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黒魔術師松本沙耶香 妖女篇

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1部分:第一章


第一章

                 黒魔術師松本沙耶香  妖女篇
 巴里はこの世で最も美しい街だと言う者は多い。フランス人達を中心にして。
 時計回りになっている二十の行政区はエスカルゴと呼ばれている。その中心はルーブル美術館のある第一区である。 
 凱旋門から見る大通りが所謂シャンゼリゼである。この広い道と左右に並ぶ白い建物の美しさは歴史も感じさせる。今この街のノートルダム大聖堂の前で。ある女が尼僧に声をかけていた。
 尼僧は二十前であろうか。初々しく白い顔をしている。幼さも感じられる美貌の尼僧である。黒いシスターの服にその身体を包んでいる。
 それに声をかける女は切れ長の奥二重の黒い目を持っている。細長めの顔をしており鼻はアジア人にしては高くそのうえ整った形をしている。その色は紙の様に白く唇は紅く小さい。
 黒い髪は一見短く見える。だがよく見ればその長く絹の様に美しい光沢のあるその黒髪を後ろで束ねて収めている為そう見えるだけであった。黒いスーツとズボンに包まれたその身体は長身であり豊満な胸もはっきりと形を作っている。赤いネクタイと白いブラウスがそのスーツの奥に見える。そしてそのスーツの上にこれまた漆黒のコートを羽織っている。それがこの美女の姿であった。
 美女は妖しい笑みを浮かべて尼僧に。こう声をかけているのであった。
「貴女が信じる神は」
「神は御一人だけです」
 必死になった様な顔で述べる尼僧であった。女の言葉を拒んでいる様である。
「それ以外にはありません」
「よく聞く言葉ね」 
 女は尼僧の言葉を聞いてまずは微笑んだ。白く重厚な、ギリシアの神殿を思わせる二つの塔がある聖堂はそのテラスも窓も厳かな趣がある。
 ラテンのものを思わせる模様で飾られ柱の間からは聖者や天使が見えるようである。若しくはエスメラルダかカシモドか。あのナポレオンがここで皇帝の戴冠式を行ったことでも知られている。
 女はその歴史ある大聖堂の前で尼僧に声をかけていた。そしてその声の内容は。
「けれどそれが何になるのかしら」
「何にとは」
「神は何の為にいるものか」
 尼僧のその栗色の目を己の琥珀の瞳で覗き見ながらの言葉である。
「それは知っているわね」
「迷える子羊達を護りその罪を許し」
「そして愛する」
 尼僧の言葉の続きをうっすらと笑いながら述べてみせたのであった。
「そうね」
「その神を裏切ることはできる筈がありません」
 こう言って必死に拒もうとする彼女だった。
「私は神に仕える身です。その様な悪魔の言葉を」  
「悪魔の言葉だというのね」
「違うとでもおっしゃるのですか?」
「その神は」
 語る女のその目が細いものになった。そうして口元もあがった。 
 笑っていた。妖しい、その笑みを見た者を誘う笑みであった。その妖しい笑みを浮かべたうえで女はまた尼僧に対して言うのであった。
「許す神だったわね」
「それがどうしたというのですか?」
「その許しを得られるには」
 ここで言うのであった。
「罪を犯すことが前提よ」
「罪を」
「そう、罪を犯さなければ許されることはない」
 女は妖しい笑みと共に告げていくのであった。そのまだ幼さの残る美しい尼僧に対して。
「決してね」
「では貴女はあくまで罪を」
「私にとって罪ではないわ」
 あくまで自分にとっては、というのである。
「けれど貴女にとって罪というのなら」
「どうしろというのですか?私に」
「犯しなさい」
 明らかな誘いの言葉だった。
「その罪を。犯しなさい」
「神に仕える身であるこの私にその様なことを」
「そうすれば貴女は許しを得られるのよ」
 彼女の目を見ながらの言葉であった。妖しい笑みをその美麗な、媚惑的な美貌をたたえたその顔に浮かべてみせて。そのうえでの言葉であった。
「神のその尊い許しが」
「では私は」
「さあ、来るのよ」
 また尼僧に告げたのだった。そして右手を伸ばし彼女を誘う様にしてまた。
「私のところへ」
「私は・・・・・・」
「許しを得なさい」
 戸惑う彼女に対してまた告げる。
 
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