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日本号

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第三章

「今ここで」
「よし、飲むのじゃな」
「はい」
 その通りだとだ、母里は福島にはっきりと答えた。
「これより」
「言ったな、ではこの盃の酒を飲めるか」
「その程度の盃ならば一気に」
「飲み干せるというのじゃな」
「如何にも」
 母里は座していたが胸を張って答えた。
「これよりそうさせて頂きます」
「よし、ではこの盃にこれより酒を並々と入れる」
 福島は笑みを浮かべて母里に告げた。
「それを一気に飲み干してみよ」
「わかりました、それで」
「それで、何じゃ?」
「それがしがこの盃を飲み干した時はどうされますか」
「ははは、その時か」
「はい、どうして頂けますか」
「その時は何でも好きなものを所望せよ」
 福島はそんなことが出来る筈がないと酔った頭で考えてだ、母里に返した。
「好きなものを取らす」
「それがしの望むものを」
「うちの奥以外はな」
 実は福島はかなりの恐妻家だ、少なくとも豪の者である彼は戦の場で退くことはない。しかし正室だけには怯えているのだ。
 それでだ、彼女だけはと幾ら酔っていても言ったのだ。
「よいぞ」
「さすれば」
「よし、盃に酒を注げ」
 福島は早速周りの者達に告げた。
「そしてこの者に馳走してやれ」
「畏まりました」
「さすれば」
 周りの者達も内心また殿の酒癖が、等と思ったがそれは隠してだった。
 そのうえで福島から盃を預かりそこに酒を注いだ。大盃に酒がどんどん入っていった。
 盃の中の酒が一杯になったところでだ、母里に手渡された。母里が両手にその盃を持つとずしりときた。
 ここでだ、福島は母里に楽しそうに言った。
「一気にじゃぞ」
「わかっておりまする」
「一気に飲めば何でもやろうぞ」
「奥方様以外のものを」
「そうじゃ、何でもじゃ」
 一気に飲んだその時はというのだ。
「わしも漢じゃ、約束は守る」
「その言葉偽りではありませぬな」
「嘘は言わぬ」
 決してとだ、福島は誓いもした。
「確かにな」
「さすれば」 
 母里は福島の言葉を胸に確かに刻んだ、そしてだった。
 その盃を持っている両手を動かして盃を己の口に近付けた、そのうえで。
 酒を飲みはじめた、一口また一口とだ。
 彼は飲んでいく、その度に喉がごくごくと動く。
 誰も飲めると思っていなかった、福島も周りの者達も。だが。
 気付けばだ、あっという間にだった。
 母里は盃の中の酒を飲み干してしまった、そうして言うのだった。
「この通り」
「何と、まことに飲み干したか」
「見事な酒でした」
 母里は福島ににこやかに笑って述べた。
「流石は天下の福島様が飲まれている酒ですな」
「いや、その大盃の中にこれでもかと入れたというのに」
「あまりにも美味で一気に飲んでしまいました」
「何という酒豪なのじゃ」
「して先程のお言葉ですが」
 母里は驚いたままの福島に自分から言った。
「それがしが一気に飲み干したならば」
「何でもと言ったな」
「はい、奥方様以外は」
「そうじゃ、何がよい」
 何とか己を取り戻してだ、福島は母里に返した。驚きのあまり酔いが醒めだしている。 
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