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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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3話

 新造コロニー『ニューエドワーズ』。
 かつてのアメリカ軍の空軍基地の名を受け継ぐこの軍事コロニーは、その名の通りに新型兵器の開発・試験を行う軍事コロニーという側面を持っており、その構造は採光ミラーを敷設する開放型コロニーである。数基のコロニー群からなるこの小規模なコロニー群は、将来的に次のサイド―――サイド8建設のための最初の一歩として造営され、建設されてから2年という若いコロニー群である。
 そんな来歴を持つ一連のコロニー群、プレ・サイド8の内の1つであるニューエドワーズ内の地球連邦軍基地司令部の某所にて、クレイと攸人は着慣れない服に身を包んでいた。
 旧世紀、事務用の制服と野戦用の制服を分けた方が便利だ、という考えの元、軍の制服は勤務服と野戦服に分けられることになりさらに勤務服に至っては、儀礼用―――要するに高官との会合や、式典などで着込む服というのも用意されるわけだが、まさにクレイと攸人が来ているのはそれだ。旧ジオン公国及びジオン共和国の制服のそれに比べれば幾分か簡素ではあり、また二人は新任少尉でもある。襟元の階級章と、MS乗りの証たる特有の銀のバッジがあるぐらいで、儀礼用とはいえまだまだ飾り気に乏しい寂しいものだった。
「やっぱこれ堅苦しいよなぁ……」
 森閑とした通路を歩きながら、辟易としたように顔を顰めた攸人が言う。時刻は未だ5時を少し回ったところ―――起床ラッパまであと1時間以上。その上今日のこのコロニーの気温設定は朝っぱらだというのにやや熱いという始末だ。窓からちらと外に一瞥の視線をやれば、朝焼けの紅の空が広がっていた。
「まぁそういうなよ。相手は基地司令だぜ。適当な格好をするわけにもいくまいて」
 模範生的な返答を敢えてしたクレイも、しかし内心はまったく攸人に大いに賛成だった。喉元までぴっちり閉められたボタンの1つも外したくなる―――咽喉もとに指を差し込み、僅かに隙間をつくって風を送る。少しだけの涼しさだったが、無いよりはましだ。
 攸人が呻いているのを励ましていると、通路の先に人影がちらつく。上官なら、敬礼をしなければと素早く視線を流すと、よれよれのYシャツにスーツという出で立ちの男がつかれた顔でこちらに向かってきているところだった。
「あー涼しそうだ……」
 腕まくりし、胸元がだらしなく開いたその格好に羨望のまなざしを送るクレイの隣人。
「サナリィかな。アナハイムかな」
 声を落として、隣人が言う。
「さぁ……ボウワかヤシマかもな」
 首を傾げてクレイが応じる。このニューエドワーズには単に地球連邦軍基地があるだけでなく、サナリィやアナハイム・エレクトロニクス社の支部が建設されている。早朝だと言うのに、時折軍のBDUではない整備服に身をつつんだ人が通り過ぎるのは、そういう事情がある。
 朝っぱらからガチガチの軍服に身を包む、ぴかぴかの軍人と言うがよっぽど珍しいのか、クレイと攸人を見とめた男が目を丸くして二人を注視する―――が、自分の用事を思い出したか、足早にすれ違っていく。
「どっかでは世話になるだろう人その1ってとこか」
「どうだろう」
 足を引きずりながら駆けていく背を見送る。
 そのあとは、特に取り留めもないこと―――来るときに見かけたあの2機のことや、自分たちが乗る機体は何だろう、といったとりとめもないことを語りながら通路を進み、エレベーターを昇ったりしている内に、基地司令の執務室があるエリアにつく。流石にそのエリアには民間の人間はあまり出入りしないらしく、音1つない通路がまっすぐに延び、その途中に執務室がある―――らしい。よほど熱いのか、一番上のボタンを開けていた攸人が慌ててボタンを閉めはじめるのを流し見、「前々から閉めとけよ」と言いながらもエレベーターの扉の解放ボタンを強く押し込む。赤い蛍光が点灯するのを確認すると、エレベーターから降りたクレイが振り返る。
「悪い悪い。暑くて暑くて」
 慌ててエレベーターから降りた攸人が照れた笑みを浮かべる。
「暑いっちゃ暑いけど、最初からだらしなくいくのは良くないだろ?」
 確かにな、と頷き、ようやくボタンを閉めた攸人が歩き出すのに合わせて、クレイも続く。道すがら、攸人が深く息を吐く―――この男なりの、気持ちの切り替えだ。普段はだらしないというかいい加減なことが多い男だが、しっかりする時はちゃんとしっかりする奴だ。
 攸人がもぞもぞする様子を横目で見ながら、クレイも大きく息を吸い込み、そして吐き出す。彼のは、緊張をほぐすためだ―――基地司令ともなれば雲の上の存在だ。直接の面会などそうそうあるものではない。
軍靴が地を踏むころころとした音が耳朶を打つ。他に音もないせいか、やけに通路に響いていく。
 60mほど単調な演奏会をしていると、その扉が目についた。
 セメントの通路の途上に突如現れるクラシカルな深く淡い色の木製の扉。なるほど執務室然とした風采を放っている。
「こういうの、連邦だと珍しいな」
 身の丈を優に超えるその巨大な扉に呆気にとられながら、下から上まで眺めたクレイは、ぽかんとしながら口にした。
「そうなの?」
「連邦はどっちかというとシンプル無味って感じのデザインが多いからな。士官学校の教務室の扉がいい例だ」
「あーあの単なる灰色のやつな。確かにこういう感じじゃないよな」
 クレイと同じように扉を見上げると、攸人は支給品の腕時計をポケットから取り出す。儀礼用勤務服に似つかわしくないガンメタルの黒々したごつい腕時計に視線を落としていた。
「んじゃあ入ろうぜ」
 「ああ」と応じると、手を振り上げた攸人が木製のドアを2回叩く。その衝撃を飲み込むような、厳かで小気味良い音が内側に響いていく。
「神裂攸人少尉、クレイ・ハイデガー少尉入ります」
 いつもと違う、凛とした口調で攸人が言う―――すぐに応答があった。どこか緊張感のある電子音が鳴ると、「入りたまえ」という機械越しの声が耳朶を打った。扉の縁に備えられたインターフォンらしきものがそれだろうか。
 クレイが扉の取っ手に手を駆けようとすると、再び鼓膜をチクチクするような電子音が鳴る。続いてロックが解除される音が鳴るや、眼前に横たわる木製の扉がのっしりと口を開け始める。
「おぉ、これ自動ドアなのか……」
 声を潜めたクレイが思わず言う。本当だな、と苦笑いを返すのもつかの間、顔を引き締めた二人が一歩足を前に出す。
 MSパイロットに優先的に支給される個室の広さは精々が10畳ほどの広さで、それでも個室をあてがわれるというのは贅沢だという認識だ。クレイの想像では、司令官の執務室ともなればまさに清潔な「空間」がある―――とばかり思っていたが、眼前の光景は少しばかり違っていた。
 広さにすれば、確かに個室のそれに比べて広いが―――さほど広大というわけでもなく、せいぜいが下級士官の3倍ほどの広さだ。先ほどの扉に比べれば、慎ましさが感じられる。扉とは大きな違いだな、と後ろで軋みをあげている扉に意識を束の間向けて、そしてすぐにデスクに座る男に視線を向けた。
 二人そろって敬礼。ぱりっとした構えと共に緊張が心臓を叩き、クレイは口を結んだ。
「朝早くからご苦労。もう下げても構わんぞ」
 質素な部屋の主―――少し向こうの、扉と同じく厳とした木質でつくられたデスクに座る初老の男が柔らかな声で言う。
 浅黒い肌に、白髪をたっぷりと蓄えた紳士然とした男―――『ニューエドワーズ』を預かる司令官、ハミルトン・オルセン少将は、朝っぱらだと言うのに溌剌とした様子だ。歴戦の猛者、というよりかは知将といった印象を受ける。
 その脇に立つ、金髪のショートヘアの女性が秘書なのだろうか―――とすると、とふと疑問がかける。
 ハミルトンとその秘書のほかに、もう一人いた。腰まで届く漆黒の髪に、ところどころメッシュのごとく黄金を差した特異な髪をハーフアップに結わえた、20代後半から30代前半ほどの女性だ。勤務服でもラフな方、SDUと呼ばれるそれの襟章を見れば、階級は大尉だ。琥珀色の麗とした瞳がクレイと攸人を交互に見やる。
 少しだけ、その女性が笑った。
 ハミルトンに従い、クレイは腕を下げた。
「まずは、ようこそニューエドワーズへ。君たちの士官学校での成績は聞き及んでいる。前途有望な貴官らを迎えられて、私も嬉しく思う」
 肥沃な土を想起させる黒々とした顔の皺を深くする。自然と身体に不自然に張り巡らされていた緊張がほぐれるのを感じた。
「早速で済まないのだが、貴官らが配属になった第666特務戦技評価試験部隊で働いてもらおう。詳しい説明は事前の資料が渡してあるとは思うが、カルナップ大尉―――666の隊長から話を聞いてくれ」
 ハミルトンが目くばせする。例の、黄金と漆黒が混じり合った長髪の女性が頷くと、「フェニクス・カルナップだ」と軽い敬礼をしてみせた。
 「司令も仰ったが、第666特務戦技評価試験隊の隊長をしている」
 落ち着いた風な、雅な声色だ。二人も敬礼を返すと、フェニクスがハミルトンを見やる。
「では、我々はこれで失礼します」
 司令が首を縦に振るのを確認すると、フェニクスは今度は司令に敬礼。踵を返したフェニクスの琥珀色の瞳がクレイと攸人を見ると、目で合図―――行くぞ、と暗に言う。
「失礼しました!」
 固い敬礼と共に声を張り上げた攸人につられ、クレイもそれに倣う。脇を通り過ぎるフェニクスに続き、クレイと攸人も後を追った。

 自動ドアが閉まる―――部屋の内装を知れば、本当に大仰な話だ。呆れにも似た感情を共にその扉を眺めていると、「司令の趣味だ」と女性の声が耳朶を打った。
「扉を大きくするのが好きらしい」
「変な趣味ですね」
 攸人が苦笑いすると、本当にな、とフェニクスも苦笑いを浮かべる。30代前半ぐらいだろうか。妖艶という形容が似合う容貌だが、子どもっぽい笑みが良く似合う女性だ。
 咳払いを一つ。笑みを潜ませ、凛然とした顔つきになるのを見とめると、クレイも口を堅くした。
「さて―――改めて、貴様らの隊長を務めることになるフェニクス・カルナップ大尉だ。よろしく」
 すっと伸びる手が攸人に伸びる。「神裂攸人―――いえ、ユート・カンザキ少尉です」と応じた攸人が手を差し出し、握手に応じた。
「ニホンの出か?」
「はい。ご存じで?」
「それはまぁ、色々と有名な国だからな。知らん奴のが少ないだろう」
 攸人との握手を終えたフェニクスの瞳がクレイに向く。
 狼みたいだ、と思った。健やかな、艶やかな髪。その金にも琥珀にも見える、透き通るような瞳。狼の群れを従える首魁―――とはいえ、名前は『不死鳥』だが。
「クレイ・ハイデガー少尉です」
 声が上ずる。確認するように「……ハイデガー?」とフェニクスが眉を顰める。
 多少の狼狽を感じながら頷き、
「ハイデガーですが……何か?」
「ああ、いや、ハイデガーにカルナップとは大仰な名前が揃ったものだとな」
 特に何かあるわけではないぞ、と手を振りながら言外に否定してみせる。少しの間の後、なるほどと理解したクレイも「確かにそうですね」と笑みを浮かべた。
「何のこと?」
 攸人はわかっていないらしい―――というかわからなくて当然ではある。「昔の偉い人」と含んだ笑みと共に攸人に言ってやると、奇妙な顔をしながら、あぁ、と頷いた。
 フェニクスが歩み始めるのに続き、クレイと攸人も後を追う。腰まで届く長い髪がふわふわと揺れた。
「部隊の説明なんかは資料を読んできてあるだろうから割愛する。今日は貴様らの技量の把握と、部隊内で親睦を深めてもらうためにVIBSを使用しての実機戦闘をしてもらう予定だ」
「今日ですか? しかも実機で?」
 青天の霹靂―――とまではいかずとも、いささか意外だった。事前に渡された資料では、VIBS―――仮想情報戦闘システム―――による演習は明日だったはずだ。MSの各種センサーを利用し、CG補正が施された仮想空間での戦闘を行う特殊プログラム。実際はふききっさらしのだだっ広い演習区画で行うのだが、まるで実際の都市部があるかのような映像が現れ、その中で戦闘する―――幾ばくか前に流行った、仮想現実空間でのインターネットゲームに近い。このプログラムの優れているところは、模擬弾を使用せずに、実際の武装を空撃ちするだけで機体側がそれを認識、さながら本当にメガ粒子を放っているかのように見える点だ。もちろん直撃すれば実際と同じように被弾の衝撃などが襲い掛かり、機体側も被弾箇所の操作を受け付けなくなる。さらには武装を使用し、機体重量が変化した際の僅かな機体制御の変化などすら再現するシステムだ。
「ちょっと予定が変わってな。本来今日整備を終えるはずだった機体が昨日のうちに整備が終わって、丁度今日貴様らが着任というんだからじゃあ今日やっちゃおうということらしい」
 エレベーターのボタンを押しながら、フェニクスが振り返る。少しだけ見えるあの大仰な扉を見やり、大げさに困ったような顔をしてみせた。発案者は、ハミルトンらしい。案外無茶な事を言う人だとため息交じりに思っていると、
「今の士官学校の訓練機はなんだった?」
「MSR-100T《百式改》とRMS-106T《ハイザック》と……」
「MSZ-006T1《ゼータプラス》ですかね。中等・高等演習機はこの3機です」
 ふむ、と腕組みしながら顎に手を当てて思案すること数秒。先ほども聞いた、不似合な安い音とともに重い扉が開くと、フェニクスは歩を進めた。入り際に開閉ボタンを押し込み、続いて別な階へのボタンを押し込む。
「カンザキ、ハイデガーの乗る機体は決まっていてな。士官学校出なら問題なく乗れるだろう」
「もう決まっているんですか?」
「一応な。後で言うことになるが、カンザキは第一小隊、ハイデガーは第二小隊に入ることになる」
 エレベーターの駆動の停止と共に、音を引きずりながら扉が開く―――。
 目的地は、そこから数分とかからない場所だった。第1ブリーフィングルームとのプレートが壁から突き出た部屋だ。こちらは自動ドアではないらしく、真新しい銀色のドアノブを見て取れた。
「呼んだら入ってくれ」
 それだけ言い残し、フェニクスがドアノブに手をかける。ドアを開け、フェニクスが中に消えていく―――同時に中で椅子を引く音が鳴り響いた。
 束の間、音が沈む。なにやら喋っているらしい、というのは聞こえたが、それ以外の音は口を噤んでしまったらしい。
 生唾を飲み込む音が身体の中で残響を引く。
 このドアの向こうが、自分の新たな人生の始まりなのだという実感が今更におこった。
 貧困階級から、努力の果てに教導団配属になったなどという美談は無い。攸人のような、類まれな才気があるわけでもない。
 家庭状況だって、確かに父親は居ないけれど、豊かな家庭生活だった。不自由もなく、母親も独りながら愛情を持って育ててくれた―――と、思う。多分。
 どこにでもいる、特徴がない青年。
 士官学校に訪れた連邦の軍人の評価に依れば、クレイ・ハイデガーはジム・カスタム系の男らしい。
 そんな凡夫でも、人生の転換には圧倒され、そして先駆的に歩みを進めるのだ―――。
「―――やっぱ、こういうのって緊張するな」
 珍しく表情を硬くした攸人が、ぎこちなく苦笑いをしてみせた。少しの間の後、「そういうもんさ」とクレイも笑みを作って見せたが―――やはり、ぎこちないものになった。
「カンザキ少尉、ハイデガー少尉、入れ」
 部屋の中から、フェニクスの声が波打つ。今一度、生唾を飲み込んだクレイは、幽すかに震える手をドアノブに伸ばした。ドアノブの金属的な感触も、冷たさも分からず。半回転させると、その軽く重い白塗りのドアを押し込んだ。
 廊下とは異なる、人工灯のちくちくとした光が網膜を刺す。それでも顔を顰めることもせず、その部屋の中へと足を踏み入れた。 
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