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八神家の養父切嗣

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八話:雌伏の時

 時空管理局本局の医務室のある一室にてなのはは一人考え事をしていた。
 頭に思い浮かんでくるのはいきなり襲い掛かって来た少女。
 最後の一瞬だけ苛烈な瞳の奥に悲しさを表した少女。
 どうにかして話をしたいと思うが今の自分ではどうしようもない。
 その事実が心に重くのしかかってくるのを払うように頭を振り気持ちを入れ替える。

「なのは、入ってもいいかな?」
「フェイトちゃん? うん、いいよ」

 控えめなノックの後に顔を俯けた状態でフェイトが入って来る。
 なのはは話し掛けようとするがいざ話すとなると言葉が出てこない。
 あんなに話したいことがあったのにと思っている所に今にも泣きそうな掠れた声が届く。

「……ごめん」
「え? どうしたの……フェイトちゃん」
「なのはを守れなくて……ごめんなさい」

 自分を助けることができなかったと後悔に顔を歪ませる親友になのはは驚く。
 彼女としては目覚めてからフェイトとユーノ、それにアルフが助けに来たと聞いたときは助けに来てくれたのだと心底嬉しかったのだから。
 それが謝られたのでは納得がいかない。
 寧ろこちらが感謝の言葉を述べねばならないのだ。
 自分の想いを伝えるために未だにしっかりしない足取りでフェイトに近づく。

「あっ!」
「なのは!」

 案の定躓いてしまいフェイトに抱き留められる。
 心配そうに自分の顔を覗き込む彼女になのははクスクスと笑う。
 何がおかしいのかとキョトンとする彼女に満面の笑みで告げる。

「守ってくれてありがとう。フェイトちゃん」
「……え」
「今もだけど、あの時もフェイトちゃんは私を助けてくれたんだよ」
「私が…?」
「うん、だからそんな顔しないで」

 頬を撫でられてようやく自分が酷い顔をしていたことに気づく。
 なのはには敵わないなと苦笑すると共に頬を赤らめる。

「ところでなのは、体の調子は大丈夫?」
「うん。ちょっとフラフラするけど大丈夫。フェイトちゃんは?」
「私はそんなに戦ってないから。でも、バルディッシュは……」
「私もレイジングハートが……」

 少し笑顔の戻ってきた二人だったが自分達を守る為に傷ついた愛機のことを想い表情が暗くなる。
 どちらも修復可能なレベルでの破損であるために最悪の事態ではないが自らが未熟だったために負った傷だ。
 笑って流せるようなことではない。

「フェイトちゃん。今からレイジングハートとバルディッシュの様子を見に行かない?」
「分かった。私も謝らないといけないから」

 傷つき、そして立ち直った二人の少女はお互いを支え合うように歩き出す。
 彼女達は今よりも強くなりいずれまた騎士達と(まみ)えるだろう。
 ただ、その裏にある様々な思惑に惑わされることなく歩めるかは彼女達の選択次第だが。





 一人部屋で味気の無い機械質な風景を眺める。
 時空管理局顧問官。それがグレアムの現在の立場だ。
 昔はもっと上の地位に居たが今の年でそれをこなすだけの体力はない。
 本来であれば引退して余生を故郷でのんびりと過ごしたいのだが生憎そうはいかないのが現状だ。
 
「失礼します」
「クロノ、久しぶりだな」
「ご無沙汰しています」

 何はともあれ今は自分の職務を全うするべくクロノ、フェイトそしてなのはを迎え入れる。
 フェイトの保護観察官として面接をしなければならないのだ。
 給仕の者に紅茶を入れさせフェイトとなのはをねぎらう。
 特になのはに関しては既にリンカーコアを奪われた後だというので罪悪感から丁寧に対応しようと決める。

「さて、私が君の保護観察官を務める、ギル・グレアムだ」
「よろしくお願いします」
「まあ、保護観察官と言っても形だけだよ。君の人柄はリンディ提督からもよく聞いている。とても優しい子だと」
「ありがとうございます」

 褒めると顔を赤らめて礼を言うフェイト。
 確かにリンディの言う通りにいい子なのだろうと確信し同時に罪悪感も出てくる。
 いざとなれば蒐集の餌にする可能性が高いからだ。

「ん? なのは君は日本人なんだな。日本、あそこは良い国だ」
「え? 来たことがあるんですか」
「実はね。私もなのは君と同じ世界出身なんだ。イギリス人だ」
「そうなんですか!?」

 まさか、時空管理局の重鎮に自分と同郷がいるとは思わなかったのか声を上げるなのは。
 地球は数こそ少ないがまれに高い魔力資質を持った人間が生まれる。
 例としてはなのはにグレアム、そして切嗣などだろう。

「管理局の局員を地球で助けたのが魔法との出会いでね。……もう、五十年以上前の話だよ」

 遠い日の風景を思い出しながらグレアムは語る。
 思えば管理局員を助けたことから始まり、管理局員として切嗣を助けた。
 因果というものはどうなるか分からないものだ。

「五十年以上前……」
「第二次世界大戦が終わってすぐのことだ。あの時私は世界を平和にしようとする管理局の理念に憧れてね。……思えば随分と遠い所まで来たものだ」

 戦争を知っていることが彼にこの道を歩ませるにあたった。
 あの日胸に宿った平和な世界が欲しいという正義の心は未だに心に残っている。
 だが、あのころと比べれば随分と薄汚れてしまっているだろう。
 それでも、自分は立ち止まるわけにはいかない。
 改めて覚悟を決め本題に入る。

「フェイト君、君はなのは君の友達なんだね?」
「はい」

 小さくも力強い返事が返って来る。
 これ以上聞くまでもない。フェイトにとってなのはは特別な存在なのだ。
 そんな存在を傷つけるように指示をしたことに良心が痛むが話を続ける。

「約束して欲しいことが1つある」
「はい……」
「友達や自分を信頼してくれる人は決して裏切ってはいけない」

 一体全体どの口が言っているのだろうかと自嘲したくなるが想いは本物だ。
 自分はすぐ隣にいる弟子や自分を信頼する全ての人を裏切るような行為を行っている。
 だからこそ、目の前にいる少女には自分のようにはなって欲しくない。
 身を焦がす裏切りの罪は自分のような汚い大人が背負えばいいだけなのだ。

「それができるなら私は君の行動に何も制限しないことを約束するよ。できるかね?」
「はい。でも……本当にその1つだけでいいんでしょうか」
「これはね、とても簡単でいて、とても難しいことなんだ。いずれ君にも分かる」
「……分かりました。必ず守ります」

 力強い返事にこの少女ならきっと大丈夫だろうと胸をなでおろし話を切り上げる。
 部屋から出て行く少女達に続いてクロノも出て行くが立ち止まり父親そっくりの目をグレアムに向けてくる。

「提督、もうお聞き及びかもしれませんが、先程自分達がロストロギア闇の書の捜索担当に決定しました」
「……そうか。君が(・・)、か」

 運命というものは因縁を背負う者を舞台に立たせねば満足できない程悪辣なのか。
 そう心の中で吐き出すが表には出ることがない。
 これでクロノとリンディと敵対することが決定したわけだが動揺はない。
 相手の実力は折り紙付きだが、逆に言えばほぼ知り尽くしていると言ってもいい。
 情報戦で後れを取ることはまずない。

「思うところはあるかもしれんが無理はするなよ。……言えた義理ではないがな」
「大丈夫です。窮持にこそ冷静さが最大の友、提督の教え通りです」
「そうだったな……」
「では」

 それだけ言い残して出て行こうとするクロノ。
 その後ろ姿に少しだけ危機感を覚えて言葉を投げかける。

「だが、時として感情を優先させることがいいこともある」
「グレアム提督?」
「常に冷静で居続けるのはただの機械だ。人の身で機械になることがないようにな」

 少しの間どういったことを言いたかったのかと立ち止まり考える。
 そして納得のいった解が見つかり振り返ってクロノは微笑む。

「それこそ大丈夫です。僕の周りには機械になりたくてもそれを許してくれる人は居ませんので」
「……そうだな。とにかく頑張りなさい。私も微力ながら力になろう」
「はい、ありがとうございます」

 今度こそ部屋から出て行くクロノの背中が見えなくなってから椅子に座り込む。
 彼は大丈夫だ。もし、心が折れそうなことがあっても周りの人間が支えてくれる。
 常に孤独であった人間とは違う。彼ならきっと―――


「―――正義の味方にはならないはずだ」


 どれだけ絶望しても孤独故に理想以外に縋りつく物がなかった衛宮切嗣とは違って。





 高町なのはの蒐集から夜が明けた早朝。
 切嗣はある情報をリーゼ達から知らされて若干顔を引きつらせていた。

(司令部が海鳴市、しかも翠屋のすぐ傍だって? ……いくら何でもピンポイントすぎるだろう)

 こちらが地球を拠点にしているということがばれるのは想定内だ。
 司令部をその世界に置くというのもまあ、理解できる。
 だが、こちらと同じ町に司令部を構えるなど想定外にも程がある。
 まさか、もうこちらの居場所がばれたのかと戦慄したがどうもそうでもないらしい。
 
 第一こちらの居場所を把握しているのなら先に偵察が来ているはずだ。
 間違っても同じ町に司令部を置いて相手に自分達の行動を警戒させるはずがない。
 リンディ・ハラオウンはそこまで愚かな人間ではない。
 そうなれば、理由は一つだけだ。偶然同じ場所になってしまったということだ。

(だが、偶然にも理由はあるはずだ。翠屋のすぐ傍、つまり高町なのはの傍。……保護するためか。やはり始末しておくべきだったか?)

 こんなことになるのなら自分もあの場に行って騎士達が去った後に始末しておけばよかったと思うが全ては後の祭りだ。
 よもや切嗣も娘のような少女を友達の傍に居させてあげたいという親心が働いた結果だと思いはしない。
 
 しかし、この状況は中々に難しい状況だ。
 何せ普通に歩いているだけで見つかる可能性が高いのだ。
 蒐集の際に変身魔法でも使っていてくれていればまだ状況は違ったのだろうが非情に危うい。
 しかし、だからといって場所を移すわけにもいかないのも事実。

(考えても仕方がないな。逆に言えば灯台下暗しだ。見つからない限りは相手もよもや同じ町に住んでいるとは思わないだろう。それにこちらからも仕掛けやすい)

 相手はマンションの上の階に住むらしい。
 邪魔なようなら下の階から爆破して始末してしまえばいい。
 もっとも、こちらとしても高位の魔導士は餌としても戦力としても必要なので安易に死なれても困るのだが。

(取りあえず、今後はあまり表に出ずにあちらの偵察だな。リーゼ達が直接尋ねるのが一番簡単で怪しまれないんだが……そうなるとヴォルケンリッターの見張りが止まるか)

 これからはヴォルケンリッター達は管理局を警戒してかなり離れた世界まで行くだろう。
 二人ずつに分かれて行動するのならリーゼ達だけで監視はできるが四手に分かれられると難しい。はやての監視も続けなければならないが……。

「おとん。いつまで寝取るんや。朝ごはんできたよー」
「ああ、今行くよ」

 はやての呼びかけでもう朝食の時間かとようやく気づく。
 どうやら一時間以上考え込んでいたようだ。
 凝り固まった背筋を伸ばして椅子から立ち上がる。
 ふと、鏡を見てみると酷く憔悴した男がこちらを覗き込んでいた。
 それが自分だと気づくのに一時の時間を要してため息をつく。

「僕は弱いな……理想が少しでも揺らげば仮面が剥がれ落ちる」

 こんな顔は家族には見せられないと漠然と考え洗面所に顔を洗いに出る。
 顔を洗った後に鏡に映ったのはどこにでもいる父親の顔だった。



「今日もすずかちゃんと会えたらええなぁ」
「すずかちゃん? 誰だい、その子は?」
「あ、おとんには言ってなかったっけ。昨日図書館であった優しいお嬢様みたいな子や」
「そっか。友達になれるといいね」

 朝ごはんの和食を食べながらはやてと談笑する。
 昨日の残り物に簡単なおかずそして味噌汁。
 それだけでも白米が進むのはやはりはやての料理の腕のおかげだろう。

「やっぱりはやての飯はギガウマだな」
「それは嬉しいけどヴィータは後で寝癖直そうな。凄いことなっとるよ」
「分かった。はやてが梳いてくれるよな」
「もう、甘えん坊さんやなぁ」
「別に良いだろ」

 プイと横を向いて唇を尖らせるヴィータにその場にいる者全員が微笑まし気な笑みを向ける。
 騎士達はこの日常を何としてでも守らなければならないと改めて決意を固める。
 そしてその横で切嗣は刻々と近づいてくる運命の日までのカウントダウンを続ける。

「ごちそうさま。ちょっと外で一服してくるよ」
「またかいな。最近おとんよーけタバコ吸いよるよな? ダメやでタバコは体に悪いんやから」
「大丈夫だよ。加減は分かっているさ」
「お父さん、本当に分かっているんですか?」
「……みんな信用がないね」

 普段は優しいシャマルにまで言われて少し肩を落としながらベランダに出る。
 横目で家族の様子を確認するが別段こちらを気にする様子はない。
 安物のライターを灯し慣れた手つきで紫煙を吐き出す。
 タバコは良い。煙が体を侵すように吸う度に、以前の冷酷だった頃の自分がぬるま湯につかった自分を侵していく。

「状況が不味いなら僕自身が動かないとな……」

 小声で呟かれた言葉は冷たい北風に流されて家族の耳には届かない。
 右腕の裾を軽くまくり上げてそこにある十字架のブレスレットにチラリと視線を向ける。
 地球に居た頃から愛用していた武器を完璧に再現するストレージデバイス。
 切嗣の主要武装。ある科学者が創り出した魔導士殺しの象徴。
 

 その銃が解き放たれるときは―――近い。

 
 

 
後書き
切嗣「頼むぞ、セイバー」
セイバー(デバイス名)「Ok,my master」
ちょっと考えたけどやっぱり想像できなかった。

実はまだデバイスの名前を悩んでいます。
候補としてはナタリア、マイヤ、アイリ、イリヤ、シロウを考え中(棒読み)
あと待機状態が十字架なのはあれです。 
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