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少女の黒歴史を乱すは人外(ブルーチェ)

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第十四話:事件勃発

 
前書き
ちょっと長めです。

そして主人公の、中々に黒い一面が垣間見えます。……いや、垣間見えるってレベルかな、コレ。


では、本編をどうぞ。 

 
 
「うわ、なんじゃこりゃ!?」
「あ?」
「……何?」


 楓子の声に釣られて、俺もマリスもテレビの方を見た。

 ワイドショーにて繰り広げられていた議論が終わってニュースに入っているらしく、男性のアナウンサーが楓子が驚いたのであろう、その原因となる事件の概要を読みあげる。


『ニュースです。本日、夏休みに入った事を利用し全国ツアー中のアイドル〔MAIK@〕のコンサート会場が、開園と同時に何者かに乗っ取られるという事件が発生し―――』


 喋っている間にも画面は切り替わり、事件現場が映し出される。

 背景には英語で幾つか単語が大きく書かれ、大型スピーカーが幾つも並べられ、四角い板が四ついたライト(正式名称は知らん)がつるされている、俺でもまず想像できる野外ライブステージ。
 そして舞台アイドルが本来立っている場所、その人物らしき人が尻もちを突いている横には……非常に『見覚えのある』奴が立っていた。


『みんなー! 今日はキキの為に集まってくれてぇ、ありがとーっ☆』


 体を覆えるほどの黒マントを羽織った、紫がかった銀髪の幼女―――【A.N.G(アンジェ)】が内の一体、キケロクロット・ナイトメアである。

 そいつが誰が得するかも分からない、コンサートジャックというバカな真似をやらかしていた。


「……お前の為じゃねぇだろうが……」


 キケロクロットの発言に、俺は不快感をたっぷり込めた言葉を、画面に向けて吐きつけた。
 聞こえないと分かっていても、余りに不快で口を突いて出てしまったのである。
 キキの為って……乗っといておいて白々しいというか、いけ図々しいにも程がある。
 もっと言うなら盗人猛々しいでも、シチュエーション的には正しいか。


「うっひょーーーーーーーーーーー! キキたんのライブだぁ! アイドルコンサートだあっ! 行きたい行きたい行きたい行きたい行きたいよぉ!」
「黙れ、喧しい」


 耳元で喚くようにほざかれる、愚妹の世迷い事は普通に無視して、ニュースの続きを待つ。画面内をよく見れば、戦慄くが様にファンの皆々が体を震わせている。

 まあ全国ライブと聞いて楽しみに待ち、始まるかと思った矢先に頭にウジがわいているかのような、馬鹿げた盲言を吐き付けられたんだ。
 怒りを湧きあがらせて当然、それが当たり前の反応だな。


『KIKIたんYAHOOOOO!YAHAAAAAA!!』
『これは歴史の始まりを見ているのか!? ロリアイドル生誕の瞬間を!』
『抱かせてくれーーーっ! 無理ならせめて抱いてーーーっ!』

「……」
「ウフフフ、キキたんキキたんキキたーーん! ナデナデしてあげたいよぉー」


 ―――訂正、怒ってなどいなかった。
 憤激の “ふ” の字も見当たらないまさかの大歓迎(男が大多数)。より一層熱狂した歓声で迎えられていた(女は例外)。
 世も末だ、とは恐らくこう言った事態をさして言うのだろう。

 お前ら何の為に、今まで『MAIK@』とかいうアイドルを追っかけてたんだっての。……何かがあって、それで乗り変えるなら兎も角……コンサートを乗っ取ったガキのファンになってどうすんだ。
 女性ファンがいなかったら、今隅っこで呆然としてる〔MAIK@〕、涙目になってた事請け合いだぞ、オイ。


『次のニュースです。少年マンデーで連載中である〔海のオリオン〕でも有名な、漫画家〔暁海雄(あかつきうみお)〕氏が、本日午後何者かの手によって連れ去られ―――』


 今度流れてきたのは、普通に洒落にならない誘拐事件だった。
 されど……猛烈に嫌な予感がする。


『―――安否が気遣われた矢先、暁本人から電話があったとの事で……夏コミに間に合わせるため同人活動を急遽開始する事にした〕、〔アイシャリア様のおっぱい超最高〕……などと、まるで意味不明な言葉を残しており、捜査本部は犯人が薬物で錯乱状態に陥らせていると見て、調査を進めています』


 嫌な予感が当たりやがった。嬉しくない。
 今日に限って、全く外れてくれやしねえ。

 今出た名前は―――――これもまた【A.N.G】の内一体である、アイシャリア=ロナ=怜美(レヴィ)の物なのだ。
 ……何で英語圏っぽい名前なのに、良く分からないミドルネームが入っていたり、無理矢理ルビをふった漢字が入っているのかは、頭が痛くなるためスルーが望ましい。


「兄ちゃん、あたしもアイシャリア様の巨乳に魅了されたいよぅ」
「……」
「あれ? ゆっくり手を上げたけど何がしたいの兄ぢょん!!??」


 指を咥えて物欲しげにしていると言う、非常に腹が立つ顔をしていた楓子を横目で見てしまい、放って置こうとはした。
 したものの……しかし言葉の内容を思い出して、反射的に手刀がバカの頭に叩き込まれた。

 少しばかりスッキリ。
 だが当然、何も解決していやしない。


「……何がやりたいんだ、【A.N.G】共は……」
「…… “何をしでかすか分からない” 、私はそう言った筈」
「だからって……」


 コレは無いだろコレは。
 どれもこれも事情を知っている物からすれば、クソったれなほど微妙なんだよ。


「マリス、お前ものんびりしていないで、アイツらが暴れたのなら捕まえに行きやがれ」
「……それは無理。一定以上の魔力を使用した場合、それを波動としては感知できる……けれど、この程度では何も分からないも同義」
「なるほどな……」


 キケロクロットの馬鹿な事件や、拍子抜けする誘拐の真相でちょいと吹き飛んでいたが、マリスでは他の【A.N.G】には勝てないので、鎌を携え突貫するのは無謀にも程がある。

 場所も分からず、目的も分からず、さりとてこれ以上騒ぎを大きくせぬよう、大胆にも飛び回る訳にはいかない。
 なら此処でジッとしてテレビを見るしか、他に出来ることが無いに等しい。
 まあ俺としてはこのままのバカなままで終わってほしい。戦いに出る羽目になるのはまっぴら御免だから。

 しかし、これで終わってくれればまだ良かったものの、不安を呷るニュースは続いて行く。


『続いてのニュースです。本日正午、秋葉原〔ゲマーゾ〕本店が何者かの手によって襲撃され、店内にて飾られていたサイン色紙が全て強奪されるという、大胆な犯行による事件が発生しました』

「流石に洒落にならないか……唯一の救いは金目の物じゃあ無いって事だが……」
「ちょっと! 何言ってるのよ兄ちゃん!!」


 俺がぼやくと、顔で子がまたもうるさい声で俺の言葉に異を唱えた。
 ……お前は一々声を張り上げないと、自分の意見一つ説明できねえのか。


「〔ゲマーゾ〕本店にはラノベ作家様のサイン色紙が一杯飾られているの! こう言ったサイン色紙は同じ重さの金より価値がある! 寝言を言えるほど緩い事態じゃないのよ!?」
「……その例えが真実だとしたら、何枚集めようが千円に届きゃしねえな」


 サイン色紙の重さなぞ高が知れている。
 それに実際に売った際の値段は、金の方が確実に上だろう……言わずもがなだ。

 というか、あんな紙板を集めた所で一体何の役に立つ?
 一戦の価値もないとは流石に俺も言わないが……しかしどれだけ大事だろうとも役に立たず、ただ文字が書かれているだけで思い出も無いのだから、最低一年もせずに見飽きてどっかの隅に放置されるのが “オチ” だ。

 だが楓子は聞いちゃいない。「テラウラヤマシス」と訳のわからない言葉を、呪詛にも似た響きで繰り返し吐き続けている。
 オマケに横から離れない。位置をズラすと付いてくる。
 ―――だからウザイとばかりに、俺は肘鉄で弾き飛ばした。


『目撃者によりますと犯人は十代の少女であり、白い水着の様な鎧にも似た服を着用し、逃走時には白く光る謎の棒状の物を出して壁を破ったとの事で、警察当局はその目立つ風貌から、付近の住民にも目撃者を募り―――』

「……目撃者だと……!?」


 一瞬、メープルの犯行だと分かった俺は呆れた。
 聖天使が泥棒の真似事どころか、強盗そのものを引き起こして……よくもまあ、その名前を名乗れたものだなと。

 しかし彼女の名前から否応にも脳裏に姿が浮かび、この一件が改めて、冗談ではすまされないものだと気がついた。


「……麟斗、彼女達は人知の外にいる者。警察では―――」
「それぐらい分かってる。俺が言っているのはそこじゃない……メープル(あいつ)楓子(バカ)と瓜二つ。だから何が起こるかは分かるな?」
「……わかる」


 あのバカがよりにもよって『ぶっちゃけアタシそっくり』等と書き記したがために、メープルはもう双子を超すレベルで楓子“そっくり”なのだ。

 そして警察では無理な以上、止められる者が現時点ではマリスしかおらず、しかしマリスは最弱な所為で実質立ち向かえる者は居ないも同じ。
 だから天使モドキ(メープル)はこれからも大胆な犯行を繰り返すだろう。もしかしたら、金品強奪騒ぎすら、起こしかねない可能性がある。

 このご時世、携帯のカメラも発達しているので、どれだけ逃げ続けても何れ顔が全国にさらされてしまうのだ。

 そう…………他ならぬ『犯罪者』としての、楓子の顔が。


「テラウラヤマシステラウラヤマシステラウラヤマシス―――」


 アホずら下げたまま依然として同じ言葉をつぶやき続ける楓子は、この事態の危険性をまるで分かっていない。
 こんな時に言うのもなんだろうが……やっぱり馬鹿だなアイツ。


「……麟斗」


 呼びかけられた声に顔を向ければ、寝たままのマリスと目が合い彼女は頷く。数秒間を置いてから、覚悟を決めろと再び首を縦に振る。
 共にメープルを捕まえようと、俺に促してくる。

 マリスの言わんとしている事は分かった。《婚約者(パートナー)》たる可能性の方に掛け、ともに行動することを認め、闘おうと言うのだろう。

 ……ハ、冗談じゃない。
 俺にだって生活がある、俺にだって日常がある、俺にだって進む道がある。何でこんな馬鹿に付き合わされなけりゃならない?


「……」


 だが、メープルの顔を全国に報道されない為には、止めるしかない。

 先も言ったが、いずれ顔が知られるのは必定。そうなるとやり玉に挙げられるのは、体型以外は鏡写しなウチの妹・楓子だ。
 勿論、超常的な力の有無は言わずもがな、纏う雰囲気や体形からも、すぐに疑い自体は晴れるだろう。
 しかし晒しモノと成る事に変わりは無い。そして奇異の目で見る者達も暫くは減らない。

 結果日常的に、後ろ指を刺されて暮らす事となる。

 無関係で流されるのはまず有り得ない、奇妙な噂も立つだろう。学校でだって無感傷ではいられまい。
 最悪の場合、半分ほどは自身が原因であるものの、それでももう半分は謂れ無い非難を受ける事請け合いだ。


「……麟斗。覚悟を、決める時」
「……」


 だから俺は、マリスの方を向き、真剣な表情で言った。


「そうだな。努力ぐらいはしよう」
「……そう。今は、それでいい」


 マリスは何処か満足そうな顔で、少しだけ無表情を緩めて答えた。
 明らかに予測通りの答えを受け、嬉しそうにしている。俺はそう思った。

 その “勘違い” している彼女を見やり、俺は更なる言葉をつきつける。


()()()()()、頑張らないとな」
「……ん」


 この言葉を聞き、普通は疑問に思うだろう。

 妹の為に動いているんだろう? なら何が勘違いなのか? と。
 ……だが、“それ” は余りに俺という生き物を知らな過ぎる、そんな答えだと言わざるを得ない。


 妹が不憫? ハ、()()()()

 正直アイツがどうなろうと『知った事じゃない』。
 結婚できなくなろうが、イジメにあって世を儚もうが、それでバカが治るなら万々歳だ。

 治らないなら一生距離を置かれたままで居ればいい。
 それ自体『俺』には何の関係もない話だからな

 “普通” の妹であれば、俺も心を痛めたかもしれないが、コイツに対してそんな思いを抱く気は無い。
 俺の言葉から声色から、“隠している事” が分からず取り繕っている物ではないと “素直” に思ったか、柔らかい無表情という何処か矛盾した顔をするマリス。
 普段の彼女を知る者なら、笑顔と錯覚しそうな雰囲気を湛えている。


「……楓子の為、頑張ろう」
「アイツの為だけじゃない。他の人間の為でもある」
「……それも、また正しい」


 後半は本心だが、前半は自分でも心にもない言葉だと、自嘲し苦笑しそうになるのをこらえた。


 先程、楓子がどうなろうと知った事ではないと、俺は言った……だがこの状況だと話は別だ。
 なにせ、楓子に向けられた奇異の目が、俺に向かない理由は何処にもない。

 寧ろ何か隠していると、楓子以上にあげつらう輩も出るだろうな。
 だから俺は行動する、それが()()()()だ。
 例えぶん殴っても治らない楓子(バカ)の為に命張る理由が何処にある?
 自分の人生を無茶苦茶にさせないため、俺は少なからず努力すると言ったんだ。

 不義理と罵られようが知った事では無い。
 妹の人生がこの神社の存続にかかわるかと言えばそうでもなく、兄だからと言ってそこまでしてやる義理など無い。
 謗る奴は恐らく、楓子の決して省みない反省の無さ、現実と二次元の混同具合、それを知らない者だ。


「兄ちゃんかっこいいよ!遂に主人公と成る決心がついたんだね!」
「主人公じゃねえ」


 此方の会話だけで、ある程度推測した楓子が、耳にうるさい拍手を送ってきた。
 百年の恋も冷める性格をしているくせに、モテモテで囃し立てられ調子に乗り、家でもお袋という味方が居る……そうやって恵まれ、反省などしなくともいいとコイツは思いこんでいる。

 だからとても残念だ――――そんなコイツが大きく項垂れ、煩く無くなるのを見れないのが。

 まあ背に腹は代えられない。
 ()()()()()()()、本心を隠して協力するとしますか。


「……思い出した事がある」
「何だ?」


 だからマリスの言いだした事にも、ちゃんと耳を傾けた。


「……《婚約(エンゲージ)》には段階があった。まずは仮《婚約》、次に麟斗が望む事で広がった正《婚約》―――そして最後に完全《婚約》がある」
「面倒臭い設定だな……それで?」
「……完全《婚約》が成立する条件……それはキス」
「ほう………………は?」


 傾けてはいたが、溜めも無くサラリと言われた単語に、俺は聞き逃しかけ、それでもどうにか反応した。
 ……聞き間違いじゃあ無いな、うん。
 今絶対に…… “キス” って言ったぞ、コイツ。


「……だから麟斗、キスをしよう」
「断る」
「……何故?」
「そもそもの《婚約》事態が不明瞭だろうが。する理由が無い」
「……でも…………」


 やっぱり受けるんじゃなかった、そして真面目に聞こうとするんじゃあ無かった。
 そう思った俺は、無理矢理耳からマリスの言葉を追い出―――


「……正《婚約》後、二十四時間以内にキスしないと……麟斗は爆発して死ぬ」
「はぁ!?」


 ―――そうとして、何時もは出さない音量の声と共に、勢いよく体ごと振り返る。

 ……ああ、これも聞き間違いじゃねえな。
 今確かに 『爆発して死ぬ』 って言ったぞ、コイツ。

 今までの話を総合すれば、確かに正《婚約》の証自体は俺の腕に現れていないものの、しかし受け入れたという感触はあり、どっちに傾いているのかも分からない状態だ。
 つまり今の俺は、爆発もせず死なない可能性も勿論あるが、爆発して死ぬ可能性も大いにあるという、極めて厄介な状況に陥ってしまっている。
 そして起きる起きないの二択を迫られた際、どちらかが最悪である場合は、そちらを想定して行動せねばならない。

 つまりこれから俺がすべき事は、考えるまでも無く言わずもがなのだが……。


「楓子、コレは脅しだろう?」
「………………」


 無言で目を逸らし続ける。
 つまりは真実か。


「何故こんな設定にした? 説明しなけりゃ“フルコース”だ」
「だ、だってさぁ……美少女にキスを迫られて、それで嬉し恥ずかしで男の子が駄目だって抵抗するけど、でも爆発するからどうしようって葛藤するのお約束でグボェッ!?」


 真面目に聞いていられなくなり、脳天目がけてまず拳骨を落としてやる。
 ガックリと下がった頭に続けてチョップ、最後に左アッパーで思い切り後ろに倒した。


「説明しても怒るなんてぇ……グスン」


 戯言は放って置き、俺は眉をしかめる。嫌な気分になるのは当たり前だ。
 なにせお約束だかなんだか知らないが、様は非常にめんどうな事態を引き起こしてしまい、しかもあろう事か俺がその “約束” というふざけた状況……もっと言うならトラブルの渦中に巻き込まれてしまった。

 これ以上最悪な事は他にないな。

 何だ? 俺が家族を内心蔑ろに扱ったから、天罰が下ったとでも? 
 ならこの世界は、随分女性に優しい世界だこった。
 トラブルを引き起こしたのも、馬鹿を見る必要があるのも……楓子の方だと言うのに。

 とにかくキスはやりたくない。
 好きでもない奴と唇を合わせるなど、しかもよく分からない堕天使となど、真っ平御免だ。
 ……だが、爆発する可能性がなぁ……。


「……麟斗」


 誰かを睨み殺さんばかりに顔を顰めていると、マリスが寝転がった体勢そのままに、唇をにゅっと突き出して来た。
 その様相、まるで下手糞の描いたタコのごとし……即ち全く可愛くない。

 コイツに恋している奴がいたら、これを見た途端ソレはまやかしだったのかと、大口を開けて我に返りそうなぐらいだ。
 ほんとクソったれなぐらいブッサイクな顔、もう色気も減ったくれもなく、顔面の筋肉やら神経やらを使うのが、酷いと即決で口にできるぐらいに不器用過ぎる。

 そして……こういった事態で、あの『バカ』が何の反応も起こさない訳もなく―――


「ダメーーーッ! キスは駄目―――ッ!」


 ほらな、楓子(バカ)戯言(バカ)を言いながら飛びこんできた。
 さっきまでパートナーと成る事を喜んでいたくせに、数分と経たずもうコレだ。
 食事の時と言い、意志がブレブレにも程があるだろが。


「……楓子は立案者。なら知っていた筈、なのになんで邪魔をする?」
「だってマリスたんが言うまで忘れてたもん! キスしなきゃいけない設定のこと!」


 コイツがいかに脊髄反射でノートに書きつづり、その場の勢いの身で行動しているかがよくわかることばだ。
 そう言えば前に、ノートを書いている時不意に神が降りて来るとか、そんな世迷い事を聞いた様な気もするが……。

 まあ、それは即ち “こう言う事” なんだろうな。


「何故止めた? キスしなければ死ぬってのに」
「大丈夫、兄ちゃん1人じゃ死なせないから。大丈夫……私も一緒に死ぬよっ、うるぶッ!!」


 コイツと死ぬのだけは本当に御免だと、行動で示すべく擬音を口に出そうとしたデコの頭を掴み、床に叩きつけて強制的に中断させた。


「自分に酔うな」


 あと、俺に嘘泣きが効かないといい加減理解してほしい。
 妹やらの嘘泣きに逆らえず、ついついワガママを聞いてしまう奴っているだろ?
 だがウチの兄弟間では違う……だってこいつの場合、ウザッたいだけだからな。

 オマケに半分以上の確率で、こいつの言う事は道理が通らない。
 聞く理由など存在せず、聞く気も端からねえ。


「わかった! じゃあわかった! 妥協案で良いから!」
「で?」
「兄ちゃんのファーストキスはあたしが貰う! マリスたんはその次って事で!」


 もう呆れて声が出ない、腕も動かない。
 何が悲しくて妹にファーストキスを捧げなければならない? ならマリスとキスした方がマシだ。

 勿論、これは例え話。故にどちらともしたくない。
 だが……爆発かぁ……。


「……楓子」


 と、今の今まで寝転がっていたマリスが、少しばかり重い空気を発してユラリと立ち上がり、俺と楓子の方へと近付いてきた。


「……私と麟斗は真剣な話の最中。だから遊びで邪魔しないで」
「私だって真剣だよ、真剣に恋してるんだもん。譲れないね此処だけは」


 実の兄に真剣に恋してどうするんだ……。


「……ならば仕方が無い」
「ん! 早い者勝ちだね!」
「……正々堂々、勝負」
「恨みっこ無し! だよ」


 言うが早いかマリスは某野菜人の如きスピードと動きで回り込み、楓子も何時もの挙動からは考えられない速さで詰め寄ってきた。


「……さあ、さあ麟斗」
「兄ちゃ~ん。こっちのキスは甘いぞ~っ」


 懸命にキスを迫る二人だが、何分二人と比べて頭一つ分以上高い俺は、ちょっと顔を上に傾ければ背伸びする二人の唇から逃れる事が出来る。
 だからこそそう簡単に奪われずには済んでいるのだが、懸命に唇を突き出してキスを覚める様は、正しく鬼と同義の形相であり、間違ってもこんな奴等にキスしたいとは到底思えない。

 ……今だから思うがなマリス、無表情キャラじゃなかったのか? お前。

 これが単なる二人のおフザケならば、そしてマリスの羽交い締めで動きを止められていなければ、脚で突き飛ばすなり叩くなりしてやり過ごせたものを、状況に至った経緯が経緯だけに、暴力で解決できなくなっている。
 それがクソったれなぐらいもどかしい、もどかしくてたまらねえ。
 ……だからそもそもキスなんて方法を取り入れるのが―――いや、待てよ?


「チ……仕方ねえ」
「……! 麟斗、こっちこっち」
「こっちに来て! とってもプルプルだよぉ」


 俺の言葉に反応し、二人がより興奮した様子で詰め寄ってくる。そんな二人に手を伸ばすと……俺は額をかき上げマリスにキスを、楓子にデコピンをかましてやった。


「……コレでは誤魔化せない。麟斗、ちゃんとして」
「うぼあっ!? 何で私の方は暴力ーっ!?」


 なんて喚く二人だが―――次の瞬間、俺は左手に『何か』が走った感触を受ける。
 見ると、マリスも同じらしい。


「………………恐らく、完全《婚約》完了の、証……」
「みたいだな」


 確かに《婚約》の設定の内、爆発しない為には完全《婚約》結ばねばならず、そしてそれはキスによって成立する設定ではあった。
 だがしかし、『唇を重ねろ』……とは言われていない。
 そっちに賭けてみたが、中々どうして上手く行った。

 これで何の反応が無くても、恐らくマリスの方には何らかの変化を伝わるだろう。
 今回の博打は成功という訳か。


「ふーんだ! せいぜいがんばってよね! 《婚約者》さん!」
「……麟斗、最後まで一緒に戦い抜こう」


 見ると、楓子は畳に寝転がって不貞寝を始め、マリスはかなり残念そうな空気を漂わせている。
 だが知ったこっちゃ無い。

 マリスと《婚約》を結ぶのが目的なら、それを達する事が出来れば良いのであり、今は手段など選んでいられなかった。
 それに楓子が不貞腐れるのはお門違いだ……何せあいつ、この事態において全く関係ないし。


「くだらねぇ」


 呆れ顔でそれだけ吐き捨てると、俺はかたまった首をゴキリと鳴らした。

 
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