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黒魔術師松本沙耶香 天使篇

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2部分:第二章


第二章

「その時が来ればです」
「わかりました」
 占い師の言葉に頷き続ける亜由美だった。彼女にとっては今はその言葉だけが頼りであった。まさに藁にもすがる様な気持ちであった。
 そうして。その言葉を続けるのだった。
「ではその時に」
「はい、その時にです」
「私はその堕天使に御願いします」
 こう言って暫く経った。時が経つのは早い。今東京のあるバーにおいて一人の美女が飲んでいるのであった。
 黒いスーツとズボンに靴という格好である。ブラウスは白でネクタイは赤だ。黒く長い髪を後ろでまとめそれで短くも見せている。うなじは妙に艶やかである。
 そして目は切れ長で奥二重である。黒い琥珀の輝きを見せている。
 口は小さく紅色をしている。細い顔は鼻の形もよく雪の様に白い。その彼女が今暗いバーのカウンターで一人グラスを手にしているのであった。
 店は後ろに樽が並べられている。それは見ただけで酒を入れるものであるとわかる。そして席も幾つかありそこに客達がそれぞれ静かに飲んでいる。
 美女はそのカウンターに座りながらレモン色のカクテルを飲んでいる。それは」
「マルガリータですね」
「そうよ」
 声に応えた彼女であった。
「テキーラをベースにしたカクテルよ」
「そうでしたね。それは」
「レモンジュースにコアントローを入れたね」
 そうした酒だと述べる美女だった。やや俯き正面を見たまま静かに飲み続ける彼女だった。
「そのカクテルよ」
「それではです」
 声はその彼女の声を聞いて述べてきた。
「貴女が」
「私のことを何処で聞いたのかしら」
「十五年前にです」
 声はこう答えたのだった。
「十五年前に貴女のことを聞きました」
「そう、十五年前にね」
「そうです」
 そしてこう述べた声であった。
「貴女のことを聞いていました」
「そして今来たというのね」
「今日この時間に亡き恋人を偲ぶ美酒を飲んでいるのがそれと」
「マルガリータはね」
 またそのカクテルの話をする美女だった。
「あるバーテンダーが亡き恋人を偲んで作られたカクテルなのよ」
「そうらしいですね」
「それで私がここにいるとわかったのね」
「この東京には多くの噂があります」
 声の言葉は続く。
「その中には。東京には一人の堕天使がいると」
「堕天使ね」
「魔都の堕天使」
 声はこの言葉を出したのだった。
「松本沙耶香さんですね」
「ええ」
 美女はその名前を言われて答えたのだった。
「そう、堕天使ですね」
「人はそう言うらしいわね」
 言葉の行間の中で答えた彼女であった。
「噂では」
「それでなのです」
 まさにそうだといわんばかりの今の声であった。
「貴女を待っていました」
「私をなのね」
「貴女に御願いしたいことがありまして」
「御願いしたいことをね」
「そうです」
 まさにそれだというのだった。
「娘を助けて下さい」
「娘さんをなのね」
「そうです。十五になる娘を」
 声の色が切実なものになってきていた。その声での言葉であった。
 
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