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DIGIMONSTORY CYBERSLEUTH ~我が身は誰かの為に~

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Chapter1「暮海探偵事務所へようこそ」
  Story6:浮き上がる謎 潜入、セントラル病院!

 
前書き
 
五日はさんで、再び投稿です。
  

 
 





 黒いアグモンとガブモンとの勝負を乗り越え、無事にログアウトゾーンへとたどり着いた俺達。
 ここから現実世界に帰るべく、ログアウトすることになるのだが、その前に……


「テリアモン、チビモン、ミノモン。これから俺は現実世界に戻るけど、こっちにいない間はデジヴァイスを通して、デジファームってとこにいてもらう事になるんだ」

「でじふぁーむ?」

「なんだ、そこ」

「まぁなんていうか、皆の休憩所みたいなところだ。そこからだったら俺とも話ができるし、こっちの様子も見られるそうなんだ」


 そう、やることとはテリアモンをデジファームに送ることだ。この間はあの化け物に襲われてしまっていたし、そんな機能もなかったせいでテリアモンを置き去りにしてしまったが、御神楽さんのおかげでその必要もなくなった。
 取りあえず全員を説得し、デジヴァイスを通しデジファームへ送った。そして俺も覚悟を決め、ログアウトゾーンに乗っかった。たかがログアウトするだけに、こんなに緊張すんのは初めてだな。

 ログアウト機能を使い、現実世界へ戻るコマンドを入力。そして気がつくと、先程も立っていた“暮海探偵事務所”にいた。
 どうやら、無事にログアウトできたみたいだ…


「ふふ、無事に戻ってこれたじゃないか。当然の帰結、推測通りの結果だが」

「暮海さん…」

「しかし、よくよく現実離れした能力だ。物理法則に律儀に従っているのは、物質生命体としての本能的な恐怖によるものかな…? ふふ…本当に興味深い」


 いや、興味深く思うのは勝手ですが、そのちょっと黒い笑みは止めてくださいよ。なんか今にも分解して調べ始めるような、マッドサイエンティストな笑みですよ、それ。


「―――邪魔するよ、キョウちゃん」


 そんな時だ。事務所の入り口の方から、扉が開く音と男の人の渋い声が聞こえてきた。
 慌てて振り返ると、そこにはスーツの上に緑のロングコートを着て、年季の入った帽子をかぶる中年男性がこちらに近づいてきていた。

 ……っていうか、キョウちゃん?


「…相変わらず、物音ひとつ立てませんね、おじさん」

「おぉっとすまん、またやっちまったか…」

「それと、その呼び方もいいかげん改めてもらえませんか? 子供の頃の呼び名ですよ、人前ではさすがに気恥ずかしい」

「キョウちゃんこそ、いいかげん諦めてくれないかい? 俺にとっちゃ、キョウちゃんはキョウちゃんだよ。いくつになっても…美人の凄腕探偵になってもな! はっはっは!」


 現れた男性は、暮海さんとの会話を楽しんでいるのか、豪快な笑い声を上げた。
 暮海さんの知り合いかな? しかも、とても長い付き合いのようだ。それに確かに、足音ひとつ聞こえなかったな。


「それで、いつからそこに? どこまで話を聞きました?」

「今来たところだが、何かマズい―――」


 その時ようやく俺に気づいたのか、俺のことを一瞥すると申し訳なさそうに頭を掻き始めた。


「あぁ、先客がいたのか、すまんすまん。依頼話の最中だったのかな?」

「いえ、この子は……依頼人ではありますが、少し毛色の異なる存在でして」

「…ほう? では何者だい?」

「え、え~っと……」


 暮海さんの言葉に、中年男性は疑り深い目で俺の事を見てきた。
 こ、これどう答えるべきなんだろうか。なんか暮海さんも俺を試すかのような目をして、俺のことを見てきているんだが。しかも笑みを浮かべてるんだが……

 と、とりあえず……


「ひ、秘密です。今はまだ何者でもない、とでも言いますか、なんというか…」

「………」


 ……な、なんか変な目で見られてる…そんな変な答え方したかな?


「ふふ…紹介しておこう。こちらは、『又吉』刑事。父の代からの付き合いでね…旧知の仲だ、信頼もしている。電脳犯罪を専門に追う、本庁付きのエリート部署の刑事だよ」

「っ、それって…結構話題の部署ですよね? この人がそこの…」

「見かけによらず、と思っただろう?」

「あ、いえ…そんなことは…」

「ま、実際のところ見かけ通りのはみ出しものさ。でなきゃ探偵ってな、胡散臭い連中とつるんだりしないさ。…おっと、失言失言! はっはっは!」


 厳格そうな人だったから、捜査一課とかの刑事かと思ったんだけど、ほんとに見かけによらずだな。なんでそんな部署に配属されたんだろう?


「それで、何か事件ですか? 依頼でしたら、どうぞソファに掛けてお待ちを。今美味しい“珈琲”を淹れて―――」

「いや、いい! 今日は依頼じゃない! コーヒーはいいよ!」


 しかしそんな又吉刑事は、暮海さんの提案を即却下し慌てて話を進めようとした。なんか若干青ざめたように見えたのは、気のせいだったかな?


「…『EDEN症候群』の件で、少し気になる噂を耳にしてね。キョウちゃんも興味があるんじゃないかな?」

「…聞かせていただきましょうか」


 だがそんな和やかな雰囲気も束の間、少しピリピリした空気に一変した。
 暮海さんも又吉刑事の言葉を聞いて、早速依頼人用のソファに座らせ、自分はその向かい側のソファへと腰かけた。


「………」

「………?」

「………ンン、ン……オッホン!」


 ソファに座った又吉刑事だったが、俺を数秒見つめると、何故かわざとらしくせき込んで、何か俺に伝えようとしていた。
 ……あ、そうか。俺邪魔かな?


「暮海さん、俺邪魔そうなんで外で―――」

「いや、キミも聞いてくれ。実はこの子、EDENに絡む“特殊な”関係者なんです。それに、ある種の“専門家(スペシャリスト)”に成り得る素質があります。話を聞かせておくべきでしょう」

「…そうか。キョウちゃんのお墨付きなら、問題ない」


 あれ、俺も聞くの? っていうか、“特殊な”関係者…? 俺の身体のことを言っているのだろうか。
 確かにこれは、EDENであの化け物に襲われたからって原因があるのだが…

 というか、又吉刑事もすんなり信じてくれたな。それだけ暮海さんを信頼している証拠なんだろうな。


「話ってのは、EDEN症候群患者を隔離している、例の『特別病棟』の噂だよ」

「あ、あの…『EDEN症候群』って…?」

「なんだ、“未来の専門家”さんは知らないのかい? EDENの利用中のユーザーが突然意識不明になり、そのまま目覚めなくなる奇病だ。年々患者数は増えているが、原因、治療法、症状……未だ、多くが謎に包まれている。
 『セントラル病院』いは、EDEN症候群患者の専門病棟―――『特別病棟』があって、そこでは研究及び回復処置を行っている。…が、妙に情報統制が厳しくてな。
 患者の家族も立ち入れない、秘密の隔離施設があるとか……カミシロのイメージダウンになるのを恐れて、事実を隠蔽(いんぺい)しているんじゃないか…なんて噂もある」


 確かに…何人もの人々が、EDENを利用することで倒れていくって事実は、これからEDENを利用しようとする人に悪い印象を与えてしまう。それを隠そうとするのは、納得がいく。
 しかし、何故患者の家族も立ち入れない場所まであるんだ? それじゃあ逆に疑われかねない。


「今回の件も、噂の域を出ない類ではあるんだが……近く、セントラル病院の“背後”が、動き出しそうなんだ」

「“背後”、ですか…?」

「―――『カミシロ・エンタープライズ』ですね」

「ッ! カミシロって、EDENを運営している…!?」

「あぁ、セントラル病院はそのカミシロの息がかかっているんだ。発症患者の増加、症状の重篤化傾向……それが明らかになりつつある今、カミシロが黙っている筈がない。件の病院で、人の出入りが激しくなっている…特別病棟のセキュリティも、強化されるらしい。
 ……これは何かある」

「ようやく、ですね」

「あぁ、やっとだ」


 二人はそう言い合うと、さらに難しい顔を浮かべお互いを見つめ合う。
 ……なんだろう、「やっと」って。何か二人には…因縁深い話なんだろうか?


「ふふ…やはり、珈琲を淹れてきますよ。景気よく乾杯といきましょう」


 すると暮海さんが一転笑みを浮かべ、コーヒーの提案をしてきた。
 ―――が、その瞬間又吉刑事の顔色が明らかに変わった。


「おおっと、そろそろ署に戻らないと…! 悪いが、乾杯はまたの機会にしよう! zじゃあ、またな!」


 しかしその表情は瞬く間に消え、又吉刑事は早口にそう言うと、すぐさまソファから立ち上がりそそくさと出入り口の方へと小走りを始めた。
 又吉刑事の行先の途中に立っていた俺は、邪魔にならないよう少し避ける。と、又吉刑事は俺の横まで来ると、俺の肩を掴んで……


「君…キョウちゃんの淹れたコーヒーには気を付けろ……特に『色』と『固形物』にはな」

「え…?」

「俺ぁいつか、キョウちゃんの淹れたコーヒーを鑑識に回す日が来るんじゃないかと……そいつぁ、シャレになんねぇよなぁ……」

「そ、それってどういう……」


 又吉刑事の言葉に疑問を覚えたが、聞き返す前に又吉刑事は足早に事務所を出て言ってしまった。
 …なんか嫌な予感しかしない、どうすればいいのだろう……これフラグだよな。


「聞いての通りだ。EDEN症候群絡みの“生きた情報”は、手に入り難い。背後でカミシロの統制が行き届いているからな。そして、これから更にセキュリティは厳しくなる。
 EDENで異変が起き、異常な状態のキミが現れた。タイミングを同じくして、カミシロも動くという。これは偶然か? ―――否、必然だ。この上なく明白な論理だ、推理するまでもない」


 ん~、なんか無理やりな感じが否めないのですが……せめて探偵なんですから、推理しましょうよ。


「…私はこれから、セントラル病院へ向かう。セキュリティ強化の前に、可能な限り情報を引き出す。キミも是非、同行してくれたまえ」

「お、俺もですか?」

「キミの状態に関する情報も、得られるかもしれない。『求めよ、さらば与えられん 叩けよ、されば開かれん』…いや、キミの場合『開けゴマ』が適当か。…ふふ」


 ……いや、聖書やアラビアンナイトの話を持ってこられても、どう反応すればいいのか困るだけですよ、暮海さん。
























 という訳で、暮海さんに連れられてやってきました『セントラル病院』。
 やはりかなり大きな総合病院ってだけあって、多くの人がいた。なんか走り回っている子供もいるが、そこはご愛嬌だろう。


「さてどうするか…こんな時、私はいつも、まず“正攻法”を試みる。特別病棟への立ち入りを許可してもらえるよう、直接“交渉”してみよう」

「正攻法って…大丈夫なんですか、それ?」

「ふふ、キミは中々鋭いな。だが、先入観は時として思わぬ弊害を生む。詳細は効かない方がいい。『知らぬが仏』と言うこともあるしな」


 …つまり秘密なんですね、逆に怪しいですよ。


「ともかく、キミには追って指示を出す。そこまで、院内で情報を集めてくれたまえ」

「ら、了解(ラジャー)…」

「頼むぞ、“助手候補”くん。キミを『専門家になりうる』と表現したのは揶揄(やゆ)ではないぞ。開業医になって、私の活躍を伝記に綴るか…はたまた、ほっぺの赤い少年のまま終わるか。―――実に楽しみだよ、ふふ…」


 暮海さんはそう言うと、早速受付の方へと足を進め始めた。どうやら“交渉”するようだ。……ほんとに大丈夫なのかな?

 ていうか“助手候補”ですか。探偵の助手…それなりにカッコいい気がするな。
 取りあえず探偵の助手らしい事をしよう。幸い人は多いんだ、聞き込み捜査といこうじゃないか。

 と思っていると、とある少女が目についた。
 黒く長い髪に、白黒の服装。看護師との話が終わってこちらを見つめる静かな瞳の奥に、何故か物寂しさを感じ―――ってあれ? こっち見てる?


「………」

「………」


 ……こ、このまま黙ってるのも、なんか変だよな。とりあえず声でもかけるか? でもなんて声をかければいいのやら……
 ―――よし、ここは!


「へ、ヘ~イ、カノジョ~! どこかで会った~?」

「…………………………(プイッ」


 しかし彼女は俺の呼びかけに答えることなく、振り向いてそのままエレベーターに乗って上の階へと行ってしまった。

 ―――は、


(恥ずかしいぃぃぃぃぃぃぃ!!)


 やっべ、超はずいマジはずい! 今のはない今のはない、今のはマジでないッ! めっちゃくちゃ恥ずかしいーーー! あぁくそッ、なんであんなセリフ選んだし俺! なんでナンパ風なんだよ!?


『タクミ、大丈夫?』

「あ、あぁ。大丈夫だ、テリアモン。ありがとな」

『うん! えへへ…』


 という風に数分悶えていたが、テリアモンに心配されてしまった。失態失態。
 本来の目的を思い出し、頬を叩いてシャキッと気持ちを切り替えた。そしてその階と、別の階にいる人達に聞き込みを開始した。

 しかし、なんだろう。あの目……どこかで見たことがあるような、ないような……
























 さて、だいぶ聞き込みをしてきたが……ここの黒い噂なんて、あまりなかったな。
 特別病棟に関して、知ってる人も数少ない。やはりカミシロの情報統制が行き届いているからだろう。

 そして現在俺は、一般病棟の更に上―――特別病棟まで来ていた。
 しかし警備員が外で見張っているおかげで、中に入る事は出来なかった。どうしたものかと考えていると、丁度暮海さんから通信が入った。


『特別病棟フロアへはエレベーターで行ける…しかし、許可がなければ病室には入れない。もちろん、我々に許可などあろうはずもない』

「どうしましょう。これを逃すとセキュリティが強化されて、情報を得にくくなっちゃいますよ」

『そうだな。2人の警備員を排除し、ロックされているであろう扉をハッキングして突破、室内に入る―――この場合、このやり方が正攻法と言えるのだが』

「どこがですか完全に強行突破の図式じゃないですか!?」

『そう慌てるな。この方法だと準備に時間がかかるし、その分リスクも高くなってしまう。今回は止めておくさ』


 ほんとこの人怖い…何しでかすかわかったもんじゃない。


『ここは正攻法を取らず“奥の手”―――キミの“特殊能力”に頼るとしよう』

「“特殊能力”…“コネクトジャンプ”ですか」

『その通りだ。「ナースステーション」にある端末は施設内のネットワークに接続しているはずだ。それはつまり…』

「そこから入り込め、と」

『ふふ、みなまで言わないよ』


 最後の最後で曖昧にし、暮海さんは通信を切った。なんかこれはこれで強引な気がするな…
 取りあえず一般病棟のナースステーションまで移動し、“コネクトジャンプ”できそうな端末を見つけた。

 ……しかし、怪しまれないだろうか。いや、たぶん大丈夫だろう。なんとかなるさ、うん。
 とりあえず“コネクトジャンプ”を慣行する。病院のインターネットが管のようになった通路を通過し、再び外へ出るとそこは……


「―――ここは…」

『無事に辿り着けたようだな、そこは特別病棟の中だ。ふふ、私の見込み通りだ』

「暮海さん」


 どうやら暮海さんの言う通り、特別病棟の中のようだ。一本の通路の両脇をガラスの窓で遮った先に、横に並ぶベットと…そこに眠る人々。ベット一つに対していくつもの機器が起動している。


『では、行動を開始しよう。患者の様子を確認しつつ、奥の制御室で情報を手に入れてくれ』

「…それはわかってるんですが、これって犯罪なのでは?」

『それを決めるのは我々ではなく、“法”だ。違法であれば、いずれ法によって裁かれる。だがそれまでは、ここは“灰色の世界”―――探偵の、独壇場だよ』

「…はは、なるほど」


 それでは頼んだぞ、そう言うと暮海さんは通信を遮断。このまま俺に任せる、ということだろう。
 さて、制御室は…あの大きな扉だな。そこへ向け足を進めていくと、その途中であるものを見つけてしまった。

 それは―――


「こいつは…!」





 ―――俺の…“自分”の“肉体(からだ)”だった。




 制御室近くの、一番端にあるベットに横たわっている患者。それがなんと、俺の“肉体(からだ)”だったのだ。
 ここに俺の“肉体(からだ)”があるということは、つまり“俺”は『EDEN症候群』であることなのだろう。

 思いがけず自分の身の所在を確認できたが、これはこれで嬉しくもあるし、心配でもあるな。『EDEN症候群』について何か黒い話があるカミシロと関わる病院(ここ)に、俺の“肉体(からだ)”があることは……何か嫌な予感が過ってしまう。

 ……ただの考え過ぎで済めば、まだいいのだが。
 そう願いつつ、俺は扉を開け制御室へと入る。その中で一つ、画面が付いているPCを見つけ、そこにある『EDEN症候群』についてのファイルを開いた。


[File:001【EDEN症候群について】
 EDENネットワークを利用中に意識不明となり、衰弱していく奇病。
 元々は、慣れない電脳空間を利用することによる嘔吐やめまいなどの諸症状を総称して、EDEN症候群と呼んでいた。
 ある頃から重病化し、EDENネットワークを利用中に意識不明となり昏倒する症状に使われるようになった。長期的な昏倒状態により、衰弱や合併症を引き起こし死亡する例もある]


[File:002【EDEN症候群の対処と治療法】
 現在、治療法は発見されていない。
 未分類疾患として、政府に許可を求め対応と原因を究明していくものとする]


[File:003【カミシロ・エンタープライズとの協力方針】
 EDENはカミシロ・エンタープライズが運営する、大規模な電脳スペースである。
 行政機関との提携も根強く、EDENを営業エリアとしている企業も増えている。一刻も早い改善と、長時間のログインを注意勧告するよう、運営による利用者の指導を徹底して行っていくべきである。
 また、EDENを利用する際に用いられるインターフェイスは、カミシロ社による独自の技術を用いているため研究員との情報の共有も今後の課題となる]


 ……こんなところか。他にもいくつかファイルはあるが、一々中身を見て確認するのは面倒だ。デジヴァイスをPCと接続し、ファイルをデジヴァイスへ転送した。
 これでよしっと。それじゃあ、来た時と同じようにネットワークを経由して、帰るとするか―――

 その時、丁度制御室を出た瞬間、目の前に―――下の階で見た、あの女性が立っていた。


「ゲッ!?」

「どうして、あなたが…!? というか、『ゲッ!?』ってなんですか?」


 やべッ、思わず声を上げちまった…!


「ここは、関係者以外立ち入り禁止の筈です。入り口は一つ、警備員が厳しくチェックしている…。どうやって入ったの? 警備員に何かした? 一体、何者なの?」

「……そういう君こそ、なんでここにいるの? 患者さんの身内か何かか、それとも…」

「質問を質問で返さないでください。さぁ、答えて」


 すいません、失礼ですよね。どうっすかな…変な回答は逆効果みたいだな……なら、


「まぁ、しがない探偵の…助手、みたいな感じかな」

「ッ…! ひょっとして、暮海―――」


 ……? なんで暮海さんの名を? まさか、何か知って…?


「…そう、ですか。いえ、なんでもありません。……EDEN症候群について、調べに来たんですね」

「あ、あぁ…」

「…何か、聞きたい事はありますか?」

「え…?」


 聞きたい事? それってつまり、質疑応答に応えてくれるってことか?


「誤解しないでください…痛くもない腹を探られたくない、潔白を証明しておきたいだけです。私は、カミシロに世話になっている人間ですから、少しくらいなら…あなたの疑問に答えられると思います」


 そんな事を考える俺の表情を読んだのか、彼女は不機嫌そうな表情でそう言ってきた。うん、まぁ正論だな。今の言葉に、なんの裏表もないだろう。
 なら、その言葉に甘えさせてもらって、情報をもらうのが得策か。


「じゃあ…EDEN症候群になったら、昏倒状態になるみたいだけど…それ以外の症状を聞いたことは、ないか?」

「昏倒状態以外の症状…? そんなの、聞いたことありません。見ての通り、皆一様に昏倒状態になります。……違った症状の人を、知っているんですか?」

「…いや、いないな」


 まさか「自分がそうです」なんて、口が裂けても言える訳がない。そう言う意味で、俺は首を横に振った。彼女は少し不思議そうに、俺を見つめてきた。


「EDEN症候群になった人で、治った人はいないのか?」

「そんな人がいた、とは…聞いたことはありません。私が知っている人で、最も長くて8年…眠り続けています」

「そう、ですか…」

「でも、きっと大丈夫です…いつか、きっと目を覚まします。待つしかないんです…今は…」


 なんか、訳ありっぽい感じだな。少し気になるな……
 じゃあ、最後に…一番気になっていることを。


「…そこの、患者は?」

「あの一番端の患者ですか? 最近、運ばれてきた患者ですね…数日後にはいなかった何か気になる点でも……え…?」


 しまった、気づかれた…?


「この人…あなたに似てませんか…? ひょっとして、ご兄弟とか…?」

「い、いや…他人の空似、とかじゃないかな?」

「そう、ですか…でも……それにしては似すぎている気が……」

「き、気のせいじゃねぇの?」


 そうは言うものの、彼女はかなり気にしているらしく、疑り深い目で俺の顔を覗き込んでは、ベットに横たわる俺の“肉体(からだ)”と見比べる。
 このままではマズいな、話題を変えよう…早急に。


「い、今調査しているのには、EDEN症候群についてともう一つ…カミシロの“黒いウワサ”についても調べているんだ。それについて何か―――」

「それは誤解です! 間違いです! カミシロも、EDEN症候群を治療したいんです…! そのために、こうして特別治療室だって用意した……専門医たちが、治療法をずっと研究し続けています…!
 EDENのせいで、誰かが不幸になるなんて…あっちゃダメなんです…! 何とかしなきゃいけないんです……私が…!」


 私が…? と彼女の言動に疑問を覚え、それについて聞こうとしたその時だ。再び、デジヴァイスに通信が入る。相手は、暮海さんだ。


『会話の弾んでいるところを邪魔してすまないが…招かれざる客の登場だ』

「招かれざる客…? それって一体……」





「―――こんにちは、警備員さん♪ お仕事、お疲れ様~♪ ァン♪ 今日もイイオトコね♡(ハート)」


 瞬間、背中をゾゾゾッと悪寒が走った。
 人の神経を逆なでするような、それでいてなんというか…なんかエロい声が、入口の方から聞こえてきたのだ。


「り、リエさん…?! 今日は来ない筈なのに…!」

「リエ…さん…?」

「―――警備員さんのたくましい大・胸・筋…ッ。リエ…見てるだけでドキドキしてきちゃう…ッ。あ~ん、我慢、で・き・な~い…ッ、ツンツンッ、ツ~ンッ」

「き、『岸部』様…! 仕事中ですので…ッ」

「アン、おカタいのね」


 ……くっそ、ダメだこの声…なんかむず痒くなってきやがった…! 背中痒いッ…!


『「岸部リエ」…“背後”のお出まし、か。カミシロの上役が、何しに来たのか気になるが……必要な情報は手に入れた、長居は無用、そこを出なさい』

「で、出なさいって言われたって…!」

『おっと、私の方にも来客だ。では、ロビーで落ち合おう。慌てず騒がず、な』


 暮海さんはそう言うと早急に通信を切った。カミシロの上役『岸部リエ』…今見つかると、こっち側に来た方法を吐かされそうだ…!


「隠れて、早く!」

「お、おぅ…サンキュー!」


 黒髪の彼女の言葉と仕草で、制御室に逃げろと言っているのが分かった。今はそこしか隠れる場所がない。そう判断した俺は、迷わず制御室に飛び込んだ。

 こちらの扉が閉まるとほぼ同時に、入口付近の扉が開く音が聞こえた。幸い、扉には向こう側が見えるよう、一部ガラス張りの場所があったため、そこから向こう側の様子を伺った。


「『悠子』ちゃ~ん、お・げ・ん・きぃ~?」

「リエさん…今日は、どうしたんですか? 入室予定者のリストには無かった…と、思いますが」

「ふふふ~ん、ちょっと、ね~。だ~い好きな悠子ちゃんの顔が、トツゼン見たくなっちゃったんだなぁ♪」

「私が一人でいるのが、心配なんですか?」

「ん~、なんかリエちゃんセンサーがビビビッと来たのよ~。また悠子ちゃんが暗~い顔してるんじゃないかなぁ~?って。
 ほら、つらいでしょ~? いろいろ?」


 リエちゃんセンサーって…なんか、天然なのかまた別の何かなのか、よくわからんなあの女。
 しかしそれに対する黒髪の彼女…名前は『悠子』か…岸部リエと彼女との関係は、一体何なのだろうか。

 ふと彼女の表情を見ると、何か不安げともとれるような、不機嫌ともとれるような表情を浮かべていた。

「……別に」

「うっふっふ~♪ 強がってても~、お姉さんには~、わかっちゃうんだな~♪」


 ぶっきら棒に答える悠子に、岸部は笑みを絶やさない。…しかしなんだろうこの違和感。あの笑顔…本気で笑っているのか?


「と・こ・ろ・でえ~♪ こんなところで…な~にしてたのかな~?」

「い、いえ、別に…何も…」

「ぴくにっく…的な?」

「は、はい…! あ、いえ…違います、その……」

「……ん~…? 悠子ちゃん、な~んかヘンじゃな~い?」


 おいおい、大丈夫かよ。あんまり変な返答すると、却って感ずかれたりするんじゃ―――


「んん~? わたしたちの他にぃ、誰かぁ、いたりして~? ひょっとして…カレ氏、とか~?」


 マズッ…本当に感ずきやがった…!?


「そ、そんなこと…!」

「それともぉ、カノジョさんかしらん♡(ハート) ちょ~っと探してみたりして♪」


 あぁクソッ、この場所で探す場所っつったら、ベットの周辺か制御室(ここ)しかねぇ! ベットの周辺にいなけりゃ、真っ先にここへ来る筈だ…!


『どうすんだよタクミ!?』

『このままだとあの人に見つかっちゃうよ!?』

「そんなのわかってるよ!」


 デジヴァイスを通して、チビモンとミノモンの心配する声が聞こえてくる。
 どうする、ここの出入り口はこの扉のみ。他に外へ出るルートは―――ない!


「あそこの部屋とかぁ~、や・ら・し・い♡(ハート) …じゃなくって、あ・や・し・い♡(ハート) うふ♪」

「…ッ!!」


 クソッタレが、音符とかハートとか色々超ウゼェ! なんか背中痒くなる上に、イライラしてきたぞ、おい!
 しかし、今は兎も角脱出方法を見つけないと。通気口なんて俺の体格では通れないだろうし、他に手は…!

 と探し回っていると、未だに画面がついているPCが目に入った。
 PC…インターネット…そうだッ! こいつだって病院(ここ)のインターネットに接続されている筈、ならそこを使えば…!


「ほ~うら~、観念して出てらっしゃあい♪ 悠子ちゃんズ・ラヴァ~さん♪」


 ちぃ、もう扉の前まで来てる…迷ってる暇はねぇ!
 俺は急ぎPCの前まで走り
、光る画面へ向け右手を翳した!











「ほ~うら~、観念して出てらっしゃあい♪ 悠子ちゃんズ・ラヴァ~さん♪ このリエお姉さまがぁ~、悠子ちゃんの保護者として~、責任をもってぇ~、手とり・足とり・腰・と・り……大人の階段をホップ♪ ステップ♪ ジャ~ンプ♪」


 いかにもタクミが嫌がりそうな言葉使いでそう言いながら、岸部は制御室の扉を開いた。
 一歩一歩、中を確認しながら入っていく岸部。しかしそこには人影一つなく、PCが一台起動しているままの、何も変なところのない制御室だった。


「……な~んだ、誰もいないじゃな~い」


 ガックリ、と肩を大げさに下げ、残念がる岸部。彼女は踵を返し部屋を出ると、再び笑みを浮かべ悠子に向き合った。


「でも、悠子ちゃん? べつに構わないのよ~。カレ氏の1人や2人や3ダースくらい、連れ込んでも♪ アタシなんてぇ~、悠子ちゃんくらいのときにはぁ~…うっふっふ~ん♡(ハート)」


 彼女がどんな経緯をお持ちなのかは、読者の皆さんのご想像にお任せするとしよう。


「それじゃ~本命の“カレ”の様子…のぞきにいこっか? わたしたちがそろって顔を見せたら、きっとよろこぶんじゃないかなぁ~?」

「は、はい…」


 そう言うと岸部は悠子の横を通り、別の場所へと移動を開始した。
 それに対し悠子は、制御室を一瞥し手を顎に当てた。


(あの人……どこへ…?)
























「―――ふぅ、なんとか逃げ切ったか…」


 制御室のPCから“コネクトジャンプ”を行い、インターネットを経由してナースステーションへと戻ってきた。いや~、危なかったなあれは。
 看護師さん達にも、見られてなし、大丈夫のようだ。このまま暮海さんのとこへ合流しよう。

 そう決意し、俺は最下層のロビーへ向かうべくエレベーターに乗った。
 ロビーに着くと、エレベーターの入り口の前に暮海さんが立っていた。暮海さんも丁度来客をなんとかしたようだ。よかった。


「自力で窮地を脱したようだな」

「えぇ、結構ギリギリでしたけど…」

「ふふ、私はキミならやれると信じていたよ」


 無慈悲な信頼ですね、あまり過大評価しないでくださいよ?


「では…戻ろうか」

「はい!」
























 暮海探偵事務所へと戻った俺達。まずは得られたデータを渡し、そこで得られた情報を口頭で説明した。
 なんといっても驚いたのは、自分の身体がEDEN症候群患者として隔離されていたことだ。


「自分の身体を外から見る衝撃の大きさは、想像に難くない。体外離脱現象の一種と考えれば、解決法もありそうだが…。キミは、EDEN症候群の未知なる症状の被害者―――イレギュラーな被害者なのだろう。それがわかっただけでも…成果はまずまず、としておこう」

「まぁ必要な情報(データ)も、集められましたしね」

「しかし調査は焦ってはいけない、慌ててもいけない…急ぎ過ぎても、急がせ過ぎてもいけない。
 “ただひたすらに、粘り強く―――徹頭徹尾、鉄(くろがね)の如き忍耐力で当たれ”……父の言葉だ」


 徹頭徹尾、鉄の如き忍耐力で当たれ、か……だから天井近くに、『徹頭徹尾』と書かれたものが飾られているのか。暮海さんの父…どんな人なのだろう。


「さて、本題だが…キミは、これからどうするつもりかな?」

「どうする、って…?」

「なんだ、珍しく察しが悪いな。その体のまま、一生過ごすつもりか?」

「あっ…!」


 ようやく、言いたい事がわかったか。
 そう言いたげな表情をして、暮海さんは続ける。


「元の身体に戻りたくはないか? キミの身に何が起きたのか、真相を知りたくはないか?」

「……………」


 真相…俺がこんな身体になった理由、EDEN症候群とカミシロ、そして―――あの黒い怪物。
 全てが一つのまとまった事件の、ほんの序章(プロローグ)だとすれば……もしかしたら、もっと大きな被害が出るかもしれない。

 俺がその真相とやらに近づいていけば、その被害を減らせるかもしれない。被害に遭う誰かを、助けられるかもしれない。
 そんな想像ができれば、後はもう……答えは決まっている。


「―――知りたいです。俺が絡んだこの事件の真相、俺は最後まできっちり関わって、その真相とやらを知りたいです!」


 高らかに、拳を握ってそう言った。
 対し暮海さんは、当然と言った表情で頷いた。


「ふっ、では決まりだな。私の“助手”として、ここで働きたまえ」

「“助手”…ですか!?」

「あぁ。依頼には、EDENや電脳犯罪に関連した事件も多い。仕事をこなしていくうちに、手がかりも掴めるだろう」

「で、でもいきなり助手だなんて……」

「安心しなさい、キミの素質は私が保証する。ついでに当面の衣食住も、ね…ふふ」


 な、なんか楽しそうだな、暮海さん。助手欲しかったのかな?


「キミの能力は、電脳絡みの事件の調査にこれ以上のない適正を示している。…期待しているよ」

「…ご期待に副えるよう、精進します」

「よし、契約成立だな。キミは、たった今から私の助手兼『電脳探偵(サイバー・スルゥース)』だ」

「電脳(サイバー)…探偵(スルゥース)…!」


 暮海さんってなんか、厨二っぽいネーミングが好みのようだが…今回のは素直に、結構カッコイイと思うな。


「…うむ、ソファに掛けて待っていたまえ、珈琲を淹れてこよう。我々の前途を祝して、乾杯といこうじゃないか」

「は、はい…!」


 暮海さんはそう言うと、部屋の奥へと続くドアを開き行ってしまった。
 いや~嬉しいなぁ。なんかカッコいい名前付けてもらえたし、探偵の助手か~…はは、なんかいいや…!

 ―――…あれ、何か忘れているような…? なんだろう、この嫌な予感は。


「さぁ、できたぞ」


 何か引っかかりを感じていた俺を他所に、暮海さんは自分が淹れたコーヒーを俺の前に置いた。

 ―――そこには、緑と紫が渦巻く……コーヒーならざる物体(もの)が存在していた。


「……え~っと…暮海さん? これは一体…」

「『海ぶどうつぶあん珈琲』、私の自信作だ」

「じしん…さく…?」


 え、なにこれ? なんかコーヒーとはとても呼べない感じがするんですが。え、何この浮いてるの? これ海ぶどう? それとも粒あん? え、ちょっ…え…?


「ふっ、見かけも芸術的だが、味も芳香もまた格別だぞ?」


 え、このなんか苦味としおっけの混じった匂いが、格別? いやいやちょっと待って暮海さん、え、何普通に俺の方にカップ差し出してんの?


「では、電脳探偵誕生を祝して…乾杯!」

「か、乾杯…」


 ま、間違いではない。この人、狙ってこれを作ったのか?
 そう言えば、又吉刑事が何か言っていたな。あれはこのことだったのか…!

 っというか、普通に暮海さんグイッとカップ傾けて飲んでるし。うわ、喉通ってる。この人味覚可笑しいんじゃないのか?
 いや…それとも本当に格別の味なのか? そんな馬鹿な、だってコーヒーに海ぶどうと粒あんだぞ? あり得ないって、そんな……!

 あ、暮海さん飲み終わってる。……なんですか、その早く飲めと言わんばかりの目は。くそぅ…飲めばいいんだろ、飲めば!
 えぇい、男は度胸ッ…!!

 ―――ぐびぐびぐびぐびッ!!






 そして俺は、その後の数時間程の記憶が飛んでいた。
























 おまけ


「そう言えば暮海さん、衣食住は保証するって言ってましたけど……暮海さんはどこで寝てるんですか?」

「ん? 私はいつも隣の部屋で寝ているが? キミもそこで寝るか?」

「い、いえ…お断りさせていただきます」

「扉一つ開ければ事務所だぞ? まぁ嫌なら、上の階にある部屋を使うといい。そこは本来の家でね、一応の家具や電化製品もそこにある」

「そうですか、じゃあそこにします」

「ふふ、これからよろしく頼むぞ、電脳探偵」

「……その名前、結構気に入ってるんですね…」





  
 

 
後書き
 
『求めよ、されば与えられん 叩けよ、されば開かれん』:新約聖書にある言葉。「神に祈り求めよ、そうすれば神は正しい信仰を与えてくださる。ひたすらに神に祈り続ければ、神は必ず応えてくださる」という意味。

『開けゴマ』:皆さんお馴染み、扉を開ける時の呪文。元はアラビアンナイトの「アリババと四十人の盗賊」で、宝物を隠している洞窟を開く呪文。何故『ゴマ』なのかは、諸説あり。調べてみると意外に面白いかも……

神経を逆なでするような声:初めてあの声を聴いたときは、ちょっとゾゾっとしました。気になる人はYouTubeかニコ動で実況を見る事をオススメします(笑)

暮海さんの珈琲:コーヒー+固形物でできた、まさに殺戮兵器。今はタクミのみだが、今後被害者は増やしていく所存。






まさかの十三万文字越え、ニア十四万文字ですよ。おおこわッ!
どっかで区切ればよかったかな…でもいっか、書ききれたし。

というか、元ネタが分かんないのがいくつかあったりで、ちょっと回収しきれないんですけど…
誰かこの抜けてる部分の元ネタわかるよ、って人感想ください。お願いします。


次の投稿はライダーの方になると思います。一応Chapter1はこれで終わりですし、区切りイイですから。
ということで、ご指摘ご感想等よろしくお願いします。ではまた次回、お会いしましょう!
  
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