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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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73話

(無茶だよ、コロニーの中でなんて!)
 紗夜の声が耳朶を打つ。
 未だにキャットウォーク上に居る彼女は、怯えを含ませた涙声を上げながらヴィルケイの《リゼル》のコクピットハッチにしがみついていた。
 つい先ほどのコロニー全体にかかった警報、そして連続して生じた電子的なジャミング。これまでなんとかヴィルケイたちが得られた情報は、どうやらネオ・ジオンの部隊がこのコロニーへの物資輸送船を襲撃したということ、そしてそれに呼応するようにして他バンチのコロニー守備隊が何者かに襲撃され、保有するMSを強奪された―――ということだった。
(そっちはどう?)
 前面のディスプレイに通信ウィンドウが立ち上がる。ローカルデータリンクで共有される同部隊の機体は、隣の格納庫に居るジゼルの《ガンダムMk-V》だった。
「こっちはもう行ける。優秀なスタッフがいるんでね」言いながら、ヴィルケイはコクピットハッチの前の紗夜に視線をやった。そうしながらも、機体ステータスを一瞥する。
 翌日行う実弾を用いた演習のために、第666部隊には偶然実弾兵装が持ち込まれていたのだ。それが僥倖によるものなのか、それとも――――ヴィルケイは、考えるのを止めた。考えたところで所詮それは栓のない思考だ。益も無い。ヴィルケイはどこぞの誰かと違って、物事をそう難しく考えたくはないのだ。頭を使うのは、MSについてと、どうやって道行く美女をベッドに誘うかの技術オンリーだ。それに、仮に何がしかの権力の中で踊らされていようが、ヴィルケイが益を得ているのも事実だ。有難く使わせてもらうだけである。
(実弾って言ったってMP兵装はコロニーの中で使えないんだよ!? 守備隊は実弾装備だっていうのにこっちは撃てないんじゃあ―――!)
 「この襲撃を仕掛けた奴がどんなんだかは知らねーがな」ディスプレイに手を伸ばして操作しながら、今一度ディスプレイに映る彼女を見た。
「守備隊を襲ってMSを強奪するくらいのことはやってのけるくらいなんだから、俺たちが実弾装備だってことくらいは把握してるかもしれない。そしたらどっちにしろ、俺たちはお邪魔蟲としてそろそろ狙われるだろ?」
 ヘッドセットの奥で紗夜が苦悶の声を上げる。
 (ま、そーゆーことね)と無線を入れるジゼルの声は、事態に反して気負いを感じるものではなかった。どこかおっとりした見た目に反して―――いや、その見た目通りの図太さがある女だった。それだけ修羅場を潜ってきたということでもあるのだろう。
「隊長には連絡つかなかったんだよな」
(あぁ、副隊長にも連絡しようとしたが駄目だった、基地司令部のほうには繋がらねぇ)
 ヴィセンテの声に、ヴィルケイは思わず顔を上げた。
 司令部はちょうど格納庫群の真上に方にある。直線距離にすれば僅かに6km、MSならば目と鼻の先だというのに―――。
(『03』、聞こえてる?)
 ざらざらとした雑音が混じったジゼルの声が耳朶を打つ。その声色で察したヴィルケイは「聞こえてるぜ」と何でもないように応えながら、ヘルメットのバイザーを降ろした
(やっぱりおいでなすったみたいだねぇ)
 ジゼルの声と共にディスプレイ上のローカルデータリンクが更新され、40kmほど向こうにMSが出現したことを示した。
 MSA-099《リックディアス》が3機。所属は隣のコロニーの警備部隊、と表示されていた。
「おいおい今はネオ・ジオンとやりあってんだろ? だったらこんなところに来てんじゃねーよ」
 お道化たように大仰に肩を竦める。(お仕事したくない人たちなんでしょ?)と返すジゼルも、機内カメラの向こうで微笑を浮かべていた。
「俺が先行するから07は援護してくれ。《ガンダムMk-V》はコロニーの中じゃ戦いづらい。俺の方が適してる」
(居るだけは居るけど。ま、いざとなったらビームライフルは使わせ貰いましょうか)
「十分だ」
 言って、ヴィルケイは操縦桿を握りなおした。そうして、未だに《リゼル》の胴体の前で悲しげな顔をしている少女に声をかけることにした。
「大丈夫だって。俺は負ける戦いをするほど間抜けじゃねーってわかるだろ?」
(そりゃあそうだけどさ……)
「んじゃあ信じてくれや。お前が働いてる職場の人間の腕って奴をよ」
 釈然としない様子だったが、微かに首を縦に動かした紗夜は、覚束ない足取りのままキャットウォークを去っていく―――と。
(ちゃんと帰ってきてよ?)
 紗夜の怯えたような声が耳朶を打つ。
「当ったり前だろ? 俺を誰だと思ってるんだよ」
 うん、と小さく応えた紗夜は、今度こそ通信を切った。
 はっきり言えば、ヴィルケイの好みは『女』だ。どこかの誰かさんと違って、未成熟な少女に趣味は無い。だが、やっぱり女の子はきゃっきゃウフフしていて貰いたいものだろう。そこに年齢と外見は関係ない。
 故にヴィルケイは落とされない。理由? 簡単なことだ。それは己の格率に著しく反するから。Q.E.D証明完了。これ以上に明晰で普遍化可能な命令法など、古今東西世界中に存在したことなど無かった。
 そしてその格率ゆえに、ヴィルケイはたった今己に立ちふさがる敵に、容赦という寛大さを1mmほども与えてやる気は無かった。
「フルブーストする! 整備兵は退避壕に避難しろ!」
(ちょ、ちょっとおい!? 流石に格納庫でスラスターを使うのは待て! それにまだ計器が―――)
「ウルセェ、高い金払うのと死ぬのどっちが良い!?」
 悲鳴をあげながらもまだ抗議を続けようとするのを無視して、ヴィルケイは《リゼル》のスロットルをゆっくりと開放していく。バックパックのブースターが閃光を吐き出し、その軽い振動が操縦桿とシート越しにヴィルケイの身体を伝っていく。
 クレイのエレアは街に行ったきり。フェニクスとクセノフォンは恐らく司令部。オーウェンと攸人は行方知れず―――。
 なるほどこれは自分が主人公って奴だな、とヴィルケイはスロットルを開きながら一人納得する。
「主人公は物語が終わるまで死なねーってのが相場だからな。なんとなかるだろ」
 スロットルを全開へ。格納庫の隔壁が開くまでは待っていられない―――だとしたら。
「ゲシュペンスト03、《リゼル》で出る!」
 フットペダルを踏み込む。爆発的な閃光を迸らせた白と橙の《リゼル》はキャットウォークとガントリーを破壊すると、推力に任せて強引に格納庫の天井を破壊した。
 外気に出るや、全天周囲モニターの中に黒々とした逢魔の光が差し込む。気流がある中での戦闘、それもコロニー特有の独特な気流の感覚を思い出しつつ、上空に上昇した《リゼル》は、その正面に目標(てき)を見定めた。
 《リックディアス》が6―――。
 光の翼を広げた《リゼル》が黒雲を切り裂く。
 ビームライフルは元より使う気はない。コロニーの中でのビーム兵器の使用は原則禁じられる。もちろん今はその『原則』には抵触しないだろう―――だが、連邦の軍人として、そしてコロニー生まれの人間の格率として、ビーム砲はコロニーの中で使用しないと決めていた。そして、それでも切り抜けられると冷静に分析できていた。
 相対距離が即座に縮まる。コロニー守備隊が装備する《リックディアス》の火器は90mm機関砲。その射程に入った瞬間にロックオン警報が鳴り、それと同時に《リゼル》の脇を90mm機関砲の弾丸が飛んでいく。
「早漏が、コロニーの中で適当に撃った弾が当たるかよ!」
 余裕の笑みを見せつつ、ヴィルケイは全天周囲モニターを目まぐるしく動く敵機と己の機体の位置、気流の流れ、そして《リックディアス》が装備するHWF GMG・MR82-90mm機関砲[ジムライフル]の弾倉に入る弾丸の数を頭の中から引っ張り出す。
 そうしてどの敵機が大よそ何発撃ったかの推定を行い、そうしながら常に敵機3機の火箭が通らないように常に敵機と自機の対角線上に敵を入れるように機体を制御する。
 全ての工程を同時的に熟す―――そしてそれを朝起きて欠伸をするのと同じくらい反射的に行い得ることがエースパイロットたる前提条件である。
 3方向、2方向から降り注ぐ弾丸の牢獄をするすると抜けながら、ヴィルケイはその瞬間を見逃さなかった。
 ヴィルケイの予想とほぼ同じタイミングで隊長機と思われる《リックディアス》が弾倉交換の素振りを見せる。後方に下がろうとする《リックディアス》を援護(カバー)するために、2機の《リックディアス》が前衛に上がろうとするその瞬間に、ヴィルケイは《リゼル》のスラスターを焚いた。
 右上方にいた《リックディアス》が慌てて機関砲を指向するより早く、右腕に装備されたグレネードを発射。近接信管が作動し、《リックディアス》が爆炎に飲まれていく。
 流石に重装甲の《リックディアス》を今の一撃で撃破したとは考えていない。ただその一瞬の隙があれば良い。
 雪空の中、閃光を爆発させた《リゼル》は一瞬のうちに相対距離を詰める。その合間、ちょうど隊長機を挟んだ向こうにいた《リックディアス》が隊長機の《リックディアス》を飛び越えるようにしてスラスターを焚く。
 瞬間、ヴィルケイはスラスターの指向を強引に変え、《リゼル》は一気に隊長の《リックディアス》の下に潜り込んだ。
 灰色の《リックディアス》が機関砲を破棄し、ビームサーベルを発振させる。
 賢明な判断だ。高機動中且つ一瞬の判断が要求される中で、慌てて弾倉(マグ)交換(チェンジ)を敢行すれば確実に失敗する―――だが、ヴィルケイにしてみればその判断は頓馬だった。
 急降下と急上昇の連続行使による負荷Gの最中、獅子吼を上げた《リゼル》は《リックディアス》の右腕を掬い上げるようにして肘から先を1太刀で両断した。苦し紛れに《リックディアス》が頭部の2連装機関砲のハッチを展開しかけたところに左ストレートを叩き込みながらもすぐにスラスターを逆噴射させた。
 背後と上からのロックオン警報。逡巡の瞬間、ヴィルケイは下方から黒い世界の中屹立したメガ粒子の光軸を見た。ビーム砲というにはあまりに出力の弱いそれは、コロニー中の中で減衰しながらも背後の《リックディアス》の機関砲を右手首ごとぐずぐずに溶解させた。
 下方の映像が全天周囲モニターの前面に立ち上がる。格納庫エリアの中、陸軍(グランド)迷彩(カモ)に塗り染められた《ガンダムMk-V》が肩に懸架されたメガ粒子砲―――N-B.R.Dの砲口を上に掲げていた。
 出力調整の自由度が高いN-B.R.D故に、MSを貫きながらもコロニーにダメージを与えない出力での支援砲撃―――それにしても、砲撃のその精度には舌を巻く。
鋭利な視線のままに余裕を滲ませた笑みを浮かべたヴィルケイは、獅子吼と共に未だ健在な《リックディアス》目掛けてスラスターを迸らせた。
「さぁ―――俺と熱いダンスでもしようぜ!?」 
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