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珠瀬鎮守府

作者:高村
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響ノ章
  陸戦

 
前書き
前話の続き、響が珠瀬に戻り再武装し戦闘に参加しようとする場面です。

残酷表現は抑えたつもりですが少し出てきます。苦手な方はご遠慮ください 

 
 帰ってきた警備隊の彼は、服が真っ赤だった。そうしてとんでもなく、血生臭かった。
「響殿、敵の撃滅は果たしました。これより警備隊は響殿、鳳翔殿の援護に入ります」
 反吐が出かかった。その臭いだけではない。彼らを危険に晒してここでのうのうと待ち、帰ってきた彼らが何でもないように応えるこの状況のせいで。
「響殿?」
「わ、わかってる。とりあえず予備の服は着替えてきて来たから、これ、鳳翔さん」
 そう言って上着を鳳翔さんに渡す。警備隊が撃滅に向かってから、私は残った人と一緒に寮に向かい服を取ってきていたのだ。
「ありがとう、それじゃ、これ」
 鳳翔さんが言い淀むと同時、全員が鳳翔さんと反対を向いた。
「あ、ありがとう」
「いえ。ですが敵がいつ来るかもわかりません。早急に願います」
 警備隊は微動だにせず、提督の上着から自身の服へと変える鳳翔さんを待ち続けた。先、鳳翔さんの服を着ていたとはいえかなり露出してしまっていた私の足へ一度も視線を向けなかったことといい、彼らはかなり誠実であるようだ。
「大丈夫よ」
「そうですか。では、再武装の為に移動しましょう」
「何個か質問があるんだけどいい?」
「それは移動しながら。では、続いてください」
 そういって私達を囲むように、警備隊が布陣した。最初に会った時よりも多いのは、無線越しに話していた甲班も合流したからだろう。移動しながら、先の彼は言葉を発した。
「それで、なんでしょうか」
「提督はどこにいるの?」
「提督殿でしたら、先程島風殿を回収し撤退したと思われます。指揮は現在最上殿が執っていますが、それも洋上での事。湾内は我々のみの戦力です。指揮を執るものはいません」
「他の艦娘達は?」
「正面海域にて交戦中です。敵艦隊の一部は吶喊を果たし湾内へ侵入。そうして展開した艦娘を湾内に戻さぬように戦艦と空母一隻が正面海域に残り、湾内に侵入した艦、戦艦、空母、重巡洋艦は地上設備へ砲撃を加えています。この内重巡洋艦は先程撃滅しました」
「潜水艦は」
 鳳翔さんが驚愕する。彼女は私と会った時に何も言ってこなかったと見るに、潜水艦出現の報は聞いていなかったのだろう。
「島風殿が湾内入り口に機雷原を敷設。撃滅は確認していませんが、潜水艦が接触したと思われる爆発を二度観測しました」
「そう」
 良かった。あの潜水艦は倒したのか。これで、目に見えない脅威は去った。
「少しお待ちください。この先は湾内から見える場所です」
 そう言って、先導していた何人かを連れて彼は少し離れていった。そうして暫くしてから、彼らが消えた方から発砲音が響いた。また少し経ってから、彼一人だけが帰ってきた。
「敵空母がこちらに向かってきています。鳳翔殿と響殿は一旦離れていてください」
「えっと、どうすれば……」
「武器庫の方面には敵が来ていないようです。換装するなら今を除いてありません。大回りして向かってください」」
 ではと言って、彼はまた何人かを連れて先へと走っていった。残されたのは私と鳳翔さん。そして、三人の護衛のみ。
「じゃ、武装を取りに行きましょうか」
「そうですね」
 鳳翔さんの言葉に頷いて、私達は武器庫へと向かった。


 武装を手に入れて装着して戻ってきた際、空母と警備隊の戦いは、熾烈を極めていた。否、劇とするなら何と酷い事か。
 警備隊が、空母と極近距離での戦闘をしていた。ある者は銃剣を手に握り、ある者は素手で空母と向き合う。また其れとは別に、足元に近接戦闘をしている者達の物と思われる銃を置いて、空を睨む数人も居た。
 空母は頭部の帽子状の被物から生えた触手と素手を使い、警備隊を翻弄する。だが、その体には既に刺傷の類が幾つか刻まれていた。
「皆、離れて」
 私の言葉を聞いて、一人がこちらを振り向く。
「響殿だ、下がれ」
 彼の号令がかかると、蜘蛛の子を散らすように身を引く警備隊。私は空母に砲を向けて、放った。直撃。だが、まだ生きている。もう一門を砲撃。それは既に銃剣で傷を付けられていた胸部に直撃し、体内に入ってから炸薬が爆裂した。辺り一面に、赤い飛沫が飛び散る。それは、先、警備隊の彼が濡れていた液体と同じ臭いがした。
「……お見事です響殿」
 私は口を抑えた。今まで、何度も深海棲鬼を殺してきた。だが、こんなに近距離で、こんなに生々しくその姿を見たことはない。飛び散ったそれは、いつか、目の前で死んでいった仲間を思い出させる。
 これはまるで、人を殺してしまったかのような感覚。
 ごとりと、何かが地に落ちる音がした。それに気づいた警備隊は私達からそれが見えないように移動するが、私は隠れる前にそれを見た。それは一瞬、何だかわからなかったが不思議と頭から離れず、そうして数秒経ってから気づいた。被り物が落ちた、空母の頭部に他ならないと。
 私はとうとう耐え切れずに吐瀉した。胃の中には物が入っていないからか、僅かな胃液が逆流し口に溜まり、吐出される。
「響ちゃん!?」
「響殿!」
 迫る二人を手で牽制する。やってきたことは変わらない。今までそうやって、沈めて……殺してきたではないか、私は。何を今更感じることがある。
「大丈夫……これで、空母は倒したね。後、戦艦だけ」
「そうです。今、戦艦は提督殿と交戦中です」
「「提督と!?」」
 私と鳳翔さんの驚きの声が重なる。
「ええ。提督殿は撤退せずに戻ってきました。戦艦上陸の報を聞いて、通せば非戦闘員の元へ向かわれると」
「何故止めなかったの」
「止めました! ですが聞く耳を持たれず、それに確かに提督の言葉通り、そのまま進撃されれば皆死にます」
「場所は」
「指揮所の直ぐ側です」
「私が先頭を行く。ついてきて」
 言うが早いか、私は駆け出す。戦艦と立ち向かう。そんなの、完全装備の艦娘だって恐ろしい。それを、今提督は一人でしている。持っていても碌な装備ではないだろう。
 駆ける。疲労と嘔吐を催す気分の悪さが相まって今にも止まりそうになる足を動かして。地に着く足の感覚は今や希薄だ。時折ふらつく体を気遣ってか、鳳翔さんや警備隊の人が声をかけてくるが、なんでもないと応え続けて足を動かす。
 そうして、今や瓦礫と化した戦闘指揮所後の側で、仰向けで倒れている提督と、提督に銃を構えている人を見つけた。銃を構える人はこちらに背を向けていて誰かは分からないが、将校か士官なのか、白い軍服を纏っていた。
 そうして、その人は私達が何を言うよりも早く、構えた銃の引き金を引いた。
 銃声がその場を満たした。実際には僅かな時間の事であっただろう。だが、それは酷く長いように感じられた。
 帽子を被っていない提督の頭に、穴が開いていた。
「響殿、鳳翔殿」
 警備隊の彼は、固まったまま動けない私達の肩を押す。私は目の前で起こったことが理解できずにただ押されるままに移動し、物陰へと移された。直ぐ側で、鳳翔さんも固まっていた。
「隊長か。現状報告を。二十三時までの状況は把握している」
「はっ。二十三時……」
 状況説明をしていく隊長と呼ばれた警備隊の声を聞きながら、私の頭のなかでは先倒れていた提督の姿が離れなかった。死んだのだ、彼は。鎮守府内の最高位が死んだ。誰かも分からぬ男の銃弾で。
「湾内の敵艦隊は、この戦艦で最後です。残りは洋上、戦艦と空母の二艦です」
「洋上の敵は丙を含め先程撃滅を確認した。珠瀬鎮守府第二艦隊も響以外は生存確認が出来たと」
「響殿でしたら我々が生存を確認しました」
「何」
「発動機に損傷を受けたので、装備を投棄、遊泳し帰ってきたと」
「そうか。生きて帰ってきたか……」
 その声には、安堵の響きがあったように思えた。
「只今を以って珠瀬鎮守府の命令系統は私が総括する。隊長、警戒令を解け。この戦艦の撃滅を以って、本戦闘を終了する。敵は撃滅された」
「被害状況をお尋ねしても宜しいですか」
「聞きたいか」
 ぞわりと怖気だった。間近ですらないこの場所で、聞いているだけの私の背筋に冷や汗が流れる。それは、鳳翔さんも同じだったのか、小さく震えていた。
「鎮守府としての機能は停止。損壊した設備の復興にはどれ程かかるかわからん。人員に関しては非戦闘員には怪我人が数名。どれも避難中に怪我したものだ。艦娘に関しては怪我人が多数。だが、死者はいなかった」
 一瞬だけ晴れた私と鳳翔さんの顔は続く言葉で固まった。
「生きているだけ奇跡、そう言える者は居たがな。戦線復帰は不可能。否、日常生活ですら危ういものもいる」
 脳内に浮かんだのは、この作戦開始時に整列した時の事だ。あの場に居た何人かが、もう戦線復帰出来ないほどの重症を負った。考えてみれば私がほぼ無傷であったことが奇跡的だったのだ。普通なら、死んでいる。
「それに、生きているのも今現在という事だ。私も怪我人の運搬に携わったが、かなり危険な者も居た。それに……柏木提督は、手遅れだったが」
「……と、いいますと」
「私が駆けつけた時点で既に重体だった。腹部の損傷は戦艦に撃たれたものだ。砲弾は左脇腹より侵入し背中側へ抜けている。炸薬が炸裂しなかっただけ即死しなかったが、お前たちの目から見ても……」
「治療は不可能ですね。意識があったかすら怪しい」
「意識はあった。既に目は殆ど見えていない様子だったが」
「提督殿は、何と」
「ある伝言を、伝えてほしいと。後は任せるとも」
「成る程、では、貴方が」
「ああ。今は正式ではないが、近日中にでも私がこの鎮守府の提督となるだろう」
 私は足を動かした。震える足を一歩ずつ。向かうは話す二人のもと。そうして、二人の姿を見た時、私は提督を殺した人の姿を見た。
「白木、中佐」
 伊隅鎮守府に配備されていた、中佐。私が伊隅鎮守府に居る時から面識がある。
「響」
「提督は、提督は」
 白木中佐は私の前へ近づいてきて膝を折った。そのせいで、柏木提督の遺体は目に見えない。
「響、鳳翔、お前たち艦娘への提督からの伝言だ」
 伝言? 遺言に他ならないだろう!
「提督は」
「響ちゃん」
 両肩に、後ろから手を置かれる。気づけば、鳳翔さんが私の後ろに立っていた。
「柏木提督は戦死した。今現在のところ、この戦闘の唯一の戦死者だ」
「最期は」
「戦艦と銃一丁で戦い、即死と変わらない怪我と引き換えにこれを撃滅した。誇り高き戦士だ。意識の低下が見られたが、最期介錯を私に頼み、私が射殺した。今際の際、君たちに伝言を残した。それを聞いてほしい」
「……それは、何?」
 自らを守れなかった艦娘達へ、彼は何を残して逝ったのか。後悔か、憤怒か、それとも悲哀か。
「ありがとう、と」
 目を見開いた。戦艦との一騎打ちという大立ち回りを演じ、そうして部下に介錯される際、残した言葉がそれか。
「他には?」
「君たちに向けた言葉はそれだけだ」
「はっ……はははは」
 乾いた笑みが溢れる。よもや、守られるはずの人間が、守れなかった者達に宛てた言葉がそれか。守れなかった者達は一人も死んではいないのに。
「ははははははは」
 闇夜に、私の笑い声だけが悲しく響いていた。 
 

 
後書き
慈悲の一発をもって柏木提督は死亡しました。

白木中佐は響及び鳳翔の伊隅時代から面識があります。名前は柏木から、ではなくオリキャラ等で名前を使わせてもらっている作品の白柊から 
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