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起きて半畳

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1部分:第一章


第一章

                      起きて半畳
 俗に苦労人と言われていた。またはケチとも狸親父とも言われていた。
 これが徳川家康の評判である。とりあえずこんなものだった。
 だが彼は天下人になった。関ヶ原の戦いに勝ち今や江戸城で征夷大将軍となった。その彼を天下人と認めないのは大阪の豊臣家だけだった。
 その彼を天下は誰もがその天下を完全に自分のものにしたと見ていた。それはこの江戸では殊更にそうであった。
 江戸は今まさに街になろうとしている。その急に街になろうとしている中で彼等は言うのだった。
「この江戸だってな」
「ああ、家康様のものだからな」
「そうだよな」
 彼等は口々にこう言うのだった。その急に街になっていく江戸の普請をしながら。
 江戸城もまた然りであった。城は急にできあがってきていた。諸大名を動員してそのうえで築城させている江戸城も今は出来上がろうとしているところで後の巨大な姿にはまだなっていなかった。その江戸城の本丸に彼がいた。その徳川家康その人がである。
 今彼は江戸城の己の部屋にいた。そこは緑の美しい畳が敷かれ一段上になっている場所に彼が座し下々の者達を見渡す場もあった。周囲はそれぞれ見事に絵が描かれた障子がある。金箔まで使われた実に見事な障子ばかりが並べられていた。
 そこに太った小柄な老人がいた。白い髷を上にしてやたらと丸い目を持っている。彼はその後ろに何人も連れている。そのうえで部屋を見回していた。
「殿、遂にですな」
「遂に天下を手中に収められましたな」
「手中にか」
 その小柄な老人徳川家康は後ろにいるその者達の言葉を聞きながら部屋を見回していた。そのうえで彼等の言葉を聞いているのだ。
「わしが天下を手中に収めたというのだな」
「はい、そうです」
「その通りです」
 供の者達はこのことを彼に話すのだった。
「実際にこうして将軍になられたではありませんか」
「源頼朝や足利尊氏と同じく」
 かつて幕府を開いた者達のことも出た。
「幕府も開かれましたし」
「まさに天下は殿のもの」 
 彼等は口々に言うのだった。
「後は豊臣を倒すだけです」
「そうすれば天下は完全にです」
「確かにわしは将軍になった」
 家康もそれは認めた。
「そして幕府も開いた」
「はい、ですから」
「天下はもう完全に殿のものです」
「さて、それはどうかな」
 ここで家康は足を止めた。そのうえで後ろの彼等に声をかけたのであった。
「天下はわしのものであるかな」
「ええ、後は豊臣だけです」
「豊臣さえ倒せば」
「豊臣のことを言っているのではない」
 だが彼はこう言うのであった。
「確かにまだ豊臣はおる」
「はい」
「その通りです」
 大阪にいる彼等はまだ健在であった。彼等を一体どうしていくのかがこの時の幕府の課題であった。何しろ天下にあるもう一つの権勢でありしかも莫大な富と多くの兵、堅固な城を擁していたからである。彼等を意識しないということは今までなかったのだ。
「ですから彼等がいますから」
「天下はまだ完全には」
「そうではないのじゃ」
 だが家康は彼等のその言葉を否定したのだった。
「わしが言っているのはそういうことではないのじゃ」
「といいますと」
「どういうことですか?」
「布団を持って来るのじゃ」
 ここで家康はこう言うのだった。
「布団をな。この部屋にじゃ」
「休まれるのではないですね」
「そうではありませんね」
「うむ、違う」
 そうではないと。こう答える家康だった。
 
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