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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第ニ話。夜霞のロッソ・パルデモントゥム

「……間違え?」

俺が呟いた直後。
途端に首が軽くなって、足元が床にふわっと浮き上がり。
気付けば俺は廊下の床に立ち尽くしていた。

「げほっ、げほっ、なんだ?」

首に食い込むようにして掴まれていた手が離れ、息苦しさから開放された俺は咳込みながらも声がした方に振り返る。
元気いっぱいな少女の声がした方を振り返ると、真っ白な手と一緒にチラッと赤い服みたいなものが見えた。
あれは……⁉︎

(赤いマント?)

一瞬の出来事だったので、見間違いかもしれない。
だが、少女の身体を覆い尽くすかのように赤い布が広がるのを確かに俺は見た。
見間違いかもしれないが、それは少女の正体に迫る貴重な情報だ。
なんとかして、その情報を一之江に伝えよう。
そう思いながら俺は目の前に出現している手に話しかける。

「間違え?」

「男なんていらないもの!」

手に話しかけると、そんなことを言われてしまった。
なんだ、つまり、あれか。
人違いか。
……。
って、おい!
人違いで殺されそうになったのか、俺は。

「お前は一体」

何者なんだ?
そう、言いかけたその時。
一瞬だけ、キーンと酷い耳鳴り音が聞こえて、誰もいないはずの教室からは教師の声が聞こえた。
これは……元の世界に戻れたのか?
と、思ったらすぐにまた周囲の音が無くなった。
『ロアの世界』の張り直しというヤツか?
気付けば目の前に出現していた手は消えていて。

「おや、こんにちは」

代わりに一之江が立っていた。
その顔と声を見たり、聞いただけで安心してしまう。

「早速仕掛けられたようですね。いきなり消えて笑いましたよ」

「笑うなよ! げほっ……人違いだったとさ」

「なるほど」

一之江は視線を俺から逸らすと、手をポケットに入れてそこからハンカチを取り出した。

「差し上げます。光栄に思うんですよ」

「……あ、ああ、ありがとうな」

首の怪我を心配してくれたのか。
そして、洗って返さなくていい、ということを教えてくれたのか。
一之江の態度はイマイチよく解らなかったものの、それでも彼女に気遣って貰えたという事実は嬉しく感じた。

「……ありがとうな」

「感謝を二度する必要はありません。キモい」

「キモいとか、言うな!」

その言葉が照れ隠しだとしても、言葉の刃は相変わらずだった。
一之江にツッコミをいれながらも、俺は首にハンカチを当てて廊下に転がったままのDフォンを拾った。
手に持ったが、特に熱くなったり、赤くなったりという反応はなかった。
どうやら、俺にはもう危険は迫っていないようだ。
だが、まだ終わったわけではない。
には(・・)危険はないが、一之江には危険が迫っているからな。
だから俺は俺が知り得た情報を出来るだけ一之江に伝える。

「なんか白い手が出てきて、それに襲われたんだ。首を掴まれて、足を床に引きずり込まれた。
それに、床から開放された時にチラッと赤い布みたいなものが見えた。
さっきまでは俺のDフォンが赤く光っていたが、今はなんともない」

「そうですか。私のは熱くなっていますから、今の狙いは私かもしれませんね」

俺の情報を聞いた一之江は周囲を注意深く観察しながらも、少しも気負った様子は見せない。
相手の『ロアの世界』だろうと、一之江が戸惑ったところは一度もない。

「それで敵の都市伝説の正体だが……これじゃないかというものを一つだけ知ってるんだが」

「ほう、奇遇ですね。私もそれだと思うものに覚えがあります。
しかし、モンジも成長してきましたね」

「まあ、そりゃ、毎日のように訓練で叩き込まれているからな」

「ええ、第一に『これがなんの都市伝説なのか』。第二に『それをどう倒すのか』というのを考えなければ、以後も生き残れないので気をつけてくださいね」

「了解だ」

そんなレクチャーをした一之江は、不意に窓の方を見た。
一之江の視線の先。
窓の外は大雨が降っていて、向かいの校舎の姿すら霞んでいるように見える。
だが、その校舎の屋上。
そこに。

「以外と大物でしたね」

「やっぱり……な」

赤いマントを羽織った金髪少女の姿があった。
そんな彼女の背後で雷が光ったというのに、轟音は鳴らない。
そんな雷雨の中______屋上の手すりに座って彼女は真っ直ぐに俺達を見つめていた。

「怪人赤マント。聞いたことくらいあるでしょう?」

「確かにあるな。トイレで、赤か青かを尋ねる奴だったか?」

「それは赤マントの派生物語で、『赤マント、青マント』です。今回はおそらく、その原点である『怪人赤マント』という『都市伝説』のロアでしょう」

原点と派生。
噂に左右されるロアの物語にはそれらがあって。
確か一之江のロア、『月隠れのメリーズドール』は原点である『メリーさん人形』の『都市伝説』が実体化したものだったな。派生としては『リコちゃん人形』というのがあって、そちらは『最期どうなるかは解らない』とか、『終わりをわざと曖昧にして語らない事でより怖くする』とか、キリカが朝のトークで語っていたな。
そうやって身近な形で派生したり、新しい話が生まれたりするというわけだ。

「ロアはオリジナルに近づけば近づくほど強い。そして彼女は、そのオリジナルに近しい存在です。もっとも『赤マントの怪人』は男というのが定番ですが」

「どう考えても女の子だな。さっきの手の子が彼女なら、腕も細かったし」

遠目からでも、金髪をクルクルドリルのように回してヘアーをしているのをなんとなく見える。
ドリルヘアーなおっさん、とかいたら即刻通報してやる。
金髪でドリルヘアーなら、女の子と思うのは間違った先入観だろうか?

「まあ、性別のアレンジくらいよくあることです。『なんとか男』という名前が付いた都市伝説のくせに女の子だったこともありますからね」

「そんないい加減でいいのかよ!」

「ロアは女性である率が高いと言ったではありませんか」

「それも……そうか」

理由は解らないが、オカルトというのは女性と深い関わりがあるような気がする。
白雪やジャンヌ、ヒルダに、パトラ、メーヤにカッツェ、リサ……前世関係だけでも多くの女性達がオカルト関係の奴らだった。

「嬉しいでしょう?」

「夢を見ているようだよ」

まあ、むさいおっさんよりマシだが。
いや、病気(ヒス)持ちの俺としてはおっさんの方がいいのかもしれないが。
ヒステリア地雷を踏まない為にも美少女よりいいかもしれない。
そんな風に若干、現実逃避をしながらも俺は首にハンカチを当てたまま『赤マント』の方を見た。
向こうも俺達を見ている。
遠目過ぎて細かい顔立ちまでは解らないが……どちらかといえば、俺というより一之江を見て笑っているように見えた。
そう見えたのは……さっきの『間違えた!』という発言があったからだろうか。
そんな風に思った俺が一之江の方をふと見たその瞬間。

「一之江っ!」

「っ!」

一之江の背後から、いきなり白くて細い手がぬっと現れ、一之江の腕を掴んだ。

「これは……」

一之江はいきなり掴まれた腕を離そうと抵抗するが、その腕がどんどん……何もない空間へと引きずり込まれていた。
まるで、何もない空間に見えない壁……というよりは、透明な水面でもあるかのように。
引きずり込まれた一之江の手は、その水面の先から、ぷっつりと無くなっているのが見えた。

「そうでした。赤マントは少女を誘拐する存在でしたね」

無表情にそう呟く一之江。
少女を浚う存在だから、一之江が誘拐されそうになっている。
そういう存在が目の前にいると淡々と彼女は告げた。
俺はさっきの『赤マント』の発言を思い出す。
『男なんていらないもの』。
そう彼女は言っていた。
それは、自身が少女を浚う存在だからそう言っていたのだ、というのをこの時理解した。
ロアである以上、物語をなぞるのは当然だし、逆に言えば決められた物語以外の行動は取りにくいというのがロアである以上、足枷になる。
だからそこに勝機を見出せる。
そう思ったその時。

「その通り! わたしは、『少女』である以上はみーんな攫っちゃうんだから!」

こちらのピンチな状況にはそぐわない、明るい声がどこからともなく響き渡った。

「間違いがありますね」

肘の辺りまでその空間に沈みかけているのにもかかわらず、一之江は穏やかな声でそう告げた。

「私は『美』少女です」

「「そこ重要なのかよ(なんだ⁉︎)」」

思わずツッコミを入れてしまった俺と、『赤マント』の少女の声が重なった。

「いやいやいや、でも、少女である以上は攫っちゃうんだから!」

「実はこう見えて、私の正体は妖艶な美女なのです」

「えっ、うっそ⁉︎」

『赤マント』のその手がピタっと止まった。
どうやらこの子、力はかなりあるが頭は残念なようだ。
一之江の嘘に翻弄されまくっている。

「ほら、モンジ。貴方も何か言いなさい」

「え? あー……うん。 ミョウレイノビジョ、ダヨ?」

「えええっ⁉︎」

「ていっ!」

『赤マント』の少女が驚きのあまりにその手を緩めた瞬間、一之江はその僅かな瞬間を見逃さずに『赤マント』の手を掴み、空間から引き抜いた。

「きゃわわわ⁉︎」

スポーン、とその空間から出てきたのは、赤いマントを羽織った少女だった。

「攫ってしまいました」

「なんと、わたしが攫われてしまったのね! そいつはビックリだわ!」

それはやたらと元気な女の子だった。
金髪のくるくるドリルヘアーが目印の、まだ幼さの残る顔立ちをした少女。
幼い顔立ちとは裏腹に、その表情には勝気さと自信に満ち溢れた、なんとも眩しい笑顔が彩られていた。
そして、その顔には見に覚えがあった。

「確か……十二宮中の女子トイレ前にいた」

「あ! あの時、女子トイレを盗撮していた変態ね!」

待て、誰が変態だ!

「盗撮なんかしてねえよ!」

「誤魔化そうとしてもそうはいかないんだからね! ちゃんと見てたんだから!」

じとー、とした目で俺を見つめる『赤マント』。
その目は完全に不審者を見つめる目だった。

「モンジは盗撮なんてしませんよ?」

チキショウ、美少女に盗撮犯扱いされるとは……。
さすがは不運に定評のある俺だぜ。
この状況をどうするか悩んでいると。
かなり珍しい事に一之江が助け船を出してくれた。

「モンジは盗撮ではなく、堂々と女子トイレ内を撮影するかなりの変態ですから」

「うわぁー、ド変態なのね!」

「どうせそんなことだろうと思ったよ⁉︎」

「ちなみに妖艶な私はとても可愛いらしい『美』少女でもあります」

「結局、どっちなんだよ⁉︎」

「って、やっぱり少女じゃん!」

俺がツッコミを入れるのと同時に、『赤マント』の少女は一之江の姿を見て抗議した。

「その通りです。ですが実は妙齢なのです」

「え、そうなの?」

嘘か本当か、確認をするかのように俺を見る少女。
そこで俺に振られても反応に困るのだが。

「妙齢なのは確かかもしれないな」

「なるほど、それがミョーレイなのね!」

その金髪の見た目通りに、外国育ちなのかもしれないが、単にものを知らないだけなのかもしれない。
俺の嘘にコロッと騙されるその姿を見ると、なんだか申し訳ない気持ちになってきた。

「でもでも、見た目が少女ならやっぱり攫っちゃうんだから……」

そう言って赤マントをバサッと翻す少女。
その赤マントの下に着ていたのは、高級そうな、中世ヨーロッパの貴族が好んで着ていそうな上質な衣装だった。それはいかにもマントが似合う服装だった。

「そして、女の子を攫った後に抹殺する! それがわたしのロア、『夜霞(やがすみ)のロッソ・パルデモントゥム』よ!」

ロッソ・パルデモントゥム。
………それが何語かは解らないが、きっと『赤マント』という意味だという事は理解できた。

そして、得意げに胸(といっても一之江並みにないが)を張って宣言している辺り、余程の自信があるということなんだろう。

「なるほど、振り向いたら必ず抹殺する私への挑戦とみました」

「うん! 『月隠のメリーズドール』、勝負よ‼︎」

「いいでしょう。その勝負受けて立ちます。
っと、その前に……」

グサッ!

「切られた⁉︎」

「誰の胸がない乳ですか? 殺しますよハゲ」

「もう刺してるじゃねえか⁉︎」

刺されたことに抗議した俺だが、刺した張本人の一之江はいつもの無表情顔で言い放った。

「これはただの優しい準備運動ですよ、グリグリ」

「全然優しくない⁉︎」

グサッという痛みの後に、刺された痛みとは別の傷を抉られてるようなかなり激しい痛みが襲う。

「痛だだだだだっー!」

その痛みはそれから数分間続いた。





「さて、では始めましょうか」

「えっと……いいの?」

「心配いりません。そこのハゲは殺しても死なない『呪われた』男ですから」

「そう、ならいいわね!」

「いいわけあるかー⁉︎」

一之江のお仕置きを受けて床に倒れた俺を他所に戦う気満々な一之江と赤マント。
知らない人が一見すると、単なる喧嘩に見えなくもないが、実際問題。
これは殺し合いだ。
何故か俺の存在は蚊帳の外に置かれているが。
そんな風に、蚊帳の外に置かれている俺がどうしたもんかと悩んでいると。

「せやっ!」

痺れを切らしたのか、先に仕掛けたのは赤マントの少女だった。
その小さな体に似合いくらいの鋭いキックを一之江に放った。
どれくらい鋭いかというと、今の俺では視認することすら困難なくらい速くて、ハーフロアである一之江が両腕でガードして止めるくらいの威力と速さを兼ね備えているキックだった。

「やるじゃない!」

「貴方もキャラの割に強いですね」

「え、何⁉︎ キャラの割にって」

「こう……元気っ娘っていうのは咬ませ犬なのがこの業界の通例ですからね」

「そんなことないよ⁉︎ 元気っ娘=主人公クラスだよ!」

そう叫びながら放たれる赤マントのパンチ。
これもまた視認できないくらい速かったのだが、一之江は腕でガードすることによって防いでいた。
今の俺が視認できないくらい速いってことは、もし、あのまま俺が戦っていたらまるで相手にならなかったということなんだろうか。
そして……負けて消えていた、のかもしれない。
いや、弱気になるな、キンジ。
まだ俺は負けた訳ではない。
相手の攻撃が認識できないくらい速かったとしても、俺にはまだ切っていない切り札があるのだ。
そう、今の俺は普段の俺だ。
ヒステリアモードじゃない。
俺にはまだヒステリアモードというジョーカーがあるんだから。

「くぅ、そんなにヒョイヒョイかわさないで!」

「当たったら痛いじゃないですか」

「ん? もしかして、防いでいる攻撃以外にも何か躱したりしてるのか?」

「何言ってんの! 目にも留まらぬ早技で頑張ってんじゃん!」

いや、目にも留まらぬからその速さで何が起きてるのか解らないのだが。

「モンジにはまだ解らないのかもしれませんね、いいですか、こういう素早い相手の場合、まずは視線を見て、それから相手の体の軸を見るんです。すると、次にどこを狙って攻撃するのかが解るから、目に見えなくても避けられるということです」

「……なるほど」

さらっと攻略の仕方を暴露する一之江。
目で捉えられない攻撃でも防ぎ方を知っていれば、それほど脅威にはならないからな。
戦闘中にもかかわらず、素早い敵の攻略方法をレクチャーする一之江に感心していると。

「なるほど……そうだったのね……」

赤マントの少女も俺と同じように感心していた。
この子は強いけど、アホな子なのかもしれないな。

「じゃあ、これならどう⁉︎」

赤マントをバッと広げて叫んだ。

「『怪人の手(マジシャンズハンド)!』」

その瞬間、一之江の周囲に大量の白い腕が一斉に生えて、ざっと数えただけでも軽く百は超えるほどのその腕が何もない空間と床からも生え。
その一本、一本が赤マントの手だ。
白くて愛らしい少女の手。それが無数に蠢き。
完全に球形に囲みように出現していた。

「空間を超えて、無数の手を生み出す能力……ですか。これは凄い」

「でしょ! しかも、引き込んで攫っちゃう能力だもんね! 『赤マント』はたくさんの女の子をこの手で攫ったって有名なんだから!」

都市伝説の解釈によって、ロアの能力は変わるみたいだな。
大勢の女の子を攫う為には、多くの手がないといけない。
そう彼女が考えたから多くの手を操る能力を得たということなんだろう。
その大量の白い腕に周囲360度を囲まれてしまった一之江は身動きが取れない状況に追い詰められている。

「ちぇっくめいとー!」

その大量の腕が一斉に一之江に襲いかかり、一之江の体は、何もない空間の中に沈み込むかのように消えてしまった。

「い、一之江ぇぇぇぇぇ⁉︎」

俺の叫び声が俺と『赤マント』しかいない廊下に響き渡る。

「やった! サイキョーと言われている『月隠のメリーズドール』をこのわたし『夜霞のロッソ・パルデモントゥム』がやっつけたわー!」

『赤マント』が大量の腕を握って喜びを噛み締めるように、天高く突き上げた。
そして。
その直後。
俺の視界は揺らぎ。

「ぐがあああ」

ズキンと頭の中で何かが暴れるような感触を感じた。
まるで頭の中を虫が這いずり回るかのような感覚。
その瞬間。
俺の視界には男になった(・・)『赤マント』の姿が目に入った。

奪え。
奪い返せ!
許すな。奪え。
闘って……奪い返せ!



「ユルスナ」

ドクドクドクドクドク……。
血流が激しさを増して体の芯に集まる感覚を感じて。
自分が自分で無くなるかのような感覚を感じた。

これは______ヒステリアモード……?
いや、違う。この焼けつくような胸の鼓動は……⁉︎
二度、三度、その鼓動が走った。
どういう事だ。
この頭に血が上り______何も考えられなくなるような感覚。
ヒステリアモードよりももっと獰猛なこの感覚は……。

______ヒステリアベルセ。

女を奪うヒステリアモード。

俺がそれを認識したその時。
俺のDフォンが鳴り出した。
メールが届いた。
差出人は……キリカだ。

『残ってた力を使ってモンジ君の頭の中に残っていた蟲さん達にお願いしたよ。頑張ってね、モンジ君』

画面には短くその文面しか書かれていなかった。

どうやったのかなんて解らない。
解ったのは、目の前の少女が男に見えるのはキリカの仕業だということだけだ。
俺は廊下の壁に寄りかかるようにして手をつき、胸を掻きむしった。
もう______止められなさそうだ。この流れは。
確か、ベルセは……危険なモード。
戦闘力は通常のヒステリアモードの1.7倍に増大するが、その代わり……思考が攻撃一辺倒になる。
いわば諸刄の剣______だったな。
______だが、それが何だ。
もうそんな事、どうでもいい。
どうでもいい、何もかも。
俺のパートナーを奪うなら取り返してやるよ!
今回も。
ん? 待てよ……奪う?

「おい、赤マント」

「サイキョーのロッソ・パルデモントゥムね!」

「そんなことはどうでもいい。
攫った一之江をどこにやった?」

「ふーんだ、あんたなんかに教えるわけないでしょ!」

「……そうかよ。『羅桜(ラオウ)』!」

出来るかどうかは五分五分だな。
頭の中でイメージしたのはかつて閻に放たれたノーモーションの打撃技、『羅刹』。
この技は特定の角度・範囲・威力で相手の心臓に非穿通性の衝撃を与えて______発生する振動により『心臓震盪』という致死的不整脈を意図的に起こし、急停止させる技だ。
さらに余剰のエネルギーで横隔膜震盪も起こし、呼吸も止める。
シンプルに言えば、『敵の心肺を止める技』だ。

そして……『桜花』。
それらを組み合わせて掌打を放つ。
ただし、相手の胸は避ける。
殺す前に聞きたい事があるからな。
ハーフロアとして覚醒したことにより、肉体の耐久性も上がっている俺は『桜花』気味にそれを超音速で放つ。
パアァァン。
ノーモーションからの超音速の打撃を赤マントに叩き込んだ。

「がっ⁉︎」

いきなり技を放ったからか、避ける事すら出来ずに吹き飛ぶ赤マント。
いつもの俺や通常のヒステリアモードの俺ならこんなことは出来なかったかもしれないが。
今の俺には、目の前の少女が男に見える。
だから、容赦せずに叩き潰せる。

「うえええええ〜ん⁉︎ 痛いよー!」

一之江が苦戦して最後は消されてしまった赤マントをワンパンで俺は沈めてしまった。

「もう一度聞く。一之江はどこにやった」

「ひぃっ、話すから、話すから……もう辞めてー!」

「どこだ」

「うえええええ〜ん⁉︎ 怖いよー⁉︎
助けてマスター!「さっさと話せ」ひぃっ!
メリーズドールならわたしのサイキョー抹殺空間!
そこに入ってるわ。入ったら二度と出られないっていういうのが、ユーカイってもんよ!」

「じゃあ、生きてるんだな?」

俺の問いかけにビクッとなりながらも強気な態度を崩さない赤マント。

「わたしが殺すまでは生きてるわねっ!」

「そうか……」

なら。
もう用はない。
殺せ……待てよ。
何を考えているんだ、俺は?
落ち着け……静まれ。
何とかベルセを制御して赤マントに問いかける。

「ところでロアの戦いには相性があるっていうのは知ってるか?」

「あ、うん。聞いたことあるわ。大変みたいよね?」

「ああ、お前のロアは相手を閉じ込めて殺す能力だよな」

「そうよ! 今まで色んなロアをポイポイ放り込んでおいたわ!」

「殺してないんだな?」

「後で纏めてやっちゃうのよ!」

愉快犯らしい……のか?
ユーカイするらしく。

「そうか、ちょっと待ってろ」

「電話するの? いいわよ!」

俺は手に持ったDフォンを操作した。
直後。


トゥルルル。トゥルルル。

「あー、もしもし? 繋がったな」

「はぁ……もしもし私よ。今貴方の後ろにいるの」

「うええええええ⁉︎ な、なんで帰って来ちゃてんの⁉︎」

俺の背後にいる奴を見て仰け反そうになるくらい動揺する赤マント。

「まあ、こういうロアだからな、コイツは」

「こんにちは、『月隠のメリーズドール』です」

「こ、こんにちは」

見てわかるほど、挙動不振になる赤マント。
一之江がそんな隙を見逃すはずがない。

「さっきまで私、普通の格好をしていたでしょう?」

「そ、そういえば」

「つまり、私はまるで本気じゃなかったのです。そして本気の私は、さっきよりも10億倍は強いんですよ」

それはいくらなんでもふかし過ぎだ、一之江。
誰もそんな嘘には引っかかたり……。

「じゅ、10億倍も⁉︎」

引っかかってるよ⁉︎
赤マントには通じていた。
露骨にビビっている。

「さあ、そのドリルをストレートにしてあげましょうか……」

「ひぃっ! こ、今回は引き分けって報告しておいてあげる! それじゃね!」

赤マントはそう叫ぶと、自分の後ろにある空間にダイブした。
何もない場所に水面のような波紋が広がって、そこにトプンと沈み込むかのようにいなくなってしまった。

「……騒がしい奴だったな……」

「あの逃げ方をされると、私の声も届きませんね。まあ、引き分けなのでしょう」

「俺の時みたいに電話をかけて追い詰めるってのは?」

「今私を呼んだのは貴方でしょうに」

「あー、そういう決まりもあるのか」

つまり、現状だと『月隠のメリーズドールの被害者役』は俺ということになってるのか。
物語的になぞらないと能力は発動できないんだな?
「意外と制限が多いな、ロア同士のバトルは」

「ええ。今回は強敵がアホの子だったので楽勝でしたがなんか気になることを抜かしてましたね、あの子」

「ああ、そういえば」

『引き分けって報告しておいてあげる!』

「あれはつまり……」

「彼女は彼女で、私みたいなものなのかもしれませんね」

「一之江みたいなもの?」

「ええ、ですから」

次の言葉を呟くまでに少しの間を置いて。

「誰かの物語、ということです」

一之江はそう告げた。 
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