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女人画

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8部分:第八章


第八章

「違うか」
「確かにそうですけれど」
「そうならいいな。それではだ」
「ええ。明日ですね」
「用意はもうしてあるな」
 こうも相模に対して尋ねた。
「それの用意は」
「幾ら俺でも商売道具は忘れませんから」
 笑って言ったこの言葉が答えであった。
「幾ら何でも」
「それならいい」
「まあそういうことで。じゃあ今回も手早く済ませて」
「後はどうするつもりだ?」
「そうですね。お金も入りますし」
「うむ」
「観光でもしますか」
 能天気な調子でこう言うのであった。
「仕事の後で軽く」
「軽くか」
「何日かかけて」
 こんな調子で言葉を続ける。
「楽しませてもらいますよ」
「それはいいが私は帰るぞ」
「あれ、帰られるんですか」
「何時までも事務所を空けておくわけにもいかない」
 こう言うのである。
「だからだ。それでだ」
「何だ、じゃあ俺一人でですか」
「それでもここにいるんだな」
「ええ、そのつもりです」
 このことは変えるつもりはないのであった。
「折角奈良に来たんですし」
「なら一人で色々と回ってみればいい」
 そのことについては特に何も言わない間であった。
「仕事が終わればな」
「その時からまあ」
「お金も入るしな」
「そうですよね。だからゆっくりと派手に」
「全く。君は本当に旅や観光が好きだな」
「人間の喜びですよ」
 旅や観光をこうまで言うのであった。
「はっきり言いましてね」
「では酒や御馳走は何だ」
 今飲み食いしているそれについても問うた。
「そちらは何なのだ?」
「勿論それもですよ」
 にこやかに笑って間に答えたのであった。
「人生の喜びは一つとは限りませんから」
「幾つもあるのか」
「だから人生は楽しいんですよ」
 何処までもエピキュリアンなのがわかる言葉であった。それはまるでこの世にはそうしたものしかないかのような実に明るいものであった。
「違いますか?」
「だがその前にだ」
「ええ。冒険ですね」
「仕事だ」
 あえて真面目に言う間だった。
「それはいいな」
「勿論。そちらも楽しませてもらいますんで」
「そちらもか」
「楽しみは冒険の後で手に入れるものですから」
 ここでも仕事を冒険と言うのであった。
「ですから。そういうことで」
「よし。では明日な」
「はい。早速仕掛けますか」
「まずは中に入る」
 間の言葉が引き締まった。
「それでいいな」
「ええ、それじゃあそういうことで」
 相模は最後に頷いた。それからはその懐石料理に奈良の酒を楽しむのだった。そうして次の日。奈良でも有名な名家である中鷹家に二人の女がやって来たのである。
「お茶のですか?」
「はい、そうです」
「私達はこういう者でして」
 中鷹家の壮麗な玄関で二人のその女は名刺を出していた。二人共見事な和服を着ており奇麗に化粧をして髪を整え実に気品のある格好である。
「お嬢様が習っておられるお茶の方ですか」
「左様です」
「お嬢様にはまだ御目にかかっていませんが」
 二人はそれぞれ家の人に対して言っていた。その人は若く美しいが気品といったものはあまりない。割烹着を着ているところからどうやらこの家の使用人さんらしい。
「それでも。一度御目にかかりたいと思い」
「こうして参りました」
「そうだったのですか」
 その使用人さんは名刺を見たということもありそれで納得したのだった。
「それで」
「はい。それでですね」
「お嬢様は」
「今出られる準備をされています」
 使用人さんはこう述べた。
「丁度今から出られるので」
「そうなのですか」
「一体どちらに」
「大島画伯のお屋敷です」
 二人はこの名前を聞いてその整った化粧の目の奥を光らせた。
「絵を習われているのと一緒に絵のモデルになられていて」
「左様ですか」
「はい、ですから今御会いするわけには」
「いえ、大島画伯ですね」
「その方ですね」
 しかし二人はここで引き下がらずにこう言ってきたのだった。
 
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