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古城の狼

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4部分:第四章


第四章

「何故銃創が無かったのだろう。まさか今頃弓矢で狩りをしているとは思えないし」
 ベッドから起き上がり窓の外を見ながら考えた。窓の外には月が輝いている。
「そういえばあの犬の歯の跡」
 僕は肉にあった歯の跡について考えた。
「犬にしては大きいような。いや、これは考え過ぎか」
 僕はそれについての考えを打ち消した。
「犬といっても色々いるな。大型犬かも知れないし」
 その時遠くから遠吠えがした。
「狼か!?」
 だがこの辺りの狼はもういないと聞いている。
「犬か。この屋敷の犬かな」
 僕はふとそう考えた。だがそれは違っていた。
 遠吠えは黒の森の方から聞こえて来る。まるで狼のそれのように。
「違うみたいだな。何処の犬かは知らないけれど」
 僕は窓から目を離した。
「どちらにしろ月にはよく合うな。そう思うと音楽みたいでいい」
 僕はベッドに入った。窓には黄金色の月が遠吠えを背に輝いていた。
翌朝目覚めると執事が部屋にやって来た。そして僕を食堂に案内した。
「グーテンモーゲン」
 食堂に入ると主は僕に挨拶の言葉をかけてきた。僕もそれに返した。
 もう一人僕に挨拶の言葉を掛けて来る人がいた。女性の声である。
 見れば白い絹の服に身を包んだ女性である。齢は三十前後であろうか。金色の髪に青い瞳の美しい女性である。
 その金髪は長く腰まである。軽く波を描き朝の光を反射し輝いている。瞳は澄んでいてまるで湖の様であった。だがその瞳に僕は僅かばかりの違和感を感じた。
「ようこそ、我が城へ」
 その女性は僕に言葉を掛けてくれた。僕もそれに返した。
「いえ、こちらこそ。お邪魔しております」
「こちらが昨日申し上げた妻です」
 主は僕に対して言った。
「こちらの方がですか」
「はい」
 彼は微笑んで答えた。
「宜しくお願いしますね」
 その貴婦人は僕に対し微笑みで答えた。その顔を見て僕はふとこの城のほかの人達とは違うと感じた。
 顔に生気があった。肌は白いがそれは雪の白さであり蝋の白さではなかった。美しい肌であった。
 僕はこの人の美しさに暫し見惚れた。それに気付いたのか気付かなかったのか主人が声をかけてきた。
「それでは朝食にしますか」
「あ、はい」
 僕はその言葉に我に返った。奥方はうっすらと微笑んだ。
 食事はドイツらしくソーセージに黒パンであった。ザワークラフトもある。
 僕はザワークラフトが好きである。だからそれを多くもらった。見れば主人も同じであった。
 だが奥方は違った。ソーセージばかり食べている。パンもザワークラフトも口にしない。
(ソーセージがお好きなようだな)
 僕はその時はそう感じただけであった。そして朝食の後家の主人と奥方に礼を言って城を去ることにした。あまり長居をするのは失礼だと思ったからだ。
「待って下さい、これから予定はありますか?」
 奥方が尋ねてきた。
「いえ、特に」
 僕は答えた。
「気ままな一人旅ですから。まあ暫くはあの森を見ていたいと思っていますが」
 そう言って黒の森のほうを指差した。
「そうですか」
 彼女はそれを聞いて微笑んだ。
「それでしたら暫くこの城を宿とされては如何ですか?」
「しかしそれは・・・・・・」
 僕はその申し出を断ろうとした。やはり図々しいと思ったからだ。
「いえ、よろしいのです」
 彼女は微笑んで答えた。
「お客様がおられたほうが何かと賑やかですし。それに」
 彼女は言葉を続けた。
「日本からのお客様なんて珍しいですから」
「あっ、ご存知でしたか」
 僕は彼女が日本という言葉を口にしたのに反応した。
「ええ。城に帰って来た時に主人から」
「そうですか、ご主人から」
 僕はそう言うと主人の方を見た。彼はニコリと微笑んだ。
「それでしたら」
 引き止めてもらえるのを無碍に断るのも失礼だと思った。
 
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