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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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1話

 流れ行く土色の岩塊。大きさはどれほどであろうか―――少なからず、18m以上の体躯を持つMSと呼ばれる機動兵器と同等の大きさはあるだろう。デブリの表面には何かの人工物が建設されており、ちかちかと弱弱しい赤い光を燈らせては火花を散らし、そうして永劫の渦の中を回り続けていく―――。
 静謐の中――――冥を穿つ、桃色の閃光。
 艦船の副砲が放った大出力の光軸が脇を掠め、船体表面を熱で溶かしたコロンブス級『クリストファー』の船体が揺らいだ。
(左舷Bブロックに損傷確認!)
(クラーケル・ヴォルフ』の発進急がせろ! このボロじゃサラミスとはやり合えんぞ!)
 全天周囲モニター内部で艦内を錯綜する無線通信に耳を傾けながら、マクスウェル・ボードマン大尉は静かに言葉を待つ。
緊張は無い―――と言えばウソだ。UC.0079年より15年、常に戦場にその身を置いたベテランであっても、微かな判断の過ちにより容易にこの世界とはおさらばする憂き目にあうのが戦場だ。緊張するなと言うのは土台無理な話―――だが、かといってそれは過緊張ではない。むしろ、己の力量を引き出すための緊張。部下を死なせないための緊張だった。
(敵MS部隊の発進を確認。数6。機種照合RGM-89が2、MSA-007が4)
 ブリッジに居るであろう、オペレーターの報告が合図だった。ネオ・ジオン軍のクリストファーは、外見上は民間の貨物船の体を持つ。MS中隊を出張らせてきたのは、サラミス級では逃げの姿勢を保つクリストファーを捕縛しきれないからだ。当然、船体にメガ粒子砲を叩き込めるはずはない。
 なれば―――解は思案するまでもない。
「第162MS中隊第1小隊、出撃準備よし。ハッチ開けろ」
(クリストファー了解。ハッチ解放)
 戦闘態勢に入ってより、格納庫に整備兵はいない。即座に解放されてゆくコロンブス級の背面ハッチの状況をHUD上で確認していると、無線通信のコールが入る。第162MS中隊クラーケル・ヴォルフのコールサインである、ヴォルフ03―――プルート・シュティルナー少尉からだった。素早く応答すると、機内カメラに映ったプルートは珍しくヘルメットをかぶっていたため、16歳という相応の少女然とも、青年然とも取れぬ瑞々しい容貌をうかがい知ることはできなかった。
(今回の任務はどうすればいいわけ?)
 溌剌とした調子の少女の声が耳朶を打った。階級が下で、年もだがプルートの口ぶりには微塵も丁寧さがない。今更それに特に含むところも無く、マクスウェルは機内の細かい調整に視線を流していた。
(今回は逃げれば勝ち、なんだから敵の撃墜に拘る必要はないんじゃないかしら。むしろ半殺しぐらいに留めておいた方が。こっちとしてもやりやすいし)
 プルートに応じたのは。ヴォルフ02―――エイリィ・ネルソン中尉のどこか気の抜けたような声だった。小隊の自慢の金髪も、今はむさくるしいヘルメットの中に押し込めているようだ。
「エイリィの言う通りだ。無駄に深追いしない方がいい」
 念押しのように言いながらも、不要だったかなと思った。プルートとて数年来MSパイロットをしている。
戦車や戦闘機とは比較にもならない精密機器群が織りなす構造物たるMSの操縦は、相応の難易度を持つ。それを操作しうるMSパイロットには、常に合理的な指向が要求される―――つまるところ、本当の意味での『バカ』には乗りこなせない代物なのだ。エースパイロットもなれば尚更で、普段の素振りはどうあれエースパイロットはすべからくインテリが多い。プルートの技量も、強化人間―――要するに人為的なニュータイプとしての素養に依るところが多いが、だからといって本能的な戦闘を行っているのではないのだ。
 プルートの発言は、単に何か話がしたかったから、という意外にも寂しがりやな彼女の嗜癖からというだけの話なのだ。うん、わかったとプルートが素直に首を縦にふると、示し合わせたようにブリッジからの無線通信が入る。
(ハッチ解放完了。第1小隊、出撃せよ)
 30代ぐらいのフランクそうな黒人の顔が厳めしく映る。思い出したようにHUDを確認すると、確かにその通りだ。
「ヴォルフ・リード了解。第1小隊出撃するぞ」
 了解、と2人の声が耳朶を打つ。アームレイカーを握りしめ、己が愛機たるAMX-014C《ドーベン・ウルフ》がハッチの縁に立つ。黒と青で構成された宇宙迷彩に身を包んだ闘狼が膝を曲げるのと同時に、腰部に接続されたケーブルが火花を挙げて引き抜かれる。地上で言うところのジャンプの要領で『クリストファー』から身を跳躍させたマクスウェルは、視界いっぱいに広がる常闇の宇宙(そら)を一瞬流し見ると、即座に『クリストファー』との相対距離を測る。続いて『クリストファー』から身を這い出したAMX-004G《キュベレイ》とMSN-03《ヤクト・ドーガ》が同じように慣性移動に身をゆだねる。『クリストファー』との相対距離が十分なほどに開いたのをディスプレイ上のデータで確認し、マクスウェルは《ドーベン・ウルフ》の炉に火をくべた。光を背負った《ドーベン・ウルフ》に続き、エイリィ駆るカーキにダークブラウンの《ヤクト・ドーガ》にパープルと灰色に身を包んだ《キュベレイ》がバーニアを焚いて、それに続く。
「いいか、さっきも言ったが敵戦力を漸減するだけでいい。無理に撃破しようとするな」
 エイリィとプルートが了の返事を返す。心なしか、プルートの声は元気な様子だったように感じた。それはそれで至極構わない―――むしろありがたいことだ。そんなことを思いながら、マクスウェルは黒塗りの世界に視線を彷徨わせた後に、《ドーベン・ウルフ》の最大の特徴ともいえる、『インコム』を起動させた。
 従来ニュータイプしか操作しえなかった遠隔操作兵器「ファンネル」を、通常の人間でも扱えるようにしたこの準サイコミュ兵器は、本場のファンネルに比べれば操作性は劣る。2次元的な機動しか取れないのがその主たる制約だが、かといってオールレンジ攻撃の威力は言うに及ばず、だ。
 ハイエンド機たる《ドーベン・ウルフ》のアビオニクスは、ミノフスキー粒子の散布された戦場下にあって、《ジェガン》や《ネロ》よりも先んじて敵機を捕捉する。同時に《ドーベン・ウルフ》のバックパックの一部が展開。ビーム砲を有する小型の攻撃端末が射出され、真空の闇の中を滑るように征く。同時にエイリィの《ヤクト・ドーガ》のファンネルが3機、プルートの《キュベレイ》が3機のファンネルを射出。まるで東洋に居た、ニンジャとかいう謎の戦闘集団もかくやといった風に静かに宇宙を忍び、相対距離を縮めつつある敵部隊を包囲する。
 前衛の《ジェガン》2機は一直線の軌道。後衛の《ネロ》は包囲のために左翼と右翼に展開している。
「前の《ジェガン》は俺とヴォルフ02で狩る。03は右翼を狙え。砲撃タイミングは03に合わせる」
 言いながら、ミノフスキー粒子の干渉を受けながらも使い物になる程度の性能を示すレーダーを一瞥。全天周囲モニターに映る映像と統合し、敵機が映る空間に赤いブリップが表示されるのを確認する。
(―――任せといてよ。ばっちり決めてやるんだから)
 ヘルメットのバイザー越しに、プルートが笑う。それが不敵な笑みなのか、それとも―――というのを確認することはない。プルート・シュティルナーは決められる。それが彼女の技量であり、宿命なのだ。
(カウント開始。10、9、8、7、6、5、4……)
 ファンネルとインコムの包囲網に気づいたらしい敵機の隊列が不意に乱れる。インコムからの警告ウィンドウが立ち上がり、敵機の攻撃を知らせているが―――無為だ。束の間のロックオン警報に、相手は驚愕の世界で立ち往生している。正確さを欠いた砲撃で、1メートル弱の砲台を落とすことは不可能―――。
(カウント0!)
 音声が引き金となった。はるか遠方、疎らに閃いていた光を幽閉するかのごときメガ粒子の閃光が輝き、計15発のメガ粒子砲が格子の如く瞬く。MSの携行するビームライフルに比べれば、出力で劣る攻撃端末のメガ粒子砲一撃が致命傷になることは無い。されどそれは、ガンダリウム合金をも融解するメガ粒子―――致命傷を齎すほどの脅威ではないが、立て続けにくらえば十分致死量だ。
 まず、先行する2機の《ジェガン》がその餌食になる。
 宇宙に巣食う獰猛なグンタイアリの群れがその濃緑色の巨体に襲い掛かる。メガ粒子の牙が《ジェガン》の装甲を喰らい、融解した金属の血しぶきが舞う。反撃とばかりに応射のビームライフルを放つが無駄なことだった。当てずっぽうで放たれた火箭は当たる素振りもなく、鋭利で無慈悲な牙に切り刻まれ、身もだえする《ジェガン》の四肢が食い荒らされ、戦闘能力を奪い去る。続いて、背面の《ネロ》を閃光が射す。一撃でコクピットを撃ち抜かれた《ネロ》のパイロットは何があったかすら理解できずに今生の世界から蒸発しただろう。無数の粒子ビームが屹立し、もう一機の《ネロ》も四肢を捥がれ、頭部を撃ち抜かれ、人豚と化した。
 一瞬だった。残った2機の《ネロ》はその瞬間に戦意を喪失させたらしく、周囲を警戒しながら未だ「生きている」《ジェガン》の周囲を固めるようにバーニアを噴かした。
 ――――戦争において避けねばならないのは、戦闘行為である。装備の喪失や人員の喪失は、軍隊にとって忌避されるべき行為だ。台所事情が厳しいネオ・ジオンにとっては、それはより顕著になる。機体を動かすにしても消耗品は消費するわけだし、強化人間たるプルートに比べれば素質はすぐれないといっても、数少ない自然発生のニュ―タイプたるエイリィ喪失のリスクは避けたい。理性的な面でも、また情緒的な面でも。
 さらに言及するならば―――《ギラ・ドーガ》と、ある程度のパーツの互換性を持つ《ヤクト・ドーガ》はともかく、マクスウェルの《ドーベン・ウルフ》とプルートの《キュベレイ》は特殊な機体故に整備が大変なのだ。なるべく余計なことはしたくはなかった。
 言葉の用法が正しいかはともかく、現時点で連邦軍とネオ・ジオン軍の利害は一致しているのである。敵機がこれ以上の追撃をしてこないと見て取ると、マクスウェルは暗い色の《ドーベン・ウルフ》をAMBAC機動により機体を反転させ、バーニアを噴かした。
「こちらヴォルフ・リード、任務達成。帰投する」
 応答の通信はミノフスキー粒子の干渉を受け、聞き取りにくかったが、安堵の雰囲気は十分に窺い知れる。マクスウェルも一応の安心を感じながらも、僚機への無線を開く。立ち上がった通信ウィンドウ越しの二人の様子は、いつも通りのように見えた。
「辛くはないか」
 特に誰かに視線を合わせるでもなく、作業しながらぽつりと口にした。
 任務完了後に、マクスウェルはいつもこの言葉を二人にかけていた。人殺しが辛い―――確かに、慣れる行為ではないが、軍人なれば己を殺してそれを為さなければならない。されど、マクウェルの部下は―――普通の、人ではないのだ。有り体に言えば、人よりも何倍も感受性に富む少女たちは、それだけ人の死を機敏に、そして鋭利に感じすぎる。軍人だから我慢しろ、というのは、苔で蒸した価値観の押しつけそのものだ。もちろん、任務にとあらば我慢してくれとしか言えないところが、マクスウェルの―――ひいては、人間の無責任なのだ。
(あたしはいつも通りって感じ。元々才能ないし)
 ヘルメットを脱ぎ、その美しい稲穂の如き砂金の髪を無重力にたゆませ、 エイリィは自虐的に苦笑いを浮かべる。
(プルートは大丈夫なの? あんた感じやすいからさぁ)
 文脈だけ見れば、親切なお姉さんの気遣い―――なのだが、野卑で猥雑な笑みを浮かべながらでは他意がある―――むしろ他意しかないのではないか……。
(だ、誰が感じやすいだ! あんたと相手にして感じたことなんかないぞ!)
 酷く赤面したプルートが声を震わせる。プライベートに首を突っ込みたいわけではないが、エイリィ自身がどちらもイケるというのは、『クリストファー』の乗組員ならば周知のことらしい。そして、プルートもその凶刃のもとに討ち取られた……らしい。
(何か勘違いしてないぃ? あたしは今回の戦闘で、プルートが怖い目に合ってないかと親切で慈悲に富んだ言葉を授けたのにぃ)
(あうぅ……)
 余計に赤面して俯くプルート。マクスウェルはヘルメットを脱ぎ、鈍く痛み出したこめかみを抑えた。
 どうしてこんな部下なのだろう。(図ったな!)と喚き始めるプルートの声を聴きながら、微かに苦笑いを浮かべたマクスウェルは、《ドーベン・ウルフ》の進路を『クリストファー』に向けた。 
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