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黒魔術師松本沙耶香  紫蝶篇

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12部分:第十二章


第十二章

「その通りね。けれどその前に」
「その前に」
「ロスアンヘルスさんにお話しておいた方がいいわね」
 沙耶香はそう述べてきた。述べると共に黒い目を鋭くさせてきていた。
「彼女のことは」
「そうですね、彼女のことは」
 速水もそれに同意して頷く。
「お話しておきますか」
「ええ。それにしても 
 沙耶香はここで顔を上げてきた。
「こんなところでよく出会ったわね」
「全くです」
 そんな話をしながら途中でタクシーを拾いロスアンヘルスの家へ向かう。マドリードのタクシーは言うまでもなくスペインの車だ。車の中に入ると彫の深い黒い髪と目の運転手が大蒜と香水の香りをさせながら二人を迎えてきた。
「よお、日本人だね」
「あら、わかるのかしら」
「ああ、顔でね」
 中年の運転手は笑ってそう述べてきた。端整な顔で運転手の制服も実によく似合っている。何処か歌手のプラシド=ドミンゴに似ていた。
「わかるさ」
「日本人とでも書いているかしら」
「そういうわけじゃないがね」
 それは笑って否定する。
「顔つきでわかるんだ」
「顔つきで」
「日本人と中国人は何か違うんだ」
 彼は言う。
「アメリカ人とイギリス人が違うみたいにな」
「それはよく言われますね」
 速水がそれに応える。二人はもう後部座席に乗っている。扉を閉めたところで沙耶香がスペイン語で書かれたメモをチップと共に渡す。ここで運転手はそれに頷きながら車を出す。車を出したところで話を再開させた。
「雰囲気ですか」
「表情だね。日本人やイギリス人は静かなんだ」
 そう彼は述べる。
「言葉も穏やかだしね」
「そうなの」
 沙耶香がそれを聞いて述べる。
「イタリア人とフランス人もだな。俺はイタリア人はいい」
 運転手の考えではそうらしい。しかしフランス人は違うという。
「あの威張り腐った高慢さは何処でもなんだよ」
「あら、その高慢さがいいのではなくて?」
 しかし沙耶香はその言葉に笑って返す。
「その高慢さをへし折ることこそが」
「セニョリータ」
 運転手は沙耶香に声をかけてきた。流石に後ろは振り向かないが声が上機嫌なのがわかる。
「面白いことを言うね」
「実際にそうしてやったわ」
 ここでは同性愛のことはあえて隠し脚を組んで言う。
「ベッドの中でね」
「いいね、日本人はそういうのは苦手だと思ったけれどこれはまた凄い女傑と出会ったものだよ」
「有り難う」
 その言葉にすっと笑って礼を述べる。
「それでもな」
「ええ」
 運転手の言葉に応える。
「問題はへし折った数だ。どの位だい?」
「言っていいのね」
「いやいや、違うよ」
 また笑って返す。
「俺が聞きたいんだ。いいな」
「ええ。それじゃあ」
 それに頷いてから言う。
「百人よ」
「フランスだけでか」
「ええ。それでね」
 さらに述べてきた。
「イタリアでは六四〇人、ドイツでは二三一人よ」
「いいねえ、まあスペインでのことは聞かないでおくよ」
「日本では一〇〇三人ね」
 笑って続けてきた。
「そんなところね」
「そりゃまた凄い」
 声でお手上げといった仕草を見せる。
「そこまでなんてな」
「関心してくれたかしら」
「まあね。ところでそちらの兄さんは?」
「私はそちらは全然駄目です」
 話を振られた速水は苦笑いを浮かべて言葉を返してきた。
「そうは見えないけれどね」
 バックミラーで速水の顔を見ながら述べる。
「その顔で」
「一途でして」
 笑って言う。
「そうしたことはこちらの方程には」
「そうなのかい。まあ人それぞれだね」
 運転手は彼のその言葉に頷いてみせた。
「俺だってかみさんと一緒になるまで相当遊んだしな」
「遊んでこそが華」
 沙耶香は深い笑いと共に言う。
「そうよね」
「あんたは遊びがわかってるね」
 思わず言った。
「そこまで言えるなんてね。その若さで」
「運がいいことにね」
「運がいいのか悪いのか」
 それはあえてぼかした。
「それはわからねえけれどな。まあ遊ぶのも悪くないもんさ」
 そう述べるとアパートの前に着いた。薄茶色の石造りの所々に緑の蔦が見えるいささか古めかしい雰囲気のアパートであった。感じが出ていると言えば出ている。

 
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