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黒魔術師松本沙耶香  薔薇篇

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10部分:第十章


第十章

 その時神父は館に用事があり教会にはいなかった。そこにいたのは一人のシスターだけであった。若く、美しいシスターである。最初の犠牲者は彼女であった。
「これは・・・・・・」
 彼はそれを見てすぐに懐から取り出した。それは吊るし人の逆であった。
「行きなさい」
 そのカードをすぐに投げる。するとカードは自然に空を飛び教会を出て行く。そのまま庭にいた沙耶香のところにまでやって来た。
「相変わらずね」 
 沙耶香はそのカードを受け取ってまずはそう呟いた。
「洒落た知らせだこと」
 速水の趣向と術はわかっていた。そのうえで呟いた言葉である。そしてカードの意味は。沙耶香の整った顔を微かにではあるが歪ませるには充分であった。
「してやられたわね」
 眉が微かに動いた。声も普段のクール、いや冷徹な響きを持つものとは違っていた。
「最初は。じゃあ今からそっちに行くわ」
 カードに対して言う。
「わかったわね。じゃあ先に帰っていいわ」
 カードを離す。するとカードはそれで教会に舞っていく。彼女は自然とその後に教会に向かうのであった。
 左右、そして礼拝堂の後ろに青と黄、それに緑のステンドガラスが眩い光を教会の中に導き入れていた。左右対称に木造の椅子が並び、礼拝堂の中央にはあの十字架がある。沙耶香のあまり好きではないあの主がそこにいるのだ。
「来て下さりましたね」
 その下には速水が立っていた。彼女が教会にやって来たのを見て振り向く。
「御覧の通りですよ」
「また。大層なことをしてくれるわね」
 沙耶香はそれを見て言った。
「こんなことをしてくれるなんて」
「やはり。薔薇ですか」
 速水はその薔薇を見据えて沙耶香に言う。薔薇は十字架にあった。
 十字架は赤い薔薇一輪で飾られていた。血が滴り落ちるような紅の薔薇が一輪。そこにあった。若い清らかな美貌を持つ一人の乙女の胸に。
 十字架には教会のシスターがかけられていた。心臓に紅い薔薇を打たれていた。両手と両脚は薔薇の緑の茎で止められ、棘がその全身を止めていた。彼女は主のいる筈のその十字架に自身がかけられていた。閉じられた目は開くことなく、そして白い顔でそこにかけられていた。ステンドガラスから差し込む色とりどりの光が彼女の亡骸を後ろから、左右から照らし出していたのであった。
「キリストを真似たのかしら」
「ではこの赤い薔薇はロンギヌスの槍ですかね」
「そういうことになるかしら」
 沙耶香は薔薇により殺され、十字架にかけられている少女を見て言った。
「そして。これは私達への挑戦ね」
「はい」
 その言葉に速水も頷く。
「五人の生贄。最初の一人」
「紅い薔薇により殺された」
「後四人。生贄にするつもりね」
「それは。許しますか?」
「まさか」
 沙耶香はそれはすぐに否定した。
「そんなことを許すのは。プライドが許さないわよね」
「ごもっとも」
「私はね、仕事は果たす主義なのよ」
「それは私も同じことです」
「わかっているわ。それじゃあ」
「まずは犯人を」
「探すことにするわ」
 教会の紅い薔薇のことはすぐに館の主人にも伝わった。そしてシスターの遺体は十字架から下ろされ、丁重に葬られることになった。それを見る神父の悲しみは極めて深いものであった。
「あの」
 だがこれも捜査の為である。二人はその落胆している神父に声をかけた。二人であった。
 警察は主の力のせいか公には呼ばれなかった。内密に呼ばれた者達も陰に隠れて遺体を下ろし、解剖に向かうだけであった。彼等は今回の捜査には携わっていなかった。あくまで沙耶香と速水の仕事であったのだ。
 二人は神父に問うてきたのだ。犠牲者であるシスターのことを。速水のファイルでおおよそのことは知っていたがそれでも直接情報を聞き出したかったのである。
「お話を御聞きしたいのですが」
「貴方達は」
 初老の神父は二人に顔を向けた。二人はにこやかとはいかないが一応は笑みを作った。口の両端を微かに形を変えて笑ったのである。
「はい、こちらの主の方に呼ばれまして」
 沙耶香は昨日ここに来たことは隠した。身分を明かすと何かとやりづらくなると思ったからだ。
「探偵さん達ですか?」
「ええ、まあ」
「そんなところです」
「左様ですか」
 あまり成功したとは言えない演技だが神父はそれに頷いた。そして二人を礼拝堂の奥の控え室に入れ三人で話をはじめたのであった。
「彼女は。よいシスターでした」
 席に着くとまずこう言った。
「よいシスターですか」
「はい。真面目で信心深く。期待していたのですが」
「それがああしたことに」
「まことに。悲しいことです」
 神父は肩を落とした。この上ない落胆であるのは二人にもわかった。
「犯人は。誰なのでしょうか。せめて罪を償ってもらいたいものです」
「それはこれからですね」
「犯人は我々が必ず探し出します。ですから御安心を」
「お願いします」
「わかりました」
 神父との話はすぐに終わった。とりあえず情報は得たがそれはシスターに関する差し障りのないものでしかなかった。そして別に探っていたことも手懸りとはならなかった。
「あの神父さん、どう思うかしら」 
 沙耶香は教会を出て暫くしてから速水に声をかけてきた。
「彼は。何も感じませんね」
 これが速水の返答であった。沙耶香も同じものを感じていた。
「邪悪なものも暗いものも。一切ありません」
「真面目な只の神父ってわけね」
「はい、それは貴女にもおわかりだと思いますが」
「そうね。それは感じるわ」
 沙耶香もそれは感じていた。そのうえで述べた。
「あの人は関係ないわね」
「そうとしか感じられません。犯人は別にいます」
「じゃあ誰が」
「残念なことに。それはまだわかりませんね」
 速水はそう言って残念そうに首を横に振った。
「一体誰なのか。しかし誰であろうとも」
「相手は。相当悪趣味なようね」
「薔薇に十字架ですか」
「それに棘。演出家のつもりかしら」
「そうした死を。芸術だと考えている輩なのかも知れません」
「ぞっとするわね。どうもそうしたのには会う機会が多いけれど」
「それは私もですよ」
 二人は庭を進みながら話していた。その左右には薔薇が咲き誇り、香りが辺りを支配していた。二人はその中を進んでいたのである。
「何故かね。これも縁でしょうか」
「厄介な縁ね」
「私としては貴女との縁があればそれでいいのですが」
「それはないかもね」
「おやおや、つれないことです」
「諦めたら?私は一人の女の子にも殿方にも満足しないわよ」
「限られた魅力の持ち主にだけ許される御言葉ですね」
 だが速水はそう言われても相変わらずであった。
「だからこそ。私も」
「好きにすればいいわ。そうしたらそのうち私の気も変わるかも」
「それをお待ちしていますよ」
「期待しないでね。さて、手懸かりは何もなかったけれど」
「ないならないで探すまでです」
「そうね。それじゃあ私も」
 沙耶香の影が動いた。そのまま何処かへと消えていく。
「はじめるわ。貴方もね」
「はい」
 速水はこくりと頷いた。手を掲げるとそこにタロットのカードが姿を現わす。それを投げると一斉に何処かへと飛んで行った。カード達はそのまま姿を消した。


 
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