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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第二十九話

 完全に打撲が治ったのは、拾われてから一週間ほど経ってのこと。
婆娑羅者だからか自然治癒力が早いこと早いこと。婆娑羅者ってのは言い方悪いけど化け物染みてるからね。
深手を負っても命に別状が無ければ、普通の人間よりも何十倍も早い時間で怪我が治っちゃう。
おかげで後遺症らしきものも無いし、とりあえずいつでも出陣出来るようにと今は軽く身体を動かして調子を整えてます。

 手伝うとは言ったけど、獲物が無いのはちょっと不便だなぁ……刀も捕らわれた時に奪われたままだし。
出陣するまでに何処かで調達したいところだけど、どうかしらねぇ……。

 「随分と調子が良さそうじゃないか」

 「竹中さんの治療が良かったんですよ」

 などと言いながらも身体を動かしている私を、竹中さんは何処か微笑ましそうに見ていた。
竹中さんは黒塗りの刀を私に差し出して、自分もまた両刃の剣を手にしている。

 んん? これはどういうことかな? その微笑ましそうな表情と行動が合ってないぞ?

 「君の実力を見たい。手合わせを願えるかな?」

 おおっと、やっぱりそういうことですかい。まぁ、実力も見ずに使おうってのは無謀だしね。これもまた仕方が無いか。

 私は刀を腰に差して、すらりと抜き放つ。
刀身まで黒塗りのその刀は、抜き放った途端こちらまで身震いするほどの冷気を放っているように思えた。

 何、この刀……普通の刀じゃない。よく分からないけれど迂闊に使っていいものでないような気がする。

 「銘は分からないんだけどね、竹中の家の蔵に長いこと放置されていたものを拝借してきた。
どういう謂れがあるのかは知らないが、君なら扱えるんじゃないかと思って持ってきたのさ」

 「それは、ありがとうございます。でも、多分曰くつきってやつじゃないですか? そんな感じがするというか」

 油断すればこっちが振り回されそうな気配すらある。
いい加減な心持で剣を握ったことはないけど、普段以上に気を引き締めないとって気になる。
それくらい尋常じゃないのよ、この刀。

 気持ちを静めて刀を構えた途端、竹中さんは刀をその場で振るう。
一体何をと思う前に、嫌な予感がしてその場を飛び退いた。剣が鞭のようにしなって私のいた場所を軽く抉っている。

 伸縮自在の剣? ええっと、吹き戻しみたいなイメージでいいのかな……
その剣をまるで鞭を振るうように扱ってるけど、よく見れば必ず一旦元に戻してる。
攻撃のパターンはあるし早いけれど、連続で技を繰り出せないのが難点ってところかな。

 とは言ってもアレで中距離と近距離はカバー出来てる。
流石に遠距離までは無理みたいだけど背後も普通の刀と比べれば隙が無いし、
原理を知らないでただの両刃の剣だと思って無策に突っ込んだらこっちが痛い目を見るね。
とりあえず刀に絡められたらこっちの負けだわ。最悪刀取られたら肉弾戦に持ち込むしかなくなる……ん? 肉弾戦?

 そうか、その手があったか。

 私は竹中さんの攻撃をかわしながら間合いを詰めていく。
竹中さんの放った一撃を刀で受け止めれば、思ったとおりに刀を絡め取られて身動きの取れない状況にされてしまった。
しばらくこの状態で外そうともがくふりを続けていれば、竹中さんが勢いよく剣を上げて刀を跳ね飛ばしてくる。

 予想した通りの展開に持ち込んで、私は小さくにやりと笑っていた。

 「これで終わ」

 「り、じゃないんだな、これが」

 手から離れた瞬間私は勢いよく間合いを詰めるべく駆け出した。
刀を跳ね上げてすぐに竹中さんは刀を投げ捨てて丸腰の私に攻撃を仕掛けてきたけれど、そこは重力の力を持つ婆娑羅者。
襲い掛かってくる刀身をふわふわと宙に浮かせて完全に動きを奪った。

 「なっ……」

 流石にこれは予想の範囲外だったようで、動きを止めたその一瞬の隙が命取りになった。
竹中さんの剣を持つ手を蹴り上げて剣を払い落とし、軽く投げ落としてみる。
地面に叩きつけて目の前に拳を突きつけたところで、勝負あったと私はにやりと笑った。

 「こんなんで、どうかしら」

 拳を引くて、竹中さんは両手を軽く上げて降参のポーズを取る。

 「まさか初めから刀を捨てるつもりでいたとはね。
君が重力の力を操るとは聞いていたけど、威力を殺すことも出来るとは思わなかったよ」

 「押し潰すだけが手じゃないですからねぇ。使い方を間違えなきゃ、矢はおろか銃弾だって当たりませんよ」

 防御にも攻撃にも使えるし、調整が難しいからあんまりやらないけど、
その気になれば空だって飛べるし結構この重力って万能なのよね。

 「君の実力は十分に分かった、有効に使わせてもらうよ」

 どうやらこれでしっかりと認めて貰えたみたい。後は決行の日を待つばかりだ。

 いつになるかは分からないけど……。



 夕飯を二人で食べながら、私は戦の話を切り出してみる。
参加するのはいいけど、具体的な作戦も知らないで命を懸けることは出来ない。
無論、それが策のうちなら話は別だけど、そうでもないのならば単なる足手まといになりかねないからだ。

 「十六人もいれば落とすのは容易い、って言ってましたけど、具体的にどうするつもりなんですか?」

 とりあえず腕試しをする、っていうのは分かったけど具体的な中身を知っておきたい。
最初は暗殺でも企てるつもりなのかと思ったけど、どうもそういうつもりもなさそうだし。
あくまでスタンスは仕返しと力試しらしいからそこまでやるつもりはないようで。

 「戦を仕掛けるにしては人数が少なすぎますし、龍興さんを暗殺しようってわけでもなさそうだし……」

 「まぁ、君の疑問は最もだ。たかが十六人で城攻めなどと、狂言も良いところと思われても仕方が無いだろうねぇ。
刀を構えて武装して、城に押し入ったらたちまち僕らは討たれて終わりだろうよ」

 そんなことを言う竹中さんは何処までも穏やかだ。
確かにそんなことをすれば一巻の終わり、自殺志願者と言われても反論の余地は無い。

 「だけど、城に入ることは存外容易いことなんだよ」

 竹中さんはにやりと笑う。

 竹中さんの企てはこうだ。斎藤家に頑張って仕えている竹中さんの弟さんに病気になってもらい、その見舞いと称して城に入る。
いくら隠居した身とはいえ、病気の弟の見舞いに来たと言えば怪しむ者はいない。
そして同様に見舞いと称して何グループかに分けて城の中に入るようにすると、侵入するのは難しくないという。
確かにお見舞いって名目だから、まさか内部に侵入されたとは誰も思わないだろうしねぇ。
揃ったところで内部から切り崩していけば、戦の準備をしていない城の中は大混乱になる。
その混乱に乗じて龍興を捕らえればいい、そういう作戦だった。

 そもそもこの城攻め、大将の生死は然程重要ではなく、城を一時的に奪えればそれでいいのだから条件としては楽なものだ。
例えば原っぱなんかで戦やってると、敵味方入り乱れる中で大将を見つけるのって結構大変なんだよねぇ。
で、それを殺すのもまた一苦労なわけなのよ。降参させるのも重労働だけど。
それを殺さずにただ捕まえておけばいいって言うんだから、気は楽だよ。だって重力の力で軽く抑えておけばいいんだもん。

 とはいえ、その作戦で行くのならば重装備は出来ない。
これから戦をしますって格好で見舞いに来る馬鹿はそうそういるもんじゃないし、普通は門前払いを食らうのがオチだろう。
まぁ、政宗様なら甲冑着込んで見舞いに来そうな気はするけど、あの人の場合は特殊だしそういう人間だと思われてるからまだいい。
けど、普通はそういうもんじゃない。だから極力軽装で立ち向かうしかないということになる。
鎧があれば軽症で済むような怪我も、この条件だと下手に切られれば致命傷になりかねない。

 「それなりに強い駒を揃えないと、折角敵の虚を突いても簡単に殺されて終わりますね」

 「そういうことだ。しかもこの“駒”は冷遇されている人間でないと意味が無い。
僕の個人的な感情も城攻めの理由だけど、家臣を侮るとこうなるという見せしめのためという意味もある。
傭兵や足軽達で揃えてしまっては意味を成さないんだ」

 なるほどね、確かに大人数で攻め込んで普通の戦に持ち込むよりも、
少人数で呆気なく攻め落とされたともなればそちらの方が恐ろしくもなる。
無謀に見えるけれど、後々の待遇を考えれば賭ける価値はあるかもしれない。

 「その根回しに奔走してるってわけですね。なら、安藤さんにそう言えば良いのでは?」

 「義父上は何も知らないということで一役買って貰っているのさ。
婿殿の身を案じて訪ねに来ている、そう思わせておいた方が尚のこと油断するだろう?
そうでなければ、何の為に何も言い返せないぼんくらだと思わせてきたのか分からないからね」

 敵を欺くにはまず味方から、ですか。いやいや、恐ろしい方ですね。
義理のお父さんまで駒に使ってるってのはなかなかねぇ……うちの小十郎じゃここまで非道にはなれませんよ。
まぁ、まだ祝言挙げてないからいないけど、身内に優しいのが伊達の家風だからねぇ。
勿論裏切ったりしたら鬼に変わるけどもさぁ。

 豊臣は厄介な敵になりそうだ。落ち着いたら一筆手紙でも書いて送ろうかしら。竹中半兵衛には気をつけろ、って。 
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