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黒魔術師松本沙耶香 毒婦篇

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23部分:第二十三章


第二十三章

「あとこれね」
「何と」
 続いて出したのは宝石であった。様々な宝石を出してまた彼に手渡すのであった。そのうえでこう述べた。
「言っておくけれど本物よ」
「まさかこれだけのものを」
「それだけの価値があるということよ」
「ですがこれだけとなると」
「魔術師は気前がいいのよ」
 それ以上は言わせなかった。笑って差し出して受け取らせる。こうして話を終わらせて道観を後にするのであった。その道観を出た沙耶香はそのまま歩いて金山区に向かった。そこにあるまるで宮殿の様に巨大な屋敷の前に来た。するとその屋敷の門が自然に開いたのであった。
「わかっていたようね」
「お待ちしていました」
 すぐに黒い服にサングラスの如何にもといった感じの屈強な男達が出て来た。そうして沙耶香の左右に立って深々と頭を垂れて一礼するのであった。
「待っていたのね」
「左様です」
「御主人様が」
「そう。私が来るのはわかっていたと」
「そうよ」
 男達に応えていると前から声がした。ふと見ればそこにはもう妖鈴が立っていた。やはりあの黒いチャイナドレスを着飾り化粧で整え妖艶な笑みを浮かべていた。その顔で沙耶香に対して声をかけてきたのであった。
「貴女の気配をこの屋敷の周りでもしきりに感じたから」
「そう、わかったのね」
「貴女だけれど貴女ではないわね」
 後ろに黒い清代のそれを思わせる屋敷が見える。妖鈴はその前に立っている。そこから沙耶香に声をかけているのである。
「違うかしら」
「ええ、そうよ」
 そして沙耶香もそれに答える。
「あれは私の影達よ」
「分身ではないのね」
「近いけれどまた違うわ」
 分身ではないと答えた。
「そちらも使えるけれどまた違うものよ」
「そうだったの」
「影は私自身」
 沙耶香は述べる。述べながらゆっくりと前に出る。そうして門をくぐる。すると男達がその門を閉めてしまった。ズシリと重い音が背中に響く。沙耶香はその音を聞きながら妖鈴に対して話すのであった。
「私であって私でないものよ」
「言うならばもう一人の貴女ね」
「そういうことよ。そして」
 言葉を続ける。続けながら右手を上に掲げる。するとそこに光が宿る。黄金色の光であった。
「思ったより気が早いわね。もうはじめるのかしら」
「いえ」
 その言葉は首を少しだけ横に振って否定する。
「そのつもりはないわ。ただ見せたいだけ」
「見せてくれるのは影ね」
「ええ。こうすれば」
 答えながら光を輝かせ続ける。光はそれ程強くはない。それにそれが沙耶香の手を離れ宙で輝くとまた別の光を出す。そうしてその光達が沙耶香の影を幾つにも映し出すのであった。
「影は幾つにもなるわね。つまり」
「貴女もそうして幾人にもなるというわけね」
「これでわかってくれたわね」
「ええ」
 沙耶香の言葉に妖しい笑みのままで答える。答えながらその左手に白い木に紫の絹の扇を出す。それで己を優雅に扇ぎながら話を聞いていた。
「わかったわ。面白い術ね」
「他にも色々とあるのだけれどね。これはお気に入りの一つよ」
「それだけのものはあるわね。それじゃあ」
「はじめるのね」
「今度は私が見せる番だから」
 妖鈴は述べる。
「だからよ。じゃあ行くわよ」
「わかったわ。場所としては申し分ないわね」
 前には豪奢な屋敷があり周囲は牡丹の花で満たされている。紅い牡丹もあれば白い牡丹もある。色様々な牡丹達が咲き乱れその香りが漂う中で二人は対峙しているのであった。
「私はこうした場所で美女と語り合うのが好きなのよ」
「気に入ってもらって何よりだわ」
 妖鈴はそれに応えながら今度は右手に白い牡丹を出した。それが術によるものであるのは言うまでもない。
「私も牡丹が好きだから。嬉しい言葉よ」
「牡丹とは合わないでしょうけれど」
 沙耶香は沙耶香で花を出してきた。それは薔薇であった。紅薔薇を出したのであった。
「私はこれを使わせてもらうわ」
「薔薇ね」
「ええ」
 妖鈴の言葉に頷く。
「無粋だったら悪いけれど」
「別にそうは思わないわ」
 沙耶香のその言葉はやわりと否定してみせた。
「牡丹と薔薇なら釣り合いが取れているわ」
「そう言ってもらえると有り難いわ」
「それじゃあはじめましょう」
「わかったわ。それじゃあ」
 沙耶香はその紅薔薇を放り投げた。それは忽ちのうちに散り花吹雪となった。そうして辺りを覆っていくのであった。
「それは見せてもらったわね」
 妖鈴は動かない。そのまま牡丹と扇を持ったままで紅い吹雪を見ているだけであった。
「豫園で」
「そうだったわね。傀儡の目を通して」
「何時見てもいいものだわ。ただ」
 目が光る。黒く妖しく光った。
「私には一度見たものは通用しないのよ」
「そう」
 沙耶香はそれを聞いても驚かないのであった。平気な顔で薔薇の吹雪の中に立ち妖鈴に応えるのであった。
「じゃあどうやってこれを破るのかしら」
「その為にあるのがこの白い牡丹」
 沙耶香を見据えて微笑みながら答える。
「これで。さあ行くのよ」
 牡丹に告げて投げる。それは白い矢となって沙耶香に向かう。
「薔薇の吹雪を消して貴女の世界を作りなさい」
「そう来たのね」
 沙耶香は自分に白牡丹が向かって来ても動きはしない。ただ見ているだけであった。
「わかっていると思うけれどこの紅い薔薇は」
「わかっているからこそ白牡丹を投げたのよ」
「白牡丹を」
「そうよ」
 目を細めさせて沙耶香に述べる。
「どういうことかわかるかしら」
「詳しいことはわからないわ」
 沙耶香は牡丹と妖鈴を交互に見ながら答えた。
「ただ一つわかることは」
「何かしら」
「その牡丹が私の紅薔薇を打ち破ることができるものであるというだけ。それだけよ」
 そこまで言うと右手の親指と人差し指を鳴らした。するとそれで薔薇達は降り庭を紅にした。そうして牡丹だけにしたのであった。
「この薔薇は穏やかだけれど確実に浸透していく毒」
「そうだったわね」
 妖鈴はもうそれを知っている。沙耶香はそれをまた確かめたのだ。
「それは知っているわ」
「ではその白牡丹は」
「察しがついたようね」
「毒を消すにはより強い毒を」
「そうよ」
 沙耶香に言う言葉はそれであった。
「この白牡丹は即効性の。しかも猛毒よ」
「そう、やはりそうだったのね」
「紅薔薇の穏やかな毒は打ち消してしまうわ。当然蒼薔薇のそれもね」
「もうそれもわかっているのね」
「ええ。さあどうするのかしら」
 その言葉の間にも牡丹は沙耶香に迫っている。早急に手を打たなければならない状況なのは言うまでもない。沙耶香はここではまずは黄薔薇を出した。それで己の周りを覆った。
「まずは護りね」
「念の為にね。けれどこれだけではないわ」
 その通りだった。これで終わらせるつもりはなかった。沙耶香はさらに黒薔薇を出した。妖鈴はそれを見て彼女が何をするのかを察した。
「そう。それでなのね」
「同じ性質のものは打ち消し合うものだ」
 沙耶香は言う。
「そうだったわね。だからこそ」
「その通りだけれど上手くいくかしら」
「この薔薇の毒を甘くみないことね。それに」
「それに?」
 沙耶香に対して問い返す。
「黒は白に勝つものよ」
 根拠はないように見えてそれでいて非常に説得力のある言葉であった。
「必ずね。それを忘れないことね」
「その逆ではなかったかしら」
「今はそうよ」
 あえてこう言ってみせる。
「最悪打ち消すわ。これでね」
 そこまで言って黒薔薇を投げた。それは手首のスナップだけを利かせた軽いスローイングであったがそれでも的確かつ素早く白牡丹に進む。そうして黒と白が打ち合った。
「むっ」
「上手くいったわね」
 二人は打ち合う二つの花を見てそれぞれ声をあげる。妖鈴は表情を変えずに沙耶香は口元だけで微笑んで。黒薔薇と白牡丹は打ち合いそれで互いにその花を散らしたのであった。
「私の予想通りだったわ」
「それぞれの毒は互角だったようね」
「そうね。私はこれで三つの薔薇を使ったけれど」
 そう言いながら今度は蒼薔薇を出すのであった。四つめの薔薇であった。
 
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