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とある幻術使いの物語

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三話:誓い


 あれから一年経って俺は十一歳になった。今では左目の傷も治り包帯も外せている。
 ただ、父さんから言われた通り左目が見えるようになることはない。
 でも、片目の生活には慣れてきている。最近は目測を誤ることもなくなってきた。
 これに関しては何とか早い段階で克服出来て心の底から良かったと思う。
 黒歌は俺が、目測を誤るのを見る度に顔を曇らしていたのもこれで無くなるだろう。
 多分、なんだかんだ言って優しい黒歌のことだから俺を傷つけたことを申し訳ないと思っているんだろう。
 これは神様が俺に与えた試練だから気にするなって言っても苦しそうな顔をするだけだから最近は口に出さないよう気をつけている。
 白音は無邪気に今まで通り関わってくれている。
 後は俺と黒歌が元の関係が戻れば全てが元に戻る。
 俺がなに不自由ない生活を送って見せれば黒歌も安心してくれる。
 また、前のように笑ってくれるはずだ。
 ……はずだった。

「トーヤさん……母様は元気になるの?」
「……っ。わからない……」
「母様……」

 夕日を背にして不安そうに俺の手を握りながら琴音さんが伏せる家の方を見る白音。
 琴音さんの病状がここ数日で一気に悪化したのだ。
 もう長くはないんだと素人の俺から見ても分かるほどに……。今は黒歌が看病していて俺は邪魔にならないように白音を連れて外に出ているという状況だ。
 本音を言えば白音にはすぐに元気になると言いたい。だが、嘘をつくことは出来ない。父さんだったなら決して隠さないから。
 俺は無言のまま持ってきておいた板チョコを半分に割って白音に差し出す。

「……食べるか?」
「……うん」

 小さく頷き板チョコを受け取る白音。しばらくは二人共無言でチョコをほおばり続ける。
 やけにゆっくりとしたペースで食べる俺達。白音なんて普段ならすぐに食べ終わって俺の方に物欲しげな目線を向けてくるのに今日は一口、一口、噛みしめるように食べている。

「……あんまり美味しくない」
「そうだな……」

 ボソリと呟かれた言葉に相槌を打つ。
 白音の言う通り、今日のチョコは……美味しく感じられない。

 チョコを食べ終わった後、何を話すこともなく二人で座っていると黒歌に呼び出された。
 琴音さんが俺に話したいことがあるらしい。
 それを聞いたら、すぐに白音を黒歌に預けて家の方へと向かう。すれ違う瞬間に黒歌と目が合ったがその目はどこか怯えたように俺を見ていた。
 正確に言えば俺の左目か……。何も気にすることなんてないのにな。
 俺は前みたいに喧嘩がしたいのに、お前がそんなのじゃおちおち喧嘩も出来ない。
 そんなことを思い悩んでいるといつの間にか琴音さんが眠る部屋の前に来ていた。
 挨拶をして出来るだけ静かに部屋の中に入ると布団に伏せたままの琴音さんが出迎えてくれた。やせ細り、弱々しくなった体を無理に起こそうとするのを慌てて止める。

「ケホ…ケホ…ごめんさいね……トーヤ君」
「いえ……それよりも休んでいてください」
「いいのよ……私の体は…コホ…私が一番よく知っているわ」

 琴音さんは自分がもう長くないことを悟っているのだろう。
 思わず涙が出そうになったので顔を俯けて気づかれないようにする。
 琴音さんは俺にとっては第二の母親のような人だ。何年も前から知っている人が死ぬというのは辛い……。
 俺ですらこれだけ辛いのだから黒歌と白音はもっと辛いはずだ。

「ねえ……トーヤ君は二人のことは好き?」

 唐突に聞かれた問いに困惑しながらも俺は自信を持って答える。

「勿論です。大切な友達です」

 そう、黒歌と白音は俺のかけがえのない友達だ。
 二人の為なら大抵の苦難は耐えられる。そんな想いを抱けるぐらい大切な存在だ。
 琴音さんは俺の回答に嬉しそうに笑い、ありがとうと言ってくれた。
 少し、こそばゆい気持ちになって頬をかいていると真剣な目で見つめられたので背筋を伸ばして向き直る。

「コホ…私には一つだけ心残りがあるの……。私が死んだ後…あの子達がどうなるのかが心配……。トーヤ君……あの子達が好きなら―――守ってくれないかしら?」

 どこまでも真摯に二人のことを想う琴音さんはやっぱり母親なのだと再認識する。
 何の力もない子どもの俺に頼むなんておかしい。
 琴音さんもそれを分かっているから俺に選択の余地があるように言ってくれているのだろう。
 正直言って誰かを守るなんて難しいことは、理解出来ているとは思えない。
 でも……俺の心は既に決まっていた。


「必ず―――何に代えてでも」


 守り抜いてみせる。ちっぽけな俺だけど全てを賭けてでも守ろう。
 琴音さんが確認の言葉を投げかけてくる。

「本当?」
「神とこの命にかけて誓います」
「そっか……ありがとうね。……安心したわ」

 心底安心したような表情を見せる琴音さんに礼をして俺は部屋から出て行いった。
 ……琴音さんが息を引き取ったのはその次の日だった。





 葬儀も終わり、やけに広く感じる家の中で俺達はこれからのことを話し合っていた。
 父さんは二人に子供だけだと不便なので俺達の家に来ないかと提案していたけど、それは断られた。二人は母親の思い出が残るこの家でこれからも過ごしていきたいらしい。
 父さんもそれ以上は何も言わずに出て行ったのでこの話は終わった。
 そして、家には泣きじゃくる白音とそれを抱きしめる黒歌と俺だけが残された。
 黒歌も泣き叫びたいんだろうけど、白音が安心して泣けなくなるから必死に堪えている。
 俺がもっと強かったら……黒歌も安心して泣けるのに…っ!
 何の力もない自分が悔しくて服の裾を千切れんばかりに握ってしまう。
 でも……それでも俺は二人を守るって誓ったんだ。

「黒歌……俺は強くなる。もう、白音が泣くことがないように強くなる…っ」

「トーヤはそこまでしなくていい……。トーヤには……関係ない」

 まるで、俺を遠ざけるかのように黒歌が言ってきて思わずムッとしてしまう。
 どうして関係ないなんて言うのかが分からない。俺達は友達なんだから関係ないなんてことはないと言い返す。
 黒歌は俺の言葉に顔を俯けてこれ以上迷惑を掛けたくないと呟く。
 黒歌のことだ。どうせ、俺の左目のことをまだ気にしてるんだろう。いい加減に開き直らないと流石の俺も怒るぞ。

「俺は迷惑だと思ったことはない」
「でも! トーヤの目は私のせいで―――」
「それこそ、関係ない! 俺がお前達と一緒に居たいから一緒に居るんだ! 片目を失った程度じゃその気持ちは変わらない!」

 珍しく大声を出してハッキリと告げる。その声に黒歌だけでなく白音も泣くのを止めて目を見開く。
 二人の様子に少し恥ずかしくなるがここで止める方が後で恥ずかしくなりそうなので一気に言ってしまう。

「俺は何に代えてでもお前達を守ってみせる。そう誓った!」

 それだけ言い終えたら後は腕を組んで黙り込む。黒歌はしばらくの間ポカンとしていたがなぜか笑い始める。
 突然、笑われたことに理解が追いつかずに今度はこっちの方がポカンとしてしまう。何かが可笑しくて仕方がないといった笑い声だが馬鹿にするような感じではない。
 どちらかというと以前みたいにからかうようにひとしきり笑った後、黒歌は久しぶりに俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
 思わずその目にドキリとしてしまうのは何故だろうか?

「……私より弱いくせに生意気にゃ」
「強くなるさ。お前よりもな」
「前にボコボコにされたのを忘れた?」
「以前は以前だ。関係ない。今度は俺が勝つ」
「減らず口を」
「お前もな」

 しばらくそのままの状態で見つめ合っていたが、すぐにおかしくなって二人で笑い合う。白音は、最初は不思議そうに俺達を見つめていたが、やがて俺達につられて泣き腫らして真っ赤になった目のまま笑い始める。
 もう、十分すぎるほど泣いたんだ。後は笑ったって罰は当たらないはずだ。
 それにその方が琴音さんも安心してくれるはずだから。
 俺達はそのまま何が可笑しいまでもなく三人で気が済むまで笑い合っていたのだった。





 結局その後、泣きつかれたのか、笑い続けたのかは分からないが白音が疲れて眠るまで俺は二人の家に居た。
 白音が眠ったので俺も今日の所は家に帰ろうと思い席を立ったところで黒歌に呼び止められてしまった。

「トーヤ、ちょっと待つにゃ」
「なんだ?」
「その……守るって言ってくれて嬉しかったにゃ。だから、これはそのお礼」

 珍しくどこか恥ずかしげにもじもじとしたかと思うと黒歌が俺に顔を近づけてくる。
 そして、頬に感じる暖かくて柔らかな感触。
 何が起きたか分からずに呆けていると顔を赤くした黒歌が恥ずかしさを押し隠すように大きな声で告げて来た。

「わ、私の初めてのキスなんだからもっと喜びなさいよ!」

 その台詞で自分が頬にキスをされたことを理解する。
 理解したと同時に急に恥ずかしくなり首から顔にかけてまでがまるでタコのように赤くなっているのを自覚する。
 何かを言おうとするが口が上手く動かずにパクパクと金魚のように開けては閉める事しか出来ない。
 俺のそんな様子に満足がいったのか、黒歌は顔が赤いままではあるが悪戯っぽく笑う。

「いつまでも悲しんでられない。また明日から頑張るにゃ」
「……黒歌」
「それじゃ、また明日ね」

 最後に少しだけ大人っぽくなった顔でそれだけ言い残して黒歌は白音の元に消えていった。
 一人取り残された俺は頬に残った熱を確かめるように触れながらフラフラと歩き出すのだった。
 




 その後、どうやって家に帰ったのかも分からないが、とにかく俺は家に辿り着いていた。
 人が死んだ後に不謹慎だとは思うけど晩御飯を食べている間もボーっとしていた。
 父さんも何か言いたそうにこっちを見ていたけど結局何も言ってこなかった。多分、何かがあったのは察していたんだろうな……。
 まあ、すぐに俺は強くならなければならないことを思い出して思考を覚醒させる。
 思考が覚醒してからは俺の行動は早かった。父さんに幻術以外にも戦いの修行を付けて欲しいと頼み込んだ。
 父さんは母さんとお揃いで付けていたという銀色のペンダントをいじりながら少しの間考えていたが、待っていなさいという言葉と共に家の奥へと消えて、中ぐらいの箱を持って戻って来た。

「父さん、それは?」
「母さんが使っていたナイフだ」
「母さんが……」

 そう言って箱の中から取り出されたのはシンプルな装飾の施された一本のナイフだった。
 これを使って修行をするのかと思ったがどうやら違うようだ。
 父さんが言うには母さんも悪魔祓い(エクソシスト)で、ナイフを使った戦闘を得意としていたらしい。これはそんな母さんの遺品にあたるものらしい。
 当然、遺品なので数は無い。だから、これは切り札に持っておけと言われた。
 ただ、俺に教えるのはナイフを使った戦闘と言うのは間違いがないみたいだ。

「筋力がない子どものお前には下手な剣よりもこっちの方がいいだろう」
「わかった。……母さんも同じような理由だったの?」
「そうだ。女性は一般的には男性よりも筋力は低いからな」

 父さんの話を聞きながら母さんのナイフを手に取る。少し重いがそれでも子どもの俺でも十分に振れる重さだ。
 投擲にも使えそうだ。幻覚でナイフ本体を隠して投げるのも有効だろう。
 とにかく、これからはナイフが俺の相棒だ。
 精進して一緒に強くなっていこう。そう覚悟を決めていると父さんがどこか試すように俺に声を掛けて来た。

「柊也、お前はなぜ強くなろうとする?」
「二人を守りたいから」
「それはどうしてだ?」
「大切な友達だから」

 俺の返事に何かを考え込む様に目を閉じる父さん。
 でも、すぐに目を開けて俺のぼさぼさ頭を強めに撫でてくる。
 正直言って痛いけど、父さんの手は大きくてゴツゴツしているから仕方ない部分もある。まあ、今はそれよりもどうしていきなり撫でてきたのかが分からないけど。
 そんな疑問を感じ取ったのかどうかはわからないけど父さんは撫でるのを止めて口を開いた。


「流石は父さんと母さんの息子だ」


 その言葉に思わず目頭が熱くなってしまう。
 認められたのが嬉しくて頑張ろうという気持ちがどんどん湧いてくる。
 ナイフを握りしめると顔も覚えていないけど母さんの子供だという誇りも生まれてくる。
 でも、俺はまだ何も為していないからその誇りは、今はしまっておくことにする。
 いつか、胸を張って父さんと母さんの息子だというために。

「明日から、みっちりと鍛えていくからな。覚悟しておけ」
「はい、父さん」

 父さんの言葉に必ず、強くなって二人を守り通すのだと俺は改めて覚悟を決めたのだった。
 だが、この時の俺は平穏という物は、あっさりと崩れ去るなんて思ってもいなかった。

 
 

 
後書き
だんだんシリアスが強くなってきます。 
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