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お母さん狐の冒険

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3部分:第三章


第三章

「待って下さい」
「どうかしたのですか?」
「ちょっと前足を」
「?」
 熊さんはお母さん狐がどうしてそんなことを言うのかわかりませんでした。そんなことを急に言われて余計に不機嫌になりました。
「あの、奥さん」
「待って下さいね」
 けれどお母さん狐は熊さんが言うより早くその右の前足に行きました。そしてそこからあるものを取り出しました。
「つっ」
「これでいいですわ」
 お母さん狐はそれを取り出して満足そうに言いました。それは一片の木の欠片でした。
「おや」
 熊さんはここで気がつきました。
「前足が。もう何とも」
「これが足に刺さっていたんです」
 お母さん狐はその欠片を熊さんに見せて説明します。
「足、痛くありませんでしたか?」
「ええ、実は」
 熊さんはお母さん狐の問いに答えました。
「やっぱりそうでしたか」
「それでイライラしていたんですよ」
 熊さんは言います。見ればその顔もさっきまでとは違いすっきりとしたものでした。
「けれどそれが取れると。何か痛くなくなりましたし」
「よくなりましたか?」
「おかげさまで。どうも有り難うございます」
「いえいえ」
「ところで奥さんは今からどちらへ行かれるのですかな」
 熊さんはあらためて尋ねました。
「何処かへ行かれるようですが」
「実は町まで」
 お母さん狐は答えました。
「子供達に手袋を買いに」
「手袋をですか」
「はい」
「だったら道は選んだ方がいいですぞ」
「道をですか」
「そうです。ここを進んで行けば町へ行く道が二つありますな」
「ええ」
「そのうち右の道は近道ですが今は行かれない方がいいです」
「何かあるのですか?」
「実は。今あの道に犬がいまして」
「犬が」
 お母さん狐は犬と聞いて顔を青くさせました。狐は犬が大の苦手なのです。犬と聞いただけで身体が震えて毛が逆立つ程苦手なのです。
「だから。右の道は絶対に使われないことです」
「わかりました」
 犬と聞いて行く気にはなれませんでした。お母さん狐はここは熊さんの言葉を素直に聞くことにしました。
「ではそちらは」
「左の道を行かれるといいです」
 熊さんはまた忠告しました。
「左は今は鹿さんがおります」
「鹿さんが」
 森の長老で物知りで知られています。鹿さんの言葉は皆から頼りにされているのです。
「だから安心ですぞ。町へは遠回りになりますが左の道を通りなさい」
「わかりました。どうも有り難うございます」
「棘を抜いてくれた礼ですわ」
 熊さんは笑って言いました。
「ですから。御気になされぬよう」
 そう言って御礼はいいと言ってくれました。けれど狐さんは熊さんに一言御礼を言ってからその場を後にしました。そして左の道に向かいました。
 左の道を行くと熊さんの言葉通り鹿さんがそこにいました。長いお髭を生やして道に立っています。
「あっ、鹿さん」
「おお、狐の奥さん」
 お母さん狐は鹿さんがそこにいるのは知っていましたが鹿さんはお母さん狐が来るとは思ってはいませんでした。それで最初に出した声の感じがそれぞれ違っていたのです。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
 まずは挨拶を交わしました。
「今日は何処へ行かれるのですかな」
「町まで」
 お母さん狐は鹿さんにも正直に答えました。
「子供達に手袋を買ってあげに行くんです」
「そうですか、それはよいことです」
 鹿さんはそれを聞いて顔を崩して笑いました。
「もう寒いですからな」
「そうなんですよ。もう子供達も寒い寒いって言っていまして」
「だからですな。町まで」
「はい」
 お母さん狐は頷きました。そして話を続けました。
「それはよいことです。けれど町に行かれるのならば用心して下され」
「何かあるのですか?」
「はい、どうやら入口で蛇がいるそうなのです」
「何だ、蛇ですか」
 けれどお母さん狐はそれを聞いても平気でした。
「蛇だったら何の心配もいりませんよ」
 狐は蛇をよく捕まえるからです。特にお母さん狐はそれの名人でもあります。蛇なんてちっとも怖くはなかったのです。
「いやいや、ところがこれが普通の蛇ではないのです」
「マムシですか?」
「また違います。大蛇なのです」
「大蛇」
「はい。それはもう呆れる程大きな。それが町の入口で寝そべっているのです。それで皆怖くて引き返しておるのです」
「それはまた」
「行かれるのならば御気をつけ下さい。下手をするとぱっくりですからな」
「わかりました。それでは」
 そんなに大きな蛇がいると聞いて怖くないと言えば嘘になります。けれどそれでもお母さん狐は行くと決めたのです。鹿さんにお別れを告げるとそのまま町へ向かいました。その時ふと思うことがありました。
「そうだ、蛇なら」
 お母さん狐はあることに気付いたのです。
 そして町まで行く途中にある酒屋さんに入りました。店主のリスさんが出て来ました。
「御主人のお酒ですか?」
「いえ、町まで行くので」
 お母さん狐は言いました。
「買って行こうと」
「町へ行くのにですか?」
「はい」
「それだったら。いらないと思いますけれど」
 リスさんはそれが少し不思議でした。けれどお母さん狐はそれでもお酒が欲しいと言いました。
「まあいいですから」
「そりゃ買って下さるんならこっちもお渡ししますけれどね」
 お金も出してもらっては売らないわけにはいきませんでした。
「それじゃあ。どうぞ」
「はい」
「途中飲んでその辺りに寝転がったりしないで下さいよ。もう寒いですから」
「それはわかっていますよ」
 お母さん狐は笑ってそれに応えました。寒いから子供達の為に手袋を買いに行くのです。それでどうしてそんなことが出来るでしょうか。お母さん狐はだから笑ったのです。
「それじゃあこれを下さい」
「はい」
 お母さん狐が買ったのはお店で一番安い量だけは多い焼酎でした。それもとびきり強い焼酎です。お父さん狐も滅多に飲まないような本当に強いお酒です。お母さんはそのお酒を見て満足そうに笑っていました。
「このお酒なら」 
 お母さん狐には思うところがあったのです。そしてその思いを秘めたまま大蛇がいるという町の入口に向かいました。
 町の入口にやって来ました。見れば鹿さんのお話通り大蛇がそこに寝そべっていました。
「あの、蛇さん」
「ん!?何か用かい?」
 その蛇さんはとても大きな頭をゆっくりとあげてお母さん狐に顔を向けました。
「お渡ししたいものがあるのですけれど」
「私にかい?」
「はい、これです」
 お母さん狐はこう言ってさっき買った焼酎を蛇さんの前に出しました。
「これをどうぞ」
「お酒か」
「はい」
 見れば蛇さんの目の色が変わっています。実は蛇はお酒が大好きなのです。これは狐が油揚げが大好きなのと同じ位です。本当にこれには目がないのです。
「有り難う、では早速頂くよ」
「ええ」
 蛇さんはその場でお酒を飲み干してしまいました。そしてすぐに高いびきをかいて寝てしまったのです。

 
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