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覇王別姫

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4部分:第四章


第四章

「ですから。もう私は」
「どうするのだ」
「ここで」
 こう言うと懐から何かを出してきた。それは短刀であった。
「刀。まさか」
「大王。先にお待ちしております」
 そう言うと共に短刀を両手に逆手に持って喉に突き刺した。鮮血が飛び散り虞は倒れた。それで全てが終わったのだった。
「これで・・・・・・あちらでも一緒ですね」
「済まぬ、虞よ」
 項羽はその虞の身体を抱いて呻く。もうその身体は冷たくなろうとしていた。
「わしは・・・・・・そなたに報いることはできなかった」
 項羽はこうして最後の宴を終えた。虞を葬り終えるとすぐに城を出た。残ったのは僅かに八百人。その八百人はただただ南に進む。朝になり城が空になったことに気付いた劉邦のところにすぐに報告が入った。
「項王の軍は南に向かっております」
「楚だ」
 劉邦は蒼白になった顔と声で呻いた。
「楚に向かっているのだ。ここで取り逃がせば」
「虎が再び力を取り戻します」
 横にいた張良が劉邦に言う。
「王よ、ここはすぐに」
「わかっている」
 劉邦は震える声で彼に答えた。
「すぐに追っ手を差し向けよ。よいな」
「はい」
「項羽を倒した者には一万戸をやる」
 つまり大諸侯にするということであった。
「そして金は一千だ。よいな」
「一万・・・・・・一千」
 皆それを聞いて驚きの声をあげる。褒美としてはあまりに破格であったからだ。
「よいな。だからすぐに行け」
 あらためて軍全体に指示を出す。
「そして見事項羽の首を持って来るのだ。よいな」
「わかりました」
 こうして項羽を追って大軍が動いた。項羽は彼等と戦いつつ南を目指す。八百騎が百になり遂には二十八になる。二十八になったところで最後の戦いと称して敵に向かい一勝を得た。それに満足しつつ遂に烏江のほとりに辿り着いた。そこではひなげしの花が橙色の光を満面に放ちかぐわしい香りを匂わせていた。そこには一隻の船があり初老の男が一人で立っていた。彼は項羽の姿を見つけるとすぐに彼の前に跪いて声をかけたのであった。
「大王よ、お待ちしておりました」
「楚の者だな」
「そうです」
 彼は顔を上げて項羽に答えた。今項羽の周りに残っているのは二十六騎だけであった。
「船にお乗り下さい。そして楚に戻りましょう」
「楚か」
 その言葉を聞いて江の向こうを見る。そこにうっすらと地が見える。楚の地が。
「そうです、楚です」
 男はまた項羽に告げた。
「江を渡ればもうそこです。他に船はありませぬ」
「ないのか」
「私が全て焼いておきました」
 それが項羽の為であるのは言うまでもない。
「あの地は矮小ですが千里四方の広さがあり人も数十万あります。再起の場所としては最適でしょう」
「再びか」
「はい、再び」
 顔を上げて項羽に告げてきた。
「漢軍が渡ることはできません。ですから」
「そうだな」
 項羽は彼の言葉に応える。自分をそこまで想い慕ってくれる者のことを知って嬉しかった。その彼のことを聞くことにした。
 
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