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黒魔術師松本沙耶香 仮面篇

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25部分:第二十五章


第二十五章

 ここはかつては独立した市であった。だが十九世紀末にニューヨーク市に組み入れられてニューヨークの一区となったのだ。人口はニューヨークの区の中では最も多く歴史も十七世紀のオランダ時代からのものがあり文化的にも実に深いものがある。彼女はそのブルックリンに足を踏み入れたのであった。
 マンハッタンとも郊外とも違う。当然ブロンクスとも違う。ブルックリンにはブルックリンの色がある。その色の中で黒い堕天使が足を進める。またここは桜でも有名である。季節ではないので今は咲いてはいないがその川沿いにある桜の並木道を進んでいた。
 ビジネスマンやランニング、ウォーキングを楽しむ市民達と擦れ違いながら先に進む。川沿いには出店も並んでいる。クレープやポップコーンといった食べ物だけでなくアクセサリーも売られている。その中でフードを被り店の中で蹲る男がいた。見れば仮面を売っている。
「少しいいかしら」
「はい」
「まさかここにいたとはね」
 フードの奥の顔は見えない。だが気配で誰なのかわかっていたのだ。沙耶香はフードの男を見て満足気に笑みを浮かべていた。
「それは何かの罠かしら」
「悪いけれど違うよ」
 男は笑って沙耶香にそう述べてきた。
「単なる暇潰しさ」
「そうね。こちらの世界には本来いない貴方がこちらの世界のことをする意味がないものね」
「そういうこと」
 男はクスクスと笑って答えた。
「わかってるじゃない」
「わかっているついでに聞きたいけれど」
 また男に尋ねた。
「今度は何かな」
「このお面は。違うみたいね」
「本当の『作り物』だよ」
 またくすくすと笑って沙耶香に述べてみせた。
「残念かな。それとも予想通りかな」
「予想通りよ」
 それが沙耶香の返答であった。
「そう答えると思っていたわ」
「そうなの」
「ええ。貴方にとってあれは大切な宝物だから」
「わかってるじゃない」
 男はその言葉を聞いて声をさらに楽しげなものにさせた。
「そうだ。僕は宝物は自分だけのものしておくんだ。だから」
 顔を見せてきた。やはりその顔は仮面であった。あの笑みと涙が同居する仮面であった。その仮面で沙耶香を見据えてきたのであった。
「ここにあるのは。何もないよ」
「じゃあ。いいわ」
 それを聞いて通り過ぎようとする沙耶香であった。
「いいんだ」
「いいわ。貴方の欲しい仮面は皆先に頂いているし」
「わかっていたんだ」
 道化師はそれを聞いて自分の前を通り過ぎようとする沙耶香に声をかけた。沙耶香は道化師に目もくれずに前を進む。足はそのまま進めているが口元にはあの妖しい微笑みを浮かべていた。
「貴方はただ仮面が欲しいだけではないのね」
「奇麗なだけじゃ僕は認めないよ」
 仮面に笑みを浮かべて述べる。
「穢れがないとね。嫌なんだ」
「だったら余計に私は無理だと思うけれど」
 道化師の前を通り過ぎて述べた。
「そこはどうなのかしら」
「お姉さんはまた特別さ」
 一度聞いただけではわからない言葉であった。
「それだけ穢れも悪も知っていると。かえって欲しくなるんだ」
「完全なる聖か完全なる邪ね」
「うん」
 楽しく笑った声であった。
「そうだよ。僕が欲しいのはそのどちらか」
「そう。じゃあ今夜ね」
 道化師に対して告げた。
「今夜会いましょう。それじゃあ」
「またね」
 道化師と別れてそのまま足を進める。沙耶香が今度来たのはかなり昔からあるような煉瓦の倉庫であった。車が並んで止められているそこには誰もいない。いるのは沙耶香だけであった。先に進んでいくとやがてそこに一人の美女がいるのに気付いた。
 
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