ったら"うさぎ跳びで夜の大英博物館一周の刑"ですわ」
『フギャー!?褒めたのにぃぃ~~!?』

 何やら管制はにぎやかだが、状況はよろしくない。
 管制のオペレータが告げたとおり、敵は眼にも見えなければレーダーにも引っかからない。ISの鋭敏なセンサを以てしても何の反応もなく、発射されたと思われる弾丸らしき攻撃だけが飛来する。敵の位置が分からないのでは対策の仕様もない。

 まず、敵の位置。
 先ほどから、敵は地球側を『下』と仮定するならば『上』から放たれている。つまり、現在セシリアのいる衛星軌道上より更に地球から離れた宙域から攻撃している事になる。射角から考えるにそれほど派手には動き回ってないと思われるが、砲撃の瞬間が確認できないので場所を特定できない。

「それなりに動き回っても正確に照準して狙撃してくるという事は、距離も然程離れていない筈……しかしPICによる慣性制御波長は検出されないし、スラスタやバーニアの熱源反応もない。移動していない?」
『つらら、思いつきました!自分が移動せずに攻撃となると……BTが正に出来そうじゃないですか!?』
『いや、BTなら照準を合わせるために姿勢制御が必要なはずだ。センサーが何も感知できないのはおかしい。それにBTシステムは連合王国の最高機密だぞ?そんな物をどこから用意するっていうんだ!』
「……………」

 セシリアもつららの説には無理があると考える。
 だが、同時にセシリアは知っている。その最高機密と同じ名前を持ち、あまつさえ互換性もあるシステムが日本の専用ISに存在することを。今回はBTですらないから問題ないだろうが、類似するシステムが使用されている可能性は――ある。

 首の裏がちりちりするような嫌な感覚。自分が知らず知らずのうちに誰かの手のひらの上で踊らされるような不快感に顔を顰める。

 ――今度こそ、当たれ――

「ッ!!次、二発来る!!」

 緊急回避機動でクイーン・メアリ号を操舵。瞬間に、メアリ号のこれから通るはずだったルートと、そこから一歩ずれたエリアを弾丸のような胴体反応が二つ通り抜けた。二発目が微かに装甲を掠り、スキンバリアーがジジッ、と嫌な音を立てた。

「今度は二発……精度も上がっている。焦れて来たか?」
『うーん……このままだとジリ貧です!お姉さま、取り敢えず攻撃してくる方面に何か打ち返してみましょう!数撃ちゃ当たるかもしれませんよ!!』
「無理ですわ」
『無理だな』
『ええっ!!どうして!?この際メアリ号を乗り捨てて打って出ましょうよ!!こっちからアクションを起こせば勘で何かわかるかも……』
『いやいや、ミス・ミネユキ!!そういう問題じゃなくてだなぁ……!!』

 つららの言う事は尤もだ。このままでは二進(にっち)三進(さっち)もいかないまま少しずつバリアが減るばかり。相手の球切れを待とうにも、攻撃の正体さえわからない状態でそれは余りにも危険。何より、セシリア自身がこのままおめおめ撤退する自分を許すことが出来ない。

 が、しかし。セシリアにだって出来ない事の10や20くらい存在する。それには主に料理とか社交辞令とかがそれに分類されるが、今回出来ないことは他の人間にも共通する物である。というのも――

「つらら……クイーン・メアリ号は宇宙船です」
『え?知ってますけど……』
「そしてクイーン・メアリ号を十全に運用するにはブルー・ティアーズの拡張領域をフルに活用する必要があります。そのため、現在のブルーティアーズには――」





「 武 装 が 存 在 し ま せ ん 」





 痛いほどの沈黙と居た堪れない空気が地球~宇宙間で漂う。

 そんな内部事情までは彼女も知らなかったのだろうが、そもそも宇宙船に武装なんて常識的に考えてあるわけがない。アメリカが一度でもスペースシャトルにバルカンだのミサイルだのを積載しようとしただろうか?
 答えは、「そんな訳あるか」である。ハッキリ言って、現在の技術力でそんな『余分な物』を宇宙船に取り付けるのは無理だ。というか、そもそも使い道がない。スター・ウォーズじゃあるまいし。

『………で、デブリ撃墜用のレーザーとか!』
「ありません」
『こ、コンテナ投げましょう!!』
「貴方、この宇宙ステーション『カリバーン』の開発に何百億ポンド(※)継ぎ込んだと思っているのですか。英国国民の血税の結晶を投げたら、ついでにわたくしも開発チームに地球外へ投げられますわ」
『………じ、じゃあ攻撃方法は?』

 セシリアはしばし考え、清々しいまでの笑顔でひとつの結論を導き出す。

「もちろん……船体による『突撃』あるのみですわ」
『それはつまり、丸腰って事じゃないですかぁぁぁ~~~~~~ッ!?』

 IS史始まって以来の人類史に残る初の宇宙戦闘は、猛烈に奇妙な方向へと流れ始めていた。
  
 

 
後書き
(※)執筆時の為替では1ポンド180円くらいです。
あれ、何だろう。なんかこの戦い凄く書くのが楽しい……。 
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