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黒魔術師松本沙耶香  薔薇篇

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32部分:第三十二章


第三十二章

 夜の庭。今ここに一つの影がいた。影は闇の中に紛れながらその中で何かをしようとしていた。
「これでよし」
 そしてその闇の中で呟く。
「全ての準備は整った。五色の薔薇も」
 言葉は地の底から響く様な不気味な響きがあった。それは女の声であった。
「生贄も何もかもが揃った。後は」
「何をするつもりかしら」
 だがここで他の者の声がしたのであった。
「!?」
「貴女のことはわかったわよ」
 闇の中から白い仮面が姿を現わした。いや、それは仮面ではなかった。服が闇の中に溶け込んでいたのだ。それは沙耶香であった。
「高田洋一、いえ高田依子さん」
「私のことを。見抜いたのね」
「そうよ、かなりてこずったけれどね」
「誰にもわかりはしないと思っていたけれど」
「生憎そうはいかないものよ、世の中は」
 沙耶香は依子と呼んだその女の前に来た。そこにいたのはあの従医であった。彼女は沙耶香が最初に感じたようにやはり女であったのだ。白衣のまま庭の上に立っていたのだ。
「何でも思い通りになることはあまりないのよ」
「そうなの」
「私だって女の子だけだから。完全に思い通りになるのは」
「言うわね」
「ええ、言ってあげるわ」
 依子を見据えて言う。
「貴女はここで私が消してあげるから。何でも聞いてあげるし」
「私を!?」
「そうよ」
 依子を見据えて言った。
「私は今まで魔術で負けたことはないわ」
 これは本当のことである。こうした時の沙耶香は嘘は言わない。
「誰にもね。だから覚悟するのね」
「面白いことを言うわね」
 しかし依子も負けてはいなかった。その中性的な整った顔に不敵な笑みを浮かべてこう返す。
「私も。負けたことはないのよ」
「そうなの」
「ええ、だから貴女もね」
「それは一対一ではですね」
 ここでもう一人の声がした。
「今度は」
「客は二人いたのは。御存知ですね」
「くっ」
「貴女のことは調べさせてもらいましたよ、高田依子さん」
 今度は速水が姿を現わしてきた。沙耶香の横に姿を現わす。
「かって我が国の魔術でその名を知られた高田真夜子の孫娘にして最後の弟子」
「そこまでわかっているのね」
「はい、あの方には私達もかなり御世話になりましたから」
 ここで速水も夜の闇の中にその姿を完全に現わした。そして沙耶香の横に立っていた。
「あの時は。私も沙耶香さんも死ぬかと思いましたよ」
「確かにね。苦い思い出だわ」
 沙耶香も言った。僅かに苦さが含まれているのがそれが真実だと語っていた。
「あの人は今どうしているかしら」
「貴女達の方が知っていると思うけれど」
 依子は言い返した。
「もう。冥府よ」
「そうよね」
「まあこの目で確かめましたが」
「まさかこんなところで出会うなんてね」
 依子はここで二人を見据えて苦笑いとも挑戦とも見える不思議な笑みを浮かべてきた。
「思いも寄らなかったわ」
「ええ、こちらも」
 沙耶香もそれに応える形で言った。
「まさかあの人に孫がいたなんて」
「只の孫じゃないわ」
 依子は言う。
「私は御婆様の最愛の孫にして最後の弟子」
「そう」
「そしてその夢を受け継ぐ者」
「じゃあここでそれを実現しようとしているのね」
「そうよ、五人の生贄で」
 依子は言った。
「五色の薔薇に捧げた五人の生贄」
「陰の薔薇によりそれを刻み」
「陽の薔薇の園でその陰の力を解放しそこに魔を招く」
「そうよ、この世に魔界を作り出す」
 依子はそう言いながらぞっとする笑みを浮かべてきた。それは人のものとは思えないものであった。魔界に棲む異形の者達の笑いそのものであった。

 
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