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黒魔術師松本沙耶香  紫蝶篇

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1部分:第一章


第一章

                黒魔術師松本沙耶香  紫蝶篇
 スペイン。情熱の国と呼ばれている。この国は夜もまた熱い。その夜の世界の中で様々な色の宝石の如き蝶達が待っていた。それは有り得ない光景であった。
「これは・・・・・・どういうこと?」 
 それを見る黒髪の美女が夜の世界に舞うその紫色の蝶達を見て顔を顰めさせる。夜に蝶が舞う筈がない。しかし今その蝶達が待っている。彼女はそれを見ていぶかしんでいるのだ。
 マドリードの街の中。サルエスラの観劇が終わり一人家に帰る夜道でそれを見る。その不思議な蝶達を不可思議な目で眺めている。
 黒く波がかった長い髪を後ろで束ね黒く背中が見える上着に赤く長いスカート。典型的なスペインの女の服だ。その服を着ている彼女の顔は浅黒く目鼻立ちがはっきりとしている。細面でその眉はまるで描かれたように綺麗な形を描いている。その彼女が紫に輝く蝶達を見て怪訝な顔をしているのであった。
「何故夜に蝶達が」
「それはね」
 ここで夜の中で声がした。
「貴女が欲しいからよ」
「私が!?」
「ええ」
 それは女の声だった。美しい声だ。だがそこには得体の知れない邪悪なものを感じさせるような。そうした声だった。それが今闇の中から聞こえてきていた。
「貴女が。その美しさが」
 闇の中から何かが姿を現わした。その後には。誰も残ってはいなかった。
 
 マドリードの街中のレストラン。そこで一人の妙齢の女が食事を採っていた。木造りの店の奥、同じく木製のテーブルに座って赤いワインと羊の肉をガーリックで焼いたものをフォークとナイフで食べている。かなり整った綺麗な食べ方と飲み方をしていた。
 黒い髪はさらりとしておりそれを上で束ねている。切れ長の二重の瞳はブラックルビーの様に妖しくも美しい光を湛えておりそれでワインを見ていた。小さな口は紅であり白い雪の肌はスペインの女のものではない。
 その鼻は高く流麗な形をしている。極めて整った、それでいて妖艶さを濃厚に漂わせる美貌であった。その美貌と漆黒のスーツとズボン、白いシャツ、赤いネクタイで覆っていた。見ればアジア系の女であった。
「そちらでしたのね」
 そこに一人の中年のスペイン女がやって来た。黒い瞳と目は黒衣の女と同じだったがその浅黒い肌とはっきりした顔立ちはスペインのものである。縮れた髪を伸ばし大きな口を持っている。赤いシャツに黒いスカートといういでたちであった。
「松本沙耶香さんですね」
「はい」
 その女松本沙耶香はそのスペイン女に顔を向けた。そのうえで答えてきた。
「私ですが」
「お待ちしておりました」
「では貴女が」
 沙耶香は彼女に顔を向けて言う。
「ローラ=ロスアンヘルスさんですね」
「ええ」
 そのスペイン女はにこりと笑って述べてきた。
「その通りです」
「わかりました。それでは」
「そうですね。御一緒させて下さい」
 そう言うと沙耶香の向かい側の席に座ってボーイにメニューを注文した。そのうえで彼女と話をはじめる。
「お話は聞いておりますね」
「はい」
 沙耶香はその言葉に応える。
「失踪事件ですね」
「そうです。妹がいなくなりました」
 ロスアンヘルスはそう答えた。
「テレサが」
「またどうしてなのでしょうか」
 沙耶香はそれに問う。その時ロスアンヘルスに生ハムとワインが運ばれてきた。彼女はそれを飲みながら沙耶香と話を再開させた。
「原因は一切不明です」
「ですから私を日本から御呼びしたのですね」
「そうなのです」
 ロスアンヘルスはそう述べる。述べながらワインを飲む。その顔はお世辞にも明るいとは言えないものであった。
「御足労でしたでしょうか」
「いえ」
 沙耶香はその言葉に首を横に振る。
「これも仕事ですので」
「左様ですか」
「はい。ですから御心配なく」
「そうですね」
 ここで若い男の声がした。
「妹さんでしたよね」
「!?」
 ロスアンヘルスはその声の方に顔をやる。沙耶香は見ない。そこには黒髪で顔の左半分を隠した青いスーツの男がいた。白いコートの裏地は赤でネクタイはスーツと同じ青だ。見ればアジア系の整った顔立ちをしている。陰のある印象の男であった。沙耶香は彼が誰であるのかよくわかっていた。
「貴方も呼ばれていたのね」
「はい」
 その男速水丈太郎は沙耶香に答えた。答えると共ににこりと笑ってきた。
「はじめまして、ローラ=ロスアンヘルスさん」
 速水はロスアンヘルスに声をかけてきた。
「速水です」
「ようこそ」
 ロスアンヘルスは速水に応えてきた。
「貴方が速水さんでしたのね」
「はい、お待たせしました」
 速水はコートの懐から一枚のカードを出して述べてきた。それは太陽のカードであった。タロットカードの大アルカナの一枚である。

 
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