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黒魔術師松本沙耶香 仮面篇

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27部分:第二十七章


第二十七章

 その前を進む彼女の前に。人影が姿を現わしてきた。
「約束通りだね」
「そうね」
 その人影に対して答えてみせた。
「少し早いかなとも思ったけれど」
「別に。それはないよ」
 人影はそう沙耶香に答えた。
「だから。安心していいから」
「そうなの。じゃあ安心させてもらうわ」
 微かに笑って言葉を返した。
「安心してくれたら嬉しいよ。それにしても」
「何かしら」
「どうも僕のコレクションの前にいつもいるみたいだね」
 人影はそう沙耶香に声をかけてきた。
「それはどうかな」
「ええ、そうよ」
 微かなものをもう少し深めた笑みになる。その笑みでまた述べてみせた。
「貴方がどの娘を欲しいのかわかっていたから」
「おかげで。穢れのない人がいなくなってしまったよ」
 人影は残念そうに沙耶香にそう告げた。
「困ったことよ」
「そうかしら」
 だが沙耶香はその言葉には懐疑的に言葉を返してみせた。
「人なんてものは大なり小なり穢れているものよ。それと共に清らかなものでもあるのよ」
「清らかなんだ」
「ええ」
 笑みの色が変わった。今語っている言葉そのものを楽しんでいるのがわかる。
「そうよ。さっきの彼女もまた」
「あの黒人のだね」
「見ていたのね」
「悪いけれどね」
 今度は人影が笑った。
「見ていたよ。ホテルで楽しんでいたね」
「楽しませてはもらったわ」
 だがそれだけではないと。口で述べていたのであった。
「身体も。心も」
「けれど。あの水晶は」
「どうだったかしら」
 あの黒水晶の薔薇のことだ。相手はそれも知っているのであった。
「私としてはいいプレゼントだと思うけれど」
「そうだね」
 人影もそれを認めるかのような言葉を漏らした。
「悪くはないね。水晶は清らかなものでもあるし」
「黒い中に微かに清らかさがある」
 沙耶香の言葉であった。
「それがあの水晶よ」
「粋だね。けれどおかげで僕は彼女にも手を出せなくなったわよ」
「お詫びはするわ」
 沙耶香は人影に対して告げた。
「ちゃんとね。何がいいかしら」
「それは一つしかないよ」
 不意に人影の身体から妖気が漂いだした。それはすぐに辺りも覆い尽くしてしまった。
「一つしかね」
「それじゃあ。はじめるのね」
「うん」
 声が笑っていた。その声で沙耶香に答えてきた。
「それじゃあ。まずは」
「まずは。何かしら」
「僕のコレクションを見せてあげるよ」
 そう言うと人影から見て右手を指し示してみせた。するとそこには無数の顔があった。
 それが何なのか。もう言うまでもない。黒がかった煉瓦の壁一面に美女の顔が生えていた、いや貼り付けられていたのである。
「どうかな。これで全部だけれど」
「思ったより少ないのね」
 沙耶香はそれを見ても一向に表情を変えはしない。涼しい様子であった。
「見たところだけれど」
「大切なコレクションだからね」
 人影は楽しそうに笑って言うのだった。
「選ぶんだよ」
「そう。選りすぐりなのね」
「そうなんだ。だから言ってるじゃない」
 楽しげに仮面を眺めながら述べる。如何にも自慢げであった。
「完全に清らかかそうでないか。どちらかしか僕は手に入れないから」
「そうだったわね。思い出したわ」
「わかってくれたら。さあ」
 人影はすっと左に動いた。そうして。
「行くよ」
 フードが掻き消えてそこから道化師が姿を現わした。あの笑った仮面が再び沙耶香を見据えてきたのである。
 道化師は姿を現わすと共に消えた。まるで夜の闇に消えるかの様に。
「今度は別の消え方なのね」
「そうだよ」
 沙耶香はその場所から一歩も動きはしない。そこから道化師の声を聞くだけである。
「同じことをしても面白くないじゃない」
「そうね。こちらもそうしてもらわないと楽しくはないわ」
 相変わらず動かずに述べるのだった。
「さて。どう隠れたのかしら」
「それは内緒だよ」
 楽しげな含み笑いの声が闇の中に響く。
「悪いけれどね」
「そう。じゃあいいわ」
 それ以上聞こうとはしなかった。沙耶香としてもそれならそれでやり方があるからであろうか。
「それなら私は」
「何をするつもりかな」
「一つ言っておくわ」
 その両腕に紅い稲妻を宿らせながら言うのだった。
「貴方のコレクションには一切手をつけないから」
「そう。紳士的なんだね」
「生憎だけれど私は女だから」
 紳士という言葉はこれを根拠に笑って否定した。
「けれど。それでも好きでないやり方があるのよ。それは」
「奇麗なものを壊すことかな」
「そうよ。確かにこの顔達は美しいわ」
 仮面達を横目で見ながら述べる。そこにある仮面はどれも確かに美しい。死相になってしまっているがそれでも美貌はそのまま残っていたのだ。
「壊すには。あまりに忍びないわ」
「嬉しいよ。そう言ってもらえると」
 道化師は姿を消したまま述べる。
「じゃあ。どうしてあげようかな」
「そうね。どう来るのかわからないけれど」
 稲妻を宿らせたまま両腕を上に掲げた。そうして。
「とりあえず。これをあげるわ」
 稲妻を一気に上に放つ。紅い光が天を包んだ。
「んっ!?」
「姿が見えないのには理由があるわよね」
 沙耶香は上を見てはいなかった。正面を見たまま上に稲妻を放っている。そのままで笑っているのであった。
「一つは完全に周囲に同化する」
 昨日に教会で戦った時でのあれである。あの時道化師はカメレオンの様に周囲の色に完全に同化していた。それで姿を見せなかったのである。
「そして他には」
「他には?」
「相手の見えない場所にいる。それね」
「わかったんだ」
 不意にまた声がした。
 
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