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黒魔術師松本沙耶香 仮面篇

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31部分:第三十一章


第三十一章

「終わりか」
「ええ。早かったかしら」
「また随分とな」
 沙耶香はあの店で老婆と話をしていた。その妖艶な笑みには変わりがない。
「相変わらずじゃのう、それは」
「仕事は早く終わらせる主義よ」 
 沙耶香は妖艶な笑みをそのままにして彼女に答えた。
「だって。長く続けていても意味がないじゃない」
「まあそうじゃな」
 老婆もそれに頷く。
「わし等の仕事はそうじゃ」
「そうよ。情事とは別」
 それについて言及してみせる。
「長く続けても楽しくとも何ともないわ」
「情事は別なのじゃな」
「時と場合によるけれどね」
 そこは臨機応変であった。美女や美少女を口説く場合にも使い分ける。
「その辺りは」
「酒もか」
「そうね」
 酒もまた同じだと。言ってみせた。
「時間をかけて飲むのが一番いいわね」
「それもかなりの量をか」
「幾ら飲んでも酔えるだけ酔えるからいいのよ」
 妖艶な笑みに少し楽しみが宿った。
「お酒もまた」
「そうじゃのう。特に御主はな」
「ええ」
 笑みが深くなる。それを自覚したうえで言葉のやり取りを楽しんでいるのであった。
「そうね。それはかなり好きよ」
「ふむ、素直なことじゃ」
「私は時に応じて素直よ」
 あくまで時に応じてである。その時とは。
「私が望む時にはね」
「ほほほ、今も素直じゃのう」
「褒めてくれて嬉しいわ。それじゃあね」
「うむ。帰るのか」
「ええ。その前に」
 沙耶香はここで懐から何かを取り出してきた。それは。
「仮面か」
「ええ、プレゼントよ」
 それを老婆に差し出して笑うのであった。
「お土産よ」
「お土産というと日本のか」
「そうよ、能面っていうの」
 見ればそれは白い女の顔であった。何か不気味な笑みを浮かべている中年の女の顔を再現した面であった。紛れもなく能面である。
「日本の文化が好きだったわね。だから」
「ふむ」
 老婆はその能面を見た。そのうえで述べるのであった。
「これはまた。面白い仮面じゃのう」
「気に入ってもらえたかしら」
「まあのう」
 沙耶香に応えて頷く。
「気に入ったわい。これはよいものじゃ」
「気に入ってもらえて何よりだわ」
「しかし。これはまた随分」
 老婆はその能面を手に取って見ていた。そのうえで述べるのである。
「よくできておるわ。本物の女の顔のようじゃな」
「この仮面は特別なのよ」
 沙耶香はうっすらとした笑みで老婆にそう答えた。
「人の心を描いた仮面だから」
「人の心をか」
「仮面は人の顔を隠すもの」
 その笑みのままでの言葉であった。
「けれど。人の心を描いているものでもあるわね」
「そうじゃのう。言われてみれば」
 老婆も彼女のその言葉に納得して頷くのであった。
「その通りじゃ。仮面は隠しているようで隠してはおらぬわ」
「心は隠せないもの」
 沙耶香は言う。
「仮面でもね。むしろ仮面にこそ現われるものなのかもね」
「難しいものじゃな。そこは」
「そうね。醜いものも美しいものもあるのが人だから」
 彼女はまた述べる。
「それが出るっていうのは本当に怖いわね」
「確かにな。だから仮面は怖い」
「その仮面も怖いでしょ」
 沙耶香は能面に言及した。
「見れば見る程」
「ふむ」
 老婆は沙耶香の言葉に誘われるままに能面を見続けていた。とりわけその目を。
「口元は笑っているが目はかなり恐ろしいな」
「目も笑っているけれどね」
「そうじゃが。どうにも」
 老婆は女の笑みに恐ろしいものをさらに感じだしていた。それは見れば見る程恐怖を感じるものであったのだ。彼女にもわかってきた。
「怖いのう。笑っておるのに」
「それがその仮面の怖さなのよ」
 沙耶香は笑って述べる。秘密を隠したような笑みで。
 
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