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禁じられた舞台

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2部分:第二章


第二章

「これで何もないですよね」
「祟りには御祓いだからな」
「そうですよね」
 こんな話をしながら赤い鳥居をくぐっていくのだった。白い石畳の道の周りには小石と砂の庭が広がり松の木が立ち並んでいる。その風景と松の香りが神聖な雰囲気を醸し出していた。
「だから。これで大丈夫だろう」
「高山さんは来られてないですね」
 若いスタッフがこの中でふと言った。高山というのはそのプロデューサーのことである。作品の上演を無理矢理押し切った彼のことだ。
「あの人だけは」
「あの人は無神論者なんだよ」
「宗教とかそういうのは全然信じちゃいないんだよ」
 他の面々がその彼に説明してきた。
「もうな。全くな」
「共産主義者じゃないけれどな」
「そうなんですか」
「唯我独尊さ」
「完全にジャイアンだよ」
 ある漫画のあまりにも有名ないじめっ子でありガキ大将の名前まで出されて言われる。少なくとも人望があるようには思えない彼等の会話であった。
「だから来る筈ないさ」
「祟りだって絶対に起きないって思ってるさ」
「絶対にですか」
 若いスタッフは周りの話を聞いて不安な顔を見せた。
「それに越したことはないですけれどね。本当に」
「俺達もそう思うさ」
「それはな」
 これについては誰もが同じ意見であった。誰も祟りなぞ望みはしない。それを考えれば至極当然の考えであった。言うまでもない程に。
「けれどな。実際に今まであの作品を上演するとな」
「事故が起こってきたんですか」
「いつもな」
 止めにも似た響きの言葉であった。
「いつも起こってきたんだ、これがな」
「言っただろ?火事とか舞台が壊れたとか」
「はい」
 若いスタッフは会議の時の話を思い出して答えた。このことは彼も覚えていた。
「あれ全部本当のことだったんですか」
「ちゃんと記録に残ってるさ。事実だよ」
「間違っても伝説なんかじゃないさ」
 皆こう言って高山の言葉を完全に否定する。
「本当に何かが起こってきたんだよ」
「だから俺達は反対したんだよ、上演にな」
「そうだったんですか」
 若いスタッフはそうした言葉を聞いてあらためて祟りのことを確認したのだった。その朴訥な顔に暗いものが宿る。
「それでですか」
「本当にどうなっても知らないからな」
「全くだ」
 彼等は確実に何かが起こると思っていた。それは確信そのものであった。
「まあ俺達はこうしてお参りして御祓いしてもらうからな」
「大丈夫だろうな」
「俺達は、ですか」
 若いスタッフは周りの声を聞いてとりあえずは安心したのだった。何だかんだといってもやはり誰でもこうした神やそうした存在のことを信じてはいるのだ。高山は別だが。
「けれど。あの人はどうかな」
「わからないな」
「わかりませんか」
「一応御祓いに行くって話はしたさ」
「それで誘ったぞ」
 彼等にしろ気は使ったのだ。しかしそれでもであったのだ。
「けれどああした人だからな」
「無駄だったな」
「まあわかっていたけれどな」
「来られなかったんですね」
 若いスタッフにもこのことはわかった。ここまでの話の流れでそれがわからない筈がなかった。
「やっぱり」
「ああ、鼻で笑われた」
「神社へお供えする金があったら制作費に回すとまで言っていたよ」
「そういう問題じゃないだろうにな」
 つまりはそうした人間であるということであった。実際高山は仕事はできるが予算の使い方やスケジュールの組み方は滅茶苦茶で異様に金のかかる作品ばかり作っていた。しかも現場にあれこれと口を出すし自分で何でもしようとするのでスタッフ達とはしょっちゅう衝突していた。演技にも口を出すのでとかく現場での評判は悪かった。かといって上に従うことも全くなかったのでトラブルメーカーそのものだったのだ。
「まあいいさ。俺達は誘ったし」
「責任は果たしたからな」
 彼等も高山を嫌っていたので実に冷たいものであった。
「後はどうなろうとな」
「知ったことじゃない」
「どうなろうとですか」
 若いスタッフは周りの言葉に同意していた。彼にしろ高山の仕事のあり方に疑問を持ち口出しを煩わしいと思っていたからだ。こうして彼等は御祓いを受けそのうえで撮影に挑んだ。とりあえず撮影は順調で高山にしては予算の編成もスケジュールの調整もやけにまともであった。
「何か今回順調だな」
「ああ、あれがいつも来ているのにな」
 このことはスタッフ達の間でも話の種になっていた。彼等にしてもこの撮影の進展が順調なのは意外であったのだ。それで今このことを言い合っていた。
 彼等は丁度ロケの間の休憩中で小屋に集まってロケ弁を食べていた。当然ながら高山はそこにはいない。彼は一人で同じロケ弁を食べていた。
 
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