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異界の王女と人狼の騎士

作者:のべら
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第五十六話

 ——————————

 遠くで声が聞こえてくる。
 眠いのに、まったく五月蠅いなあ。

 まどろみのなかでボンヤリ……。
 なんかすごく落ち着くんだな、これが。

 どどどどどどど……

 何かほっぺたのあたりに小刻みな衝撃が伝わってくる。
 誰かにはたかれているような感じ。攻撃はちっちゃな手で行われている感じ……。

「……きなさい。シュ…、いつまで寝ているの。……お前は馬鹿か!! 」
 明確に聞こえる。

 王女の声だよ……。
 また怒っている。

 俺はこのまま微睡みの世界に逃避したかったけど、はたかれる感覚が今度は左右に平手で殴られている感覚へとエスカレートしているのに気づき、現実世界に戻ることにした。
 無視していたら、グーでぶん殴られそうだから。

「……う、うんぬ」
 もやもやとした視界の中に王女の顔が見えてきた。
 怒ったような困ったような顔をしている。
 俺を揺さぶったり叩いたりしている。
 どうやらそれでも心配してくれていたようだ。
 俺が目を開けたとたん、その顔に笑顔が戻る。安堵の吐息も漏れた。
「やあ、姫。……それにしても、ずいぶんと乱暴な起こし方だよ……ね」
 と巫山戯た口調で話すと、突然怒りだしたように抱きかかえるように俺の頭を支えていた手を退けた。
 ドン、と後頭部が床に当たって派手に音を立てた。
「ぎゃっ」
 激痛に思わず声を上げてしまう。

「だ、……大丈夫? 」
 思わず心配そうに俺をみる王女。しかし、直ぐに我に返り、
「さっさと起きなさい。お前ならそんなのダメージの内に入らないでしょう? 」

「いやいや、んなわけないじゃん。俺は戦いで瀕死の状態だったんだよ。姫だって見てただろ? 満身創痍って言葉がまさに相応しい激戦だったはず。…それなのにこの扱いは酷いよ。しかし、……姫のパンチは今まで受けた攻撃の中で一番強烈だったんだから」

「ああもう五月蠅い。……ああでもしないとお前はとんでもない状態になってしまっていたのよ。そこんところ分かって言ってるんでしょうね? 一体どうしたって言うの、お前は。……まるで別人だった。もう私でも手に負えないくらいにボロボロにされて、生きているのが不思議なくらいだった。なのにあそこから急激に回復し、それどころか寄生根を倒すなんて……」

「いや、ほとんど覚えていないんだよ。ただ、姫が危険な状態で、でも俺は戦える状態じゃなかった。……その時、声が聞こえて……。あとは見てのとおりだよ」

「どういうこと? 」

「良くは分からないし、説明もできないよ。寄生根と闘っている時、よくアイツの声がしたんだ。アイツって言ったって分かんないよね。何かすごく昔から知っている感じの、懐かしいんだけど怖くて嫌や奴としか言いようがないんだ。何かは分からない。……そして俺がマジでやばくなった時、アイツが俺に言ったんだ。手を貸してやるって。あのままだと俺は死ぬしかなかった。嫌な感じがしたんだけど、何もできないまま死ぬくらいなら、姫を死なせてしまうくらいならってアイツの申し出を受けたんだ。其の後は姫も見たとおりさ」

「圧倒的な力でねじ伏せた。そして寄生根に乗っ取られた人間を食べた」

 そのキーワードを聞いて、俺は胃の奥の方から何かが逆流してくるような気がして、嘔吐いた。
 ……でも何も出てこなかった。ゴボっていう変な音が喉からしただけだ。
 口の中は血の臭いが残ったままでとても気持ち悪かった。本気で今すぐにうがいをしたかった。
「気持ち悪いことを言わないでくれよ。あれは俺の意志じゃないんだから。勝手に体が動いて、そんで勝手に欲しただけだよ。飢えを癒すため喉の渇きを潤すために、ただ思うままに行動したって感じだったんだから」
 俺はあえて他人事のように話した。
 自分の意志とは無関係だったとはいえ、肉の味、血の味が忘れられなくなっている。決して嫌悪すべきものではなく、むしろ好ましい時間だったという記憶になってしまっているんだ。ありえないんだけど。
 理性と本能のせめぎ合い? いやそれ以上の根源的な問題って感じだ。ただ欲しいから喰う。それだけだったように思う。それが当たり前だという認識のほうが俺の心の中での勢力があったんだ。
 もちろん、そんなこと王女に言えないし、それが間違っているってこともわかりきってる。

「……良くは分からないけど、とりあえず、今はお前がまともに戻っているということは分かったわ。それが分かったらもういいわ。さてと……さっさとここから逃げるわよ」
 王女はすべての興味を無くしたかのように言う。

「うん……」

「どうかしたの? 」

「いや、こんなに人が死んでいるんだからちょっとまずいんじゃないかなって」
 ごくごく当たり前のことを俺は指摘した。
 自分がやったことなんだけど、俺は人を殺している。人間じゃないけど、かつては人だったモノだ。そして寄生根に取り込まれて死んだ人間もいる。唾棄すべき糞野郎達だけど、それでも法律上は人間だ。
 死体を転がしたままで放置していいんだろうかって思ったんだ。

「お前の言うことは間違っていないけど、この状況をどうやって説明するの? ……突然人間じゃなくなったものに何人もが喰われ、そしてその化け物は俺が倒したんです。証人はこのチビちゃんとフルチンの変態高校生1名ですとでもいうのか? まとめて病院送りでしょ? 運が悪かったら、お前は犯罪者として捕まるわよ。えん罪だけれでその濡れ衣が晴れるのはいつになることやら……」

「たしかにそうなんだけど、こんな状態のまま放置ってのは……」

 王女は俺を少し見つめた。
 こんな時でも可愛いんだなあ。
「証拠隠滅しろっていうのね。わかったわ……」
 そういうと同時に右手を少し上に上げる。
「…………」
 何か呪文のようなものを詠唱したかと思うと、彼女の差し上げた右手の掌に火の玉が発生していた。最初は赤っぽい小さな炎だったが、やがて光が大きくなるとともにオレンジ色へと変化し、ついには真っ白激しく光る光の玉となる。
 直ぐ側だけど不思議なことに直視できないくらいまぶしい。だけどちっとも熱くない。
 白い炎なんて本当だととんでもない熱さのはず……。なんでだろ?

「あたりまえでしょ。まともにこんな近くで炎の玉なんか持ってたら服や髪の毛が一瞬で燃え上がっちゃうわ。これは実体ではない炎。これが狙った標的に触れた時に実体化し、全てを焼き尽くす本物の炎となるのよ。こんな芸当なかなかできるもんじゃないでしょう? 」
 なんだか自慢げに語る。
「この炎があの化け物の残骸に触れたら、一瞬でこの部屋は溶鉱炉と化し、あっというまに骨まで焼きつくして証拠もなにも残らないわ。戦いで使えたらいいんだけど、私が投げる炎じゃあスピードがなさ過ぎて敵に避けられちゃうから無理。こんな状況じゃないと使えないから役に立たない能力だわ。本来の力が出せるならもっとやりようがあるんだけども。愚痴を言っても仕方ないわ……じゃあやるわね」
 といって腕を軽く振る。
 
 ん? ちょっと待てよ。
 部屋が溶鉱炉と化す?? 王女が持ってる光玉は白いから何千度もあるんだろうな。溶鉱炉ってどれくらいの温度か分からないけど鉄が溶けてどろどろになる温度だろう?
 ちょいちょい、そんなのにこの地下室がなったら、俺たちもやばいんじゃないの?
 骨まで燃えちゃうぜ。
「姫、姫。ちょっと待って」

「何よ」
 むっとした顔でこちらを睨む。

「なあなあ、冗談で言ったんだろ? ちょっと待ってよ。この部屋が溶鉱炉になったら、俺たちだって黒こげどころか蒸発しちゃうんじゃないの? 」

 王女は少し考えて首をかしげた。
「あ、わすれてた」

 俺はガクリと倒れそうになった。コントじゃないんだぜ。溶鉱炉はテレビでやってる熱湯風呂じゃないんだから。あんな生やさしい温度じゃないぞ。まあ本当に熱湯なら転がり回るレベルじゃない熱さだけど。あれは演出だから本当はぬるま湯だってこと俺だって知ってる。
「あーもう、無茶すんなよ。俺たちまで隠滅されるところだったじゃないか。それにこの建物だって派手に燃え上がるぜ。消防車がワンワンやってくるよ。そりゃもう大騒ぎになるんじゃないの? 」

「じゃあどうすればいいのよ」
 取り立てて反省の態度を見せずに王女が腕組みをする。

「入り口のドアとかを溶接しちゃって入れなくしておけばしばらくはいけるんじゃないの。丁番とドアノブ部分を溶かしたらまず開かなくなるよ。念のために枠の部分とドア本体を溶接したら完璧かな。……これでうまくいく補償はできないから、あんまり良い案じゃないけど」
 ドアの各部を指さしながら俺は説明した。
 
「……まあそれでいきましょう。死体を移動させて埋めるなんてことやるの嫌だし。何より私はさっさと帰ってシャワー浴びたいんだから」
 そういうことで話はまとまり、俺たちは部屋を出ることにしたんだ。 
「じゃあ漆多、お前もいっしょに……」
 そう言って漆多の見て初めて気づいた。
 彼はいつの間にか気絶していたんだ。フルチンのまま、カエルをひっくり返したように仰向けになって口から泡を吹き出していた。
「あれ、あいつ気絶してたんだ? 」

「お前が寄生根に取り込まれた奴の腕を引き千切ったあたりで[ひゅうん]とかいいながらぶっ倒れてたわ」

「そうか。じゃあ、あの後の事は見られていないって事だよね……良かった」
 王女は頷いた。

 
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