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異界の王女と人狼の騎士

作者:のべら
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第十話

 うガ……。

 俺は呻いた。
 初めての呻き声といってもいい。
 でも呻いただけで悲鳴すら上げられないもんなんだ。

 視界がピカピカした明滅する。
 満天のお星様がぁ〜。

 強化されたはずの俺の体が、まるでもろく感じられる。さっきの戦いでの俺の強さはどこへ行ったんだ? ありえない激痛が全身を駆け抜けていった。
 声が出ず、力も入らない。股間を押さえ、情けない格好でフニャフニャとそのまま地面に膝を突いてしまう。

 ……ああ、格好悪い。
 これほどの醜態は滅多にさらせないよ。

「だ、誰がギャーギャー喚いているっていうの! 誰が可哀相な子なの! わたしは正常だ、馬鹿者! 無礼者! 」

「えーえー、なんで聞こえたの? 」
 俺は喋った後に後悔した。

「お前が考えてる事は全部わたしに伝わってくるのよ。横であんなに大声で怒鳴られたら聞くつもりがなくたって聞こえてくるわ、バカばかばか。死んじゃえ! 」

 あちゃー。
 怒られちゃった。

「だって、頭の中で考えるのは仕方ないよ。……それにしてもいきなり男の子の股間を思いっきり蹴り上げる事は無いだろう? もろに入ってるんだぞ。破裂したらどうするんだ。子孫を残せなくなるんだよー。そんなことになったら大変なんだよ、まったく。……そもそも、女の子はそんな乱暴なことしたら駄目って教わらなかったのかよ」
 痛みを堪えながら反論する。

「うるさい。そんな猿以下の劣等遺伝子など、この地上から消え去ればいいのだ。……そもそもお前の遺伝子を引き継いでやろうなんていう頭のおかしいメスがこの世界は存在しているというのか? もしそれが存在するというのなら、それは【奇跡】というはずだぞ」

 メチャメチャ言うなあ。

 俺は股間を押さえながらなんとか立ち上がった。
 ぴょんぴょんジャンプを繰り返す。まだ体に力が入らないよ。
「ううう。それにしても痛い、痛いよ……。死んじゃいそうだよ。本気でよくタマタマが破裂しなかったって自分を褒めたいよ。お前、そのブーツ、つま先に鉄板でも入ってんじゃないのか」

「うるさい。お前は黙ってわたしに従えばいいのよ。だいたい……」
 暗闇の中、少女の俺に対する説教が延々と続いたんだ。
 俺の人間性の否定から始まり、俺について全ての存在価値が徹底的に否定された。
 俺は何も考えないようにしながら、それに耐え続けた。余計なことを考えると少女に筒抜けみたいだし。また怒らせたら死んじゃいそうだし。
 ……しかし、バケモノ化した如月の攻撃をかわすスピードを手に入れているのに、何で彼女の蹴りをかわせなかったんだろうとかという疑問についても考えたりもした。

「フン……もういいわ。とりあえずここから逃げるのが優先順位は高いからこれ以上は時間の無駄ね。わたしは、こちらに来たばかりだから何にもわからない。……納得は行かないけど、お前に任せるしかないんだ。さあ、さっさと安全な場所にわたしを連れて行きなさいよ」
 怒り疲れたせいか、少女は素直になった感じ。

 俺は内心でホッとした。

「了解。じゃあさっさと学校から出ますか」
 再び俺は少女の手を掴もうとしたが、こんな人の通れない場所を移動するには少女を歩かせるのでは効率が悪すぎることに気づいた。
 少女をぐっと引き寄せると、そのまま抱きかかえた。
 当たり前だけど、とても軽い。軽い軽い。何か良い香りが少女から漂ってくる。

「ちょ、お前、何を……」

「だって、こっちの方が話が早いだろ」
 俺は走り出した。

 薄明かりの林の中でも視界は昼間なみにクリアだ。抱きかかえた少女は俺にとっては重量が無いのと同じだ。木々の中を俺は平地を走るように抜けていく。
 体が軽い。闇夜でも風景が微細な部分までハッキリと見える。音も空気の流れも全てがもの凄くハッキリと感じられる。
 あちこちに配置されている監視カメラの捉えてるエリアさえもわかる。……見えるんだ。
 俺はその死角を縫うように走った。

 ほんの数分走っただけで、外と学校を隔てる塀の側に来ていた(といっても今の俺の身体能力での話だからかなりの距離を走ってるんだけど。だからこの学校の敷地の広さはかなりのものなんだ)。結構なスピードで走ったのに、俺の呼吸は全く乱れていない。
 塀の高さは3メートルくらい。景観を損ねないようにデザインされているけど、下からは見えないてっぺん部分にはガラス片が埋め込まれ、場所によっては有刺鉄線がぐにょぐにょに巻かれていたりする。
 とても飛び越えられる高さじゃないね。

 当然監視カメラも設置されているけど、それは外を向いている。だから場所によっては塀の側に近づくこともできるんだ。
 全然わかるはずもない警備エリアの死角が何も知らないはずの俺にはハッキリとわかる。感じられてしまうんだ。

 これは凄いな。
 素直にそう思った。

 周囲を見渡す。
 塀の近くのポールにカモフラージュされた監視カメラがあるのがわかった。定期的にグルグルと回ってモニターしているようだ。カメラの捉えているエリアがまるでサーチライトで照らされているように俺の視界は捉える。

 便利な機能だなあ。

「どうするつもり? 」
 少女が俺を見つめる。
 ほんの数十センチの場所まで彼女の顔が近づいている。

よく見ると結構大人びた顔をしているんだなと思った。
 ……しかし、結構可愛いじゃん。

「……お前は頭が悪いし顔も悪い上にかなり変態の気があるようね。……ご主人様をお前は自身の爛れた欲望の対象として見ているのか? まったく反吐が出る」
 すぐに俺の思考が彼女に届いたようだ。呆れたような調子だ。

 俺は顔が真っ赤になったことに気づき、余計に恥ずかしくなった。
「いや、そんなんじゃないよ。俺は変態じゃない。ロリコンじゃないし。あ、いや……でも、すごく可愛いとは思ったけどね」
 と、訳のわからない事を口走る。
 少女にボロクソにけなされても、どういうわけか俺には全然応えない。普通なら怒ったり落ち込んだりするような事を言われているんだけど。

「やはり、あの時もう少し力を入れて蹴り潰しておけば良かった。もういい。……はぁ、なんでなんだろう。わたしは、やはり選択を誤ったのよ」
 投げやりな感じで恐ろしいことを言い、少女は話を打ち切った。

 俺は少女の追求から解放されたことにホッとした。

「じゃあ、学校からとりあえず出るとしますかね。……しっかり掴まっててよ」
 俺は彼女にそう言うと、助走なしで跳躍する。

 少女が俺の首に必死になってしがみつく感触を感じながら、俺の体に宙に舞った。
 塀の高さを少し超えたところでジャンプの頂点となり、ゆっくりと降下しながら俺のつま先が塀の上に乗る。

 ここで一息。

 そのまま塀の向こう側に着地しようと思ったんだけど、監視カメラの撮影エリアがちょうど落下予定地点を捉えていることに気付いたんだ。
 片足、しかもつま先だけで全体重を支えているけど全然苦痛じゃない。余裕だ。この体勢でも数時間はいられる。

 カメラが落下点から離れた。

 俺はそっと踏み切った。

 3メートルから落下したらかなりの衝撃のはず。しかも女の子を抱いたままなんだ。
 それでも俺はふんわりと着地した。着地音さえしない。猫がしなやかに着地するような感じかな。
 少女は何の衝撃も感じなかったはず。

 着地するとすぐにカメラがこちらを向いてくるのを知覚し、即座にダッシュして安全圏まで移動する。

 そうして路地の陰に隠れる事に成功し、俺は少女を下ろした。 
「とりあえずは脱出成功です、姫様」

「そ、ごくろうさま」
 素っ気なく少女は言う。

 まだ怒っているみたい……だね。

 
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