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黒魔術師松本沙耶香 客船篇

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33部分:第三十三章


第三十三章

「それも」
「ならだば。容赦はしない」
「死んでもらうぞ」
「その魂喰らってやる」
「何一つとして残すつもりはない」
 こう言ってであった。沙耶香に襲い掛かろうとする。しかし彼女は一歩も動かずにであった。ただ薄く笑っただけで。
 その両目が紅く光った。その瞬間だった。
 悪鬼達が全て凍ってしまった。まるで水晶の中に収められたかの様にその中に閉じ込められてだ。次の瞬間には氷ごと砕け散ってしまったのだった。
「な、何っ!?」
「まさか」
「これで終わりだというのか!?」
「そうよ、終わりよ」
 沙耶香は悠然として述べるのだった。その砕け散り最後の力で声だけを出す彼等に対してだ。
「これでね」
「まさか我等を瞬時にして凍らせて砕くとは」
「恐ろしい女だ」
「貴様、一体何者だ」
「名前ね」
 それを問われるとであった。沙耶香は悠然として述べた。その名をだ。
「沙耶香」
「沙耶香だと!?」
「まさか」
「そう。松本沙耶香」
 その名前を語ってみせたのだ。
「この名前は知っているわね」
「人間の世界でも有数の魔術師の中に」
「漆黒の服を着た女がいるというが」
「それが貴様だったのか」
「有名なのはいいことね」
 沙耶香もそれを聞いて艶然とした笑みを浮かべて返してみせた。
「まさか魔界の住人にも知られているなんて」
「それが貴様だったのか」
「松本沙耶香だったのか」
「ぬかった・・・・・・」
「貴方達の失態ではないわ」
 沙耶香はそれは否定してみせた。
「そうではなくて」
「そうではなく」
「では一体何だというのだ」
「それでは」
 悪鬼達の声が少しずつ消えていっていた。その全てが消え失せようとしている何よりの証であった。沙耶香も耳でそれを確かめていた。
 そうしてだ。沙耶香は言うのだった。
「私が凄かっただけよ」
「貴様がか」
「それでだというのか」
「おのれ・・・・・・」
「安心して事切れなさい」
 沙耶香も彼等に最後の言葉を告げる。
「そのままね」
 こうして悪鬼達の全てが消え去るのを感じ取っていた。沙耶香はそのうえで船長に歩み寄りだ。彼に対して静かに言うのだった。
「それだけれど」
「貴女は」
「少なくとも鬼ではないわ」
 口元だけで笑みを浮かべさせて告げるのだった。
「だから安心してもらっていいわ」
「鬼ではない」
「ええ。人間よ」
 まさにそれだというのだ。人間だとだ。
「人間よ。そして」
「そして?」
「前を見るといいわ」
 こう彼に言ってみせた。
「前をね」
「前を」
「誰がいるのかしら」
 前を見るように告げてみせてからの言葉だった。
「貴方の目の前には誰が」
「娘です」
 彼の返答は一言であった。
 
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