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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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22話

e/S「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 茹だるような暑さだ。
 空を見上げれば、奇妙なほどに真っ青な天上が押し寄せてくるように張り付いている。じりじりじりじり哭く虫の声色は、どこか引きつったような、苦痛に満ちた声だった。生命そのものの必要の切迫に煽られた苦痛に満ちた声、心の奥底と肌の表面に直接侵入してくる声も、遠くで聞けば単なる無害な音にしか聞こえなかった。
 視界広がる長い道。綺麗に舗装された道の周囲は酷く荒れ果てていて、薄い茶色の地肌がむき出しになっていた。空の蒼さに反して―――あるいはその通りに―――世界はからからで、道脇の土を手に取って見ればぼろぼろと砕けて粉のようになっていく。白い掌に微かに残った表土の残骸も、肌の上を浚っていくような素っ気ない風に乗せられて、蒼穹へと巻き上げられていった。
 額から滴った汗が髪を濡らし、顎を伝っていく。ぽつりと落ちた肉の汁が手の甲を叩く。
 白い少女が道を行く。果てしのない道、永劫とも思える黒い道を歩いていく。
 身体を包む少女の衣は肌の色のように真っ白な白無垢で、風に靡いた服が大地の躍動を孕む。
 少女が立ち止まる。何かがずれる。道端に、少女が何かを見つける。
 色彩が死んだ世界。ただ驚くほどに、蒼く美しい天井だけが、下界を見下ろすその天だけが確固として存在する世界。
 そんな中、鮮やかな花が咲いていた。真っ赤な花。道端に咲く、赤くて人間の臓物みたいな綺麗な花。
 ぱっくり開いた花の裂け目から覗く、きめの細かいぷにぷにとした花弁。赤い色彩はそのまま道に広がっていく。
 肌を溶かすように照り付ける熱。遠くの方で哭き続ける虫の悲鳴。素知らぬ顔で大地の上を流れていく世界の蠢動。
 白い少女が膝をつく。
 蒼い少女の瞳が赤い花を捉え、小さく細い手を伸ばす。
 自分の手―――[修正]―――じゃないみたいだ[完了]。
 花に触れてみれば、ぬるりと肌を舐めるような感触だった。花の奥に手を入れてみれば、案外奥が深い。掌がすっぽり入るくらい、その花は大きかった。そして、微かにた――温度を持っていた。
 花から手を引き出す。花は死んだように身じろぎもせず、ただ風に身を任せているだけだった。
 赤い液が道路に落ちる。
 手が赤い。掌が何かで真っ赤に染まって、爪の先まで紅だった。
 道路に何かがのたうつ甲高い音が耳朶を打つ。
 蒼い視線が黒いコンクリートの上をなぞる。肌を溶かすような光を受け、ちろちろと輝く銀の光。
 ■■■[検閲済み]だ。どうしてこんなものが落ちているのだろう、と少女は不思議そうな顔をして、膝小僧の上と太腿の間くらいの場所に手をついて膝を曲げた。
 何秒かほどその■■■[検閲済み]を眺めてから、少女は左手を伸ばして、ぎょっとした。
 左手が真っ赤だった。さっき花―――[限界 検討 作業開始]―――に触れたのは右手で、真っ赤になっていたのは右手の筈なのだ。
 目を丸くして赤くなった左手を見ながら、銀の■■■[検閲済み]を手に取る。木製の持ち手は、手に持てば真っ赤に染まった己の手にぴたりと収まり、そこが本来―――[危険]の場所であるかのように安らっている。
 ■■■[検閲済み]の先が■[検閲済み]で濡れている。
 鼻先を掠める赤い風。鼻孔の奥にじっとりと沈殿し、嗅覚神経に纏わりつくと、そのままずっと神経を犯していき、脳髄の奥へと[危険]這いずっていく。
 左手に真っ赤に染まったボールペン[修正済み]を持ったまま、少女が背後を振り向く。
 蒼い空。背後にも、果てしなく続いていく綺麗に舗装された道路が伸びていく。じりじりと嗄れ声で哭き続ける虫の声に、頬を伝っていく何かの液体。乾いた風は相変わらず大地を走って行き、巻き上げられた土埃が舞い上がっていく。
 こんなに、■[検閲済み]が一杯あっただろうか。真っ赤に裂けた綺麗な■[検閲済み]が道路一杯に犇めいている。鼻をつく匂いはこの■[検閲済み]のせいだろうか。太陽に照らされ、腐敗した■[検閲済み]が熟れ[修正]て無残な姿になっている。
 心臓が蠢く。不意に引き締まった心臓の筋肉が血液を全身に送り出し、意識が揺らぐ。
 綺麗だ。真っ赤に裂いた大きな■[検閲済み]は見ているだけで頭がおかしくなりそうになるほどに淫猥だ[危険]。
 少女が踵を返す[危険]。ふらふらと覚束ない足取りなのは、疲れているわけではない[危険]。蒼い瞳には明瞭な意思の志向を宿している[危険 検討終了]。
 美しい華を美しいと感じる感性と大きな差異があるわけではない。ただ、美し――――[作業完了 強制終了]

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
                        ※
 ―――あ、夢だ。
 クレイがそれを夢と自覚できたのは、眼前の景色に全く身に覚えがなかったからだ。
 途切れることのない沈むような音に、定期的なテンポを刻む振動。排他的な冷たさを感じるより、思考能力を剥ぎ取られていくような安寧感に漂いながら、クレイはガラスの向こうを眺めた―――自分はどうやら、ショーウィンドウに並ぶ安っぽい見世物のような場所に居るらしかった。
 はっきりと外を見ようとするが、曇った視界では判然としない。なにやら白いものが忙しなく蠢いて居ていた。時折、白いものが立ち止まってこちらを見やる。
 夢だな、と自覚できた理由はさらにもう一つ。意識が明瞭で、五感が正常に機能している癖に全然手が動かせないからだ。ちなみに足も動かせないし、身を捩ることすらできそうにない。
 それにしても、自覚のある夢というのは奇妙な出来事である。本来ならその奇妙な出来事を、興味深いものとして受け取るところなのだが、何分夢の内容が最悪だった。単調に、ただ同じ光景を反復するだけで、その上身動き取れないという事態では、退屈極まりない。こうなっては、意識がなまじあるだけむしろ地獄だった。ぼーっと、ただぼーっと自失して、時間の感覚が剥離していく。
 たいくつだなぁ……。
 なにかかんがえごとでもしようかしら。
 あぁでもかんがえるのもめんどうだな……。
 繰り返す光景に飽き飽きすることに飽き飽きするという謎の事態に陥りかけ―――不意に、リピートが死んだ。
 「人間でいうところ」の腹部にあたる部分に、いきなり鈍痛を感じたのだ。痛みの性質からして、殴られたか蹴られたか。とにかく殴打された痛みだ、ということは、身体で理解できた。特に、外で何かあったわけでもない。ガラスの内側にいる自分に何かが起きたわけでもない。
 ”現実”のほうででも何かあったのだろか―――?
 漫然とそんなことを考えたところで、再び―――今度は顔面を酷く引っ叩かれた。



 なんだろう、今の夢は。
 寝起き特有の頭痛もなければ、寝不足であればいつも身体に纏わりついてくる倦怠感もないから憤懣はないが、釈然としない。夢とは悉く意味不明なものだが、それにしても不条理極まりない。
 寝返りを打とうとして、クレイは左腕が動かないことに気づいた。動かないどころか、感覚が鈍くなって痺れるような感覚―――そういえば、とクレイは今更に自分の身体に接触する異物の感触を思い出した。
 少し耳をすませば、自分とは異なる可愛らしい寝息が聞こえてくる―――クレイ・ハイデガーは、自分の隣で同じベッドに寝ているエレアの存在を、改めて理解した。そうして、もうこうしたことは4度目になるというのに未だに慣れなず、妙な羞恥心を感じていることにも、気づいた。
 エレアと「そういう間柄」になってから、結局「命令」の説明を受けることもされずに4週間が経とうとしていた。
 エレアと初めて―――というより、人生で初めて唇同士の接触、ありていに言ってキスをしてから4週間。あの日はこれからどうなるのだろう、と不安と期待を抱いたものだったが、いざ時が経ってみれば今までと別段代わり映えの無い日々が繰り返されるだけであった。激務というわけでもないが、多忙な日々にあって互いに余計なことに使う時間はほとんどない。そのほとんどない微かな時間に、こうして彼女はクレイと一緒にベッドの中でじゃれ合っては眠ってしまうことが、数少ない彼女との関わり合いだった。彼女は、それで大変な満足を得ているらしかった。
 特に含むところもなく、クレイはそっと身を横にした。腕を枕にしてすやすやと寝息を立てる彼女が起きないように腕をずらしながら、エレアと相対する格好になると、そのままエレアの身体に腕を回す。そうして、そっとエレアを抱き寄せた。
 温かくて、柔らかくて。その知覚だけで、クレイは勃起してしまっていたが、それでかえって哀れだった。
 彼女は、ただ戯れるだけでご満悦のようだったが、クレイは不満足だった。もちろん、今まで焦がれていた相手を身近に感じて、好きという感情を直上的に孕んだ眼差しで見られるのは味わったことがないほどの「甘ったるさ」を惹起させてくれるし、その気持ちだけでほぼ満足しているのは確かなのだ。だが、そうしたプラトニックな面の一方、もっと物理的快楽的な側面では、なまじ彼女の身体に触れられることで生殺しにあっているようだった。エレアは、セックスをすることにはひどく消極的だった。無論、「そこ」に触れることも。曰く「死ぬほど恥ずかしいから」。したいといざ口にしただけで真っ赤なパプリカのように顔を赤くしてクレイの行為をはねつけたのである。
 思い出すだけでも恐ろしくなる―――胸が潰れるほどの哀しみを思い出して、居た堪れなくなった。エレアは必死に、決して「したく」ないのではないと弁明していたし、多分そうなのだろうと思う。だから、別に―――本心はしたくてたまらないのだが―――クレイは、それについて深く追求もしなかったし、プラトニックな充足に安穏とすることにした。
 それにしても―――と、彼女のくびれに手を這わせ、臀部の柔らかさを指で感じながら思う。
 エレアは、寝癖は悪くない……と、思う。だが今日は勇敢にもクレイの顔面をどうやらビンタして腹に膝蹴りを食らわせてくれたらしい―――というのは、ひりひりと痛む頬と鈍痛のお蔭でわかった。
 何か嫌な夢でも見ているのだろうか。薄暗い部屋では彼女の顔は窺い知れず―――ちょっとだけ聞こえる唸り声からしてやはり悪夢だろうか。
 微かに口が蠢く。はて、何と言ったのか。耳を澄ませてみたが、彼女が何かを口走ることは無かった。結局何分か―――あるいは何十分かほど、ただ身体を触れあわせた後、彼女の寝息はいつものように静かになっていた。エレアの太腿の肉とオーバーニーソックスの感触の違いを確かめていた手をひっこめ、彼女の頭の下に自分の枕を滑り込ませると、身体を起こした。なるべくマットが沈まないように慎重に起き上り、エレアの上を覆いかぶさるようにしてのそのそとベッドから這い出る。ひやりと冷たい空気の感触を気にもしなかった。
 特にすることもない。だから、クレイは「窓」に近寄った。
 ニューエドワーズの宿舎には窓なぞない。
 そもそも、今クレイが寝ている部屋は宿舎ではなかった。
 窓から外を覗く―――窓の外には、電気のついていない自室の暗さよりも、さらに冥い世界が広がっていた。
 アーガマ級強襲巡洋艦3番艦《エイジャックス》。既に連邦では使わなくなったアーガマ級巡洋艦を、サナリィと連邦軍との合同プロジェクトの運用に転用したわけである。なにはともあれ、居住性という点は最高だ。クレイにとって、初の教導任務になるサイド3への遠征に際して、余計な疲労をせずに宙間旅行ができるのはありがたい。それでも、水を碌に使えないというのは中々に辛いものがあるのだが。当たり前だが、真空が支配する宇宙での物資の補給は死活問題だ。水の使用制限については、海上艦のそれよりも過酷だった。
 嫌に目が覚めている。でも結局、何もすることがないと理解して、クレイはいつも通りに思索の旅に耽ることにした。遠征ということで、私物は許可される範囲で持ち込んでいる。アヤネから貰った大量の本から選りすぐった数冊のうちのどれかでも読もう―――。
 窓辺から振り返り、さぁ本でも読もうと思ってから、つと頭の中が白くなった。どこに本を置いたのだったか。バッグに入れて、どこかに置いたのは覚えている。どこだったか。ニューエドワーズの自室と比べてもなお何もない部屋だから大して迷いもしないだろう。かといって電気はつけられないし。這っていればそのうち見つけられるかと思って地べたに四つん這いになったところで思い出した。そうだ、ベッドの下だ。
 結局這ってベッドの下まで行って、ハンドバッグの感触を確かめると、バッグの中をまさぐる。一番分厚い本に手をかけ、本の角っこを摘まむ。そのままバッグの中から引き抜き、申し訳程度に備え付けられたテーブルへ向かおうと立ち上がりかけ―――。
 エレアの声がまた、耳朶を打った。この時は特に深刻には捉えず、何と言ったのかな? とちょっとした興味で耳を澄ませた。
「―――たくない」
 微かに聞こえた声は、そんな音だった。
 「たくない」? どんな意味だろう。何か行為をしたくない、と言っているうちの最後の部分だけが聞こえたのだろうか。そう例えば―――?
死にたくない、とか―――。
 まさか。だとしたら安眠しているのは説明がつくまい。食べたくない、とかのほうがまだマシだ。鱈腹食べ物を腹に収めるエレアの姿を想像するのは難しくない。小柄な割に大食漢なのだ。あるいは山盛りのピーマンでも無理やり食べているのも悪くないな―――。
 立ち上がり、特に頓着することも無くチェアに腰掛けた。
 読書用の小さい電灯をつける。暖色の小さな光はぺらぺらと開いたページに堕ちて、ロゴスを露わにしていた。
 背を丸めて食い入るように、エクリチュールの海へと没入していった。
 幾何学の精神と繊細の精神について―――。 
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