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異界の王女と人狼の騎士

作者:のべら
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第三十四話

 運転手は少し怪訝な顔をしたが、何も言わずに車を発進させる。
 研究エリアと居住地エリアのちょうど境目をタクシーは南下していく。
 だんだん町の灯りが少なくなり、道路の街灯だけしか見えなくなってきた。それ以外は完全な暗闇。東の方角に企業の研究室らしい建物の明かりが見えるだけで、居住地エリア側は、もはや畑か山しか無い状態なんだろう。

 道もだんだん狭くそして舗装も荒れてきた。
 路面の振動が結構気になるようになってきたあたりで車が停止した。
「お客さん、つきましたよ。3,300円です」
 ぶっきらぼうに運転手が言う。

「あ、はい」
 俺はお金を払うと車を降りた。後を追って王女も下りる。

「ねえ、お客さん。私、待ってなくていいのかな? ここ何もないし、何よりも人は住んでませんよ。仮に電話でタクシー呼んだって、こんなところへこんな時間には来てくれないかもしれませんよ。どうすんです? 帰り大変ですよ」
 商売上お客のことが気になったのか運転手が問う。

「ちょっと友達が待っているんで時間がかかると思うんです。もし必要だったら連絡します」
 と俺が言うと、彼は名刺を差し出した。
 礼を言ってそれを受け取ると、「こんな所に友達なんて待ってるんですかねえ……」と独り言を言いながら、運転手は車を発進させていった。
 
 車が去ると、周りには街灯や家の明かりが全くないことが分かる。もはや完全な暗闇があたりを支配している。民家も存在していないし車が通るとはとても思えない。
 しんしんと冷え込む夜の空気だけがあたりを満たしていた。
 俺は眼帯を外す。
 すぐに視界がクリアになっていく。
 わずかな月明かりがあたりを照らすだけ。
 肉眼では、ほとんど何も見えない。遠くにうっすらと建物らしき物の影が見えているのは分かる。それ以外は荒れ果てた畑と山が見えるだけだ。民家らしきものはそもそもここには無かった感じだ。
 タクシーの中でネットにつないでこのあたりを調べたら、居住エリア拡張工事の予定地にはなっているようだった。ただ、完成は未定となっている。つまり荒れ地で誰も住んでいないということだ。
 こんなところで一人で待つなんてまともな人間の感覚だとあり得ないな。現地に来てみて初めて思った。
 俺は眼帯を外した。
 それまでは薄ぼんやりとしか見えなかった景色が一気にクリアになりすべてが映し出される。

「こんな所に友達を呼び出すなんて、お前の親友というのも変わった奴だな」
 王女が呆れたような顔をしている。
「さて、どうしてなんだろうね。やっぱり漆多の意志ではないのかも知れない」
 だとすると急がないと行けない。漆多は拉致されている。どんな目に遭わされているか分からないから。

「姫、ちゃんと俺の手を握ってるんだぞ。迷子になったらこんな所じゃシャレになんないよ」
 俺はこの闇夜に明かりなしで来た準備不足を後悔した。ここまでの暗闇とは思っても見なかったんだ。せめて街灯くらいはあるもんだと思ってた。これじゃあ王女は何も見えないだろう。
「心配するな。私にとっては夜の闇のほうがより近しい存在なのだから。視界は遙か彼方まである。お前は何も見えないと思っているようだけど、お前以上に見えているのよ」
「そうなんだ」
 当たり前といえば当たり前の事を知らされて思わず納得した。
 彼女を見るとその双眸は青白く光っているようにさえ見える。俺だって、片眼だけだけど、この暗闇でも昼間と同様に見えるのだから、当然彼女だって闇夜は闇夜ではないってことだったんだよね。
「了解。……じゃあ、あそこに行きますか」
 と、俺は山の麓、今いる場所から数百メートル離れた所に建っている円柱型の4階建ての建物を指さした。
 あそこが漆多が待つと電話をしてきた場所。

 会員制特別養護老人ホーム「慈しみの郷」。

 近づいていくと思ったより新しい立派な建物であることが分かる。山を切り開いて作った平地に4階建ての建物と隣に平屋の建物が何戸か並んでいる。門構えも立派で並木道を歩いて建物にたどり着くような造りになっている。
 現在は周囲をフェンスでぐるりと囲まれていて、門はしっかりと閉じられ、チェーンが幾重にもまかれそこに大きな南京錠がはまっている。そして大きな看板が立てかけられている。
【管理者に許可無く立入りを禁止します】と赤文字で書かれている。
 しかし、少し迂回するとフェンスの網が何者かによって切断され、ちょうど人一人が入られるようになっているのを見つけた。
 俺と王女はそこから中へと入っていく。
 
 敷地の中はしばらくの間、人の手が入っていないようで、かつては綺麗に整備されていたであろう並木道は荒れ果て、木々の枝は伸び放題、石畳の隙間からは雑草が生えだして石畳を持ち上げ、通路をいびつなモノへと変貌させている。
 4階建ての建物も経営者が撤退した後は無人となり廃墟巡りの連中や地元の不良達のたまり場になってたりしてたせいか、あちこちの硝子が割られ、壁に落書きもされている。

 建物に近づくと俺は電話をかけた。

「もしもし」
 と5回目のコールで漆多が出た。
「月人だけど、今建物の玄関に着いた。どこに行けばいいんだ? 」

「ああ、もう来たのか。思ったより早かったな……」
 無音のまま、少し間が開く。背後からガサガサ音が聞こえてくる。ノイズか?
「玄関から……自動ドアは壊れていて手で開けられる、入って、エントランスのすぐ左に階段がある。……そこから地下に来てくれ。そこで待っているから」
 そしてすぐに切れた。俺の質問を拒否するかのようだ。

「せっかちな奴ね、お前のお友達は」

「そうだね……」
 漆多が話す向こう側からは、彼以外の気配が明らかに感じ取れた。もはや確定的だ。漆多は拉致されているということが。
 俺は少し考える。

「シュウ、何をしているの? どうせ馬鹿なことしか考えてないんでしょうけど」

「馬鹿って……。あきらかな罠だから、どうしたものかって思っているんだよ。漆多は明らかに誰かに脅されて俺に電話をしてきている。敵は何者か、何人いるのか分からない。おまけにそいつらは準備万端だからね。どういった対策を取っているかわかったもんじゃない。無策のままでいったらヤバイかなあって考えるだろう」
 王女は不思議そうに俺を見る。
「何を言っているの? たとえ何人いたってお前の力ならそんなのは物の数に入らないだろう? 所詮人間だ、相手にならない。さっさと行って虫けらのように全員ぶちのめして、友達を救出して帰るだけだろう」

「でも、漆多が人質に取られているんだ。万一ってこともありうるよ」

「それならお前がやり合っている間に私が救出してやろう。式鬼を使えば人間ごとき皆殺しだ」
 そう言って王女は俺に買わせたフィギュア2体を見せた。
 ヒーローものの主人公のキャラクターとライバルのキャラクターだ。どちらもヘルメットの様な仮面をつけてぴっちりとした戦闘スーツを着込んでいる。そして右手に刀を持っている。いわゆる光剣だ。腰のホルスターには銃まで持っている。
 こいつらが王女の魔力でサイズアップし、動き出すというのか。如月と戦った時のポ○モンキャラクターより明らかに強そうだし、凶暴そうだな。

「了解。何かあったらフォローを頼むよ。……じゃあ行こうか」
 
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