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大正牡丹灯篭

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8部分:第八章


第八章

「そちらも御仏の道ですぞ」
「これは違うからな」
 社長は藤次郎に対して述べる。
「よく覚えておけよ」
「そうなんですか」
「いやいや、社長もまたわかっておられぬのです」
 しかし住職もまた言う。
「道はですな。毒も知らないと」
「住職のそれは極道になっているではないですか」
「そうした道を知るのもまた」
 かなり手前勝手な道の解釈をする住職であった。しかしそれでも妙に説得力のある言葉であった。藤次郎はそんな住職と社長の話を聞きながら奥座敷の部屋に入りそkで美酒と馳走を楽しむのであった。だがその中でも今一つ浮かない顔であった。
 宴は程なく済んだ。社長も住職も泥酔寸前まで酔っておりその身体を芸者達に支えられていた。だが藤次郎はかなり飲んだのにまだ平気であった。
「お強いですな」
「若いからだな」
 住職と社長はそんな彼を見て言うのだった。
「わしも若い頃はな。それこそ」
「拙僧もですぞ」
 二人は真っ赤な顔でそう言う。
「浴びるように毎日飲んでも平気だった」
「拙僧もそれこそ法事の後には信者の方々とですな」
「まあまあ御二人共」
 彼等の肩を持っている芸者の一人が笑いながら二人に言う。
「今も御立派ではありませんか」
「そうかな」
「だといいのですがね」
 かなり見え見えのお世辞にも笑える程泥酔している二人であった。
「まあここは車でも呼んで」
「帰りますか」
「もう御呼びしていますよ」
 芸者の一人がまた言う。
「ですからもう少しお待ち下さい」
「わかった」
「それでは」
 芸者のその言葉に頷く。そうして入り口で泥酔したまま車を待つ。藤次郎もそこにいて車を待つのであった。
 その横を海軍将校達が横切る。彼等の中には笑顔で社長と住職に敬礼をする者もいる。やはり互いに顔を知っているからこそであった。
「社長、どうも」
「住職さん、こんばんは」
「おう、どうも」
「こんばんは」
 二人もまた挨拶を返す。そうしてすぐに酔い潰れてしまった。藤次郎はそんな二人の横に立っていたが少し年配の階級が上の将校が彼の前を通り掛かった。そうして彼の顔をちらりと見たところで怪訝な顔を浮かべるのであった。
「よくないな」
「何か」
「いや、失礼なことを言うがね」
 その海軍将校はそのまま彼に言うのであった。
「君の顔には死相が出ている」
「死相がですか」
「そうだ。一旦は消えたが」 
 彼の顔を見続けながらの言葉であった。
「消えたのですか」
「しかし。これは不思議なことだ」
 将校はさらに述べる。見ればいぶかしむ表情もそこにある。
「また出て来ている。これは一体」
「そういうことはないのですか」
「普通はない」
 それが彼の今までの見立てであるようである。それは藤次郎にも届いた。
「しかもだ」
「しかも」
「それを望んでさえいる」
「あの、それは」
「あくまで顔相での話だ」
 こう断るが。それでも不吉な言葉だったのは間違いない。少なくとも藤次郎の心からは離れることがない言葉であった。
「そうであるが。それにしても」
「私は。死にますか」
「では聞く。それが怖いか?」
「怖いか、ですか」
「死ぬことがだ」
 将校は藤次郎を見据えながら問う。それは彼に対して答えを強いるものであった。
「それは。どうなのだ」
「はい。それは」
 それを受けて答える。
「怖くはありません。むしろ」
「むしろ?」
「私は。悩んでいることがあります」
 麗華のことである。例え彼女がこの世の者でないとしてもだ。それでも恋慕う気持ちがそこにある、それは間違いのないことなのだ。彼もそれは否定できなかった。
「それが果たせぬならばやはり」
「死んでもいいのか、それで」
「そうですね」
 やはりその言葉に頷く。
「果たせぬのならば」
「思い詰めているな」
 将校はそこまで聞いて述べた。
「何処までも」
「その通りです。ですがそれも」
 考えが固まってきたのであった。だがもう一度将校に問うた。
「私は。その死を逃れることができますか」
「死をか」
「それは。どうなのでしょうか」
「正直に言おう」
 彼はそれを受けて述べた。本当に彼が見ているものをそのまま述べたのである。
「逃れれば逃れられる」
「そうですか」
「だが。その場合は望むものは得られない」
「決してですね」
「うむ」
 藤次郎に対して頷いたのだった。
「決してな。それはわかっただろうか」
「わかりました。ではやはり」
「死してもいいのなら手に入れるのだ」
 こう彼に告げた。
 
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