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二人で笑おう

作者:ロクナミ
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僕 3

「あのさ」
 コンビニの角を曲がって公園の入り口が見えてきたあたりで、彼女はまた無感情に口を開いた。
「なに?」
「なんで飽きもせず私のところに来るの?」
「恥ずかしいから言えません」
 僕のことだ。本当のことを言おうとしたら、自分でそのことを茶化して、結果的に理由が嘘になってしまうかもしれない。
「なんじゃそりゃ」
 またさっきと同じように彼女は呆れる。
「僕らの付き合いも、もう五年くらいになるね」
 こんな白けた現状を変えるためには話題を変えるにかぎる。
「そうだね」
「中二の春からだっけ」
「あんたもよく覚えてるね」
「君、ずっと机に伏せて寝てたからね」
 あの時の彼女は机と一体化したなにか別の生き物ではないこと疑ったものだ。
「あー」
 彼女は昔読んだ小説の内容でも思い出したかのように、気の抜けた返事をした。
「いろいろと参ってた」
「僕がいてよかった?」
 僕の思いつきにまたいつものように理不尽な回答が来ると思ったが、予想に反して彼女はなにも言わなかった。肯定と受け取ることにしよう。
歩きながらふと彼女の手をきゅっと握ってみた。別に下心はない、真心だ。愛だから。少し汗ばんでいる。彼女の抵抗はなかったから手をつないだまま歩くことにした。
手をつないだまま公園に入ると、春休みらしく小学生がたくさんいる。なぜか高校生の四人組がはしゃいでいるように見えるが、見なかったことにした。高校生だって遊具やボールで遊びたい気持ちはあるんだろう。
「こういう風景見ているとさ」僕は言った。
「ん?」
「なんか安心するんだ」
「なんで」
「世界はゲームばかりで外に出ない子どもばっかりじゃないって」
「ゲームも悪くないのに」
 これが一日の六時間以上をゲームに費やす女子高生の言葉である。
「目疲れないの? 君」
「うーん、どうせ見えなくなるんだし、ぎりぎりまで?」
 なぜか疑問形だった。
「たまにはさ」彼女は言った。
「ん?」
「あんな風にやってみたいな」
彼女の視線の先には、さっき遊んでいた高校生達がいた。今度はブランコで靴飛ばしをしている。女子に男子が負けて悔しがっていた。
「やる?」
 僕は羨ましげに視線を送る彼女にきいた。
「いい」
 彼女は繋いでいた手を離し、僕より先に歩き出した。運動能力の方はそんなに問題はなさそうなのだが。走れるし。
「やればいいのに」
 先に進む彼女に言う。彼女は自分が嘘を吐くのが下手なのを自覚しているのだろうか。
「なんか悔しいし」
 悔しい、か。負けず嫌いの彼女らしい言い訳だ。
ザーザーと、潮の満ち引きする音が聞こえてきた。僕の視界に海が入る。太陽の光が反射して、海面はキラキラと輝いていた。
「海奇麗じゃん」
 彼女は言った。この言葉だけで、彼女の視界にも僕と同じ青い海が広がっていることが分かった。当たり前が減ってきている今の状況には、まだ失っていない当たり前があるのは、何よりも喜ばしかった。
「座る、疲れた」
 彼女はベンチに腰を下ろし、自己主張のない胸を反らした。
「座る?」
 今度は彼女のエスパーも発動しなかったらしい。おとなしく僕も隣に座る。
「あんたもさー」
 彼女はだるそうに言った。
「ん?」
「よく飽きないね」
「君といて?」
「そう、私といて」
「飽きないよ」
「なんで」
 返答に詰まった。なんと答えるべきか、僕が真面目に答えたとしても冗談として処理されるから困ったものだ。日常的にふざけるのも考えものだ。
「まあいいけど」
 彼女の中で自動的に処理されたようで助かった。言葉の優しさは苦手だ、他人を傷つけることがあるから。気持ちを言葉に変換しても、それで正しく伝わるわけじゃないから。ということをこの間読んだ小説に書いていた。なかなかの正論だと思う。だからこそ今の僕は。
 彼女とアイスを食べることにしよう。そう思い僕はベンチから腰を上げた。
「どしたの?」
「お花摘みに行ってくる」
 女の人限定のセリフだっただろうか、まあいい。僕はトイレに行くふりをしてアイスを買いに売店へ向かった。
歩いてすぐの売店には親子連れが多く、少し並ぶことになった。今の彼女のことだ。うたた寝をしている可能性は大いにある。落書き用のマジックを持ってこなかったことを後悔した。
 十分程経って、お互いの好きなストロベリーのカップアイスを買いベンチへと向かった。ストロベリーの素晴らしさについて小一時間彼女と議論したのはとてもいい思い出だ。というか昨日のことだけれど。
 少しあわてて走ってきたので、少し息切れをしながら僕は彼女のいたベンチへ到着した。座っているはずの彼女の姿を僕は探した。ベンチだけでなく周辺も。

彼女はどこにもいなかった。
なにか機嫌を損ねることをしただろうか、自らの発言を振り返ってみたが心当たりはない。トイレだろうか?とりあえず僕はベンチに座り、待つことにした。

三十分くらい経っただろうか、彼女は姿を現さない。アイスが溶けてジュースを注いだと言っても疑われないほどの形状になってきている。電話をかけてみる、電源が入っていなかった。公園で遊び回っている子どもや高校生の声を聞いていると、異常な脱力感に襲われた。
 眠ろう。これは彼女が今、僕の顔が見たくないという明白な意思表示だ。彼女が僕との約束を守らなかったりしたことは初めてじゃない。気まぐれな彼女の当たり前の行動なんだ。そう僕は自らに言い聞かせて目を閉じた。
その先には当然暗闇があった。太陽の光のせいで、ほんの少しだけオレンジ色が入る。そして頭から足の先まで、日差しが僕を温め出した。
 その心地良さに溺れ、僕はゆっくりと、階段を一歩ずつ降りて行くように、眠りの世界へと誘われていった。















メール一件受信

本文

   『もう会いたくない、二度とあんたの顔を見たくない。だからもう来ないでください。あんたの顔も、声も、態度も全部嫌い、今まで毎日来たのだって、ほんと迷惑だった。じゃあね、ばいばい』



 目を覚ます。僕を温めていた太陽は、もう傾いていた。ポケットから携帯を取り出し、開く。受信されていた一件のメールを見た。三度ほど読み返した。メールボックスを閉じ、僕は卓也に電話をかけた。
 
 

 
後書き
次が『私』側の話になります。 
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