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黒魔術師松本沙耶香 仮面篇

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1部分:第一章


第一章

               黒魔術師松本沙耶香  仮面篇
 繁栄と退廃の中にある魔都東京。そこから今一機の飛行機が飛び立った。夜の魔都に別れを告げその飛行機はそのまま空へと消えていく。
「これで暫くはお別れね」
 その中にいる一人の美女が下を見下ろして一言呟いた。そこにあるのは夢幻から浮き出たのかと思われる広く美しい夜景だった。見渡す限り光が瞬きその光の色も白もあれば赤も青もある。まるで無限の宝玉を夜の闇の中に散らばめたような、絵画でもこれ程のものではないだろうと思える美しい夜景だった。
 それを見下ろしているのは黒い美女だった。黒いスーツとズボンの下に白いカッターと赤いネクタイを身に着け黒く鴉の羽根を思わせる漆黒の髪を上で纏めている。唇は小さく赤く白く面長の顔はまるで彫刻の様に整っている。とりわけ切れ長の奥二重の目が印象的でありそこにある瞳はブラックルビーの妖しい光を放っていた。
 この女の名は松本沙耶香という。東京、いや日本においてとりわけ名を知られた魔術師でありその魔力と美貌、漁色で知られていた。今彼女はその興味を夜景に向けていたのだ。
「麗しの魔都とも」
「あの」
 その彼女に声をかける者がいた。
「お客様」
「何かしら」
 声のした方に振り向く。声は日本語であった。
「サービスは何が宜しいでしょうか」
「サービスね」
 声をかけてきたのはスチュワーデスであった。黒く整った制服に赤と青、白のスカーフ、何よりも黒いストッキングが艶めかしい。顔もまだ幼さが残りながらも整っておりスチュワーデスの制服からも見事な容姿がわかる。彼女を見ていると沙耶香はいつもの悪い癖を感じずにはいられなかった。
 だが今はあえてそれを隠した。それで彼女に言うのだった。
「紅茶がいいわ」
「紅茶ですか」
「ええ。それもロイヤルミルクティーを」
 その切れ長の目を細めさせて述べた。
「頼めるかしら」
「はい、それでしたら」
 スチュワーデスは素直に応えてきた。
「すぐにでも」
「すぐでなくてもいいわ」
 沙耶香は目を細めさせたまま言葉を続ける。
「だって。時間はたっぷりとあるのだから」
「そうなのですか」
「ニューヨークまでは。長いわよね」
 そう言いながらスチュワーデスを見る。何処か狙う目になっていた。
「だからよ。別に焦らないわ」
「はあ」
「それでね」
 沙耶香はまた言う。
「ゆっくり用意してくれていいから」
「本当に宜しいのですか?」
「真面目ね」
 くどいまでに念を押す彼女に対してくすりと笑ってみせてきた。
「私がいいって言ってるのよ。だから」
「わかりました。それでは」
「ええ」
 スチュワーデスはそのまま奥へと去って行く。沙耶香は彼女の見事な歩き方とその後姿を見て一人呟くのだった。
「旅の途中のおやつは決まったわね」
 くすりと笑って言う。そうしてまずは空の旅を心ゆくまで楽しむのだった。
 アンカレジに着く。そこで沙耶香は一旦席を立った。そのまま機内の後ろに向かうのだった。
「少しいいかしら」
 先程のスチュワーデスに声をかける。見れば他のスチュワーデス達は休憩で機内から出てしまっており彼女だけが残っていた。その彼女がいるのを見計らってここまで来たのである。
「はい?」
「少し話があるのだけれど」
「私に、ですか」
「ええ」
 目元と唇の両端を微かに笑わせる。何処か仮面を思わせる妖しい笑いであった。
「いいかしら」
「はい」
 ここで彼女は自分の責務を優先させた。休憩に入るつもりだったが客である沙耶香を優先させたのだ。これもまた沙耶香の読みのうちであった。
「一体何の御用件でしょうか」
「少し時間が欲しいの」
 そう述べると右手を少し掲げた。そうして親指と人差し指をぱちんと鳴らした。すると部屋のカーテンがさっと閉まった。これで沙耶香と彼女は外から完全に見えなくなった。
「カーテンが」
「些細なことよ」
 沙耶香は驚く彼女に対してうっすらと笑って述べた。
「こんなことは」
「ですが」
「それよりも」
 心をそちらに向け続ける彼女の心を自分に向けさせた。一歩すっと前に出たのだった。
 
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