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少女の黒歴史を乱すは人外(ブルーチェ)

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第五話:予期しなかった幸運

 
 休みだと言うのに人の入りが粗方少ないファミレス……その端の方に位置するテーブルで、奇抜な恰好をした少女達が六人ほど集まっている。

 唯でさえ日常ではまず着ない衣装、まずしないメイク、存在しえない髪色に目の色の少女が、一か所に六人も集まっていれば注目を集めるのは必然であった。


 全員見目形が整っており美少女と言えるが、中でも異彩を放っている者が一人いる。その少女は見た目もさることながら、今行っている行動もいささか目を引くものであると言える。

 別に踊っている訳では無く、歌っているでも勿論なく、そしてポーズを決めている訳でもなければ、特徴的且つ有り得ない喋り方もしていない。


 少女が注目を集める理由は、堂々頭を机に打ち付けんばかりに下げ、腕を大きく広げつっぱって手をついているからだ。


おまけに周りの四人は挙動の大小あれど、傍からでもそれなりに分かるぐらいアタフタとしていて、如何したらいいか分からないと挙動不審な態度に対し、頭を下げている少女からは対極的なまで明確に「生きててすいません!」といった、かなり後ろ向きな雰囲気がにじみ出ていた。


 そこまでの温度差だ、目立ってしまっても仕方が無い。


 店員がコーラやオレンジジュースにミルクティーなど、各自の飲み物を持ってきた事で如何にか一時空気は晴れるのだが、頭を下げていない、またオロオロとしていないだけで、流れる雰囲気に変わりがなかった。


 もう黙っていられなくなったか、一人が恐る恐る口を開いた。


「そんなに気にしないでよ。吉岡先輩だって忙しかったんでしょ? 都合が悪い時だってあるってば」
「私達だって見たい見たい! って半ば急かしちゃったのもあるしさ」
「楓子、わたしも……後押し知っちゃった所為でもあるし……ね?」
「ごめんねみんなぁ……ありがとぉ……ううぅ」


 口々に慰めの言葉を口にし、楓子の名前を口にした一番の友人である、長い黒髪の少女・舞子にも慰められ、彼女は何とか立ち直った。

 楓子の見立てでは旨く行くと思い、自慢に自慢を重ねたのだから、一種の恥ずかしさもあったのかもしれない。


 何せ彼女の兄である麟斗は楓子の突然の来訪に対しても、まあ失せろとは言われこそしたが、しかし声を上げて追いたてる事もしなかったし(彼女が麟斗の声を荒げた所を見た事は無いが)、ちゃんと読んでくれてはいた模様。

 『エレメントⅩⅢ』は昨日の今日とは言え彼の部屋に置かれている。


 だから彼女はコスプレもしてくれると思っていたし、よしんばそうでなくともファミレスにぐらいは来てくれると思っていたのだ。
 が、結果は無残にも『バックレられる』と言うモノに終わり、こうして頭を下げていたのだが。



 謝り倒して慰め合いの末、何とか空気が柔らかくなり、それぞれ話題を出して談笑と洒落込み始めた。


 ―――先程一人が楓子の兄を “先輩” と称した事から分かる様に、彼女等はネットで繋がったコスプレ中までは無く、学校に集うクラスメイト間でのオタク仲間達なのだ。

 正確に言えば楓子が押しに押して『エレメントⅩⅢ』の魅力を伝え、オタク文化を普及……とまでは行かないがそれなりに広め、今日は特に興味を示していた者たちで集まって、コスプレパーティーをしようと計画していた訳である。


 ウィッグだけでなく衣装にカラーコンタクトに軽いメイクなど、それなりに本格的なコスプレをしており、楓子の一番の友である舞子がコスチュームを沢山持っていた為、これ幸いにと利用して更に後押ししたのも、彼女等の間で来ずプレブームに火を付ける一端となっていた。


 皆の容姿の整いようから似合っていると言う事も、原因足る要因になるだろうか。


「それにしても……別に責める訳じゃないけどね? 吉岡先輩の『黒崎水城』みてみたかったな~」
「絶対似合うもんね、先輩。髪の毛が灰色だから余計にそう思っちゃう」
「なんていったらいいんだろ……あの、何処か別の場所を見てるみたいな視線もピッタリだし」
「うん……絶対に似合うから、来てほしかったけど」
「ホントごめんね皆ぁ……もっと強く説得すれば良かったんだよ、アタシ!」


 言いながら楓子は、あるちょっとした危機感を覚えている。


 今し方話をした四人の内二人は純粋に興味から言っていたが、舞子ともう一人は頬を軽く染めていた。
 クラスメートの一人は兎も角、舞子は若干ウットリとしている。


 常日頃から麟斗は楓子の事を “異常にモテる奴” だの、“引く手数多な選り取り見取り” だの言っているが、楓子からしてみればそれは彼に対しても同じ事だと言えた。
 素で気が付いていないのか、それとも気が付いていないフリをしているのかは分からないが、少なくとも楓子のクラスメイトの内、少なくとも四、五人は彼に淡い恋心を抱いていると、彼女はそう確信している。


 案外少ないと思われるが、しかし別のクラス……否学校全体まで目を向ければ、その総数はより大きく膨れ上がるだろう。


 また、一番上の兄を引き合いに出されている所為で分かり辛いが、座学は一歩抜きんでて上位陣に迫れているし、運動面に関してはその何でも超人な長男にも匹敵する。要は周りの教師達が以前、余りに優秀な生徒である彼女等の兄を見てしまったせいで、比べる対象が可笑しくなっているだけなのだ。


 彼自身は満足いかないようで『良くも悪くもない』……と自己評価を下してしまっているのが、実に勿体ない所である。


 教師達が彼を下に見る理由の一つに、母親似と言われる楓子や一番上の兄と違い、麟斗はどうも一部一部で父親に似てしまった為に、髪の色や独特な空気もあり、生まれついての眼付きの悪さが際立っている事も理由に挙げられた。


 それに麟斗は険しい表情を崩す事はあれど、楽しそうに笑った事はそれこそ “全く” 無く、苦笑や自嘲で口もとを僅かに歪める事はあったが、どの場面でも総じて喜怒哀楽の “喜” と “楽” を抜いた顔しかしなかった。


 そこから転じて、態度の悪い生徒だ、と取る教師が出たのだろう。


 ……尤も、彼が反論してきた時はそれなりにビクつき、幾ら兄が優秀だからと言ってそこばかりもい出すのはよく無いと、また教師という立場と権利を笠に着る態度はいい加減にして欲しいと、別の教師人の反論もありその悪口を言っていた一派は(と言うのは聊かおかしいが)今はそれなりに大人しい。



 纏めてしまうと―――勉学もそれなりでスポーツも出来て、普通の男子とは雰囲気が違って、尚且つ見た目も良いとくれば、モテない訳が無いのである。
 肝心の麟斗自身が自覚していない節があるのが、一番残念な所だが。



 一頻り麟斗の話題を語り終えると、一人の剣士風な衣装を着た女の子がグラスを傾け、柔らかく笑った。


「兎に角さ、来なかったのならしょうがないし……それに今日はプチ☆パーティーでしょ? 楽しもうよ」
「うん! もちろん!」


 再びラノベやアニメ、漫画にゲーム関連の話題へシフトし始め、今自分が『エレメントⅩⅢ』以外にハマっている物は何だの、あのラノベは外れだったけれども別のは思った以上に面白かっただの、このキャラの能力(ちから)はこんな風にも使えそうだの、今後はこんな風に物語が進展していきそうだの。

 ―――個人的な賛否や考察から、本当に単なるたわいもない話を、彼女等は嬉しそうに話し続けて行く。


(はぁ……ここに兄ちゃんが来てくれたらもっと面白いのになぁ…… “あの人” よりもっと、ラノベ談義は無理そうだけど)


 楓子が今し方思った “あの人” とは実は『一番上の兄』の事であり、楓子は以前よりラノベは低俗だの、そんなくだらないモノを呼んで何が楽しいのかだの、ジャンル違いなだけで彼とて同じくらいなオタク気質にもかかわらず、散々詰られてきた事もあり良い感情など抱いていよう筈もなかった。


 表では品行方正と猫を被り裏では妄想癖こみで大仰な長男、実は小学校辺りから既に中二病気味になり常にハイテンションな楓子……彼女等はそれなりによく喋る、もとい喧しい性格だった。

 だが、麟斗はと言うと兄弟の中では静かな方で―――――と言うか比べるのも可笑しいぐらいに余り喋らない質であり、両親すらどの様にコミュニケーションを取っていいかと難儀して、ついつい内心テンパってしまう、かなりクセ者な存在である。

 楓子が談義出来ないと思ったのも頷けよう。


 だが一方で、いっこうに漫画やら一部アニメやらへ理解を示さない父や、先に言ったようにかなり馬の合わない長男とは違い、即答で失せろと言ったり時に手刀をかましてくるだの、此方もちょくちょく物騒な麟斗ではあるが……これまで一回たりとも、楓子の趣味を否定した事が無い。


 『エレメントⅩⅢ』のプチ☆コスプレパーティーこそ来なかったが、無言で分かり辛かったものの否定はしなかったし、置いて行った原作本を投げ捨てず、並びも変わっていたのでちゃんと読んでくれていた事もうかがえる。



 表面上は冷たく、しかし内心はどこか温かい……長男とトコトン反発しあってきたのも相まって、楓子はそんな(麟斗)しか “兄” と思っていない。
 オマケにかなりのブラコンであった。


 ……無論、周知の事実である。


「むぅ~……理解してくれてるなら、もうちと踏み込んでも良いと思うのになぁ。水城がいれば第四巻の挿絵の真似できるのにぃ~」
「抱き上げるシーンね。うん、確かに麟斗さん……筋力あるから行けるかも」


 楓子の発言に舞子が返した。
 実は麟斗の幼馴染である理子(さとこ)の妹でもある舞子は、麟斗の事を先輩名義や名字では無く名前で呼んでいる。


 付き合いの長さとサブカルチャー方面で知識の広い彼女だからこそ、楓子の言いたい事を一発で理解し、次いで彼女も同感だと頷いている。


 それでもクラスメイトの一人が言っていたように、無い物強請りをしても来ないのは事実であり、一先ず今日は暫く駄弁して解散だと、楓子は話終わると同時にグラス内のコーラを飲みほした。




 そして店を出た―――――その時だった……。



「お? なーに君等可愛いじゃん」
「マジだ! マジだよ!」
「へぇ……これコスプレって奴か?」

「えっ?」
「な、何?」


 突然ガラの悪そうな三人組が現れ、入口から少し離れた場所に立つ楓子達の傍まで、大股でズカズカと近寄って来たのだ。自分達より背も高く人相の悪い連中な為、怯えて声が出ず顔が引きつっている()までもいる。
 何より舐めまわすような視線は、これから良い出来事など起こらない事を悟らせた。


 男達は彼女等の怯えをどう取ったのか、更に近寄り話しかけて来る。


「今出てきたとこ? なら暇でしょ? もう一回別の場所まで行っちゃわない?」
「け、結構ですから……」
「心配すんなよ、俺らだって鬼じゃねぇ、奢ってあげるってば」
「あの……えっと、おなかいっぱいですし、もう此処で解散……」
「つれねー事言うなよ、な? 行こうって」


 彼女達が何度断ろうともしつこく、ナンパにナンパを重ねて話しかけて来る男達に、楓子達はどうしようもなくただ俯き、ただ震えている。

 だが追い払えないのも無理はない。設定上では幾らでも強い力を作れても、姿をキャラクターそっくりに出来ても、やっぱり唯の女子中学生なのだから。

 更に彼等の顔は凶悪な作りで、服装もどことなくアウトローと言った感じであり、恐怖からか店の人も周りの通行人も助けようとしない。
 警察に届け出ることでもないからか、もしくは目を付けられたくないからか。


「なあこの子らさぁ、服とか髪とかお揃いで可愛いくね?」
「おっ、確かに! ねぇ君等双子とか? あ、姉妹だったりする?」

「あ、ちょっと……!」
「うぅっ……」


 昨日今日出会ったばかりで碌に接点が無いにも拘らず、馴れ馴れしく話しかけるだけならまだしも、肩に手を置いたり髪を触る物まで出始め、1人既に泣きだしてしまっている。

 だがそれを見ても―――


「あれ? 何でおれに障られたのそんなに嬉しかった?」
「いいじゃんいいじゃん、なら是非一緒に行こうって!」
「そんなに可愛いんだしよ、遊ばなきゃ損だぜ?」


 何を勘違いしているのかより楽しげになり、手まで握ってくる始末。

 話を聞かない事、強引に迫った来る事、見た絵による利点が重なり、もう手に負えなくなっていた。


(ど、如何したらいいの……こんな奴等と一緒なんてやだよッ……!?)

「じゃあ行こうよ! ほら、リードしてやるからさ!」
「レディーファーストなんだぜコイツ? ラッキーガールじゃん」
「や、やめてくださっ……ひっ」
「大丈夫大丈夫! さ、手をこうやって」



 一歩引いて悪足掻きにもならない抵抗をした楓子と、動けなかった舞子へ、三人の中で一番派手な服を着た男の手が迫り――――




 横から伸びてきた、別の手に掴まれた。


「えっ……?」
「は? ―――ってうおっ!?」


 訝しげにナンパ組の内一人が見てみれば、自分達と同じぐらい背丈の高い男が、何時の間にやら傍におり、三人とも大なり小なり驚いた。


 灰色の髪、赤い目、黒いコート、明らかに普通じゃあない人物がそこに居たのなら、誰だって驚く。


 ナンパしていた男達は最初、眼付きの悪さから自分達にも似た人種なのかと思ったが、よく見れば少女達と同じアニメかラノベのキャラコスプレであり、そう分かるや否や口もとを歪めた。


「おいおい、女の子の前で格好付けたいってか? それとも不意に手が出ちゃっ―――」


 そこから先は喋れなかった……いや、喋らせてもらえなかった。
 何も言わずに繰り出された、灰色の髪をした男の拳がめり込んだからだ。

 思わぬ不意打ちに受身も取れず、と言うより先の一発で既に失神し、派手目なナンパ男は大の字になって倒れる。


「はっ……ちょっ……お、お、オイオイオイ! こっちは二人がごべっ!? ちょまってへべん!?」
「ま、待ってくれるぐらい良いだろぼろご!!」


 文句を言いつつ近寄って来た禿頭頭の男へワンツーパンチをかましたかと思うと、拳を振り切った勢いそのままに後ろへ左ソバットを打ち込んで、二人共を簡単にのしてしまった。


 それでも何とかヨロヨロと立ちあがった二人は、絶賛気絶中な仲間を二人係で抱え起こし、目の前の灰色髪の男を睨みつける。


「て、てめぇ! 今度会ったら―――」
「……あ゛?」
「なななななななんでもありませーーーん!?」


 しかし肉食獣が如き恐ろしげな眼光を向けられ、チビりそうになりながらと言った感じで悪質なナンパ男達は逃げ去っていった。


 少しの間辺りは静まり返っていたが、一番最初にとある少女が動いた事で、停まった様な空気が動き出す。


「に、にいちゃん……兄ちゃーん!」
「麟斗さん……!」


 大分我慢していたのか、少々涙を浮かべながら楓子が現れた人物・麟斗の胸へと飛び込んだのだ。それに舞子まで続く。


「……おい」
「うう、うぅっ……」
「ほ、ホント、来てくれて良かったよ……兄ちゃん……!」
「……ハァ~……」


 最初こそ表情へ若干煩わしさを浮かべ、両手を上げ掛けていた麟斗ではあったが、本当に震えて頑なに話そうとしない二人を見て、溜息を吐き渋々手を下げている。


 周りの楓子の友人達も近寄り、御礼を言いながら彼に頭を下げている、それに対して麟斗は何時も通り寡黙に「いや……」とだけ言って返した。


 周りからも小さいながらに歓声が起こっており、一先ずナンパと言う名の強姦モドキから発生した小さな事件は、解決へと向かったのであった。




 そしてその日の帰り道。

 
 途中まで道連れだった舞子と別れた二人は、神社への階段を上がっていた。


「ねぇねぇ兄ちゃん? それなりに嫌がってたのに来てくれたんだ?」
「仕方無く……な」
「もう、照れなくってもいいのに♡ 可愛い妹が心配だったんでしょ!」
「お袋の画策で、服が無かった……その代わりだ」
「またまたぁ、照れ屋さんなんだか―――――何でもありませんですハイ」


 調子に乗ってすり寄ろうとした瞬間、彼等が父親である吉岡京平にも迫る、恐ろしき眼に射竦められ、楓子は即行で取り下げた。


 だがそれでも尚、楓子は嬉しかった。

 何せあの時絶妙なタイミングで助けに入って来てくれたのだ、それは正にとあるフィクションのワンシーンの如く。
 なまじそう言ったシチュエーションにあこがれる性分な為に、そ当事者である事もあって嬉しさは一入だろう。


 改めて次兄の顔を見やり、楓子は嬉しそうに鼻歌を歌い出す。


 彼女の中で、兄への『愛』がより大きくなった瞬間だった。



 ……家に帰った時、麟斗の言っていた事が本当だと分かった際、微妙な表情になったのは余談である。 
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