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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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6.羽ばたく時を信じて

 
前書き
前書きにおまけ

「エイナさんエイナさん!!アイズ・ヴァレンシュタインという冒険者の事を教えてもらえますか!?」
「………え~っと。参考までに、何でそんなこと聞きたいのカナ?」
「好きになってしまったからです!胸の奥で高鳴る想い……きっと恋に違いない!」
「帰りなさい。私は忙しい」
「えー!?」

 ベルはあっさりとギルドを追い出されてしまった。こいつ、アホである。
 段々とベル君がセカンドのユウと化してきたような……。 

 
 
「んん……イデアぁ……そんなに逃げなくても……くかー」
「まだ会ってもない女の子の尻を夢の中で夢中に追いかけ回すとは……珍妙にも程があるんじゃないか、リングアベル?」

 疲労から眠っているリングアベルの頬を、ヘスティアはぺちぺち叩いた。一瞬眉にしわが寄ったが、それでもしばらくは起きる気がないらしい。まぁ、ミノタウロスに薙ぎ飛ばされておいて勝手にウロウロされるとそれはそれで困るのだが。
 どことなく幸せそうな寝顔のリングアベルだが、受けたダメージは決して浅くはない。傷はポーションで塞いでいるが、体力的な消耗はかなりのものだ。

 リングアベルは半日ほど前に一度目を覚まし、その時に話が出来た。あわやファミリアを二人とも失う所だったヘスティアは、ベルも勿論だが無茶したリングアベルも盛大に叱り飛ばした。結局、二人とも反省していたためにあまり強く叱れなかった。
 その後リングアベルは食事を要求したり、騒ぎを聞きつけたギルドの語尾がカタカナの受付嬢がどこからともなくやってきてごはんアーンを敢行したり、ミノタウロスに投擲した槍が破損したことを知り少し寂しそうにしたり、果てはベルの一目惚れ話を聞いて「俺を差し置いて美女とお近づきに!?ずるいぞッ!!」と叫んだりいつも通りの態度を見せ、少し前に眠ってしまった。

 ひょっとしたら、そんなの調子は良くなかったのに格好つけて無理していたのかもしれない。
 リングアベルならあり得るな、と少し口元が緩んだ。

「神様。イデア……って、誰ですか?」
「リングアベルがゾッコンな女の子さ。直接会ったこともないんだけどね?」
「会ったこともない女の子に既に惚れているとは……さっすがリングアベルさん!僕なんか漠然と出会いたいとしか考えてなかったのに、名前まで把握してるなんて!」
「順調に毒されているようで結構だね………はぁ~」

 こんなでも、ヘスティアにとってリングアベルとベルはすごく良い子なのだ。

 リングアベルは女の子にだらしないしどこか飄々としているが、忠告は聞くし約束は守る。ヘスティアの下に必ず戻って来てその日の成果を報告し、一緒に食事をとることを欠かさない。時々夜の街に遊びに行くこともあるが、行く前にはしっかり出かける旨を伝える自己管理の出来た男の子だ。

 ベルはベルで、少々夢見がちな所こそあるものの、ヘスティアを敬いきちんと言う事を聞いている。なによりも子供らしい愛嬌があり、庇護欲を掻きたてられる。リングアベルが隣にいてほしいタイプなら、ベルは手を引いてあげたいタイプだった。

 そんな二人は、全然性格が違うようで根底は結構似ている。
 能天気気味で、女の子と出会い関係を持つことが行動原理。髪の色も少し近いし、何より冒険者としてのポテンシャルが高いのも共通している。それが証拠に、今日ステイタスを確認すると二人にスキルが発現していた。

 ベルが発現したのは「憧憬一途(リアリスフレーゼ)」。
 憧憬とはすなわち憧れであり、この場合彼の憧れが(アイズ)に向いているのか雄姿(リングアベル)に向いているのかは分からない。案外どちらにも向いているのかもしれないが……今のベルは、その憧れの思いが強ければ強いほどに成長率がハネ上がる状態にある。

 同時に、リングアベルのスキルは「火事場力(サモンストレングス)」という力だった。
 こちらはいつも涼しい顔をしているリングアベルには似合わず、身体が動かないほどの大ダメージを受けた時にだけ攻撃力と防御力が激しくブーストされるという泥臭い効果だ。普通に戦う分には何の意味もなく、瀕死に到った時だけ意味があるという有り難いのかどうか全く分からない力である。一応ピンチの時に生存率が上がるが、冒険者ならば死なないように戦うべきだろう。

 ベルの能力は危険だ。
 想いがある限り急激な成長が望めるこのスキルは特殊かつ希少すぎる。このスキルの存在を知れば、欲深で傲慢な神々は必ずベルを自分の玩具にしようと動き出すだろう。
 ――だから、これは本人さえも気付かないように「暗黒雲海」同様見えないように消しておいた。何れはその成長速度の速さから事実が露呈するだろうが、一先ずの時間稼ぎは出来る筈だ。

 反面、リングアベルのスキルは普通に戦っている分には露呈することはないだろう。今回のステイタス更新でリングアベルの能力値は一部がBランクに達した。彼は十分強いし、多少強い相手に勝っても不審には思われない。加えて彼はアスタリスク持ち疑惑があるので、そっちの方に意識が流れてくれるはずだ。
 ……というか、今までリングアベルは可能な限りステイタス更新を避けていた。
 その理由は実にシンプルで……

『……待て、女神ヘスティア。そのステイタス更新とはやるたびにそうして指から血を出さねばならないのか?』
『そうだけど?ファミリアとは神との契約な訳だからねぇ……よその神様に勝手に弄られないようにボクの血にしか反応しないようになってるんだよ?』
『了解した。ならば俺はステイタス更新を極力避けさせてもらう』
『え?そりゃまたどうして……』
『自分の為に女性に血を流させる男など、最低だ……』
『ええー………』

 ヘスティアには全く分からない感覚だが、彼の矜持に引っかかったらしい。以降、彼は今日にいたるまでステイタス更新の話題に触れさえしなかった。たぶん、優しいのだろう。とてもとても優しくて、その優しさの為に自分の痛みを仕舞い込めるような男なんだろう。

 だからこそ「火事場力(サモンストレングス)」などというダメージ前提のスキルを『持っていた』のかもしれない。

(このスキル……ボクの恩恵で発現したものではない。恐らくは「暗黒雲海」から何かの拍子に漏れ出した、元来彼の持っていたモノ……)
「神様」
「ん?何だい、ベル君?」

 不意に、思考を現実に引き戻される。
 一緒にリングアベルを眺めていたベルが、こちらを見つめていた。

「僕は、リングアベル先輩と神様が何を隠しているのか分かりません。多分だけど、それこそ僕が知るにはまだ早いようなことを話しているんだと思います」
「………ごめんね、ベル君。いつかきっと知らせるから、今は――」
「いいんです。僕、思い上がってました。ダンジョンではしゃいで、子供みたいに意地張って、それでリングアベルさんはあんな無茶をすることになった」
「リングアベルにだって非はあるさ。なにも一人で行くことはなかったじゃないか……やっぱり無茶する子だ」
「ごめんなさい………でも」

 ベルは静かに自分の手元に視線を落とした。
 それは自分の無力さを嘆くようで、でも決して力ない目ではない。未来を見据えた強い目だった。

「いつか、僕も二人が安心してその秘密を打ち解けてくれるような強い男になります。派手じゃなくてもいいから一歩一歩踏みしめて……夢のために、ファミリアのために、何よりも弱い僕自身の為に」
「ベル君………」
「だから……僕の事を見ていて下さい、神様!リングアベル先輩みたいな男になれるのはいつになるか分かりませんけど……絶対に誰かに格好いいと言ってもらえるような立派な冒険者になって、神様が笑顔でダンジョンに送り出せる立派なファミリアになります!!」

 何て逞しい子だ――そう思った。細い体のどこからそんなエネルギーが湧いてくるのか。
 でも、だからこそ彼等ファミリアが愛おしい。

「………君たちは既にボクの誇りだよ。家族の為に体を張れる立派な男の子に、そんな家族の為に真剣になれる男の子。自慢しない訳がないじゃないか!」

 成長を誓った小さな(ベル)をヘスティアは抱きしめた。そして、このままだと不平等だからリングアベルが起きたら同じように抱きしめてあげようと思った。

 これから、沢山の苦難があるだろう。
 沢山の冒険と、沢山の危機が訪れるだろう。
 でも、ヘスティアはその時こう思ったのだ。

 ボク達なら、きっとどんな困難も乗り越えていけると。
 だって、この世界に無駄な出会いなど――何一つないのだから。
 この運命の出会いは、未来永劫決して消えることはない。



 = =



 エタルニアは世界最北端に位置する雪と極寒の国である。
 かつてエタルニアは正教の直轄地であり騎士団の多くを抱える場所だったが、ある時から正教と激しいいざこざを起こして、当時の法王の名において独立が宣言された。そのため正教の実働部分の半分以上を保有し、強力なアスタリスク所持者によって構成されたエタルニア軍は世界でも最強の軍隊と囁かれる。科学技術も世界最高水準にあり、神の庇護もなしにここまで高度な生活を営んでいる国は非常に珍しい。

 現在では正教との関係も融和傾向にあり、また隣国からの魔物討伐要請に快く答えてくれることから、正教圏内では評価が高い。治世も行き届き、土のクリスタルを用いた医療技術の発達から別名「不死の国」とさえ呼ばれている。

 そして、それらの改革を図った者こそ、エタルニア公国の実質的国家代表である『聖騎士』、帝国大元帥ブレイブ・リー。
 そして、エタルニア最強の剣にして盾、更には指導者まで務めるその男にはやんちゃな一人娘がいた。

「やぁぁーーーッ!!」

 二人の剣士が、練習場で激しい火花を散らす。
 一人は赤い服の少女。美人というよりは可愛らしいと呼んだ方が相応しい彼女だが、その気合と太刀筋は常人ならざる力が滲み出ている。
 だが、それに相対する緑の着物を着た長身の男は、それを同じ刀の一撃で払いのけた。

「気迫ばかりで太刀筋が荒いッ!!」
「キャアッ!?………くっ、まだまだぁッ!!」

 弾かれた剣を構え直し、少女は再び攻勢に出る。
 二度、三度、四度。幾度となく衝突しては火花を散らす刃と刃。
 だが、どちらが優勢なのかはだれの目に見ても明らかだった。何故なら、少女はあちこち走り回っているのに対して、長身の男はその場から一歩も動かずに攻撃をいなしているからだ。いくら相手が少女だとは言え、尋常な剣士ではこうはいかない。その事実ひとつとっても、長身の男が只ならぬ実力を秘めているのは明白だ。

 この風景――激しい剣の練習風景は今に始まったことではない。少女が幼かった頃から、ずっと長身の男に剣術を習っていたのだ。男は少女の剣術師範なのだ。故に、剣を交えれば相手の考えていることがある程度伝わってきた。

「剣に邪念が混じっているな……おおかた、父のことを考えていたのだろう?」
「むぐっ!べ、別にそういうわけじゃ……あります、けど」
「いつもいつも訓練ばかりで頼られていないと感じたか?」
「むぐぐぐっ……か、感じました」

 恐らく思いっきり顔に出てしまうだろうからと少女は渋々指摘を肯定する。
 彼女は事実、燻っていた。
 同門の仲間たちは次々にアスタリスクを託されて正規軍で戦うなか、自分だけこのエタルニアの地で来る日も来る日も練習三昧。父親の役に立ちたいという思いならだれにも負けないし、軸力もついてきた自負がある彼女にとって、この環境は快くないものだった。
 そんな彼女を、師は静かに諭す。

「イデア。ブレイブは別に君の事を認めていない訳ではない……それは分かってやれ。あれは昔から口下手なんだ」
「分かってますよ、カミイズミ師匠!でも、それでも悔しい物は悔しいんです!!」
「ふむ、ならばまずはこの私から一本取ってみる事だ。そうすればブレイブも君の事を認めざるを得ないさ」
「……それが出来たら苦労しないっちゅーの」

 不満そうに小声でぼそりと呟く。気楽に言うな、とでも言いたげだ。
 カミイズミが言っていることは尤もなのだが、イデアは理不尽な思いを抱かずにはいられなかった。その原因は、もちろんカミイズミにある。

 ノブツナ・カミイズミ。またの名を『剣聖』カミイズミ。
 エタルニア公国軍第一師団『黒鉄之刃』が師団長にして、『ソードマスター』のアスタリスク所持者。それが、イデアの目の前に立ち塞がる壁だった。

 元帥ブレイブが唯一絶対の信頼を置く旧友にして、文字通り国内最強の剣士なのだ。彼から一本取れる人間など、エタルニア中を探しても片手で数えるほどしかいないだろう。
 アナゼルやエインフェリアは一本取ってないのになんであたしだけ!と聞きたくもなるが、口で負けるのは明白なので余計に悔しかった。そんな不満げな彼女を眺め、カミイズミはくつくつと笑う。

「どうする?怖気づいたならば日を改めて戦っても構わないぞ?」
「………訓練の結果は、まだ出てません!!」
「その意気やよし!!」

 不撓不屈。彼女に最も似合う言葉だった。
 イデアは、それまで片手で振るっていた剣を両手で握り直した。片手では片手分の威力だが、両手なら両手分の威力。その分動きにくくはなるが――失敗を恐れていては前へ進めない。

「でりゃあああああああああッ!!」
「むっ!?」

 次の瞬間、カミイズミも驚きの声を漏らすほどに深い踏込みと共に、イデアの刃が一直線に迫ってきた。先ほどとは比べ物にならないほど速く、そして迷いがない。これは受け流しきれないと判断し、カミイズミは真正面から斬撃を受け止めた。
 ガキィィィンッ!!と、金属同士のぶつかり合う音が周囲に響く。

「この太刀筋……さてはハインケルから両手持ちの技を盗んだな?それも、刀用に自己流アレンジか……付け焼刃だが、よい勢いだ」
「くぅッ……このっ……!!」

 涼しい顔で剣を押し返すカミイズミ。イデアの攻撃は会心の勢いだったが、カミイズミはそれを受け止めたうえで彼女を正面から押し返している。彼の本来の戦い方ではないが、それでもこの実力差だった。やがて、力負けしたイデアの刀は大きく弾かれ、剣が手を離れた。

「ああっ!?」
「そこまでだ」

 放物線を描いて床に突き刺さったイデアの剣がその勝敗を物語る。

「勢いは良かったが、もっと技を身につけなさい。どうせ人相手に使うのは初めての戦法だったのだろう?だが、両手持ちは防御が薄くなる代わりに女性の細身でも十分な威力を出せるメリットがある技術だ。極めれば君の力となる………さて、今日はここまでにしよう」
「………ありがとうございました!!」

 礼に則って一礼したイデアは、納得がいかないように弾かれた剣を拾って素振りを始めた。
 年頃の女の子らしからぬ剣を追求するその姿に、カミイズミは苦笑いしながら自分の足元を見る。

「まったく、子供というのは本当に成長が早い……」

 イデアは気付いていないようだが、彼女が赤ん坊の頃から見てきたカミイズミはその成長を肌で感じていた。
 今まで始まりの立ち位置から一歩も動かずに彼女の剣をいなしてきたが、今日の両手持ちの一撃の衝撃はカミイズミの足を一歩分後ろに押し込んでいた。彼女は今日、確かにカミイズミの高みへ一歩近づいたのである。

「励めよ、イデア。そして広い世界を見て、聞いて、感じて来い。さすれば君も……」

 エタルニア公国軍元帥令嬢にして、カミイズミが直接師事する弟子。
 『聖騎士』の娘にして『剣聖』の剣を受け継ぐ……それはつまり、この国の次期元帥の名を背負うに等しい期待をその背中に背負っているという事でもある。まだ成人にもなっていない少女の行く末を、国中が見守っているのだ。その期待を背負い、彼女は逞しく成長を続けていた。

 雛鳥が羽ばたく日がそう遠くない事を、カミイズミは予見した。
  
 

 
後書き
リングアベル。アニエス。イデア。そして………。

アンケート締め切りました。回答を頂いた2名の方々に感謝を。 
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