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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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39話

 サイド8・1バンチコロニー『ニューエドワーズ』はある種お祭り騒ぎだった。
 一年戦争終結後、コロニー復興計画に先駆けて建設されたサイド8は正式なサイドというわけではなく、元々は新生サイド4―――元サイド5ルウム再建設のために建設された臨時のコロニー群である。各サイドの破損したコロニーを修復することで、僅か10年という歳月で完成されたコロニーは、しかしその後急速な時代の流れの中で忘却されていくことになる。同じラグランジュポイントを拠点として行われたデラーズ紛争から始まり、グリプス戦役、第一次ネオ・ジオン抗争。そして、第二次ネオ・ジオン抗争―――休む暇なく戦争を続けてきた地球圏の中で、崩壊したルウムの戦略的価値などたかが知れており、誰も建設されつつあるサイド8に対して気にも留めなかったのである。宇宙の過疎地でしかなかったサイド8が再び時代の脚光を浴びるきっかけとなったのは、UC.0093年の出来事だった。第二次ネオ・ジオン抗争の唐突な終焉に伴い、また来るべきUC.0100年を迎え、地球連邦政府はサイド5―――フロンティアと命名された新生サイド4建設を宣言。サイド8はその重要拠点と見なされるに至ったのである。そのニューエドワーズを拠点に、旧茨の園を不法に占拠しているジオン残党―――ありていに言って宙賊たちを討伐し、サイド4建設のための地を平定する。今回の作戦の概要は、おおむねそんなところだった。
「ちょっと、またクレイはシミュレーターにでも籠ってるわけ?」
 顔を酒で真っ赤にしながら、琳霞ががなり声を上げた。その度に、サイド8に訪れた機動打撃群の連中がわーわーと叫び声をあげていた。
 反連邦意識がジオン共和国が今回の作戦に参加しているのも、歴史的な作戦になるであろうからこそ、だ。かつての敵同士が手を取り合い、破壊されたサイド復興のために尽力する。市民向けには良い広告だ。それを弁えているからこそ、ジオンの人々は特に不平も漏らさず連邦の人々と共に居た。それに、案外話してみれば現場の人間は意気投合するものである。琳霞の同僚たちも、顔を真っ赤にして連邦の軍人たちとサイド3のソープ嬢についてだの可愛げのある醜い議論を繰り広げていた。
「まぁいつものことですから」
 琳霞の大ジョッキに並々とビールを注いだジゼルが応える。ふん、と鼻を鳴らした琳霞は1Lはあるであろう黄金の液体を一息で飲み切った。
「全くメシは旨いけど酒はダメダメね! サイド3を見習ってほしいわ!」
「さっきはサイド3にはここを見習ってほしいって言ってましたけどね」
 琳霞と同じくらい飲んでいるのに顔色を全く変えない部下が口を出すと、琳霞の握っていたジョッキが弧を描いて男の顔面に炸裂した。頑強に作られたジョッキは傷一つつかなかったが、部下の鼻からは真っ赤な血飛沫が舞った。どっと周りで笑いが起こる。
「ったくあいつマゾか何か? 今日一日中あたしたちと8時間以上は実機で訓練してたじゃない」
 フライドポテトを鷲掴みにしてむしゃむしゃ食べ始めた琳霞がなお顔を険しくする。
「あいつは趣味ですから。何かやってないと気が済まないんですよ―――中尉、もう一杯」
 ヴィルケイが琳霞のグラスに再び並々とビールを注ぐ。彼女は多少もたじろぐことなく、再びアルコールの塊をぺろりと胃に納めた。
「クレイに会いたいのなら部屋か基地の裏手の丘にいますよ」
「丘?」
 ぷはー、と不味いと言っていたにしては心地よく味わった琳霞が聞き返す。
「ええ、あいつそこだと静かで考え事が出来るって言ってましたから」
 肯定しながら適当に何か口に放り込んだ攸人は、あっち、と指さした。もちろん単に歓楽街から基地の方角を指さしただけに過ぎないのだが、何故か得心したように琳霞は立ち上がり、そのまま店の外へと出ていく―――前に。
 店の出口付近で踵を返した琳霞はそのまま席に戻ると、腰に巻いたジャケットに覆われた尻のポケットから黒い革の長財布を取り出して、勢いよくテーブルの上に叩き付けた。
「今日はあたしの奢り。これで好きなだけ飲みなさいな」
 それだけ言い残して、琳霞は再び出口に向かった。背後で歓声が上がるのをなんともなしに聞きながら、金色のリボンをたなびかせた琳霞は外に出る。街路に何台か並んだタクシー会社のエレカに乗り込む―――財布が無くてもタクシーに乗れるのはやはり便利だな、とサイド3との事情の違いを感じながら、琳霞はジオニックトヨタ社製の座り心地の良いエレカの運転手に行先を告げた。
                    ※
 鼻先をそよ風が過ぎていく。夜の密やかな静謐を孕んだ悪戯な風が頬を擽り、目を覚ました――そんな優雅な目覚めは、クレイには残念ながら訪れなかった。思案の途中でうとうととし始めたころ、どこか遠くの方でがなり声のするのをなんともなしに聞きつけた時、クレイはさして気に留めなかった。それだけクレイは疲労が溜まっていたし、そもそも睡眠に片足を突っ込んでいたクレイはそれが自分を呼ぶ声だと気づいても音としか聞いていなかったのである。その声が次第に近づいてくるのにも、さして注意を払わなかった。
 ほとんど眠りに使ったクレイの目を覚まさせたのは、側頭部への鋭い痛みだった。うんうん唸りながらおぼろげな視線を周囲に漂わせていると、もう一撃こめかみを痛撃が襲った。
「ほらほら早く起きなさいよ」
 さらにもう一撃、不機嫌そうにぶつぶつ言いながら放たれた琳霞の軍靴による蹴りは、再びクレイのこめかみあたりを打ち据えた。
 痛みのせいで強制的に叩き起こされると、顔を真っ赤にした琳霞は、不機嫌そうに顔を顰めたクレイなどお構いなしに隣にどっかりと座った。酷く酒臭い―――相当酔っ払っているんだな、と露出したキャミソールの肩紐がずれかかって、なまっちろい肩が顔をのぞかせている光景から目を逸らしたクレイは、彼女との間隔をやや開けて座りなおした。酔っているなら、仕方ないことである。彼女は特に何か言うでもなく、空を見上げていた。
 またか、と思った。
 サイド3の教導の後、連邦軍の作戦に従事することになった琳霞はそのままニューエドワーズで機体の訓練に明け暮れていた。
 クレイも空を見上げた。街の光が連なって、天の川のように―――と思うほどセンチメンタルな思考はしなかったが、綺麗だなとは思った。
 何故、彼女は時折自分に絡むのだろう。彼女がこの地に訪れてより、時折クレイにしつこく絡むことがあった。
 何故? 彼女とのつながりは、クレイが教導隊の資格を得た試験でクレイと技術試験を行い、クレイに敗北したということだけだ。そこに理由があるのは、なんとなくはわかっていた。だからといって、彼女はそれを根に持っているでもなく―――といっても彼女はクレイをぼろくそに罵倒したりもするが、それは彼女のからっとした性格ゆえに、だ。陰湿に何か嫌がらせをするような質でもなく、彼女の真意はクレイにはよくわからなかった。
「綺麗ね?」
 唐突に、彼女が口を動かした。そうですね、としかクレイは応えられず、擬人化した星空を眺めていた。
「昔―――一年戦争の時も、結構きれいだったのよ。ズムシティは」
 草叢に寝転がり、琳霞は後頭部で手を組む。懐かしげな声色だった。
 一年戦争の、サイド3の空。クレイは考えたことも無かったが、彼女が言わんとしたことはすぐにわかった。
 灯火管制。本来それは、夜間に置いて敵からの爆撃を防ぐため、夜間において電灯をつけないようにするというものである。しかし、もちろんコロニーであるズムシティでは爆撃などあるはずもない。サイド3では、むしろ街全体に明かりを灯すという灯火管制が敷かれたのだ。流出・喪失した人口の減少を市民に感じさせないため、無人の街に明かりを灯して人々の活気を感じさせる。そうまでしなければならないほどに、ジオンは逼迫したのである。
 否。逼迫した、という過去形で語られるべき事情ではない。一年戦争という爪痕は、精神的にジオンの民を傷つけていたのである―――戦後、繰り返されるジオンの名による戦争のたびに。失われた公国の復活を、あるいは新たなザビ家による支配を。または、本当のジオンの名の再臨を標榜する抗争の度に、その責任はサイド3を嫌悪する風潮が生じた。
 本当の、ジオン。その空虚な言葉に顔を顰めたクレイは、隣に寝転がる女性士官を感じた。
 本当の。それはどこかに存在するイデアールなものなのだろうか? 否。断じて否だ。越論的なものなどというのは本来の、という形容で語られうるべきではないのだ。世界を括弧に閉じ込めうるようなそんな絶対な知見などではなく、もっと身近なものなはずなのだ―――。
「すっごく寒くてね。雪が降って喜んでたわよ―――ズムシティで雪が降ったのなんて初めてだったんだから。でもそれは最初だけ。もうどんどん寒くなっちゃって痛いくらいだったし、ガッコーの先生はシェルターに入れって煩かったからさ。シェルターに入る前に見上げた空は綺麗だった。雪に空の光がキラキラ写っててね」
 寝そべった彼女は、アルコールが身体中に回るようにぼんやりと声を紡いでいた。掲げられた彼女の手が、どこかを彷徨っていた。何かを掴もうとして、ふらふらと虚空を漂っては当ても無く空を掴んでいた。
「あの人もね、インタビューで言ってたのよ。雪が降りしきる中に映る街の光を見上げたって。嬉しかった。私はあの人と同じものを見たんだって―――」
 「あの人?」無粋と感じながらも、クレイは声を挟んだ。
 彼女は、ゆっくりとクレイの方を見やった。
「憧れだった。あのクソッタレみたいなテロリストどもに制裁を加えるあの人が希望だった。私も、あんな風になれたらってずっと思ってた」
 熱のこもり始めていた彼女の言葉は、結局存在者が不在だった―――けれど、その言葉でクレイは彼女の指し示す存在者が何者なのかは自然と知れた。
 ―――琳霞の黒髪の毛の根本は、既に地毛の色が覗いていた。髪を縛る金色のリボンが風に身を任せてそよそよと優雅なダンスを踊っていた。
 ジオン共和国出身でありながら、アースノイド至上主義者の集団たるエリート部隊ティターンズへと参加したパイロット。組織の肥大化と共に腐敗し始めたグリプス戦役時のティターンズはともかく、結成当初のティターンズは真のエリート部隊という評価こそが相応しい部隊だったことは、第一次ネオ・ジオン抗争終了後の、異常とも思える元ティターンズを弾圧する風潮の中で無視されてきた事実だ。地球連邦軍屈指のエース部隊『不死身の第四小隊』の面々は語るまでも無いだろう。かつてRX-78-5《ガンダム5号機》のテストパイロットを務めたフォルド・ロムフェローや、戦車戦のエースでもあり、RX-78-6《マドロック》のテストパイロットを務めたエイガ―。一年戦争を駆け抜けた綺羅星の如き錚々たるエースたちが名を連ね、戦後の秩序を乱す『ジオンの残党』を鎮圧するティターンズは、ジオン残党が諍いを起こすたびに、無実の罪を擦り付けられてきたジオン共和国の市民たちにとっては尊敬の念でもって迎えられた―――という側面は忘れ去られている。そして、そんな尊敬されうる部隊に選出されたフェニクスは、まさに尊敬それ自体だったに違いない。もちろん、当時のティターンズが将来的に30バンチ事件のような許しがたい惨事を引き起こすことになろうとは、知る由も無いことである。
 15年前の一年戦争、多感な時代をおくった琳霞は謂れのない祖国への誹謗を如何に受け止めたであろう? 地球のリゾートへ赴いたら石を投げられたと語るサイド3出身のアニメ声優の自伝は、所謂二次元に安住の地を見出した人種にとって有名な話である。同じジオンの名を有しているというだけで、謂れのない差別を受けてきたサイド3。その差別の理由は、一年戦争の当事者であるにも関わらず戦後一番に復興を遂げたことへの妬みかもしれない。そうした妬みや嫉妬の感情を否定はしない―――むしろそれは時に大事を成す大きな原動力ともなる。思想の始まりは何も気高い精神ばかりというだけではないであろう。だが、その暗い情念によって他者に危害を加えて良いということにはなり得ない。その情念が現実に鋭利な刃を伴って鎌首をもたげ、誰かに血を見せたその瞬間に糾弾されなければならないはずだ。
 琳霞はそうした刃を、きっと言論の内に感じていたのだろう。あるいは実際に地球へ行ったか。どちらにせよ、彼女はきっと世の中の排他に対して行き場のない憤りをため込んでいたのだ。
「なれましたか」
 どこか固くなった声になった。居所の悪さを感じたクレイは、琳霞と同じように草叢に背を預けた。固い草が露出した首元をちくちくと刺した。
 彼女は、しばし何も言わなかった。クレイは、そうして悟った。
 だから、彼女は教導隊を目指したのか―――身体に鋭い痛みが奔った。植物内に含まれる非結晶含水珪酸体、プラント・オパールが原因だろう。
「どっかの誰かさんに蹴落とされてダメだった」
 胸が軋んむ。
 教導隊を選抜する試験では、特に個人技能が重視される。そもそも部隊間連携などは、教導隊を目指すならばできて当然の技能で前提条件だ。
 こういう時、何を言えばいいのだろう? 乏しいクレイのコミュニケーション能力では、良い回答は全くの不明だった。
「私に勝つんだからどんな奴だと思えばすっごく冷淡で会話すらしないような奴だった。その癖士官学校にまだ在籍してるような奴よ―――ムカついてぶん殴ってやろうと思ったわ」
 ますますクレイは委縮したが、琳霞の声色には剣呑さは無かった。
 4年後―――隣でぼそりと声がした。
 4年後―――クレイはその意味を理解できなかった。
「4年後の教導隊員選抜試験の時そいつに言うのが目標なの。ざまぁみろ、お前が見下した奴はお前と同じ場所に居るんだぞ―――ってね。それが私の目標で、私のやらなきゃいけない責務って奴」
 にやりと琳霞が鋭い笑みを浮かべる。虚を突かれたように見守ったクレイは、彼女から視線を離して、もう一度空を見上げた。
「その人、人と話すのが苦手なんですよ」
 琳霞は胡乱気な視線でクレイを見た。
「多分、緊張してたんですよ―――自分がこんなことできるかなって。そして実際やってみたら上手くできて―――でも周りはほとんど見知らぬ人で、しかも反感を持っている人ばかりでしたから」
 最後の方は、もうほとんど顔を赤くしながら消え入りそうな声だった。
 漠と視線を漂わせた琳霞は、声を出して笑った。
「なにそれ? あたし本当に馬鹿みたいじゃない」
 げらげらと笑う琳霞。どうしてそんなに笑うのか、クレイにはよくわからなかった。
「なるほどね、確かに思い返してみればそんな風な気もする。そう言えば、なんかキョドってたし」
「む…」
 頓着も無く声を出して笑う。半身を起こした琳霞は、再び空を見上げた。
 コロニーの約4分の1を占める市街の光は、相変わらず忙しなく瞬いていた。
「頑張ってください」
 当然、と彼女が鼻息を荒くする。
「頑張れって言葉を誰かに言うのは、本当は好きじゃないんですけど…それでも、僕は頑張ってと言います。人は頑張ればたいてい何でも出来ますから―――僕が教導隊に入れるくらいには、信頼性の高い言葉だということは保証します」
「そりゃ随分な実戦証明ね」
 琳霞が笑う。そうして半身を起こして、彼女はぐいと拳を突き出した。
「頑張るぞ」
 無邪気な笑みと真剣な眼差しが混同したその表情に、クレイもただ頷いた。
頑張る―――努力。
 難しい、言葉だと思った。確かにそれは素晴らしい行為で称賛されるべきものだ。だが、その絶対化は時に悪にしかならない。
 頑張って結果が出ない―――よくあることである。本性からして稚拙な認知能力しか持たないホモ・サピエンスたちは、往々にして結果が出ないことを努力が足りなかったことに還元化してその主体者を責める。だが人間とはそんなにもコギト的な存在の土台に生きているのだろうか。市場原理主義者たちは大真面目に頷くのだろうが、もちろん否である。物理レベルでも思想のレベルでも、人間とは個ではなく現象あるいは場なのである。『生命』とは、様々な要因で成立しているのだ。そもそも、人の産まれその物が偶然に委ねられるものであるという事実を往々にして忘れがちである。
 だから、努力は素晴らしくても絶対視してはならないのである。努力という行為が出来ない人も、したくても出来ない人も、居るのである―――。
 反対に。努力をして、何か成果を得た人間は、何故かそれを己の功績だと考える。努力が出来たことそれ自体が偶然で幸福なことなのに。
 ―――そして、クレイはその現実に気づきながらも、事実誤認している。己の幸福を、恣意的に己の所作にしている。
 あ、とクレイは琳霞に視線を移した。
 つい思案に没入してしまって話を聞いていなかった―――音すら耳に入っていなかったことに慌てて横を見たクレイは、不意に響いた間抜けな鼾にびっくりした。
 ごろんと仰向けになった琳霞は、女性とは思えないような野太い鼾をかいて、とっぷり眠っていた。
 時折、空気が抜けるような半濁音が鳴り、息を詰まらせながら鼾を続けていた。
 苦笑いを浮かべた。どこかキツイ眼差しの彼女が油断している様が可笑しかった。
 と、思っていたのも数分のことだった。もう、夜中なのである。ここでぐっすり眠っていては風邪をひいてしまう―――。
「俺が運ぶんだよな」
 独り言ちる。が、もちろんそれが嫌で言ったわけでは、無かった。人の役に立つ、というのは良いことである。クレイは、子どものような素朴な良心を惹起させ、ゆっくりと立ち上がった。
 暗闇で琳霞を見下ろす。すっかり熟睡して、何をされても起きなさそうなほどだ。
 ―――このままジャケットとシャツを剥がせてパンツと下着を脱がせ、滅茶苦茶にレイプしても起きなさそうで―――。
 咽喉を鳴らした。
 何を考えているのだ―――むしゃくしゃに頭を搔いて、不意に大脳のずっと奥まったところから染み出してきた考えを汲みだして唾液としてそこらへんに吐き出した。
「どうやって運べばいいんだろうな?」
 わざと声に出した。
 数十秒ほど思案した後、クレイは琳霞の肩甲骨のあたりと膝裏に腕を入れ、そのまま抱きかかえた。
 すうすうと顔の近くで響く彼女の寝息。
 さっきのは、一時の気の迷い。気の、迷いなのだ―――。
 苦い気分を一部も表情に出さず、クレイは国防軍の仮宿舎までの道のりを必死に頭のどこかから呼び出した。 
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