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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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29話

「あー! 発見!」
 不意に格納庫で爆ぜた声は、弛緩した気分だったクレイをびくりとさせるには十分だった。
慌てて顔を上げて周囲を見回す―――と、入り口付近に人影が1つあった。
遠くから見ては、どうやらモンゴロイド系の人間であることがわかっただけだった。黒髪のショートツインテールを靡かせ、肩を怒らせてこちらに歩みを進めてくる女性のその素振りで、さきほどの「発見!」の志向対象が自分であることを知ったクレイは、猶更驚愕した。
 クレイには昔からの女性の知り合いも片手で数えてさえ余裕があるくらいの乏しい交友関係しか持ち合わせていなかったし、またその相手は共和国国防軍のSDUを着ていたのだ。クレイには、やはりジオン出身の知り合いもいなかったのである。
 クレイが困惑している内に、その女は機敏な足取りでクレイのすぐ目の前へとやって来た。首元の階級章を見ようにも、腰巻にされていて確認できず、インナーのぴっちりしたシャツという出で立ちの女性がどんな人物かは一瞥して理解できなかった。
 とりあえず、急いで立ち上がったクレイは敬礼と共に綺麗に敬礼し、自分の所属と階級を素早く告げた。しかし、女性は何故か不満そうな顔でクレイの顔に釘の視線を打ち付けるばかりだった。
 ふん、と鼻を鳴らした女は、ようやく敬礼をした。
「ジオン共和国国防軍第1海兵宙戦団第1大隊第2中隊の趙琳霞中尉よ」
目を見開いた。
 第112中隊―――クレイの初の教導任務だったあの教導で相手にした部隊だった。そう言えば、あの時クレイがやりあったあの《ハイザック》のパイロットは女性だったハズだ。
「もしかして、あの時あの《ハイザック》に乗っていたのは?」
「そうよ、《ガンダム》のパイロットさん」
 何故か、彼女は不機嫌そうに眉を顰めたままだった。
 まさかまだ琳霞のことで何か見落としがあるのだろうか。まさかすぐ誰か気づかなかったから―――ということはないだろう。一時矛を交えただけで知り合いだ、などというどこぞの少年誌的発想をしているのでもなければ、やはりクレイが眼前の上官について知り得ている情報はほとんどないハズなのだが。
「あの……どこかで会いましたか?」
 恐る恐る口にする。と、呆気にとられたように目を丸くした琳霞は、次第に目つきを日本刀のように鋭くし始めた。加えて額には青筋が浮いてプルプル震えはじめていた。
「あんた、覚えてないワケ?」
「すいません、覚えていません……」
 わなわなと全身を震わせた琳霞の身体がふと霞んだ―――と認識した瞬間には、玄翁で打たれた様な衝撃を伴った鈍痛が鳩尾に食い込んだ。潰れた蟾蜍が哭くようなうめき声を上げて膝を折った。
「ちょっと一回殴らせなさいよ」
「殴ってから言わないでくださいよ……」
 憤懣やるかたないといった様子で頭を掻き毟る琳霞。苛々を含んだ息を吐いた黒髪の女は、よろよろと立ち上がったクレイを呆れたような、やはり瞋恚を多大に含んだ視線を突き刺してきた。
「本当に覚えてないわけなのよ?」
 怖じ怖じと首を縦に振ると、もう一度、今度は盛大に溜息をついた。
「すいません……」
「別にいいわよ。元々私怨だったし」
 とはいいながらも、やはり琳霞の顔色は険に満ち満ちていた。
「一年前よ」
 別にいい、と言うのとは裏腹に、恨めし気な目でクレイを見やる。
 一年前―――まだクレイが士官学校に居た頃だ。それこそ女っ気などミリほどしかなかったし、数少ない知り合いも片手で数えても余裕があるという侘しい男の記憶野に、趙琳霞という名前も顔立ちの残影も無かった。
 それでもなんとか思い出そうと唸っていること十数秒、結局琳霞は失望と喪失感をありありと浮きだたせた。
「教導隊の選抜試験の時のことよ。まだだめ?」
 琳霞が言った言葉に目を眇める。教導隊の選抜、と言えば確かに一年前だ。その時知り合った、ということか? それにしても、クレイにはさっぱりだった。何せ周りにいるのはベテランばかりで明らかに場違いな空気の中、酷く緊張しながら各試験を受けた故に何も覚えていなかったのだ。話しかけてきた人は何人かいたが、当たり障りもなけてばとりとめもない相槌を打った記憶しかなく―――。
 いや、と記憶野のどこかでなにがしかの電気信号が閃いた。
 そういえば、女の人と話した記憶がある―――頭蓋に押し込められたタンパク質と脳神経の塊が、琳霞の輪郭をおぼろげに描き出した。
「個人技能審査の相手のお方だったり…」
 安堵と憤慨を同時に顔に表出した琳霞が、ただ「そうよ」と素っ気ない声を零した。
「あの、あれは……」
「もういいわよ。なんかあたしだけ盛り上がってバカみたい」
 言って、琳霞が《ガンダムMk-V》の方を一瞥し、忌々しげに舌打ちした。
 ぷいと顔を逸らした彼女は、そのまま踵を返すとさっさと格納庫の出口へ―――いかなかった。途中、思い出したように踵を返すと、やはりさっさとクレイの目の前まで戻って来た。
 ふと気が付く―――琳霞の黒髪は染めているらしい。頭頂部の色が抜け、地毛の茶色の髪が覗いていた。
「アンタの部隊、サイド3の教導が終わったらサイド4宙域の掃討作戦に参加するのよね」
「えぇ……テストとかで」
 吃驚して琳霞を見返した。確かにサイド3の教導が終わったら、N-B.R.Dやら《リゼル》やらの実戦テストという名目で、サイド8に隣接する新生サイド4宙域の宙賊の掃討作戦にも従事することになっていた。だがどうして―――という問いは、すぐに自己解決した。
 琳霞の所属する国防軍第1海兵宙戦団は、連邦軍が宇宙でのジオン残党の討伐を行う際に共和国から派遣される部隊だ。
 事情を理解したことを察した琳霞は、ここにきてようやくなけなしの満足気な顔をした。
「まぁそのうちカルナップ大尉から通達が行くと思うけど。それじゃあよろしくね、教導隊の少尉さん?」
 挑発的に、あるいは皮肉っぽい鋭利な笑みを残して、琳霞は踵を返す。遠心力に倣って2房の短い黒髪がふわりと空気を食み、髪を結う黄色のリボンが蠱惑的に丸く靡く。圧倒されるばかりで茫然としたクレイは、琳霞の『カルナップ大尉』という言葉が孕んだ敬愛の重さに気づかなかった。 
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