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2部分:第二章


第二章

 妙子はそれからも襖が怖くて仕方がなかった。そうして襖に近付くことすら怖くていつも開けておいたままにしたりしていた。それが暫くの間続いた。
 しかしそれが終わる時も来た。ある時のことである。
 部屋で一人遊んでいた。しかし不意に家のチャイムが鳴った。
「お客さん?」
「妙ちゃん、出てくれる?」
 すぐにお母さんの声がしてきた。
「お母さん今手が離せないの、お父さんも」
「何をしてるの?」
「お料理作っているのよ」
 そういうことであった。妙子の家ではお父さんも料理の手伝いをする。だからこれは妙子にとっては自然のことであったのだ。
「だから出てくれるかしら」
「わかったわ」
 口ではお母さんにそう応える。そうして遊ぶのを一旦止めて立ち上がる。しかしここで。
 目の前に閉じられた襖がある。妙子はその襖を見たのだ。
「襖・・・・・・」
 開けるのどころか近付くことすら怖かった。本当に何がいるのかわからなかったからだ。
 行かなければならない。それでも足がすくんでしまっていた。怖くて動かないのだ。動けないでいると不意にお母さんの声がまた聞こえてきた。
「妙ちゃん?」
「何?」
 妙子はお母さんのその言葉に応える。だが応えるだけであった。
「どうしたの?そっちに何かあるの?」
「何もないよ」
 一応はそう答える。だが動けないことには変わりがなかった。
「じゃあ御願いね。あっ」
「どうしたの?お母さん」
「おい、お母さん」
 ここでお父さんの声がした。
「大丈夫かい?」
「え、ええ」
「大丈夫って」
 今のお父さんとお母さんの言葉を聞いて急に心配になった。不安ではなく心配なのである。
「お母さん」
 無意識のうちに身体が前に出た。何時の間にか襖に感じている恐怖はなくなった。そうして。
「どうしたの?」
 お母さんに聞きながら襖を開けた。そこには何もいなかった。だがそれすらも彼女は気付いてはいなかった。
「何かあったの?大丈夫なの?」
「え、ええ」
 するとここでお母さんの答える声が返ってきたのであった。
「大丈夫よ、妙ちゃん」
「そうなの」
「ちょっとお皿を落としただけだから」
 どうやらそれだけであったらしい。驚いたがそれは大したことがないようであった。妙子はまずはそのことにほっと胸を撫で下ろすのであった。
「よかった」
「それで妙ちゃん」
 お母さんがまた言ってきた。
「うん」
「お客様御願いね」
「あっ」
 言われてそのことを思い出した。そしてもう一つのことも。
「玄関に出て。御願い」
「わかったわ」
 お母さんの言葉に答えると共に後ろを振り返る。そこには開かれた襖とその向こうの今まで彼女がいた部屋があるだけであった。おもちゃや絵本が無造作に転がっているだけであった。
 そして今いる部屋には何もない。ただ彼女がいるだけでその影が見える。それだけであった。
「何もいないんだ」
 妙子はその自分だけがいる部屋の中で呟いた。聞こえるのも彼女の声だけであった。
「いるのは私だけなんだ。それだけなんだ」
 それがわかった。襖の向こうには誰もいないことがわかった。彼女がそこに入るまでは誰もいないということを知ったのだ。
「何だ、それだけだったんだ」
 わかってしまえばどうということはなかった。ただその中で笑うだけだった。
「怖くとも何ともないんだ」
 それを心の中で確かめてお客さんの相手に向かう。妙子の幼い頃の恐怖はこうして何事もなく消え去ったのであった。
 
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