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俺と乞食とその他諸々の日常

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三十二話:勉強と日常

 ペンを走らせる。一つ一つ丁寧に、速く人物名をノートに記していく。
 何かを覚える時はやはり書くに限る。
 直接脳が刺激されて電子機器にうちこむよりも覚えやすい。
 まあ、それはあくまでも俺の考え方だけどな。そして単純作業を楽しくする方法もある。
 例えば―――


「削除! 削除! 削除! 削除削除削除! 削除ォオオオッ!!」


「君はいつから新世界の神を信仰する検事になったんだい?」

 こうやって恥も外聞も殴り棄ててネタに走りながら勉強すると楽しい。
 勉強のし過ぎで頭がおかしくなった? 安心しろ、元からおかしいのさ。
 そう言うと家に訪ねて来ていたミカヤに可哀想なものを見る目を向けられる。

「これで成績優秀だというのだから世も末だね」
「みんなが俺と同じ勉強方をすれば無問題だ」
「想像してごらんよ。クラス全員が君みたいに勉強をしている光景を」

 言われて想像してみるクラスメイト三十人が一斉にノートを取りながら
 『削除削除削除! 削除ォオオオッ!!』と叫んでいる絵を。
 ……カオスだ。もはや何が起きているのかさえ分からないレベルでカオスだ。
 俺が教師だったら見た瞬間に卒倒する自信があるぞ。

「同じ勉強方は却下だな」
「分かってくれたようでなによりだよ」
「ところでお前は何をしに来たんだ?」
「お茶を飲みに」
「いつから俺の家は喫茶店になったんだ……」

 ズズッと緑茶を飲みながら当然のように言うミカヤ。
 勿論家のお茶だ。それより、人の家なのにこいつくつろぎ過ぎじゃないか。
 まったりという言葉が良く似合う表情で居座るミカヤにジト目を送るがスルーだ。

「君の出すお茶はおいしいからね」
「まあ、エドガー監修の元徹底的に鍛えられたからな……」

 若干遠い眼をしながら思い出す。
 バイトなのに作法から修正された日々を。
 一口飲んだだけで、笑顔でやりなおしですと言われる日々を。
 あの時は大変だった……。

「そう言えば……お前春光拳に興味があるんだったか?」
「というよりも武術全般だけどね。でも急にどうしたんだい?」
「いや、エドガーで思い出したんだが確かあいつの妹がその系統の跡取りに仕えていた記憶がある。確か……華凰拳だったか」
「聞いたことはあるよ。機会があるならその伝手で手合わせでもしてみたいな」

 ペンを止めて俺もお茶をすすりながら世間話に興じる。
 ノルマを達成できていないが、まあ後でこなせばいいだろう。

「それと確かエドガーの妹。クレアも剣術をやっていたな」
「へー、強いのかい?」
「素人の俺には分からない。まあ、その手に詳しい奴が言うには筋は良いらしい」
「なるほど、その子とも手合わせできるといいな」

 目をキラキラと輝かせながら俺の話に耳を傾けるミカヤ。
 なんというか……こういう姿を見ると何かに夢中になれるっていうのが良い事だっていうのが良く分かるな。
 それになにより。

「子どもみたいで可愛いな」
「……な、何を急に言っているんだい?」

 何気なく呟いた言葉に動揺して頬を染めるミカヤ。
 ……こいつもしかして本気で照れているのか?
 意外だ。こいつは何を言っても真顔で返して来ると思っていたからな。
 不意打ちに弱いのかもしれないな。そして弄るチャンスだ。

「目を輝かせているのが子どもみたいで可愛いと言ったんだ」
「そ、そうかい。なんというか……恥ずかしいな」
「いや、何かに夢中になれるのは素敵なことじゃないか」
「そう言われると……嬉しいかな」

 ニヤニヤと笑いながら弄っているというのにミカヤは顔を赤らめて俯きながらモジモジしているだけで俺に目を向けない。
 これだと俺が普通にミカヤを口説いているみたいじゃないか。
 というか、本当にこいつは恥ずかしがっているのか?
 普段の行動から考えると擬態の可能性も十分考えられる。
 ここは一端黙って相手のネタばらしを待つとしよう。

「…………」
「…………」

 おい、なんだこの沈黙は。まるで甘酸っぱい青春のようじゃないか。
 え、まさか冗談抜きで照れているのか? あり得ない。あのミカヤが。
 おっぱいを揉ませてくれと言っても平然としている奴がこの程度で照れているだと。
 もう一度言うぞ、あり得ない。

「と、すまない。その……突然言われて驚いたんだ」
「あ、ああ。俺も突然変なこと言って悪かったな」
「謝らないでくれ。その……嬉しかったから」

 両手の人差し指をつつき合わせながら上目遣いでチラチラと見て来る。
 なんだこれは。本気なのか、冗談なのかまるで分からん。
 というか、誰かこの空気を壊してくれ。空気クラッシャーと名高い俺でもこれは無理だ。

「…………」
「………ぷ」
「は?」
「ぷははは! いや、君でもそんな困った顔をするんだね。意外と可愛い所があるじゃないか」

 先程までのしおらしさはどこに行ったのか快活に笑うミカヤ。
 よかった。さっきのはやっぱり冗談だったんだ。

「お茶のおかわりをくれないかい」
「ああ、少し待っていろ」

 ミカヤの前に行き湯呑を受け取りキッチンに行くために背を向ける。
 その瞬間しなやかな腕に抱き寄せられてしまう。
 湯呑を落としてしまわないように握っているために抵抗できずにそのままポスっとミカヤの胸の中に納まる。
 何がとは言わないがフカフカだ。

「ふふふ、油断したね」
「さっきからおかしいぞ、お前」
「変わったと感じるならそれは君のせいだよ」
「絶対使いどころがおかしいだろその台詞」

 ツッコミを入れながらもがくが逃げられそうにない。
 なんか最近こんなことばっかりのような気がするな。

「前から君に聞きたいことがあったんだ」
「こんなことまでして俺に何が聞きたいんだ」
「それだけの価値はあるさ。ねぇ……君は―――」

「リヒター、誰か来と……る…ん」

 ベランダから進入し、俺達を見て固まるジーク。
 ミカヤに抱きしめられる俺。俺を抱きしめるミカヤ。
 胃がねじ切れそうなほど気まずい沈黙が流れる。
 そしてまず初めにジークが沈黙を破る。

「どういうことか、説明してくれる? ミカさん、リヒター」

 背筋が凍りつく様な冷たい声で。何この修羅場。




 右にミカヤ。左にジーク。美少女二人に挟まれる幸せ者な俺。
 ……冗談だ。俺を挟んだ状態で睨み合っているので嫌な汗が止まらない。

「で、どういうことなん?」
「取りあえずお前が思っているようなことはな―――」
「リヒターは黙っとってくれる?」

 ニッコリと笑った状態で告げられる言葉。
 口調こそは穏やかなものだったが確かな強制の意思を感じさせた。
 ジークが怖い。未だかつてない程に怖い。これがチャンピオンの底力だとでもいうのか?

「ふう、私がリヒターを抱きしめることに何か問題でもあるのかな?」
「大有りや。勝手なことは許さへん」
「ふふふ、まだ誰の物でもないからどうアプローチをかけるのも勝手だよ」
「リヒターは…う、(ウチ)の……セコンドや。せやから(ウチ)の物や!」

 何かとんでもない理論で俺がジークの物になっている。

「と、ジークは言っているよ、リヒター」
「ここで俺に振るんじゃない」

 ミカヤがニヤニヤ笑いながら話を振って来る。
 こいつこの修羅場を楽しんでいるんじゃないか?
 いや、間違いなく俺を苦しめて楽しんでいる。このドSめ…っ!

「リヒター……」

 先程の気迫はどこに行ったのか不安げな目で見つめてくるジーク。
 俺は勿論ジークの物ではない。だがこんな目をされると切り捨てることは出来ない。

「まあ……大会が終わるまではお前のセコンドだからな」
「リヒター…ッ!」
「ただし、大会が終わったら知らんぞ」
「つまりは、大会が終わればフリーだということだね?」
「ッ!」

 俺が頷くとパッと顔を明るくさせていたジークだったがミカヤの言葉で表情を硬化させる。
 忙しい奴だと思いながら眺めると今度はブツブツと何かを呟き始めた。

「……だいじょぶ。元からこの大会で変えるって決めてたんや」
「ふふ、どうやら君も覚悟を決めていたようだね」
(ウチ)にだって譲りたくない物があるんや」

 強い意志を込めた眼差しをミカヤに向けるジーク。
 だがミカヤはその眼差しを涼しい顔で受け止める。
 こいつはどこの黒幕だと言いたくなるような態度だな。

「そうかい……。健闘を祈るよ。さて、そろそろ私はお暇させてもらうよ」

 立ち上がり玄関に向かって歩き出すミカヤを見送る俺とジーク。
 残ったのは気まずげな空気と冷めたお茶だけだった。
 ……何でこんなシリアスな空気になっているんだろうな。

「……さて、勉強を再開するか」
「あ、リヒターなんか食べてもええ?」
「別に構わないが、あそこのチョコは食べるなよ」
「…? なんでなん?」
「お前、覚えて……いや、なんでもない」

 何とか固まった空気をほぐし、いつも通りの距離間に戻す。
 俺とジークの距離間はこれぐらいでいいんだ。そう、これで……。




「そう言えば、聞きそびれてしまったね。リヒター、君は一体―――何者なんだい?」

 
 

 
後書き
おまけ~どこかの誰かの御先祖様の記憶~

 灰色の空に浮かぶ巨大な『ゆりかご』。
 それを眺めながら彼女は忌々しそうに吐き捨てる。

「勝ち逃げして我の手の届かぬ所に行くか……。忌々しい」
「陛下ここにおられましたか」
「また汝らか。無駄だ。我は降伏などせん。そもそも奴らが契約を守る理由がない」

 ゆりかごの圧倒的な力の前にベルカの戦乱は終わりを告げようとしていた。
 彼女の国も入れて未だに戦い続けているのはほんの数か国しかない。
 それ故に聖王連合側も無理に戦うことなくゆりかごの力を背景とした脅しという名の降伏勧告を行っていた。
 しかし彼女は勧告を受け入れなかった。
 だが臣下の者達は全員が降伏するよう諫言していた。

「陛下、どうかもう一度お考えを!」
「くどい、戦いとは殺すか殺されるかだ。それ以外の結末など認めん!」
「陛下……ならば仕方ありますまい」

 最後の諫言が受け入れられずにうなだれていた臣下達だったがやがて意を決してその懐から武器を取り出し始めた。
 彼女はその様子に狼狽するどころか残忍な笑みを浮かべて腰に差したサーベルに手を掛ける。

「よい、力で押し通そうとするのは嫌いではない。だが、貴様ら程の物が我に勝てるなどと思い上がっているとはな」
「……残念ですが我々だけではありませぬ」

 一人が合図を送ると数えるのも馬鹿馬鹿しくなるような大軍が姿を現す。
 それは全て彼女の国の兵士たち。そしてその全てが彼女に武器を向けていた。
 
「く、くくく……そういうことか。もう我の後ろについて来れぬという事だな?」
「申し訳ございません……陛下」
「よせ、臣下も民もおらぬ王など滑稽だ。……この国は貴様らの好きにするが良い」

 どこか肩の荷が下りたような表情を見せながら彼女はその場から歩き去って行く。
 兵士達はどうするべきか判断に迷ったものの道を開ける。

「……どこにいかれるのですか?」
「国を出る。貴様らは適当な死体でも見繕って我を討ち取ったとでも言えばいい」
「ご子息様はいかがなされますか?」
「連れて行く気はない。あれは生まれて間もない。適当な平民にでも預けておけば安全だろう」
「御意」
「ふ、我はもう王ではないのだぞ。今の指示を守る必要はないというものを」

 彼女はサファイヤの様な目を細めしばらくぶりに微笑む。
 自身が子を産んだ時ですら戦争中だという事で笑いもしなかった彼女が微笑んだことに臣下は騒めくが彼女はもう振り返らない。
 自身の息子を世話する乳母のいる部屋に向かい強引に乳母を追い出すと最後の時を共にする。
 
「思えば、贈り物の一つもしてやってないな。金…では意味がないな。そうなるとシュトラが生み出した記憶継承でも? しかし真似事では芸がない。……ならば我が少しいじってみるか」

 自身の息子を抱き上げながらその額に手をかざす彼女。

「記憶だけでなく我の人格も受け継がせてやろう。母が常に傍に居るのだ、寂しくなかろう」
 
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