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モラ

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第一章

                 モラ
 パナマの北東、カリブ海にはサンブラス諸島と呼ばれる島々がある。三百六十はあるその島々は実に美しい。
 その島々を見てだ、その島々の中の一つで小さなホテルを経営しているルイス=シドはコバルトブルーの海とスカイブルーの空を見つつぼやいた。
「奇麗だよな」
「兄貴、そう言ってもな」
 その彼に弟のフランコが言う。
「今日はな」
「暇だな」
「お客さんいないからな」
 だからというのだ、見れば二人共浅黒い肌に黒髪を短くしていてパーマでだ。口髭を生やしている。兄弟でそっくりの顔だ。
 その弟がだ、自分とそっくりの兄に言うのだ。
「暇で当然だろ」
「何か暇だとな」
「嫌か?」
「張り合いないだろ」
 兄はこう弟に言うのだった。
「どうにもな」
「兄貴仕事人間過ぎるだろ」
「というか仕事をしてな」
「それでか」
「そうだよ、忘れたいんだよ」
 かなり切実な言葉だった、顔にもそれが出ている。
「失恋をな」
「そんなの酒で忘れろよ、兄貴の趣味の水泳なり釣りなりでな」
「酒はもういいんだよ」
「飽きたか?」
「何か二日酔いが続いて気分が悪くなった」
 そうなったというのだ。
「だからもう暫くいい」
「そうか、じゃあ海で釣りか泳ぐかしろよ」
「鮫出てるだろ、今は」
 そのマリンブルーの見事な海を指差してだ、ルイスはフランコに言った。
「それもうじゃうじゃとな」
「ああ、警報出てるな」
「そんなところで泳げるか」
「まあ泳いだら死ぬな」
「そうだよ、だからな」
「今は仕事でか」
「忘れたいんだよ」
 その失恋をというのだ。
「ったくよ、よくあることでもな」
「失恋なんてな」
「それでもいいものじゃないぜ」
「失恋が嬉しい奴なんていないさ」
 このことはだ、フランコも言った。
「俺だって振られたことあるしな」
「ああ、その時御前落ち込んでたな」
「兄貴の気持ちもわかるさ、けれどな」
「お客さんがいないことはか」
「仕方ないだろ、またお客さんも来るさ」
「そうだな、またな」
「幸いここは観光地だからな」
 サンブラス諸島、そこはというのだ。
「今日はたまたまさ」
「そうだな、じゃあな」
「飽きても飲むか?」
 酒、それをというのだ。
「強い酒をな」
「だから飽きたって言ってるだろ」
「いいさ、じゃあ昼寝でもしてるな」
「それじゃあな」
 こうしたことを言ってだ、二人は何もないこの日を過ごそうとしていた。 
 だがここでだ、その二人のところにだ。
 近所の服の仕立て屋のシンタ婆さんがホテルに来てだ、いきなりこう言われた」
「暇なら手伝ってくれるかい?」
「手伝う?何をだよ」
「あたしの店のだよ」
 こう寝ようと自室のベッドに入ろうとしていたルイスに告げた。
「ちょっとね」
「って婆さんの家の娘さん夫婦はどうしたんだよ」
「隣の島で友達と飲んでるよ」
 あっさりとした返事だった。 
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