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黒魔術師松本沙耶香 仮面篇

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29部分:第二十九章


第二十九章

「悪いけれど見当違いだよ」
 だが声はもう下にあった。道化師もある程度は読んでいたのである。
「それだけなんだ。つまらないな」
「私はさっき言った筈よ」
 しかしそれでも沙耶香の落ち着いた様子は変わりはしない。
「私は。これだけではないってね」
「じゃあ。どうなるのかな」
 道化師の声がまた沙耶香に問う。
「これから」
「見ているのよ」
 翼をなくした沙耶香はそう道化師に告げる。
「これからの魔術を。これこそが」
「これこそが?」
「私の魔術。さあ羽根達よ」
 その手に出したのは黒百合だった。球場の前で出したあの百合である。
「その真の姿を。今ここに」
「真の姿?」
 道化師はそれを聞いて言葉に疑問符をつけた。その時だった。
「そうよ。これが」
 黒百合を手にした右手を前に掲げると。今まで上にあった羽根達が落ちてきていた。それは沙耶香の周りで突如として姿を変えたのであった。
 羽根達が蝶に変わる。黒いアゲハに。そうして沙耶香の周りを舞うのであった。
「蝶!?」
「そうよ。これが私の翼のもう一つの姿」
 黒い蝶達を周りに漂わせてその中で笑う。闇の中をさらに黒い漆黒の光達が舞っていた。
「黒い蝶達。これで貴方は私に勝てはしなくなったわ」
「わからないね」
 道化師の声はそれを聞いても一向に驚いた様子を見せないのであった。
「そんなもので。僕を倒せるなんて」
「倒せるわ。それも確実に」
「ふうん」
 とても信じてはいない声だった。
「そうなんだ。それじゃあ」
「いらっしゃい」
 沙耶香は声でも誘った。
「この黒い蝶達の中へ。さあ」
「云われなくても行くよ」
 道化師の声が答えた。
「今からね」
 妖気が動いた。それは下から迫る。あとほんの一瞬で沙耶香を切る。その瞬間であった。
「!?」
 道化師は姿を現わして動きを止めた。その身体の周りにその蝶達がまとわりついていたのである。
「これは・・・・・・一体」
「かかったわね」
 道化師は沙耶香の真下にいた。彼女はその彼を見下ろして笑っていた。
「この蝶達も魔術の蝶達よ。それも」
「それも?」
「黒い炎達の化身」 
 それを今告げた。
「心を持ってね。そして」
「そして?」
「私の側に近寄る存在に集まり燃やし尽くす。何処までも」
「そうだったんだ」
「ええ。そうよ」
 黒百合を手にして答える。百合は彼女の口元にあった。
「迂闊だったわね。それに気付かなかったのは」
「そうだね。ところで」
「何かしら」
 沙耶香は道化師の声に応えた、見れば彼の身体は既に蝶達にまとわれていて身体のあちこちがもう黒い蝶達に燃やされだしていた。
「その百合は何かな。気になっているのだけれど」
「私に貴方のことを教えてくれた花よ」
「僕のことを?」
「そうよ」
 百合を手許にかざしたまま述べるのだった。
「スタジアムでのことは覚えているかしら」
「勿論だよ」
 道化師はこの期に及んでも誇りを失ってはいなかった。それは彼の性格故であろうか。
「そこにあるけれど。その時のコレクションがね」
「そう」
 沙耶香はそれは見ようとしなかった。声で応えるだけであった。
「見ないんだ」
「別に。興味はないから」
「残念だね。折角見せてあげる為に出したのに」
「悪いけれど。遠慮させてもらうわ」
 そう道化師に告げる。
「それでスタジアムのことだけれど」
「それは話したじゃない」
「違うわ。その時のことを調べさせてもらったのよ」
 既に道化師の身体のあちこちが黒い炎に包まれだしていた。彼はその中で燃えてそのまま消えようとしていた。だが彼はそれでも平気な様子であった。
「この黒百合で過去を見たのよ」
「時間を知る魔力なんだね」
「ええ」
 黒百合を口の前にしたままでまた答えてみせる。
「そうよ。それで貴方のことは全てわかっていたのよ」
「ああ。だからなんだね」
 道化師はそれを利いてわかった。
「僕のことが全部わかっていたから。だから」
「敵を知る前に、よ」
 沙耶香は告げた。
「そうでなかったら。私は貴方に勝てはしなかったでしょうね」
「別に勝たなくてもよかったのに」
 負け惜しみの言葉である筈だがそうではなかった。何故なら道化師は今出したこの言葉にさえも笑みを含ませていたからである。
「もっとコレクションが欲しかったから」
「それも終わりね。悪いけれど」
「仕方ないね」
 それで終わりであった。
「僕の過去のことから僕を全部知っていたなんて」
「貴方がこれから狙う相手も。その戦い方も」
「わかっていたんだ。何でもわかるなんて凄いよ」
「そうよ。私は凄いのよ」
 目が細まる。絶対の自信に満ちた笑みを浮かべたのだ。
「この世で最も美しく。そして」
「そして?」
「偉大な黒魔術師なのよ。その私に出会えたことを感謝しなさい」
「そうかもね」 
 道化師は沙耶香の今の言葉に頷いた。自然な感情で。
「じゃあ。最後にそれを覚えておいて」
「行くのね」
「うん。じゃあこれで」
 道化師の服が黒い炎に完全に包まれた。そうしてそれは瞬く間に消えてしまった。
 
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