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黒魔術師松本沙耶香  紫蝶篇

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9部分:第九章


第九章

「わかっているわね。私達に出会ったからには」
「ええ」
 依子も逃げる気はなかった。前に出る沙耶香を見ても臆するところはなかった。
 紫の蝶達は何時の間にか依子の周りに漂っていた。それをまとわせながら二人に対していた。
「さあ」
 二人に声をかける。
「はじめるのね」
「ええ」
「勿論」
 沙耶香も速水もそれに応える。二人はそれぞれの手に己の魔術を出してきた。
 沙耶香は黒い炎を、速水はカードを。その手に持って依子と対峙する。彼女はその紫の蝶達を漂わせて構えもしてはいなかった。
 まずは二人が先に動いた速水がカードを繰り出す。
 だがその前に蝶が現われた。それでカードを打ち消した。
「むっ」
「まさかとは思うけれど」
 依子は右目でその消えた蝶を見て目を動かさせた速水を見て問う。
「ただの蝶だと思っていたのかしら」
「いえ、流石にそうは思いませんでしたよ」
 そう依子に返す。
「夜の中の紫の蝶。それはあまりにも妖しいので」
「そうよね。この蝶は私が創り出した蝶」
 彼女は彼に答えて述べる。
「だから。他にも使い方があるのよ」
「来たわね」
 蝶達はゆっくりと沙耶香達のところに舞ってきた。それは二人を取り囲みその燐粉を散らしてきた。それで二人を襲っているようであった。
 二人もそれを見ている。沙耶香はそれを見てすぐに妖しさに気付いた。手に出している漆黒の炎を放ってきた。
「蝶を舞わせるのなら華麗に照らし出してあげるわ」
 そう述べながらその炎を放つ。胸の高さで上に向けて広げられた手の平からそれは四方八方に拡がっていく。そうして蝶達を焼いていく。
「黒い光よ」
 沙耶香は燃え上がり地に落ちていく蝶達を周りに漂わせて言ってきた。白い顔が黒い灯りに照らし出されていた。彼女はその有り得ない光の中で笑っていた。
「知っているわよね」
「ええ。何度も見てきたから」
 依子もそれに答える。
「流石ね。けれど」
「けれど?」
「それだけでこの蝶達を退けたと思わないことね」
「どういうことかしら」
「これよ」
 その言葉に応える。また蝶達が出て来た。
「同じではないのね」
「ええ。それに」
「それに?」
「そろそろ効いてきたのじゃないかしら」
「そのようですね」
 速水がそれに応える。
「身体が痺れてきたようです」
「そういうことよ。この蝶達は普通の蝶達ではないから」
「そのようですね」
 速水はそれに対しながらカードを出す。二番目の女教皇のカードであった。
 それを右の人差し指と中指で持って自分の顔の前で掲げる。するとそこから一人の豪奢な法衣を身に纏った女が姿を現わしてきた。
「女教皇ね」
「そうです。まさかとは思っていましたが」
 そう依子に返す。
「相変わらず巧妙ですね」
「まさかとは思ったけれどね」
 依子も述べる。
「貴方達なら話は別よ」
「左様ですか。しかしそれはこちらも同じこと」
 速水はまた言う。
「貴方が相手ならば」
「危ういところだったわ」
 沙耶香は蝶の毒から離れて速水に顔を向けていた。
「有り難う」
「いえ。御礼はまた今度」
「できることとできないことがあるけれどね」
「冷たいですね、それは」
「言いたいことはわかっているから」
 すっと笑ってこう述べる。
「やれやれ。相変わらずですね、私に対しては」
「何度も言っているように気が向いたらね」
 そう言って素っ気無い態度で返す。
「そういうことよ」
「左様ですか。もっとも貴女は違うようですね」
 速水はまた依子に顔を戻す。依子も彼を見ていた。
「ええ、勿論よ」
「敵というのが残念かどうかはわかりませんが」
「そうかしら。私は敵であってよかったわ」
 周りに蝶を漂わせている。その蝶をまた放ってきた。
「今度は違うのね」
「私のやり方は知っている筈よ」
 沙耶香に対して述べる。まだ周りに蝶達を漂わせたまま。
「一度見破られたものは二度はしない」
「ええ」
 沙耶香もそれに応える。
「そうだったわね。けれど」
 そのうえで身構える。今度は氷の刃をその手に出している。
「こちらも同じことは続けないわよ」
「そちらも相変わらずなのね」
「否定はしないわ」
 氷の刃から氷を飛ばす。それで蝶達を凍らせて砕く。紫の氷が割れ闇の中に落ちる。そのまま溶けて消えてしまう。しかし依子はまた蝶達を放ってきた。
「今度は私が」
 次に出て来たのは速水であった。その手には太陽がある。

 
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