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【銀桜】7.陰陽師篇

作者:Karen-agsoul
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第8話「ソンナ強ク美シイモノニ私ハナリタイ」

 夕焼け色に染まる空の下でトントンとカナヅチがあちこちで鳴る。
 闇天丸との戦いで壊された結野家と巳厘野家の屋敷を術者式神総出で修復していた。
 勝手に江戸中の式神を解いたことで晴明の立場が危うくなるかと新八は心配したが、それは復活した闇天丸を倒すために、と幕府からのおとがめはなかったらしい。
 また邪神の復活は一千年を経て封印が弱まったことが原因だと巳厘野衆にも処断はなかった。
 今回の件は結野衆と巳厘野衆が共に力を合わせて闇天丸を調伏しただけのこと、と晴明は言う。
「誰かさんが大暴れしたせいで屋敷だけじゃない、結野と巳厘野の一千年にわたって隔てていた大きな壁も跡かたもなくブッ飛んでしまったわ」
 崩れた壁の間で笑い合う結野と巳厘野の陰陽師たちを見ながら、晴明が愚痴るように言う。だがその口元には僅かに笑みが浮かんでいた。
「まったくどう責任をとってくれる?」
「悪いな。ついでに何でもやってしまうのが、兄者の悪い癖なんだ」
 結野家の縁側に座る新八と神楽の隣で双葉がそっけなく答えた。
「これではクリステルをめとり、家督をつぐだけでは足りぬぞ」
「……お主、また政略結婚で悲劇を繰り返すつもりか。言っておくが、あんなだらしのない兄者を婿に 迎えた一族は滅びるぞ」
 鋭い視線を向ける双葉に、晴明は苦笑して言う。
「フン冗談じゃ。だがしばらくは家に帰れると思うな。一族あげての盛大な祝宴が待っておるぞ」
「そうか。ならその時はピザの用意を忘れるな」
 個人的な注文をしてから、双葉は姿の見えない兄を探しに出た。

* * *

「こんなところにいたのね。探したのよ」
 不意にかけられた声に振り返ると、結野アナが走り寄って来た。
「ありがとう」
「え?」
 突然お礼を言われるも、何の事かわからず、双葉は少しだけ首を傾ける。
「闇天丸から助けてくれたじゃない」
 そう言われ、さっきの言葉が闇天丸に捕まった時のものだと双葉は悟った。
「あの時のお礼ちゃんと言えてなかったから」
「あんなのは借りを返しただけだ。礼を言われる筋合いはない」
「借り?」
「万事屋で。式神が金棒投げた時の」
 手短過ぎる説明だが、すぐに結野アナは「ああ」と納得する。
「借りは返さなきゃ気が済まないんだよ」
「素直じゃないのね」
「……よく言われる」
 不器用な物言いに微笑する結野アナと無愛想に呟く双葉。こういうやりとりに関しては、やはり結野アナの方が一枚上手らしい。
「それにしても闇天丸の攻撃を跳ね除けちゃうなんて凄いわね。私びっくりしちゃった」
「お主が書いた術札だったからな。出来が良かったんだろ」
「術札の威力は作り主より使う本人の力が重要なの。邪神と戦えるぐらい発揮できたのって、双葉さん自身にかなりの霊感があったからだわ」
「もとよりお主から術札を貰っていなければできなかった事だ」
 素直に述べる結野アナの賞賛を裏返すように、冷めた声で告げる。
 実は会場へ行く前に一般人の双葉が陰陽師と戦えるようにと、結野アナからお札を貰っていた。
 双葉も銀時と同じく強力な霊感の持ち主とはいえ、修行をしていない彼女は陰陽術を自由に扱えない。闇天丸の光弾が襲った際に対抗できたのは、ひとえに術札を素人でも使えるように施してくれた結野アナのおかげである。
「でも本格的に修行すればきっと名のある陰陽師になれるはずだわ。ねぇ双葉さん、結野衆の陰陽師になってみない?」
「興味ないな」
「じゃあ坂田さんはどうかしら?兄様からけっこう強い霊能力者って聞いたわよ」
「やめておけ。兄者は根っからのサボリ魔だ。『それから3ヶ月経った』とか適当な修行ナレーションで誤魔化して、逃げるのを捕まえるのに手を焼くだけだぞ」
「フフ、お互い手のかかる兄様がいて大変ね」
 生真面目だが妹を焼き尽くすくらいの熱意を持つ晴明。
 無気力でだらしないほとんど甲斐性なしの銀時。
 どちらも世話の焼ける兄を抱え苦労する妹だ。
「そうだな。ま、手のかかる兄を持つ者同士頑張っていけばいいんじゃないか」
「そうね」
「……私はいつも照らされてばかりだけどな」
「え?」
「ところで天気アナ」
 急に冷めた表情になる双葉。
 いきなりの切り替え様に、何事かと結野アナは緊張して何も言えなくなってしまう。
 妙に真剣な目つきで双葉はこう言った。
「お主、ピザ好きなのか?」


「江戸で一番と言えば『ダベー』かしら」
「あそこは石窯焼きだから生地の焦げ具合もチーズのとろけ具合も最高と聞く。一度食してみたいと思っていた」
「グルメリポートで『オシオキピザ』食べたことがあるんだけど、とてもおいしかったわ」
「本当か?」
「ええ。チーズがパリパリしてて、他のピザと違うの」
「それは邪道だな。チーズは具材を包むようにとろけ、張るように伸びて千切れなくてはピザと言えん。ピザ好きならこれは鉄則中の鉄則だろ」
「そ、そうなの?」
 双葉と結野アナはガールズトークならぬピザトークで盛り上がっていた。万事屋に初めて来た時、結野アナがピザ好きであるのを双葉は覚えていたのだ。互いにオススメのピザやお店を言い合い話はどんどん弾む。――といっても一方的にピザのこだわりを双葉が語り、結野アナは少々引き気味に頷いてるだけだが。
「そういえば今度『大江戸万星博覧会』ってお祭りがあるんですけど、そこで宇宙中のピザが集まるブースがあるんですよ」
「それは本当か!?」
 結野アナの情報に、双葉は珍しく驚きの声を上げた。
 『万星博覧会』とは、宇宙各星の文化や名産物が展示され、同時に地球人だけでなく多くの天人が訪れる宇宙のお祭りである。その一大イベントが今度江戸で開かれるのだ。
 目障りだと思うくらいテレビで流れていたCMで知っていたが、そこに大好物が展示されると知って双葉は万星の話題に一気に惹きつけられる。
「ええ。そこでもグルメリポートするからとっても楽しみで」
「仕事でピザが食べれるとは羨ましい限りだな」
「一緒に来てくれれば、双葉さんも食べれるよう打ち合わせしておきますよ」
「いいのか?」
「もちろん。万事屋のみなさんも連れてぜひ来てくださいね」
 にっこり笑う結野アナのお誘いを受け入れ、表情には出さないが双葉はどんなピザが出るのか楽しみに万星博覧会を待つことにした。
「そういえば坂田さん見なかった?」
ピザトークに一区切りがついた所で、結野アナはすっかり忘れていた用件を双葉に尋ねる。
「兄者に何か用か」
「依頼のお礼……本当に何から何までお世話になったから」
「そんなものいらん。兄者なら、コレだけで十分だ」
 結野アナが手にする分厚い封筒を受け取らず、代わりに双葉が取り出したのは二枚のサイン色紙。それを見て何かを悟った結野アナは、快く頷いて色紙にペンを走らせる。
 そして結野アナは手慣れた手つきで書き上げ、二枚の色紙を双葉に差し出した。
 双葉はその色紙を黙って受け取ろうとしたのだが――
「ありがとう」
 唐突に言われた二度目の感謝に、双葉はまた疑問の声を出してしまう。
 闇天丸の件についてはさっき言われたし、もうお礼を言われるような事はしていないはずだ。
 伝え足りないと思ったのだろうか。だが、さっきと違ってお天気アナは妙にしんみりとしている。
 どうしたのかと戸惑う双葉に、結野アナは静かな笑みを浮かべた。
「……気づかせてくれて」
 その一言で全てを悟った。
 双葉は何も言わず、ただ黙って結野アナを見る。
「あなたが教えてくれなかったら、私一人でずっと笑ってるだけだった」
 いつからだろう。
 ただ雨に打たれるだけの日々を送るようになったのは。
 濡れているだけだったら、江戸の空も晴れることはなかっただろう。
「本当にありがとう」
 暗い陰を消し去って、改めて結野アナは天真爛漫な笑みを浮かべる。
 心から感謝された。
 双葉は照れるわけでも無視するわけでもなく、沈む夕陽へゆっくり視線を動かした。
「……笑顔は好きか?」
「ええ」
 脈絡のない質問でも結野アナはすんなり受け止め、自分の想いを語り始めた。
「一族は国や家柄を守るために、巳厘野家と争うことしかしなかった。江戸を守護するため、小さい頃から修行を積んできたけど、それじゃ何も護れないって思ったの」
「だから天気アナに転職したと」
 双葉の一言に結野アナは苦く微笑する。
「落ちこんだりする時があっても、市井の人々の笑顔を見れば不思議と元気が出たわ。だから私は天道の力で市井の笑顔を護るって決めたの。だけど結局励まされてばっかり」
「そんな事はないさ。お主は真っ当に己の目標を果たしている」
 素直に双葉はそう思う。
 毎朝テレビにかじりつく銀時や彼女に元気づけられる江戸の人々を見ればわかる事だ。
「それで、あなたはどうして?」
 目を輝かせながら結野アナは質問を返す。自分と同じモノが好きな人にとても興味があるのだ。
 しかし明るい調子で答えた結野アナとは裏腹に、双葉はどこか重い表情を浮かべた。
「勘違いするな。お主を見て懐かしくなっただけだ」
「え?」
「いたんだよ。昔、仲間の笑顔を護ると決めて闘った奴が」
「……その人、今どうしてるの?」
「さぁな。知ったことじゃない。……だがソイツは今でも笑顔が好きだと思うぞ」
 どこか切なそうに双葉は夕焼けを見つめる。
 暗さを潜めた物言いは気になったものの、結野アナはそれ以上聞けなかった。下手に深入りすれば今の雰囲気を壊してしまいそうな気がしたからだ。
「で、お主はこれからどうする?」
「もちろん、これからもお天気予報を続けるわ。応援してくれるみんなのためにもね」
 降板は決定していたが、批判を浴びても懸命に天気予報を伝える結野アナの姿に心打たれた視聴者から継続の声が殺到し、昔からの人気もあって無事にお天気お姉さんとして完全復活を果たすことになった。
 気を取り直して結野アナは、双葉と同じように彼方の空を眺める。
 嵐が去り、雲ひとつない空はとてもきれいなあかね色に染まっていた。
「市井の人々にも兄様にも笑顔が戻って本当によかった。でも……」
 ふいに結野アナの表情に哀愁が横切る。
「できるなら、あの人にも笑って欲しかった」
「ああ、残念だな。アイツにもこの空を見せたかったんだが」
 闇天丸とともに黒き陰陽師の姿は消えた。
 敵であったが、最期は一緒に戦った『仲間』だったのだ。
 その男の笑顔も見てみたかったと思うが、それはもう叶わない……はずだった。
「ほう、『アイツ』とは一体誰のことだ?」
 突然耳に飛びこんでくる男の声。
 驚いて振り向く双葉と結野アナが見たのは――

* * *

 結野衆の門を背にして銀時は歩き出す。
「どこへ行く気だ」
 振り返ると、双葉が普段の冷めた表情で立っていた。
「一族総出の祝宴が待っているそうだが」
「俺ァド派手にもてはやされんのは嫌いなの。帰るぞ」
「そうか。だが、ただでは帰らせてくれなさそうだぞ」
 頭に疑問符を浮かべる銀時は、双葉の視線の先を見る。
 そこには道の両脇に提灯(ちょうちん)を持った式神の鬼達がズラリと並んでいた。
「こいつぁ…」
「フハハハハハハハハ!恩人を手ぶらで返すが結野のやり方か」
 突然とび出す高飛車な笑い声。
 その方に目を向けると、なんとそこには消えたはずの道満の姿があった。
「ど、道満!?なっなんでてめーが生きてんだァァ!!てめーは……」
「届いたのだろう。みんなの想いが」
「ええ。道満さんを助けたいという想いが、彼から闇を吹き払ったんです」
「みんなの想い。しっかり道満(アイツ)も受け止めたアル」
 度肝を抜かれる銀時の隣で双葉が妙に澄ました表情で言い、身支度を整えた新八と神楽が二人に歩み寄る。
 一方で復活した道満は、さっそうに晴明と見栄を張り合っていた。
「借りた借りは必ず返すが巳厘野のやり方だ。者ども、奴らを盛大に見送ってやれ!」
「甘いな道満。見よ、結野の華麗なる見送りを!貴様ら外全の者どもとの違い思い知れェェ!!」
「晴明ィィィ!おのれェェェ貴様には負けぬぞォ!見よ!!超絶華麗なる俺の美技を!!」
「かたはらいたいわ道満ンン!見よ!!超絶スーパーハイパー華麗なるわしの美技を!!」
 道満が七色のオーロラを振りかざすと塀に立つ晴明が金色の不死鳥を舞い踊らせ、それに負けじとまたも道満は無数の妖怪を呼びだして、対する晴明も光輝くキツネやら火の玉やらを呼び出し、続いて道満は―以下略―と小学生みたいな喧嘩を繰り返す二人。
 仲が良いんだか悪いんだか分からないご近所トラブルに、銀時は口元を引きつらせながら双葉に聞く。
「オイ……アイツら。アレ、ホントに仲直りできたのか?」
「知らん。だがアイツらは、きっとあれでいいんだろ」
 興味なさげに双葉が言うと、銀時はフッと笑って再び門に背を向ける。
「行くか。たく、きれいな百鬼夜行だなコノヤロー」
 無数の妖怪たちが舞い踊り、鬼達の提灯が照らす道を銀時達は歩き出した。


 帰っていく万事屋一行を、晴明と道満と共に見送る外道丸と結野アナ。
 新しい主はどこまでも無鉄砲でバカな(おとこ)だった。
 けれど決して潰れない(タマ)を持ち、かけがえのない友達を助けてくれた。
「クリステル様。あっしは決して忘れないでござんす。あっしの大切なもう一人の主を」
「ええ。私もよ」
 大きく頷いて、結野アナは笑顔を贈った。
 江戸の雨雲を振り払ってくれた銀髪の侍に。
 心の暗雲を吹き飛ばしてくれた銀髪の女性に。
「ありがとう、雨宿り兄妹さん」

* * *

 帰り道。
 どこまでも続く百鬼夜行を歩く中で、ふと、双葉は振り返る。
「どうした双葉?」
 急に立ち止まった妹に気づいた銀時が声をかけると、双葉は物憂げに呟いた。
「なぁ兄者」
「ん?」
「アイツラは(たもと)を分かっても、また同じ道を歩むことができたんだな」
「そうさな……」
 銀時はそれ以上何も言わない。
 双葉も何も言わない。ただ、もう豆粒ほどの大きさしかない結野アナたちを見て思う。
 高杉と兄と肩を並べて歩いている時代(とき)があった。
 だが今はもうそれぞれの道に突き進んでいる。
 高杉は破壊の道に。兄は護る道に。
 決して交わることのない道を歩んでいても、また肩を並べて笑える日は来るだろうか。
 そう、今の晴明と道満と結野アナのように。
 結野衆と巳厘野衆は一千年も争っていた宿敵同士。
 けれど『江戸を護りたい』、その想いは同じだった。

【ワイ思うんよ】
【歩む道はちゃうても目指す場所は同じやて】
【目指す場所が同じやったらいくらでも仲直りできまっせ】

――なぁ岩田。本当にそうなのか。
――結野達(あいつら)のように私たちもまた同じ道を歩めるのか。
――……。
――高杉、お前はどこを目指してるんだ。
――お前の中には本当にこの世界を壊すことしかないのか。
――それなら私達はもう……。

「なにシケた表情(ツラ)してんだ。せっかくの百鬼夜行が台無しだろーが」
 頭を軽くはたかれて顔を上げると、同じように銀時が遠くの結野アナたちを見ていた。
「袂を分かとうがよ、切っても切れねェ縁ってのがあるだろ。それ手繰り寄せりゃ一緒に歩くぐらいできんじゃねーのか」

――手繰り…寄せる…。

 幼い頃からずっと同じ道を歩んでいた。
 しかし今の高杉は破壊の道へ突き進んでいる。
 『必ずお前を止めてみせる』――あの船の上で双葉は高杉にそう告げた。
 その(すべ)は未だわからない。
 けれど、彼の手を掴んで引き戻したい。
 壊れたまま戻ってこれない高杉の手を。
 また同じ道を歩みたいから。
 もう一度彼の笑顔が見たいから。

――手繰り寄せる、か。そんな糸が見えたら苦労はしないだろうな。
――昔は確かに繋がっていた。同じ想いがあった。
――あの時あった想いは今も高杉の中にあるだろうか。
――いや、例えなかったとしても兄者が言うそんな糸があるなら……

「……そうかもな」
「ほら、とっとと帰ェるぞ」
 面倒くさそうに言いながら歩き始める銀時。
 彼と肩を並べて歩く双葉は、ふいに愚痴をこぼした。
「それにしても、結局タダ働きだったな」
「いいんだよ。見てぇモンは見れたから」
 チラッと後ろを振り向いて、銀時は僅かに微笑んだ。
「そうか。ならコレはいらないな」
「ああ!」
 うっすら笑う双葉が懐から取り出したのは、結野アナのサイン色紙。
「テメーいつの間に!?それよこせ!」
「嫌だ。ネットオークションで高く売る」
「オィィィィ!!」
 飛んで掛かってくる兄をひょいとかわして双葉は走り出す。銀時もその後を全力で追いかける。
 本当はもう一つの懐に『銀時LOVE』と書かれた結野アナのサイン色紙を、双葉は隠し持っているが……それは後のお楽しみにして、今は走り抜けることにした。
 鬼たちの提灯が照らす百鬼夜行の道を。


=終=







=Thanks you for reading…= 
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