鬼山県
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第五章
織田の軍勢は鉄砲を順序よく次々に放つ、それで山県の兵達を倒し山県自身も何度も撃った。山県の傷は増えていく。
だがそれでも彼は止まらない、その山県を見つつ。
信長は兵達にだ、こう命じた。
「あの者をまずじゃ」
「山県昌景をですな」
「あの者を」
「討ち取れ」
信長直々の命だった。
「武田きっての猛者をな」
「確かに。あの者を討ち取らねば」
「どうにもなりませぬな」
織田の家臣達も信長のその言葉に頷く。
「幾ら撃たれようとも勢いが落ちませぬ」
「兵達は屍を越えて進んできます」
「あの者を討たねば」
「はじまりませぬな」
「このままでは柵に迫られる」
信長も危うさを感じていた、その整った顔が歪んでいた。
「だからじゃ」
「はい、あの者にですな」
「鉄砲をですな」
「向けてじゃ」
そしてというのだ。
「何としても討ち取るのじゃ」
「畏まりました」
「それでは」
こうしてだ、信長直々の命によりだった。
織田軍は山県に鉄砲を集中させて放った、それでだった。
山県はこれまで以上に弾を受けた、鉄砲から轟音と共に放たれるそれが彼を次から次にと撃った。だが。
山県はそれを受けてもまだ馬から落ちていなかった、両手を貫かれ殆ど動かなくなろうともだ。
血塗れになった顔で敵陣を見ていた、彼はまだ死んでいなかった。
しかしあまりにも弾を受け過ぎた、それで。
彼はここでだ、家臣達に言った。
「時が来た」
「では」
「殿、ここで」
「ご自害為されますか」
「そうしたいがな」
腹を切りたい、しかしというのだ。
「最早出来ぬ」
「ではどうされますか」
「腹を切られぬとならば」
「それでは」
「首は渡さぬ」
戦の前に言ったことをだ、山県はここで言ったのだった。
「それはな」
「では我等は」
「殿の御首を」
「それをですか」
「そうじゃ、渡してはならぬ」
織田家にというのだ。
「よいな、わしはもう死ぬ」
限界に来ていた、それでだった。
ページ上へ戻る