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異界の王女と人狼の騎士

作者:のべら
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第七話

 俺は奴に駆け寄ろうとする。視線が衝突する。
 一瞬、怯えたような顔をしたかと思うと、如月は猛スピードでバク転をし、壁際まで一気に退避する。
 そして壁を背に俺を睨みつけてきた。
 ケツから生えていた触手はもはや根本の部分しか残されていない。驚きと恐怖か呼吸が荒くなっている。

「なんで吹っ飛んだんだ? なんでだよ。いてぇよ。こんちくしょう……月人ぅ〜。月人柊めぇええ……。チンカスてめえの仕業なんだよな。気色悪い術を使いやがってえ。このバケモンめ! 痛えよ。クソ、畜生、み、みてろよ……」
 痛みを堪え、憎しみに満ちた瞳で奴は俺を睨んでくる。その視線は俺を呪い殺しかねないほど憎悪に満ちている。

 どういうわけか背筋に寒気がする。

 奴は中腰で前傾姿勢をとる。腕を抱きかかえるような姿勢だ。そしてまたあの時の様に息み出した。
 ハアハア、ふーふー、ハッハッハッ。
 両手握ったり開いたり、腕を激しく前後に縮めたり伸ばしたりしながら叫ぶ。
「ぬおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおううううううううううう」
 顔と首筋に太い血管が浮き出て奴の顔はみるみる赤くなり、やがて青くなっていく。髪の毛も逆立つ。

 ———ぶりん。

 そして盛大な爆発音がしたと思うと、奴の尻の穴から生えていた触手が肉塊のように吹き飛んで壁に打ち付けられる。
「おりゃあ、まだまだあー!! 」
 さらに息むと再び尻から真っ赤な噴水。奴の背後の壁が血で真っ赤に染まる。
「ふんふん、い、いやっほうー!! きた来た来たキタきたああああああああああ!! 」

 ぬるぬるぶりぶり。

 粘液まみれの何かがはい出す音とそれと相まって空気が抜け出すおならのような音がして、再び奴の尻の穴から触手が生えだしてきた。
 今度のは先ほどの半分以下の細さしかないが数がまるで違う。
 10本、いや20本以上はあるだろう灰色の触手がテラテラ光りながら生えだし、ウネウネと宙をさまよい出す。

 その光景のあまりの気持ち悪さに吐きそうになる。

「うんにゃ、まだまだ。僕はがんばるがんばれる」
 再び叫ぶとさらに激しく息む。
 如月の面容は、もはや人間とは思えないくらい不気味に変容している。顔のあちこちに太い毛菅が浮き出し、息みすぎたせいか耳から鼻から口から眼から全ての穴から血が垂れ流れる。眼球は血走り、こぼれ落ちそうになるくらいまで飛び出している。
 やがて喉から空気が漏れる音がし、何かが這いだしてくるような嫌な音が聞こえる。

「げ! ……うげぇ! 」
 何かを吐き出すような音を立てると、口から黄色い内容物がまずは吐き出された。続いてイソギンチャクの触手のような、灰色の異様なものが1本、2本と這いだしてくるのが見えた。
 触手はその程度の量ではなく、かなりの数があるようで、みるみる奴の喉は、そして口は膨らんでいく。

「むぐぐん」

 口いっぱいに触手を頬張った如月。まるで栗鼠のようだ。
 そして臨界点に達し、ついに頬は崩壊する。
 皮膚が裂ける音とともに一気に口が切り裂かれ、たまっていた触手が一気に露出した。もはや如月のあごは完全にはずれてだらりの垂れ下がってブラブラしている。そして眼球もぽろりと顔から落ち、プラプラと垂れている。

 口とケツの両方から生え伸びた触手は粘液にまみれて蠢き、宙を漂う。
 体をくの字にし、両手をダラリとたらした如月はもはや人ではなく。ただの抜け殻のような存在にしか見えなかった。

 触手はイソギンチャクの形態をとり、いくつかの触手が足の代わりをするかのように位置取る。そしてゆっくりと如月は浮上する。うなじ辺りから何かが蠢いたかと思うとそれはゆっくりと体を動いていき、胴体の横腹辺りで止まった。
 それは横に並んだ2本の線のように見えた。それが震えるように動いたと思うと、ゆっくりとその傷が開かれる。

 ……それは眼だった。二つの赤い眼だった。
 それがついに本性を現したのだ。もはや如月流星ではない、別のイキモノに姿を変えたんだ。
 口と肛門から這いだした触手が手であり足である。かつての人間のからだはただの胴体となり、中央に眼が発生している得体のしれない生物の誕生だ。。可哀相に足と性器はブラブラぶら下がったただの飾りだ。

 気味の悪い敵を前にして、俺の心が昂ぶっていく。人ではないモノになった存在の見た目のグロさに嫌悪感と敵意がわき出す。
 しかし、どういう訳か自然と笑みがこぼれるのを感じた。

 【フハハ。いいぞいいぞ。面白いぜ、如月。すぐには殺さないよ。楽しませてくれよ、見かけ倒しで失望させないでくれよ。頼むよ、バケモノくん】
 
 普段考えたこともない言葉が頭をよぎる。興奮していて意味不明なキーワードが乱発されたんだろうな。そう思い、頭を振る。
 とにかく奴を撃退する。

 俺は息を吐き、一直線に駆け出す。
 待っていたかのように奴の触手が放射状に開きながら、俺を取り囲むように襲いかかってくる。
 しかし、その攻撃は止まっているかのようなものでしかない。俺は冷静に状況を把握し、一番触手の少ない上に向かってジャンプした。邪魔な触手に絡みつくように這っているあの糸のような線を断ち切る。
 触手は次々と千切れ落ちる。俺はその勢いのまま奴の真上に飛び上がっている。奴の背後に飛び降りるつもりだったんだ。
 そして視界の隅に無数の触手が俺めがけて突き上げられてくる体勢で待機しているのが見えた。それらが一気に俺に向けて射出される。その速度は先ほどのものとは比較にならない速度だった。
 罠か……。
 最初の攻撃は俺をジャンプさせる布石。そのために取り囲むように放った触手の網の上のほうを意図的に開けていたんだ。宙に浮いた状態では回避行動は取れないからね。
 何十本の針のように尖った触手が一気に俺に向かってきた。

 【やるじゃん、バケモノ】
 
 また声が聞こえる。
 体が急に軽くなったように感じる。襲いかかる触手の先端に足が触れたかと思うと、それを踏み台にして俺はさらに後方に飛んだんだった。
 全くの無意識の行動だった。針よりも鋭利に尖り、触れば何でも貫きそうな触手を踏み台にしてどうして無傷なのかは解らない。しかし、それが能力なんだと納得する。

 触手は俺を捉えることができずにそのまま天井を貫いた。
 そして勝負は決した。 

 奴にとっての必殺の罠。必殺の攻撃だったため、奴は次の手を考えていなかったんだ。そして油断もしていた。
 突き刺さった触手は天井に深々とめり込んでいたため、駆け寄る俺に攻撃するには遅すぎた。

 奴の「背後」にたどり着いた俺は、力任せのパンチを奴の体でもっとも大きい瘤に向けてたたき込んだ。何の抵抗もなく、俺の拳が奴の体内に入り込んでいく。その瞬間、奴のからだが一気に膨らんだ。
 
 巨大ゴム風船を殴ったような感触がした。同時に体が奴の膨らんだ皮膚に押され、否応なく後退させられる。
 俺のパンチはぶよぶよのゴム風船のように変化した奴の皮膚に阻まれ、瘤まで手が届かなかった。あと数十センチなんだけど。瞬間的な反応としては奇跡的に素晴らしい対応だった。この防御を取らなかったら、確実に俺は瘤を破壊していたはず。

 だけど、それまでだった。

 再び反撃しようと突き出された触手など、もはや完全に見切った俺にとって意味など無かった。同じ攻撃など無意味だ。一本一本潰すのも面倒なので、触手の二箇所の付け部分を狙い、集合した触手に絡みついた糸に触れ、一気に切断する。
 激しく血を噴き出し、全ての触手が切り落とされ床に落ちる。千切れた触手はピチャピチャと床で跳ね回りすぐに動かなくなった。
 奴は転がるように回避行動を取る。触手を再び生やすには何かが足りないのだろう。かつての如月流星の手と足を使い、四つんばいで這い回るように逃げるしかない。
 脇腹の付近に現れた眼には、明らかな恐怖の色が出ていた。

「シュウ、今よ。そいつを倒しなさい」

「言われるまでもないよ」
 少女の声に呼応し、俺は駆け出す。一足飛びに距離を縮めると右拳を握りしめた。

 キーキーという悲鳴に思える声が聞こえる。それは奴の悲鳴なのか。奇妙な体勢から奴はジャンプし、その勢いのまま窓枠から転がるように外へと飛び出した。

「逃がすかよ」
 俺は叫び、窓枠に足をかけて、外へ飛び出そうとする。
 しかし、次の瞬間、窓にかけた足に力が入らないことに気づいた。どうしても窓枠にかけた足を動かすことも、床で踏ん張ろうとした足も動かないんだ。
 同時に急に視界がグルグル回り始める。悪寒がし、体が震えるのを感じた。その感覚はどんどん強くなっていく。いつのまにか汗が全身にまとわりつく。
 
 俺の異変に気づいた奴は一気に俺との距離を開くべく逃走し、俺を振り返った。

 逃がすもんかと自分の体に鞭を入れようとするが、まったく反応しない。おまけに視界が端から黒くなっていき、その暗闇が次第に俺の視界を蝕んでいくんだ。

「シュウ、どうしたの! 」
 背後から少女の声が聞こえるけど、答えることができない。
 やがて立っていられなくなり、窓枠から足を踏み外す。慌てて窓枠にしがみついて転倒だけは防げた。

 なんだ……? どうしたっていうんだ、よ。

 狭まる視界の中で、奴が、口もないはずの奴が嗤ったように見えた。
 そして俺を勝ち誇ったように睨みつけながら地面に沈んでいく。そして完全に地面のなかに没した。

 逃げられた……。

 それで緊張の糸が切れたんだろう。
 少女が俺に何かを話しかけてくるのが聞こえたけど、もう何も答える気がしなかったし、できなかった。体に力が入らないし、視界も真っ暗、音も聞こえない……。
 

 俺はブラックアウトした。

 
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