静御前
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4部分:第四章
第四章
御家人達がその舞を見てだ。また口々に話した。
「やはりか」
「この舞は」
誰もが御前が今踊っている舞がどういったものかすぐにわかった。その舞はだ。
「夫、そして我が子を想う舞」
「それがこの女の本心だったか」
「わかってはいたがそれでも」
「それを舞うか」
「頼朝様の御前で」
御前は確かに本心を見せた。しかしだった。
その彼女の本心を見てだ。彼等は言うのだった。
「これではな」
「うむ、頼朝様の思うままだ」
「この方は」
頼朝に聞こえぬ様に囁き合いつつだ。彼を見る。
頼朝は杯を置きだ。舞を見ていた。その顔はというと。
にこりともしていない。目は鋭さを増している。その顔は。
「木曾殿を討てと言われた時の顔じゃな」
「その御子息を斬れと申された時もじゃ」
「そして義経様の時もじゃ」
「では」
彼等もだ。頼朝のその冷酷さには恐ろしさを感じていた。同じ源氏であろうとも、いや同族であるからこそ討つ彼のその冷酷さは彼等にも向けられるものだからだ。
そしてだ。その中でだった。彼等はだ。
御前の運命も悟りだ。こう囁き合うのだった。
「これはじゃ」
「うむ、また血の雨じゃな」
「何とも惨い話じゃ」
「これでは」
彼等はこれから起こることに危惧を感じていた。そしてだった。
御前の舞を見ていく。戦慄する顔で。
舞は続く。だが誰も一言も発しない。舞は終わりに近付いていく。
そしてだ。いよいよだ。終わろうとする時にだった。
場に意外な者が来た。それは。
「何と、奥方様ではないか」
「何故奥方様がここに」
「ここに来られたのだ」
御家人達はだ。政子が場に来たことに驚きの顔を見せた。それはだ。
頼朝も同じでだ。舞から目を離してだ。
そのうえでだ。彼女を見て言葉を出しそうになった。
「な・・・・・・」
だが政子は夫には何も言わずにだ。彼の隣に座りだ。
その終わろうとする舞を観た。それからだった。
舞を終えた御前にだ。微笑みを向けて告げたのだった。
「御見事です」
「有り難うございます」
「後で御礼を差し上げます」
「御礼ですか」
褒美ではなくそれだと言われてだ。御前はだ。
舞を終えて頼朝の前にいてだ。そうして控えていた。そのうえで政子に驚きの顔を向けていた。
その彼女にだ。政子はさらに述べた。
「御礼です」
「それをですか」
「少ししか観ていませんが素晴らしい舞でした」
それでだというのだ。
「後で送らせてもらいますので。お休み下さい」
「有り難うございます、それでは」
御前は驚きを隠せなかったがそれでもだ。
政子に深々と頭を下げそのうえでその場を下がった。そのうえで宴会は再びはじまった。
その宴の後でだ。頼朝はだ。憮然とした顔で妻に問うた。
「どういうつもりだ」
「どういうつもりとは」
「何故あの女を助けた」
このことをだ。政子に問うたのである。
「あの咎で首を討てたというのに」
「その必要がないからです」
政子はその頼朝にだ。落ち着いた声で述べた。
「だからです」
「必要がないというのか」
「女が、母が夫や子を想うのは当然のことです」
その女として、母としての言葉に他ならない。
「だからこそです」
「馬鹿な、その様なことは」
「女の想いは殿方にはわからないかも知れません」
このことは頼朝を見てだった。言ったのである。
「ですがそれでもです」
「それ故にああしたというのか」
「そうです。私はあの方と同じ気持ちです」
「義経を庇うというのか」
「さて」
政子はここでは本心を隠した。頼朝にはわかることだがだ。
しかしそれは最早言ってもどうにもならない。だから諦めてだ。
そうしてだ。また言うのだった。
「ですがあの方は討たれることはしていません」
「女として、母として当然の想いだからか」
「左様です。では宜しいですね」
「わかった」
仕方ないとだ。頼朝も遂にだ。
憮然とした顔で折れてだ。こう言ったのだった。
「ではいいだろう」
「有り難きお言葉」
政子は微笑み頼朝の決断、彼女がそうさせたものだがそれでもだ。彼のそれに礼を述べた。こうして静御前は彼女の想い、その命自身も救われたのだった。
静御前のことは今も伝えられている。夫である源義経への想いとそして我が子を失った悲しみのこともだ。彼女のその悲しい一生のことは知られている。その中にはだ。こうしたこともあったことも知られている。女の心がわかるのはまずは女だということもまた。
静御前 完
2011・12・26
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